本当は残酷すぎるシノアリス童話   作:司薫

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アラジン【囚われの虚】

 蛍光灯の明かりが点滅している。気がつくとアラジンは白いタイルの上に横たわっていた。周囲は硬い壁と、分厚い扉で閉ざされている。

「なんなんだいったい……」

 立ち上がろとして、ずたんっと床へ倒れ込む。見ると、足に枷がはめられていた。それが部屋隅のパイプ管に繋がれている。

「女王蜘蛛だ」

 男の声にアラジンがそちらを見ると、部屋の反対側に一人の男が、アラジンと同じように足枷をつけられパイプ管に繋がれていた。

「きみは?」

「おまえさ。数ヶ月前にここへ来たおまえだよ。いーや、実際は数日くらいしか経っちゃいないのかもわからないが。もしかしたら数年かもな……なんにせよ、だ。俺はあんたさ。あんたみたいに小洒落ちゃいないがね」

「なるほど」

 アラジンは男の身なりを観察し……服装と、髭の具合と。だいたい通常の髭の生え具合がどの程度かというのは服装でわかる。それで、この男はまぁ、一ヶ月はここに繋がれてはいないだろうが、三週間ほどはここで暮らしているだろうということは見当をつけた。

「けれどそれだけ喋れれば問題ないさ。しかしわからない。きみも不死薬を買いに来たのかい?」

「不死薬? なんだそりゃ。俺は蜂蜜を分けて貰いに来ただけさ。それが◯◯しろと言い寄られて、断ったらこのザマさ。俺には大切な女房がいるんだぜ。冗談じゃない。しかしこのままもう女房に会えないなんてのは、それこそ最悪ってやつさ」

「……なるほど。そういうことか」

 顎を摩る、アラジン……しばらくそうしていたかと思うと、指をパチンと鳴らし、何処からともなく黄金のランプを取り出した。ランプから青い煙が揺らぎ伸び、足枷の鍵穴へ吸い込まれていく。すぐにカチッと音がして、足枷が外れた。

「おいおいなんだそりゃ。俺の足枷も外してくれ」

「お安い御用さ」

 青い煙が今度は男の足枷へ伸びていき……カチッと、男の足を自由にした。

「おお、ありがてえ! 助かったよあんた!」

「気にすることないさ。お安い御用、なんだからね。当然扉を開けるのもお安い御用だが、僕は不死薬が欲しい。きみ、心当たりはないかい? 金なら弾もうじゃないか」

「なんて? あんたもしかしてどこかの王族のお方かい?」

「まぁ、そんなところさ。どうだい?」

「不死薬か。それについちゃ、さっきあんたの口から聞いたばかりだけどね。俺ぁ、あの女王蜘蛛に言い寄られて、それで逃げたのさ。下の階へ下の階へ。そんでもって、声を聞いたぜ。来るな。これ以上近づくな。近づいてはいけない、って。聞いたのかわからないが。頭に直接話かけられてるような、そんな感じでもあった。下の方の階にはなんかしらありそうだね」

「グッド。なかなかバリューある情報だ。いくら欲しい?」

 アラジンの掌から、金貨がジャラジャラと溢れ出す。

「おお!? おお! おおお???」

 男は困惑と喜びの入り混じった表情で金貨の滝に手を差し出し、金貨を受け取るが、とても持ちきれない。次次と溢れこぼれ落ちていく。

「あああ、なんてことだ。あんたはガネーシャ様かい? ああ、なんてことだ。なんてことだ」

「いやいや、お安い御用さ。これもね。それよりきみ、ファシリテーターになってくれると助かるんだが、アクセプトしてはくれないかい? きみが進んだ場所まででいいさ」

「もちろんでさぁ! しかしこれ、全然持って帰れやせんよ」

「なら置いていけばいい。金ならあとでまた、欲しいだけきみにあげよう」

「あぁなんてことだ。ガネーシャ様だ。わかりやした! お任せください。お連れします」

 アラジンはスマートに微笑む。ランプから伸びる青い煙は重い扉の鍵穴へと伸び、いとも容易く、二人の男を解放した。

.

 男の後ろについて、アラジンは暗い塔の内部を、壁に沿ってどこまでも降りていく。壁の反対側は、そこの見えない巨大な空洞。明かりさえあれば。けれど、どうやら外は夜になっているらしい。外が透ける壁、とはいえ、夜では意味がない。塔の中へは星の輝きだけが届き、ただそれが逆に、足場の不確かさを知らせていた。気を抜けば星間へ、何処までも落ちていきそうになる。

「アラジンさん、どうもこの塔は、本来の向きじゃない。わかりますかい?」

「ああ、なんとなくね」

 アラジンの手が壁の窪みに触れ……その窪みの内側は半球状になっていて、機能はしていないが、おそらく照明かと思われる。

「横だろう、本来は」

「そうでさ。本来は横向きのもんが、どうしてか縦になって、地面に突き刺さってんでさ。で、ほらここなんか、気をつけてくださいや。段が一個落っこちてら」

 男が段の崩れた箇所を飛び越え、アラジンもまた、注意深く飛び越えていく。

「何かアクシデントが起こったのか。とすれば、うん、元の住人は皆死んでしまったかな。それでラプンツェルと子供達が住みだしたと、そんなところだろう」

「俺ぁ、住みだした、のはあの女王蜘蛛だけだと思いますけどね」

「というと?」

「見ませんでしたかい? あのガキ供、皆女王蜘蛛そっくりの金髪だぜ。つまり……」

「まさか。ラプンツェルの健康状態は見た感じ、極めて良好だ。もしきみの言う通りなら、あれはあり得ない。それに人間の成長速度を考えたって」

「俺もずっとそれが疑問でしたさ。けど、もしアラジンさんが話してたような薬があるなら、あるいは……」

「……女の子達はどうした」

 その時、突風が吹き上がってきた。

「うおっ!」

 男がバランスを崩し、よろける。するとそのポケットから、バラバラと金貨がこぼれ落ちた。

「ああ俺の金が!」

 金貨へ手を伸ばす。そこへ更に突風が。

「うおっ、つ、ああああ!」

 男はあっという間に、高く高く巻き上げられ……消えてしまった。

「あんな端金のために」

 そうとだけ呟いて、アラジンはまた壁沿いの階段を下りだした。

.

 階段を降りきると、そこから先はただ巨大な穴になっていた。穴の中では金色の粉が舞い、やはり、底は見えない。そして、声が聴こえる。

「卑しき者よ。それ以上近づくこと身分に違う行なれば、すぐに去り、また戻るべきでなし」

 なるほど。アラジンは男が言っていた意味を理解する。確かにそれは脳に直接語り掛けられるような感覚で、あるいは、脳の指令を書き換えられるような感覚だった。しかし……アラジンの心を動かせるものは、ただ一つしかない。

「卑しいなんて言われたのは、いつぶりだろうか。懐かしささえある」

 ポンッと魔法のランプが飛び出し、くるくると回転する。ランプの口から金銀財宝が溢れ、それはアラジンの足元から下へ、下へ、財の階段を造り上げていく。

「必ず持ち帰るさ。僕は。このランプを手に入れた時と変わらない」

 アラジンの足が財の階段へ、伸びる。そして深闇へ。闇の底には、過去と真実がある。

.

 底へ着いた。輝きが舞っている。辺りには無数の壺が。アラジンは壺の一つに歩み寄り、そっと蓋を開けた。中には輝く金の粒子が、ぎっしりと詰まっている。

「ついに見つけた……」

 金の粒子を手で掬い、一舐め。それは砂糖のような甘さで、シルクのような舌触りを伝えた。

「どなたか、いらっしゃるのですか?」

 女の声がした。ラプンツェルの声ではない。

「あの女性とは違う気配。あぁ、わたくしをここから出してはくれませんか?」

 アラジンは壺を片腕に抱え、声の方へと歩み寄る。そこには黒い、流線形の繭があった。そっと、繭に指を触れる。すると触れた場所から繭は金色に輝きだし、中にいるその人を、映し出した。

「きみは」

 突如、アラームが鳴り出す。輝く粒子によって仄かに照らされていた空間が、赤い点滅に包まれる。空間の隅で、何か、巨大なものが目を開く。

「ああ、やっぱり。お願いです。あれを倒して、わたくしをここから連れ出してください」

「あれ? あれって」

 ドオォォン!! と、何かが壁を叩いた。アラーム音が止み、しかし空間は赤く照らされたまま。巨大な何かが起き上がり、上を向く。そして。

「ゴォギィィィィィ!!」

 空間を揺らし、引き裂き、歪める咆哮が、アラジンの身体を圧殺するように響き渡った。

「う」

 壺が地に落ち割れ砕かれる。アラジンは目を見開き、歯を食いしばる。しかしその心の中では、苦悶と憎悪で絶叫していた。彼は知っている。この咆哮を。その、絶対的な権能を。

「おまえは…」

 アラジンは睨み付ける。赤く染まった空間の中、その瞳の先には、巨大な猛獣、怪鳥ルフの姿があった。ルフの雷のような目がアラジンを捕らえ、その存在を、圧し潰すように見据え抜く。

「おまえは、いつぞやの間抜けな王子か……男とは珍しい。あの娘が男を我に献上するとは。どういう訳だ……まぁいい。姫と同じように我の血肉となるが良い」

 怪鳥ルフが巨大な翼を広げ、空間を覆い囲む。アラジンはランプを握り締めると、その内より黄金の槍を抜き出し、怪鳥ルフを見据え、構えた。

「おまえなどに食われるか。それに、姫は宮殿で床に伏しているだけ! 不死薬さえあれば」

「不死薬など意味はない。もう跡形もなく消化したわ。何を記憶におかしなことを言う」

「うるさい! 嘘をつくな! 姫は不死薬さえあればまだ! 不死薬を全て買う! 金があるのだから! ラプンツェル! ここにある不死薬全て僕が買うぞ! 金ならいくらでもあげよう! だから不死薬を」

 グラグラと揺れ乱れるアラジンの瞳を見つめ、怪鳥ルフはふっと笑いを漏らす。

「憐れだ」

 ルフが巨翼を振り、無数の羽刃がアラジンを襲う。アラジンは槍を振り、宙を舞い、羽刃を払い落とした。地に足が触れると同時に槍の柄含む三本の足で地を蹴り、ルフに突進を試みる。

「ゴォギィィィィィ!!」

 ルフの咆哮が突風のようにアラジンの猛進を阻む。しかし完全に勢いを治めるより先に、アラジンの背後には魔法のランプが、その口から無限の財宝を吐き出し、アラジンの背を押した。

「おおおおおおおお!!」

 際限のない富に背を押され、アラジンは突き進む。

「無駄だ!」

 ルフは翼を閉じ、自らの身体を硬く覆った。湧き出す財貨がアラジンを囲み、それは一本の、巨大な宝物の槍となる。槍は回転し、ルフの翼へ突き立てられた。巨大な翼を抉り飛ばし、ルフの懐へ、至る。

「ゴォガィィィィィ!!」

「姫! 姫えええええええええ!!」

 財が懐を空へと還す……。

 やがて、血に染まった財宝が轟音を立て地に落ちると、怪鳥ルフもまた地に崩れ倒れた。

「やった……」

 アラジンは黄金の槍を手に、繭へと近づく。

「あぁ、なんて強い人。どうかわたくしを、外へ」

「ああ」

 アラジンは槍を振り、繭を切り裂いた。槍を捨て、繭の中へ手を。かぐや姫を抱え出し、そっと微笑む。

「姫、僕は君を助け出した。君は僕の姫だ。何が欲しい? 欲しいものなんでも、君に捧げよう。無限の金も、珍しい財宝も、このランプさえあれば、全てを君にあげられる。さあ、何が欲しい? 欲しいものを言ってくれ」

 かぐや姫は微笑む。そうしてまた、けっして理解し合うことのない二人が、出会った。




 アラジンと魔法のランプ。前中略。姫と結婚をしたアラジンは、しかしなかなか子宝に恵まれない。すると聖女がルフ鳥の卵を天井へ吊るすとご利益があるというので、アラジンはランプの魔人にルフ鳥の卵を持ってくるよう命令した。しかしこの言葉に、ランプの魔人は激怒する。ルフ鳥はランプの魔人の大主人であるとのことで、更には聖女は偽物で、その正体は毒殺した悪い魔法使いの弟だと告げる。アラジンと姫は危うく生まれてくるルフ鳥に襲い殺されるところだった。アラジンは魔法使いの弟を剣で刺し殺し、二人はようやく真の平和な暮らしを得るのだった。
 アラジンがランプの魔人の忠告を聞かなかったら、あるいは自らルフ鳥の卵を取りに行っていたらどうなっていたか。これはそのifのストーリーです。アラジンと姫、二人の部屋の天井で、ルフ鳥は卵から生まれ、姫を食い殺しました。アラジンはその事実を受け入れられず、姫は病気で床に伏しているだけ、不死薬さえあればまた元気になる、そう思い込んでいます。真実から目を反らし続ける彼は、魔法のランプが生み出す財にすがり、金さえあれば不可能はない、不死薬も買えるし、姫も助けられる、と考えます。死者を蘇らせることすらできるほどに、金は絶対のものでなければならない。完全に思考の方向が逆転してしまったのでした。そうして最後には姫の顔すら思い出すことを拒絶し、ルフ鳥から助けたかぐや姫を自分が愛した姫だと思い込むのです。
 前回に引き続き舞台はラプンツェルの塔、いえ、かぐや姫等月人の宇宙船でした。不死の非存在の綻びを消し去るため、お菓子の家の魔女が作った不死薬ごと地上を焼却しようとする月人の目論見を、かぐや姫はただ自身の感情の保持の為、阻止せんと宇宙船を落下させたのです。その途中月人達の抵抗によりかぐや姫は捉えられますが、宇宙船の落下は止められず、地上に垂直に突き刺さります。その衝撃で月人達はかぐや姫を除いて皆肉体を失い、うっすらとした思念のみの存在となりました。思念体となった月人達はルフ鳥を呼び寄せ、捉えたかぐや姫の監視者とします。ただルフ鳥は捧げものを求め、それ故に月人達は森を彷徨っていたラプンツェルを呼び寄せました。育ての親の魔法使いから塔を追い出されたラプンツェルは、男の子と女の子の双子を連れていました。ルフ鳥は双子の内いずれかを捧げものとすることを要求します。ラプンツェルは困り果て泣き崩れますが、その時女の子の顔が、自身を長い時塔に閉じ込め続けた魔法使いに見えたのです。ラプンツェルは女の子を捧げものとし、同時にその心は何処か狂ってしまいました。ルフ鳥はそんなラプンツェルを気に入り、月人の不死薬を渡し、塔に住むように言います。月人達もまたルフ鳥に協力し、ラプンツェルの思考をこの塔、突き刺さった宇宙船に住むのが一番いいと思うように書き換えました。それからというもの、ラプンツェルは男の人を誘い込んでは性交渉を行い、子供を産むようになります。男の子は新たな家族となり、女の子は皆ルフ鳥の捧げものにされていきました。月人の不死薬の効力によりすくすくと育ち、また一定のところまで育つと老いることなく生き続けるラプンツェルの子供達。彼等はやがて、思念体となった月人達の新たな肉体となることでしょう。
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