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紀元前99年の秋。当時の中国は前漢で皇帝は武帝。隊長の李陵は歩兵5000人を連れて北へ出兵した。
今で言うチベットとかモンゴルの境らへんをいい感じに北上すること30日。その頃には風も冷たいし、いよいよ遠くに来た感満載である。一軍は砂漠の北にある山にとどまった。
すでに敵の匈奴の勢力圏内にガッツリ食い込んでいる。秋なのは秋だけど北のほうだしとにかくヤバい。あまりの寒さに草が無ぇ、実なんて無ぇ。木の葉どころか木すらほとんど無ぇし砂と岩だらけで水も無ぇ。鳥取県かよといったものである。
住んでる人は当然いないし居るのは徘徊するカモシカくらいのものである。空とぶ雁でもあまりの寒さに南に行くが軍は帰りたいとすら思うことを許されなかった。なぜならあまりに危険だったからである。
匈奴は騎馬JKなのに馬も連れずに歩兵ばかり(例外は李陵とその取り巻き。彼らは多分偉いから馬に乗ってる。)で進軍している漢軍はそもそも頭がおかしいのである。
その歩兵すらわずか5000。援軍の追加はなく、今いる拠点は他の砦などとは離れている。隊長・李陵の信者じゃなければ兵たちにはあまりに無理な行軍であった。
秋の風物詩として匈奴といった騎馬女子高生が侵略してくる。侵略先の役人を殺すし、人民を攫うし、家畜を略奪する。あまりの山賊ムーブである。北方各地で被害続出である。
一時期衛青や霍去病といったバグみたいな強さの将軍が押し返した数年を除いて被害は抑えられていない。
霍去病が死んで18年、衛青が死んで7年。バグはすでに修正され、降伏する兵隊などもも出たし、陣地を作ろうとJK共にボコボコにされる。
残った将軍といったら最近活躍したコネ将軍李広利しかいない。漢軍への下方修正は厳しいのである。
その年の夏、匈奴の侵略に先立ち騎馬3万をつけ将軍として李広利が出兵した。現在のウイグルとかカザフスタンとかそっちのほうを決戦の地にみこんで匈奴の実質ナンバー2を討とうというのである。
武帝は李陵に命じてこの後方支援を命令しようとした。いい感じにサポートしやれよと。しかし呼びつけられた李陵は勘弁してくれと言った。
李陵は有名な将軍の孫。家柄◎。祖父仕込みの騎射が上手くて数年前から地元で教官をやっていたのだ。地元の英雄といったやつである。
年齢だってアラフォーで働き盛りだ。後方支援なんてぬるい事やってられるかと思ったのかもしれない。
李陵が主張する、教え子たちは一騎当千だし、だったら彼ら騎馬部隊を引き連れて横から匈奴のJK共を牽制したいという案には武帝もまぁそうかも……と思ったのである。
しかし色んな所に出兵してるから馬の数に余裕がない。無い袖は振れない。じゃあ李陵くん馬なしでもいい?と聞くと李陵は私は一向に構わんといってしまったのである。
無茶振りがすぎるけど後方支援よりはやりがいがありそうだし信者共5000とスリルと名誉を追い求めたかったのである。
少数で多数をぶち殺したらぁ!と言い張った李陵を武帝はこいつ派手派手でええやんと大喜びして願いを聞き入れた。
そうして地元に戻った李陵は部下を引き連れ早速北に出兵したのである。
道中別の部隊の隊長・路博徳が迎えに来た。そこまでは良かったがそこからがヤバかった。
もともとこの路博徳という男はバグの申し子霍去病の部下で12年前には10万の兵で南越(今の中国南部とかベトナム北部)を滅ぼした老将である。
その後は一線を退いて西の方の防衛にあたっている。年齢的に行っても李陵のパパくらいのものだ。
そんな路博徳は昔あんなに大活躍したのに李陵みたいなイキった若者(アラフォー)のサポートは嫌だったのである。老害かよこいつ。
小賢しくも路博徳は李陵が来たと同時に都に伝えた。まぁ有る事無い事チクった。
いまは秋で匈奴どもの馬もたくさん食べていい感じに元気である。少数の兵では騎馬JK共の勢いに対応しきれない。
李陵と一緒にここに待機して春を待って騎馬1万くらいかき集めて出撃したほうが良くない?もちろん李陵には内緒の独断専行である。
この案を聞いた武帝はブチ切れた。なんと李陵と相談の上での案だと言っているからである。皇帝の前であれだけ啖呵きっておいて今更ビビるのかよ、舐めんじゃねえぞと。
今度は武帝の返信の使いが路博徳と李陵のもとにそれぞれ届く。
路博徳には自分から李陵は少数でいくプランを提示したんだから路博徳くんはこれに参加しなくていいよと。
もし匈奴が来たらその邪魔だけしてればいいよと。そんなふわふわの命令である。
対して李陵にはお前はガッツリそこから出張して無理矢理にでも敵の中心地に偵察してこいよ、結果出してこいよと。話が違ぇぞ。今更引っ込みがつかねえぞ?とボロカスのパワハラ込み込みである。
もちろん李陵からしてもえぇ……である。
敵地ど真ん中への偵察はともかくとして馬もなしにそんな長距離の移動をするのは無茶振りそのものだ。
徒歩の行軍、人力の輸送、しかも冬場は寒い。誰から見てもこれは明らかにドぎつい。
武帝という人間は何かとブチ切れ気味である。同じくブチ切れ気味な始皇帝とかと似てるところもある。
例えば伯父のコネ将軍が兵士不足だから無理ですわこれ、一旦撤収するねといえば、ブチ切れて道中の関を閉じてだめだぞぉ!ってしたくらいだ。
そもそも伯父の遠征の目的が立派なお馬さんがほしいから確保してきてねっていうクソみたいな名目だったのである。
しかし人間性はともかくとして帝は帝で、帝から言われたらやらなきゃならない、そういういうものである。
ましては李陵は陥れられてしまったがもとは自分からの立候補なのだ。自信満々に啖呵を切ったのだ。
(季節と距離に頭がおかしいほどの無茶があるだけで)躊躇する理由はない。無いったら無い。
そうして彼は「騎兵抜き、人力全振りの出兵」に出たのであった。
ようやくたどり着いた最初の目的地。山の麓で10日程とどまった。その間、毎日斥候を出して周囲の敵情を探り、地形を地図にして都に報告する必要もあった。
報告書は部下の陳歩楽(注・ちんぽらくじゃなくてちんほらく)が使者として単身都に持っていくのである。使者は10に満たない貴重な馬の一匹に乗ると一鞭ビシィン!馬は丘を駆け下りた。
そんな灰色の乾いた風景に馬が小さくなって溶け込んでいくのを兵士は心細く見送った。
10日の間に周囲には女子高生はいなかった。ちなみに夏のうちに大軍を引き連れて出兵していた李広利は匈奴の実質ナンバー2を破ったが帰り道で別の匈奴のJKの大群に囲まれて惨敗した。
漢兵は十のうち六か七は撃たれ、将軍の身さえ危うかったらしい。李陵もその噂は聞いている。女子高生たちの地力は高い。
敵の主力が果たして今どこにいるのか……。いま戦っていると聞く部隊は時間とか距離を考えるに本命ではなさそうである。あまりに遠すぎるのだ。陽動と考えても良い。
匈奴の主力JKたちは距離や時間からすればこの辺にいてもおかしくない……。李陵は自身が毎日山の上にたって眺めたりするが山しか見えない。
たまに空とぶは隼ぐらいはみても地上には1騎のJKすら見えないのである。
僅かな木々に囲まれたところに陣がある。夜になるととにかく寒くなった。一般兵は僅かな木々を確保して燃やして暖を取った。ちなみに将兵はテントである。世知辛い。
十日の滞在で月は欠けていき、乾燥のせいか星が美しい。山すれすれに毎晩星が煌めいていた。十数日無難に過ごして明日には出発してそろそろ東南に進もうとしたその晩である。
一人の兵士がなんとなくお星さまきれい……と眺めてると星のすぐ下に明るくででかい星が現れた!おやぁ……?と思っているうちに見慣れないでかい星々のような光は尾を引くように動いた。
ふたつ……みっつ……同じような光がその周囲に現れて思わず兵士がやべぇ!と言いそうになったときにはそれらの灯はフッと消えた。まるで今見たことが夢であったかのように。
李陵は報告を聞いて夜が明けたらすぐに戦闘できるように準備を整えさせた。多分人じゃん?敵じゃん?戦闘じゃん?と判断したのだ。
点検を終えるとテントにもどりこんな状況でも雷のようなイビキを立てて熟睡した。これぞプロフェッショナルである。
翌朝李陵が目を覚まして外へ出ると全軍準備バッチリで敵を待つばかりであった。バリケードの外に立ち、兵士たちは盾と矛を持って前列に、弓を持って後列に配置されている。
周囲の山は静かだがなんとなく普段と違う気配はあるのである。
朝日が指してくると同時に(匈奴はリーダーがまず朝日が出てないと動かないのかもしれない。ソーラー動力かな?)今まで何一つ見えなかった山々から無数の女子高生が一気に湧いた。
凄まじい声をあげてJKは山から殺到する!駆け下りJKだ!JKの先頭が間近に迫ったとき、それまで静かだった漢の陣営から初めて太鼓が轟く。たちまちに弓を発射して数百のJKが一斉に倒れた。
その隙きを突いて浮足立った残りのJKに向かって前衛の矛がおそいかかる。匈奴の軍は完全に潰れ、JKたちは山に逃げ帰った。漢軍はこれを追撃して数千のJKの首を切った。快勝であった。
鮮やかに勝ったが執念深い女子高生がこのまま引くことはない。プライドが高いのだ。李陵は考える。今日の敵だけでも3万は超えていただろう。それに旗をみれば紛れもなく敵リーダーの親衛隊である。本命だ。
リーダーがいるものとすれば8万や10万の追加のJKは当然くるものと覚悟せねばならぬ。李陵は即刻移動することとした。それも予定していた南東への方針を変えて半月前にたどってきた道を逃げ帰ろうとしたのである。
南に行くこと3日目の昼、後方はるかな北の地平線に土煙が見えた。JK騎兵の追撃である。翌日はすでに8万の女子高生が騎馬の速度を生かして漢軍の前後左右を隙なく取り囲んだ。
女子高生に囲まれる漢軍……!これでは容易に抜け出せない。
ただし失敗には懲りる賢いタイプの女子高生であったと見え、至近にまで寄っては来ない。漢軍を遠巻きに見ながら馬上から弓を射かけるのである。陰湿アウトレンジJK殺法だ。
いざ李陵が全軍を止めて戦闘しようとすると引き下がり距離をとり近づいてこず、ふたたび軍をすすめると矢を射掛ける。移動の速度は落ち込み死傷者も確実に一日ずつ増えていく。
飢え疲れた旅人の後をつけるトイプードルのようにJKたちはこの戦法を続けつつ執念深く追ってくる。少しずつ傷つけて挙げ句いつかはとどめを刺そうと狙っているのである。
戦いつつ、引きつつすること更に数日、ある山中で漢軍は一日のオフを取った。久しぶりの休暇である。ちなみに負傷者もかなりの数に上っている。
李陵は点呼して被害を調べ、ヤバい傷1つならばいつも通り女子高生と前面で戦う、ヤバ傷2つならば物資の運搬担当後方支援、ヤバ傷3つなら休んでていいよの方針に決めた。スパルタだ。
なお、輸送力の低さから道中出た死体は荒野にぶん投げである。
この夜李陵は陣中視察で男装して兵に紛れ込む女を見つけた。本来女はいないはずである。そうして全軍調べたところ十数人の男装ウーマンが見つかった。
この女達は一体どういう出自だろうか。かつて盗賊の妻子が夫が殺され移り住んだ。人妻から人妻へのクラスチェンジや娼婦へのジョブチェンジをした女は少なくないのだ。
部隊に紛れ込んだのはそういう連中である。李陵は女どもを切るように命じた。彼女たちを連れてきた兵士についてはこの際何も責めない。
引き出された女達は甲高い声で号泣し、突然それが夜の沈黙に飲まれたようにフッと消えていくのを兵士一同は淡々と聞いた。
翌朝、久しぶりの襲撃を漢軍は気持ちよく押し切った。敵のJKの死体3000余り。連日のクソみたいなゲリラ戦術に苛ついていた士気がにわかに奮い立った形である。
次の日からまた来た道を戻っていく。匈奴としても、もとの陰湿アウトレンジJK殺法に戻った。
五日目にして漢軍は沼地に入った。水は凍り、膝まで浸かるほどに泥が深く、枯れた草のあるような場所である。風上に回ったJKが火を放った。女子高生だって火遁の術を使えるのだ。火は凄まじい速度で漢軍に迫る。
李陵は迎え火で対抗しかろうじてこれを防いだ。女子高生に火計ができるのだ。漢人にだってできない道理はない。だがしかし火は防いだがこの地帯はあまりに進むに困難である。休息もなく一夜中歩き抜いてようやく沼から抜けると、そこでは先回りして潜んでいた敵の主力JKの襲撃にあった。
漢軍、馬、JKの入り乱れての戦闘である。しかも漢軍は深夜の行軍で疲れ切っている。騎馬の激しい突撃を避けるため李陵は木々のまばらな林へと場所を移した。
林からの射撃は大変に効果的だった。たまたま先頭に来たリーダーとその親衛隊に向かって一度に矢を放ったときリーダーの白馬は前足を持ち上げ、リーダーは地上に投げ出された。
親衛隊は馬からも降りずさっと回収し全隊が引いていった。テクニカルで練度が高いのだ。ようやく執拗な敵を撃退することはできたが、今までにない難戦であった。残されたJKの死体はまたしても数千になったが漢軍も千に近い戦死者を出したのである。
悪いことだけではなかった。この日捕まえた女子高生の口から敵の状況を知ることができた。
リーダーは漢軍の強さにビックリマンで漢軍の20倍で攻めてるのに誘うように見えるドスケベムーブは近くに伏兵がいてヤバタニエンなのではと疑っているらしい。
リーダーは幹部にそう漏らすとそれもそうだけどこれだけ数に有利だと倒せなかったらウチらのメンツやばくね?という主戦論が広がった。
だったらここからしばらくは山が続くのでその間はガン攻めして最後に平地のワンチャンで倒せなかったら撤収すっぺということに決まったという。
これを聞いて漢軍の幕僚たちの頭に助かるかも……という希望のようなものがかすかに湧いた。
翌日の女子高生の攻撃は猛烈を極めた。捕虜の言っていたガン攻めというのを始めたのであろう。
手厳しい反撃を加えながら漢軍は徐々に南に移っていく。襲撃は一日に数十回繰り返された。3日経つとようやく平地に出た。
平地になって馬力パワー込み込みの本領発揮したJKたちは遮二無二圧倒しようとかかったが結局また2000もの死体を残して退いた。
捕虜が嘘を言ってないならこれで撤収のはずである。たかが兵卒JKの言葉であるから信頼できるとは思わなかったがそれでも幕僚たちはホッとした。
しかしその晩漢の管敢というものが軍を抜け出し匈奴のJKたちに降伏した。かつて都のチンピラクソガキだったが前日に職務の手抜かりを衆人の前で罵倒されてプライドが傷つき、ついでに鞭も撃たれた。
それにブチ切れて寝返ったのである。やりすぎだったのだ。そのうえ先日殺した女に彼の妻もいたという。しかも管敢は捕虜JKの自供をも知っていた。
それゆえにJKたちの前に連れて行かれリーダーの前に引き出されるやいなや管敢は伏兵はいないことをチクった。
漢軍はぶっちゃけボッチで援軍こないし矢も残ってない。負傷者マシマシで相当つらい。漢軍の中心は李陵とその親衛隊800人ほどで黄色と白の旗で自己アピールしてるゆえJKの精鋭をもってしてコイツらぶっ潰したらほかはざっこ雑魚と。云々。
リーダーはこれには大喜びで大歓迎をした。いけるじゃん!と撤退命令を取り消したのだ。
翌日李陵っち下れと疾呼しつつJKの最精鋭は黄白の旗めがけて襲いかかった。その勢いに漢軍は次第におされていく。
ついには山間に押し込まれてしまった。四方の山の上からは敵は矢を雨のごとく注いだ。射ったのは弓道部女子高生かもしれない。
一方それに応戦しようにも漢軍はいまや矢が完全に尽きてしまった。持ってきた50万本はことごとく射尽されたのである。
矢だけではない。武器だって半分は折れたり欠けたりしてる。文字通り刀折れ矢尽きたのである。それでも漢軍はあるものと工夫で対応した。木材で戦ったり日用品で武器の代用したのである。かしこい。
追い詰められ谷に下がっていくとJKは崖上から大石を投下し始めた。矢よりも確実に漢軍の死傷者は増加した。死体と石でもはや前進すら不可能となった。
その夜李陵は動きやすい服装になると誰もついてくるなと禁じてソロ行動を始めた。月は地面を照らし屍を浮き上がらせた。
拠点から出発したときにはまだ夜が暗かったのに月明かりが出始めたのである。月光と霜で山の斜面は濡れたように見えた。
拠点に残った将兵は隊長は服装的にあわよくばの精神で単独特攻をしでかしリーダーと刺し違えるアサシンプレイの所存に違いないと察した。
なかなか帰ってこなかった。将兵たちは外を覗いじっと待った。
やがて敵の拠点から騒音が響く。それからしばらくして音もなく李陵が帰ってきた。
だめだ、と。
全軍斬死で最後の花火あげるしかねぇと誰に向かってともなく言った。
誰も口を開くものはいない。それからややあって一人が口を開く。
先年匈奴の女子高生どもに生け捕りをされて数年後に漢に逃げ帰ったも将兵に対して武帝は罰を与えなかったことを語った。
このパターンで行くと少数の兵でこれだけJKたちを震駭させた李陵であればたとえ都に帰ってもセーフ判定もらえるのではないかというものである。
李陵はそれを遮る。自分の扱いについてはどうでもいい。とにかく矢の数十本もあればなんとかなるかもしれないがこのままでは明日の朝には全軍生け捕り確定ではないか。
ただ、今夜のうちに出発し、鳥獣になりきって散り散りに逃げ出したら数人はたどり着いて皇帝に現状を報告できるものが現れるかもしれないと。
数日間うまいこと逃げれば別の拠点に着く。その他に残された道は無いのではないかと。兵たちはこれにうなずいた。
全軍に残された僅かな食料を分け与え、遮二無二動物になりきって逃げ出せとの旨が伝えられた。
一方で後始末として手元に残っていた旗を始め武器などの敵に利用されかねないものはすべてぶち壊した。
深夜……太鼓がなり兵たちは目覚めた。ろくに太鼓の音すら響かない。李陵は側近数人を連れて先頭に立った。この日追い込まれた谷間から平地に出てそれから南に行こうというのである。
月はすでに落ちともかく隙きを突いて全軍の三分の二は予定通りに谷間を突破した。しかしすぐに敵の騎馬JKの追撃に遭遇した。
徒歩の兵は大部分討たれあるいは捉えられたようだったが、混戦に紛れうまいこと敵の馬を奪えたものはその馬で南方に走った。略奪はJKの専売特許ではないのだ。
敵の追撃を振り切って逃げた部下たちが百以上であることを確認すると李陵はまた再び谷間の入り口の修羅場に取って返した。
体は既に傷を負い、衣服は自分の血と敵の血にまみれている。側近はすでに戦死した。
全軍をうしなっては皇帝に合わす顔はない。李陵は戟を構えると再び乱戦に駆け入った。敵も味方もわからぬ暗闇の中で李陵は体勢をくずしてしまう。
その時突然背後から後頭部に重みのある打撃を受けて失神した。重量武器女子高生の仕業かもしれない。
倒れた彼の上に生け捕ろうとした女子高生たちが十重二十重と折り重なって飛びかかった……。
うらやましい……。
すごいぞ!漢の将軍たち
・李広
本作ではお名前カットの李陵のおじいちゃん。地元の英雄、
歴戦の将軍といった人物で匈奴と長年戦ってきた。
しかし長年やってきたら失敗もするもので、あるとき匈奴の捕虜になってしまう。
脱出して都に帰ってきたら武帝は激おこで平民落ちした気の毒な人物。
そこからやり直して再出世。ガッツあるね。
優秀とはいえ勝ったり負けたりな将軍だった。
晩年は「おじいちゃんそろそろ現場に出なくてもいいでしょ」って言われても「いやだいやだ匈奴ころすんだい!」ってごねた
じゃあ若手のサポートしてよっていわれて渋々参加したら道に迷って参戦が遅れた。
その後「若手の配置が糞だわ、でもこの状況でも活躍できなかった自分の運命はもっと糞だわ」こんなことを言ってセルフ首切りした。
えぇ……。
ちなみにそのときの若手がバグ将軍衛青。