街が雪と無数の輝きに包まれておる。街灯からは穏やかなメロディが流れているが、道路脇でその音楽に合わせてブレーメンの音楽隊共が奏でる音色は、あれは騒音そのものだ。しかしそれ以上におもちゃ屋の呼び込み放送がうるさい。これだから最近のクリスマスは。慎みというものを知らん。街行く者共もだ。どいつもこいつも浮かれおって。
吾輩は街の喧騒から逃れるように路地裏へ入ると、地上の下水道とでも呼ぶにふさわしい、暗く、汚臭漂うビルの隙間を進んだ。
全く、最近の事件は悪質極まりない。今回のものなど特にである。森の中で発見された二人の死体は、いずれも元の形が分からなくなるほど切り裂き抉られていた。惨たらしいものよ。残された手掛かりは、殺された猟師と老婆の内、老婆の身体に残された粘液。そこに含まれていた薬物反応。全く未知の薬物であった。しかしこれと同じものを、吾輩は持ち前の捜査力で、偶然にも発見したのである。
吾輩はその日急にタコスが食べたくなり、夕方だ、車で町はずれのタコス専門店へ向かっていた。しかしなかなか見つからない。とはいえ吾輩の記憶は確かなのだから、きっと閉店してなくなってしまったのだろう、と思い始めていた時だった。空腹でイラついていたのだ。断じて注意散漫になっていたわけではないが、何かを轢いてしまった。車から降りて見てみると、どうやらその何か、というのは、一人の少年のようだった。大方すまーふぉんげーむ? でもして周りが見えていなかったのだろうが、あまりに痛がっていたので、吾輩は親切にも病院へ連れていってやったのである。すると治療の過程であることが分かった。薬物反応だ。そしてその薬物というのが、吾輩が追っていたそれだったのである。
始め、その少年が猟師及び老婆殺害の犯人であると推測したわけであるが、当然な。がしかし、吾輩の熟練された尋問により明らかになった真実は、この事件の更なる闇を映し出したのである。
少年の話によれば、その薬物は働いていた人形小屋で打たれたものだという。仲間は皆それを打たれていたそうな。その理由は……ふむ。近頃の筋者というのは、平然と世にも惨たらしいことをするものよ……なんでも、その薬を打つと何をされても死ななくなるのだとか。何をされても、と。考えたくもない話である。ともかく……元締めに話を聞く必要があった。吾輩の勘も、あるいはその元締めこそが事件の犯人だと、言っていたからな。
汚臭に混じり、どぎつい香水の香りが鼻をつく。気付けば頭上は左右のビルの突き出しに覆われ、明かりはただ一つ、この先に見える桃色の怪しい扉が発するそれだけとなっていた。
扉の前で吾輩は立ち止まる。扉には英国の言葉で「doll house」と飾り記されていた。扉を開かんと手を伸ばす、と、触れるよりも早く、扉はひとりでに開き、中から一人の男が姿を現した。
「ご老人、ここはあんたが来るような場所じゃないよ」
男は黒いサングラスをかけ、頭はスキンヘッドで、一見しただけで堅気の者ではないことが見て取れた。
「ふむ、確かに。吾輩には相応しくない場所であるな。しかし入らねばならん。ここのオーナーに話があるのだ」
「話? どんな話だい?」
「この、少年について」
吾輩はコートのポケットから少年ピノキオの写真を取り出すと、それを男に見せた。男の表情は、わからぬ。しかしサングラスの奥で瞳が収縮する気配を感じた。男の手が写真へ伸びてくる。吾輩はすっと写真を引き、ポケットへと戻した。
「オーナーと話をさせてくれるかの」
「……しばし、お待ちを」
男が人形小屋の中へ戻り、扉が閉まる。
しばらく待っていると、再び扉が開いた。今度は大きく。そして先程の男が、吾輩を迎え入れる。
「どうぞ中へ。オーナーの元へご案内致します」
「うむ」
人形小屋へ入ると、すぐに重低音のさうんどと男女の奇声が耳に入ってきた。全く最近の世界は、どこもかしこも耳障りな音楽に溢れておる。顔をしかめつつ、吾輩は通路を抜け広いふろあへと入った。いたるところに円形の小さな舞台が設置され、その上では美女から美少年から、あるいは特殊な性質の者しか喜ばないような者達が薄布に身を包み、踊らされている。そう、けっして踊ってはいなかった。皆手足に紐を結ばれ、天井上からそれで操られておる。なんとも悪趣味な。これを考えたここのオーナーも、ここへ来てダンスを見て笑い、奇声を上げている者共も、皆悪趣味極まりない。
「さぁお次のメインステージは、皆さんお待ちかね、愚かな母と娘姉妹の灰被りショーでございます。さあさこちらにご注目! ご注目を!」
ふろあの奥、めいんすてーじで司会役の男が話している。悍ましい。吾輩は視線を逸らし、しかし客の奴等は奇声を一斉高らかに上げ、ふろあの興奮の高まりを嫌でも感じざるを得なかった。
「灰の吸い込み過ぎにはご注意を。ハイになり過ぎてしまった方の本日のお楽しみはここまで! ともなりかねません。さあ! 灰落とし役をやりたい方は? おお! 皆さんお元気ですね! ではそこのあなた。どうぞこの鞭を。大丈夫、大丈夫です。本日の灰落とし役は、そうですね……十人! 十人行きましょう。さあやりたい方はこちらに並んで。まずは一人ずつです! まずは!」
「こちらです」
男に促され、吾輩はフロア室から舞台裏通路へと出た。舞台裏通路もまた……異様。一見、まるで宮殿廊下のように煌びやかで、しかしいたるところに血がこびり付いておった。何をされても死ななくなる薬物。その痕跡であろう。
通路の奥まで進んだところで、男は立ち止まり、一際豪華な扉をノックした。
「姉さん、連れて参りました」
「通せ」
オーナーは女か。男が扉を開け、吾輩は部屋の中へと入る。その部屋は宝物庫のように高価な物品で溢れ、しかしそのいずれにも見劣りしない美しい女が、黒革のシングルソファに腰かけていた。女は片手にグラスを掴み、しかしその中身はおそらく、酒ではなく水である。水用のガラスボトルが近くに置かれていた。吾輩の経験からするに、こういった時水を飲む容疑者というのは、なかなかに手強い。
「いつまでそんなところに突っ立ってんのさ。急ぎの用があるんだろ? おじいさん」
「うむ」
吾輩は少し身構え、部屋へ入った。背後で扉が閉まり、男が扉を塞ぐ。
「悪いね。この部屋に椅子は一つしかないんだ。用件は?」
「この少年である」
女と吾輩の間のテーブルに写真を滑らせると、女は写真に視線を落とし、数秒見つめ、上目遣いで吾輩を見た。
「で?」
「先日この少年を道で保護したのであるが、薬物反応が検出されてな。聞けば、ここでその薬物を打たれたと」
「知らないね」
「ふむ」
写真を入れていたのとは逆のポケットに手を入れ……吾輩は一枚の紙をテーブルに置いた。
「これは?」
「開けばわかろう」
「……」
女が訝しげに紙を開き……開いた場所に、指紋が現れる。吾輩はすぐに紙を女の手から抜き取り、ポケットにしまった。
「少年の杖に残っていた指紋である。少年はこの指紋の者こそ人形小屋の主であり、自分に薬物を打ったシンデレラ、その人であると。お主、今確かにこの紙に触れ、開いたな? 分析すればすぐに一致不一致の確認が取れるであろう」
「……ハッ。なるほどね」
シンデレラは不敵に笑う。この笑いはやはり、悪しき者のそれである。逮捕する、べき!
「けどね、おじいさん。あの薬は別に違法じゃないはずだよ? この場所もね」
「無論。しかし老婆と猟師の殺害、これは間違いなく犯罪である」
「はぁ? 何の話さ」
「白を切るでない。吾輩には全てお見通しである。証拠が出るまでお主の周辺を隅々まで調べさせてもらうぞ」
「それは困るねぇ。何が困るって、あの薬のことはあんまり表沙汰になって欲しくないんだわ。専売特許だからね。入手ルートとか知られたくないし、もっと言えば、それが関係する捜査をされること自体、都合が良くないわけ……まぁそういうわけだから。梶田」
「はっ!」
ガツン! と、背後から何か、小さく鋭いものを打ち付けられた。
「な、なんじゃ?」
「姉さん! こいつチャカが効かねぇ!」
「一発しか撃ってないだろうが。もっと撃ちなよ」
なんじゃなんじゃ、銃を撃たれてるのか? ガツン! ガツン! ガツン! 衝撃が頭を揺すりおる。シンデレラのやつは吾輩を眺め見つつ、手袋をはめていく。
「これ! やめんか! 年寄りは労われ!」
「そのチャカよこしな」
「へい!」
拳銃が頭上を、後ろから前へ飛んでいく。
「ほら、あーんして」
「ああ!? 誰がお主の言うことなど」
言っているそばから口の中へ、銃弾が雨あられと撃ち込まれる。ぬおお!! 頭の中がめちゃくちゃじゃ!!
「ほらほら、鉄のクルミだきちんと割りな?」
「やめ、や、このぉ!」
カツン! 口を閉じたが、空ぶりおる。銃口をうまく引きおって。
「梶田、こいつの口開いて抑えときな」
「はい!」
男が背後から吾輩を羽交い絞めにし、口を開き抑える。小癪な。その方向からの力には弱いというに!
「おかわりいくよぉ~?」
銃口が再び、口の中に。ガツン! ガツン! ガツン!
「んぐぅあああ!!」
「あんたの口はクルミを割る以外には害しかもたらさない。労われだ? 歳食っただけで何言ってんのさ。労わってもらうだけのことしたのぉ? してないでしょ。好き勝手やるのは構わないけどさぁ、あんたはピーターパンに守られてるわけじゃないんだから。報いは受けなくちゃね」
ガツン! ガツン! ガツン! あぁまずい。まずいクルミじゃ。吾輩のおつむが弾け飛んでゆく。
「さっさととっととくたばりやがれ!」
ガツンガツンガツンガツン!
「っあ、が」
耳鳴りがしおる。世界が白くぼやけていく……昔、犬を飼っておった。名前を、なんと言ったかの。あの日は本当に寒かった。屋根に雪が積もって危なかったんじゃ。母さんの鉢植えが倒れて、埋もれた果実を咥えていきおった。父さんの見つけてきた鉢植えは大きすぎて、しかしあれは、良いカエルのねぐらになったのぉ。小さな家を建てたが、結局最後まで空き家じゃった。
「か……くぁ……」
「ようやく大人しくなったね。って、あれ、あんた腕どうしたのさ」
「姉さんの流れ弾がっ」
「うっわ、ださ。まぁいいや。こいつはあたしが捨ててくる。ちょうどドライブしたい気分だったし。で、あんたのチャカ、借りてくよ。こいつと一緒に捨てるわ。もし見つかったら疑われるのはあんた。見つかるかもしれない、そのことを朝も夜も考えて過ごしなよ。それがあいつをまだ野放しにしてることに対する贖罪だ。いいね?」
「……はい」
「ふっ。安心しなよ。あたしは隠れるのも隠すのも得意なんだ。たまに見つかっちゃうけど」
髪を雑に掴まれ、穢れた床を引きずられていく。
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吾輩はクリスマスケーキの蝋燭になりたかったんじゃ。
クルミ割り人形とネズミの王様。クリスマスの日、少女マリーはプレゼントにクルミ割り人形をもらう。その日からマリーは夢の中で7つの頭を持つネズミの王様に襲われるようになった。そのことを知ったクルミ割り人形は立ち上がり、マリーの力も借りてネズミの王様を打ち倒す。するとクルミ割り人形にかかっていた呪いが解け、彼は人間に。彼とマリーは結婚し、幸せな生活を送った。
ほとんど残酷でも悲惨でもないお話です。物足りませんね。まぁそれで、今回クルミ割り人形は探偵の真似事をしていました。追っていたのは老婆と猟師を殺害した犯人。犯人はもちろん赤ずきんですが、クルミ割り人形はそれを知りません。それどころか、犯人の見当が当初ついていなかったのですから、つまりなかったのです、巨大狼の死体が。不死薬は本物でした。
そしてクラブオーナーとして登場したシンデレラ、ですが。クラブでは不死薬が使われていました。不死薬を使ったハードなショー。ピノキオはそれに耐えられなくなり、クラブを放火しようとしたところを発見され、狐と猫の精神病院に入れられたのです。そしてそこから脱出をした直後、クルミ割り人形の車に轢かれました。どうしてシンデレラが不死薬を持っていたのか。すでにご察しのこととは思いますが、シンデレラは舞踏会の階段から落ちて一度死に、ハーメルンによって蘇らされたのです。ハーメルンが不死薬を求めたのは正にそれ、美しいシンデレラを蘇らせるためで、そうして蘇ったシンデレラは不死薬を使ったビジネスを思いついたというわけでした。
クルミ割り人形退場っ!それでは。