遠く天の先、夜に輝く星の者達がいた。
星人(ほしびと)は天(あま)の羽衣(はごろも)を纏い、その効力故心を持たず、また金に輝く丹薬の故死ぬこともなく、無限の星間で長い時を暮らしていた。
そんな星人の内に、ある日罪人が生じる。罪状は感情の保持。それは本来あり得ないことだった。羽衣を纏わば喜怒哀楽は消えるもの。しかしその者が保持していた感情は、悦楽。誰も分からなかった。その者を見るまでは。いや、その者を見た後も。
「もっと! もっときつく縛ってくださいませ!」
星の女は幾重もの羽衣に縛られ、頬を赤らめていた。感情を奪う為の羽衣を巻けば巻くほど、その者は逆に昂ぶっていく。説明のつかない事態だった。
「いったいどうなっている! この羽衣は欠陥物か!?」
星の男は困惑し、別の者がそれに答える。
「いえ、そのようなはずはありません。我々の理に欠陥など」
「ならばなぜ彼女は」
言いかけ、星の男は床に伸びた羽衣に足を滑らせた。よく肥えた身体が星の女に倒れ込み、肘が女の腹を穿つ。
「うっぐぅあ!!」
「すすまぬ!」
「うっ……っは、あ……もう一度」
「は?」
「もう一度お願いします」
「……」
罪は深く、易々と贖えるものではないことが窺われた。
かくして、星の女は地球という星へ罪を贖うまでの間の追放となる。汚れた身を清める為、一度生まれたばかりの姿に戻されて。その地の内で特によく育つ植物に似せた機体に乗せられ、地球の山地に打ち込まれた。
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今は昔、竹取の翁という者がいた。
翁はある日、竹林にて輝く竹を見つけ、その内より三寸ばかりの赤子を見つける。赤子は翁に連れられ家へ向かう間に通常の赤子の大きさとなり、更に三ヶ月もすると、すっかり大人のマゾの姿になっていた。
「お爺様! そんな縛り方ではダメです!」
赤い縄で縛られた彼女が翁を叱責する。翁はしかし、竹以外を縄で結ぶ方法などまるで知りもしなかった。
「許しておくれかぐや姫。若い者の遊びは知らんのじゃ」
「お爺さんは不器用でいけませんねぇ。ほれちょっと貸しなさいな」
見兼ねた嫗がやってきて、縄を縛り直す。縛り方は完璧だった。しかし、縛る強さが足りない。
「ごめんよかぐや姫。年寄りにはこれが限界じゃ」
「……わたくしこそ、無理を言ってすみません」
彼女、かぐや姫の地球での生活は、満足とは程遠いものだった。辛く苦しい生活を余儀なくされていた、というわけではない。不自由なく暮らすだけの金が、かぐや姫と同じように、定期的に竹輸送で送られてきていたのだ。しかしそれが逆に、かぐや姫にとっては無用なものだったのである。かぐや姫は辛く苦しい生活をしたかった。新たな悦びを知ったにも関わらず、それを享受できない毎日。叶えられない願い。けれどそれこそが、かぐや姫の持つ特性だった。
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かぐや姫の噂は瞬く間に村々と広がり、多くの男達が求婚に訪れた。しかしその度にかぐや姫が出した条件は、どれも異常な難題ばかり。特にそう、石作御子が求婚にやってきた時などは、仏の御石の鉢で石抱き責めにして欲しいと願った。仏の御石の鉢など手に入ろうはずもない。また右大臣阿倍御主人が求婚にやってきた時などは火鼠の皮衣を着せた上で百本の蝋燭責めをして欲しいと願い、大納言大伴御行が求婚にやってきた時は龍の首の玉を……いや、言わずにおこう。中納言石上麻呂や車持皇子が求婚にやってきた時の話も、殊更する必要はないように思う。ともかく婚約のための条件を達成できた者は、ついぞいなかった。何故かぐや姫は異常な難題ばかりを出すのか。いや、本人は難題とは思ってはおらず、そこにかぐや姫の本質があった。
叶えられない願い。達成されない難題。それは非存在の証明。世界に存在しない全てを証明する。当人は知らず、しかしそれがかぐや姫という個体の在り方であった。星の者かぐや姫は世界における非存在の証明装置であったのだ。
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月日が流れ、最早かぐや姫に求婚する者も帝だけとなった頃、遠い空から彼等はやってきた。夜天からまるで月そのものが下って来たかのように、煌々と輝く円筒形の船。数日以前よりかぐや姫が告げるに、近々迎えが来るとあったので、帝はそうはさせまいと頭中将に言いつけ、翁の家の周囲に軍勢を配置していた。今その軍勢、翁の家、竹林、周囲の全てがかつてない輝きに覆われている。輝きは天の者達を繋ぐ声であり、手であり、構成素子であった。故に今、その輝きに包まれた者共は誰も星の者達に弓を向けられない。星の輝きの中で、全ては彼等の手中、声の意志、組織の一部。弱き人類の個は霞よりも薄く引き伸ばされ、誰も敵意を抱くことさえ叶わない。
船より七人ばかり天の羽衣を纏った星の者が舞い降りると、彼の者達は地に接することなく、少しばかり宙を浮遊したまま、次のように発した。
「翁よ、出て参れ」
呼応するように翁は現れると、しかしその目には涙を浮かべ、酷く悲しんでいた。かぐや姫との別れ、そしてそれに抵抗すらできない身分を憂いていたのである。
「そなたは罪人たる者の日繕いをよくやってくれた。しかし償いの月日は過ぎ、天に戻る時が来たのだ。罪の故も明らかになった。我外なる不死の蔓延が、地上の不死の非存在に綻びを生じさせたのだ。その綻びを縛り止めんと、非存在の証明者たる者の罪を生んだのである。我々はこれよりこの地の不死の回収と焼却を行う。早く返上奉れ」
星の者の慈悲深い言葉に、翁は嘘ではなく真実を返すことで、抗おうとする。
「そのように致したく、ですがかぐや姫は、酷い病気にかかっているので、出ていらっしゃることはできないでしょう」
「病気とな?」
「そうでございます」
翁は病気の類は語らず、しかし星の者は少し眉をひそめると、その意を理解した。
「わかりみが深し。さりとてこの地の穢れたるに、いつまでもいられようか」
星の者の声の後、翁の家の全ての戸はひとりでに開き、かぐや姫の姿も露わになった。かぐや姫は水を貯めた桶に顔を沈め、背に乗せた媼に体重をかけるよう指示を送っている。星の者が溜息と共に指を振ると、桶の水はたちまち気化し、輝きの中へと消えた。輝きに照らされた媼はかぐや姫の背から降り、その手を引く。かぐや姫は濡れた顔のまま星の男の元へ来ると、不満そうに頬を膨らませた。
「ああなんと、穢れ地のものを召して気分も異なろう。これを」
星の者の一人が箱を持ってかぐや姫の元へと近づく。箱の中には天の羽衣と不死の薬があり、星の者は不死の薬を一粒摘まみ上げるとそれをかぐや姫へ差し出した。かぐや姫は不死の薬を舐め、物憂げに地上の人々を眺める。
「あのぉ、ちょっと聞こえたのですけれど、地上の不死の非存在に綻びが生じたせいで、わたくしはこのようになったのですか?」
「しかり。焼却の後そなたの罪も滅ぼされよう」
「……わかりました。あぁ、地上のものの不味いこと。丹薬をもう少しばかりいただけます?」
「良く清めよ」
かぐや姫は丹薬を一摘まみ二摘まみ、口元へ運び、気のない様子で背を向け、懐紙に包み入れる。振向き物憂げな面持ちで、小さく溜め息を落とした。
「わたくしの為に計らってくださった方々にお別れを告げさせてください」
「よかろう」
かぐや姫は時の遅れた流水のように頭中将の側へ足を運び、
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『今はとて 天の羽衣 着るをりぞ 君をあはれと 思ひ出でける』
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そう歌を詠んで懐紙を渡した。
戻り来たかぐや姫に星の者が羽衣を着せると、地を離れるようにその心からも別れを惜しむ想いはすっかりと消えて……しまったのだろうか。最早何も振り返らず、かぐや姫は船に乗り、やがて見えなくなってしまった。
輝きが点滅する。世界が点滅する。その眩さ、誰も見定めることは叶わず、気付けば船は天高く舞い上がっていた。高く、高く、船は天高く、一羽の鳥の羽ばたきもない場所へ。風もない、ただ重力のみが存在する場所へ。そして……黒い煙を撒き散らす。火を噴く。輝く船は垂直に、地に落ちる。それは、世界の理を破壊する、天罰の柱。
竹取物語。ある日竹取の翁は竹林で輝く竹を発見し、その内より三寸ばかりの赤子を拾い上げる。赤子はかぐや姫と名付けられ、3か月程で妙齢の娘となり、その美しさに多く求婚された。しかしかぐや姫は如何なる者とも婚約をしようとはせず、そうして別れの日が来る。最後の求婚者、帝はかぐや姫が月へと帰るのを阻止しようと軍勢を従え備えた。けれどいざ月の使者がやってくると、誰も使者達の言葉に背くことはできず、羽衣を纏ったかぐや姫はまるでそれまでのことをすっかり忘れてしまったかのようになり、不死薬を残し、月へ帰ってしまった。
作者不明、成立年不明の竹取物語は、その主人公、かぐや姫の正体までもが不明です。たった三ヵ月程で大人へと育ったことや、月へと帰るという描写から宇宙人説も。その他にも無理やり連れ去ろうとすると一時的に影のようになってしまったり、月の使徒はただその姿を現すだけで相手の戦意を喪失させたりと、少なくとも人間ではありませんね。日本最古のSFとも言われるのも納得です。
また竹取物語には二つのアイテムが登場します。一つは天の羽衣、もう一つは不死の薬です。天の羽衣に関しては着ると感情をなくすという説明があり、不死の薬に関しては地上の穢れを清めるものとの説明があります。命の終わり、死の概念こそが月人にとっては穢れであり、また感情も不要なものというのが月人の価値観なのでしょう。そうしますと、竹取物語一番の謎が明らかになってくるかもしれません。一番の謎、つまりかぐや姫は罪を犯したがために地上に落とされたわけですが、その罪とは何だったのかということです。
ところで今回新たに出てきた月人の持つ不死薬ですが、これはお菓子の家の魔女が作った不死薬とは違い、もっとずっとクリーンなものです。単に寿命を延ばし老いを止めるもの。摂取し続けなければいずれ効力はなくなってしまいますが、生命をゾンビ化させるようなものではありませんし、死んだ者を蘇生させることもできません。逆にお菓子の家の魔女の不死薬はそれはそれは歪で恐ろしいもの。それ故に世界の原則、不死の非存在に綻びを生じさせ、非存在の証明装置たるかぐや姫の心に影響を与えたのです。
蛇足ですが、最後にかぐや姫が頭中将に帝宛ての不死薬を渡したとのは、不死の非存在の綻びを少しでも広げるためでした。月人の不死薬ではそんなことにはならないのですが、かぐや姫はそれを知らなかったので。まぁ、せっかく得た感情を失いたくなかったのです。たとえ世界が滅んでしまうとしても。