本当は残酷すぎるシノアリス童話   作:司薫

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人魚姫【望まれた悲劇の選択】

 深い深い海の底、不思議と光の届くその場所には、人魚のお城がありました。人魚というのは上半身が人間で、下半身が魚の、クリーチャーのことです。お城には王様と六人の娘が住んでいましたが、これは六人娘の末っ子、人魚姫006のお話です。人魚姫006は姉妹の中でも特に物思いに耽るのが好きで、ついでに悲劇が何よりも好きでした。そのため上の姉妹達から地上のお話を聞かされては、そのお話を自分に重ね、自分も胸を引き裂かれる想いをしたいと日々考えていたのです。異常者です。

「さっきから色々、失礼過ぎません? あぁ、なんて可哀想な私……」

 人魚姫は小さくつぶやいて、小さく微笑みました。

 そんな人魚姫もついに地上を見に行って良い年齢となったある日のことです。夜、眠りにつこうとした人魚姫はふと上を見上げ、海上に輝く灯りを見つけました。眠気も忘れ、人魚姫は好奇心のままに浮上します。

 海上では、大きく豪華な船が楽しげな音楽を振り撒いていました。そしてその船上に、人魚姫は姉達から話に聞いていた陸の王子様を発見します。

「あぁ、なんて素敵な人なのでしょう。船が氷山にでも当たって沈んだら、きっと凄く悲劇的」

 すると、遠くから竜巻が近づいてきます。竜巻は何体もの鮫を巻き込んでいて、未知の脅威と語るに相応しいものでした。

「シャークネードだ!」

 船員が叫びます。竜巻は船を襲い、人々は鮫から逃げるため次々と海に飛び込みました。しかし王子様は剣で応戦し、船を、国民を守ろうと必死です。すると竜巻がマストを折り、王子様はマストの下敷きに、気を失ってしまいました。船が折れ、海に沈みます。人魚姫は沈む王子様に泳ぎ寄り、抱え、陸上まで引き上げました。

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 冷たい浜辺で丸一晩、人魚姫は王子様を介抱していました。布を切り、傷口を縛り、船の破片で風避けを作って。

 日が顔を少し出した頃、人魚姫の耳に車の音が聴こえてきます。初めて聴くその音に、人魚姫は思わず、海に身を隠しました。

 王子様の近くで車が止まり、運転席から美しい女性が降りてきます。女性は王子様に歩み寄ると、邪魔臭そうに見下ろしました。

「んだよ、片付けらんねーじゃねぇか」

 車のトランクから、ボンボンと音がします。女性はチッ、と舌打ちし、車へ戻るとトランクを開け、何かを、殴りつけました。そしてまたトランクを閉め、戻ってきます。

「しかしこの服装、もしかして王子様? んなら連れて帰ってあたしが助けたってことに……くそ、邪魔な荷物さえ積んで無けりゃ……そうだ」

 女性はそして、履いていたガラスの靴の片方を王子様の近くに投げやると、車に乗って去っていきました。

「あの人もしかして、手柄を横取りするつもり? なんて卑劣なの」

 人魚姫はそう思い、しかしそれはそれでなかなか悲劇だなとも思っていると、王子様が目を覚ましてしまいました。すぐに歩み寄ろうかと思いましたが、人魚姫には歩ける脚がありません。王子様を驚かせてしまうかも……それに、人間に姿を見られるのは禁止されているし。あれこれ考えていると、王子様はガラスの靴を手に、去っていってしまいました。

「あぁ、なんて悲劇なの。この悲劇は私のものにしないと」

 人魚姫はそして、海の魔女と契約し、足を手に入れる決意をしました。

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 魔女と契約をして数日が経ち、人間の姿になった人魚姫の傍らには王子様の姿がありました。王子様は人魚姫が奏でるハープの音を、うっとりとした心地で聴き入っています。仲睦まじい二人。ですが、王子様の意中の人は、人魚姫ではありませんでした。

「ねぇ王子様ぁ、結婚式の準備はまだ終わってないんだよぉ? そんなとこで暢気に音楽聞いてないでさぁ、あたしの為に最高の結婚式を準備してよ」

 現れた彼女はシンデレラ。あの、ガラスの靴を置いていった張本人です。王子様はガラスの靴の持ち主こそ自分を救ってくれた人なのだと信じ、彼女を探し出したのです。そしてシンデレラは偽りの事実とその美貌をもってして、王子様の心を虜にしたのでした。

「あぁすまなかった、シンデレラ。すぐに準備に戻るよ。つい聴き入ってしまって」

「王子様は音楽が好きなんだねぇ。可愛い王子様」

「はは、照れるな。今日は最高の結婚式だ!」

 王子様はそして、飛び跳ねるように式の準備へと向かいました。結婚式前日は当事者達も何かと忙しいものです。残された人魚姫を、シンデレラが不敵な笑みを浮かべて見下ろします。

「ごめんねぇ? 王子様盗っちゃって」

 人魚姫は首をふるふると左右に振ります。

「ハッ!」

 突然、シンデレラが人魚姫の頭を掴みます。そしてその耳元で、小さく囁きました。

「今の話じゃないよ」

 シンデレラが去っていきます。人魚姫の、驚愕の表情にご満悦の様子で。人魚姫はシンデレラがやったことについてはよく理解していましたが、まさか本当の救出者が自分だと見破られていたとは思ってもいませんでしたし、なによりそれを悪びれる風もなく人魚姫に勝ち誇ったように言い放ったシンデレラの卑劣さが信じられなかったのです。しかし、それでも人魚姫は何も言い返しませんでした。いえ、言い返せなかったのです。魔女との契約、それは人間の脚を手に入れる代わりに、声を失うというものでしたので。

 更に、契約内容はそれだけではありませんでした。王子様が人魚姫でない、他の女性と結婚してしまった場合、人魚姫は泡となって消えてしまうというのです。そんな悲劇的な結末は、結末は……いいかも。と人魚姫が思っていたのはシンデレラが余計なことを言うまでの話。今の人魚姫は違います。あんな卑劣な人が王子様と結婚してしまっては、悲しくも美しい悲劇の物語ではなく、ただの胸糞の悪い物語になってしまう。それはいけない。人魚姫はそう思ったのです。

 人魚姫は考え始めました。なんとしてでも王子様とシンデレラの結婚を阻止しなければなりません。しかしなかなか良い方法を思いつけない為、海へ行き泡となる覚悟を固め始めた時のことです。海から五人の姉達が現れ、一番上の姉が人魚姫に言いました。

「あの王子様は真の愛を見極められない人間です。あなたが泡となる必要はありません。殺しなさい、このナイフで」

 そして、人魚姫にナイフを渡します。姉達は遠くから、全てを見ていたのでした。

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 さて、明日の結婚式の準備を終え、皆が寝静まった頃、お城の寝室に人魚姫がやってきました。その手にはもちろん、ナイフが。ベッドへ一歩一歩、慎重に歩み寄ります。静かに、静かに。そしてベッドの傍らへ来たところで、ナイフを逆手に持ち、掛布団越しに、ぐさり!

「ぐ……んぐぁ、あっ、んあ!? いぎぃあああ」

 人魚姫は枕を抜き取り、叫ぶ顔を塞ぎました。

 やがて、叫びは完全に聞こえなくなります。ジタバタとしていた手足もぐったりと動かなくなり、人魚姫は枕をのけました。計画通り、シンデレラを殺害することに成功したのです。

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 結婚式をするはずだった日の夜、悲しみに暮れる王子様を、その傍らで、人魚姫はハープの音色で慰めていました。王子様は人魚姫の慰めで、悲しみの底から立ち直ります……何度も。そう、何度も、愛しい人を失う度に。

 悲しい王子様と、その傍らでいつも、悲しい音色を奏でる人魚姫。二人は悲劇の中で、決して結ばれることはなく、しかし末永く、共に過ごしましたとさ。




 人魚姫。15歳の誕生日を迎えた人魚姫は海上の世界を覗く許可を得る。そうして初めて見た世界には、美しい王子の姿があった。しかし王子は嵐に襲われ、人魚姫は砂浜で一晩介抱をする。人の気配がしたので姿を隠すと、一人の修道女がやってきて、目を覚ました王子は彼女が命の恩人だと勘違いをしてしまった。人魚姫は王子に再び会うため、海の魔女の魔法で足を手に入れる。それは呪いにも似たもので、得た足は歩く度に激痛を伴い、声は失われ、また王子の愛を得られなければ泡となって消えてしまうというものだった。王子との再会は果たすも、王子にはあの時の修道女、実は隣国のお姫様であった女性との結婚の話が持ち上がってしまっている。王子も乗り気であった為、人魚姫の姉達は人魚姫に短剣を渡し、泡となるのを回避するために王子を殺すように言う。けれど人魚姫は王子を殺すことなどできず、海に身を投げ、泡と消えることを選んだ。
 という原作ですけれど、今回王子と結婚することになったのはシンデレラでした。しかもちょうどクルミ割り人形を海に捨てに来たところの。そうしておそらくシンデレラは全ての真実を知りながら、人魚姫から王子様を奪うこと、そしてそれ以上に憐れな人魚姫を観察することに喜びを感じるのです。卑劣。正に卑劣。これには悲哀の人魚姫もニッコリ。ですがやり過ぎました。人魚姫的には主人公より目立つ脇役は困るので。要するにそういうことです。
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