李陵 Ver.2.0   作:犬ドリア

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 薄暗い部屋の中で─宮刑後は当分風にあたってはいけないので部屋の中に火をおこして温かい空間を作り数日間療養する。暖かく暗い部屋が蚕を飼う部屋にも似ているとして、蚕室とも呼ばれる─言語を絶した混乱に彼は呆然と壁に寄りかかった。

 

ちんちんがないのである。繰り返す、ちんちんがないのである。

 

憤激よりも先に驚きのようなものが来ていた。体を斬られるのはまぁいい。

 

死罪になるのもまぁ……平時から皇帝はアレだし覚悟はできていた。

 

死罪の自分は想像することができたし、武帝の前で李陵を褒め上げたときにはこれは死んだかもしれないな……くらいのふんわりとした懸念は自分にも一応あったのである。

 

ところが、刑罰の中で、よりにも寄って最もアレな宮刑をくらってしまうだなんて!

 

迂闊といえば迂闊であるが、(極刑の死罪を想像するくらいならそれよりも軽い刑罰のことも想像しなければならない)彼は自分の運命の中に不測の死くらいはあってもちんちんが取られるとは全然、頭から考えもしなかったのである。

 

あたまでおまたのことを考えてなかったのである。

 

常々、彼は、人間にはそれぞれその人間にふさわしい事件しか起こらないのだという一種の確信めいたものをもっていた。これは長い間史実を扱っているうちに養われた感覚である。

 

同じ逆境にも、人の性格に合わせて苛烈か惨めか身の丈にあった苦しみがおとずれるというふうにである。

 

一見してふさわしくないようなことであっても、のちの対処次第でその運命はその人間にふさわしいことがわかってくるのだと。

 

司馬遷は自分を男だと信じていた。

 

文官であっても当代のいかなる武官よりも男であることを確信していた。

自分ばかりではない。アンチ司馬遷ですら認めないわけにはいかなかったのだ。

 

それ故彼は自論に従って車裂きくらいなら思い描くことができたのであろう。

 

それがまさか50近くにもなってちんちん取られるなんて!

 

彼は、自分が蚕室にいることが夢のような気がした。夢だと思いたかっった。ちんちんはまだあると信じたかった。

 

しかし、壁によって閉じていた目を開くと薄暗い室内に生気のない、魂の抜けたような顔をしたちんちんロストマンが三、四人だらしなく横たわったりしているのが目に入った。

 

あの姿が、つまり今の己なのだと思ったとき、嗚咽とも怒号ともつかない叫びが彼の喉を通った。

 

 イライラとウジウジの数日のあとには、彼の学者の本能、反省がきた。

一体今回の出来事の中で、何が、誰が、誰のどういうことが悪かったのかという考えである。

 

日本の価値観とは別物の中国であるが当然、司馬遷は武帝を恨んだ。

 

一時はその恨みだけで他の選択肢がなかったのだ。

 

しかし、しばらくして狂乱の時期が過ぎたあとには歴史家としての彼が目覚めてきた。

 

儒学者みたいな忖度をしないで先帝ですら割引してみる彼は、後帝たる武帝の評価としても私怨で狂いを含めることはなかった。

 

なんといっても武帝は大君主である。

 

欠点まみれのクソ野郎で、ゴミクズファッキンで変な髭で、若い女が好きで正室の子供じゃない生まれであるがこいつがいる限り漢の天下は揺るぎない。

 

歴代の名君とよばれる者たちも大抵がこの君主と比べるとたいしたことがないのだ。

 

大物だからこそ欠点が目立つ、これはやむを得ない。

 

司馬遷はブチ切れて怨恨まみれであってもこのことだけは忘れない。

 

要するに今度のことは運悪く災害にあったようなものと思うほかないという考えが一層怒りを引き出したが、また一方で諦観にも向かわせようとする。

 

君主が悪くないなら悪いのは取り巻きおべっかマンが悪い気がする。たしかにそんな気がする。

 

しかし、こいつらを直接恨むのもお門違いだ。プライドが高い司馬遷がクソザコに怨みを向けるには物足りない気がする。こいつらを怨み続けるのは正直きっつい。

 

お人好しという連中にも怒りが湧く。おべっかマンや外道よりも始末が悪い。そばで見ていて苛つく。ふわふわして自分も他人も安心させるだけこいつは糞だ。自分の意見もたいしてない。どうせ何も考えていない。

特に今の大臣なんてそんなものだ。

 

自覚のある外道ならまだ良いが大臣ときたら自覚がないだけに始末が悪い。

 

ボロクソにけなしてもこういう手合は腹もたてないのだろう。こんな手合は怨みを向けるだけの値打ちさえもない。

 

いったいちんちんロストのの矛先はどこに向ければよいのだ。

 

 ならばと司馬遷は最後に苛立ちの原因を自分に求めようとする。実際になにかに腹を立てるなら自分に対してほかはなかったのである。(腹は立ってもちんちんはもうたたない)

 

だが自分のどこが悪かったのか。

 

李陵のフォロー……これは間違ってはいない。

 

方法的にも格別まずかったとも言えない。

 

クソザコおべっかマンになりたくないのならああ言うしか無い。

 

やましくないことするならやましくない行為のもたらす結果も受け入れなければならない。

 

それはそうだ。

 

だから厳しい刑罰にあおうとそれは受け入れるつもりだ。

 

しかし、この宮刑は、ちんちんロストマンと化した自分は、これはまた別だ。

 

鼻とか足とか斬るのとは全く別の種類のものだ。

 

この体の状況はどの角度から見ても、完全に悪だ。どう言い繕う余地もない。

 

心の傷はいつか言えるかもしれないが、ちんちんは二度と死ぬまで生えてこないのだ。

 

動機がどうあろうとこのような結果を招くものは、結局「悪かった」と言わなければならぬ。

 

しかしどこが悪かった?己のどこが?どこも悪くなかった。

 

正しいことしかしなかった。

 

強いて言えば、空気読まずに我を押し通したことがわるかったのである。

 

 すべてが終わり力なく座っていたかと思うと、突然飛び上がり、傷ついた獣のごとくうめきながら暗い室内を徘徊する。

 

完全にやべーやつである。

 

そうした仕草を無意識に繰り返しつつ、考えもまた、いつも同じところをぐるぐる回ってばかりで帰結しない。

 

まさに身も心もバター製造機なのだ。

 

 発作のごとくブチ切れ、頭を壁に打ち付け血を流したその数回を除けば、彼は自らを殺そうとしなかった。現時点て十分イッちゃってるのである。

 

死にたかった。死ねたらどんなによかろう。それよりもちんちん喪失の恥辱が追い立てるのだから死を恐れる気持ちは全然なかった。

 

なぜ死ねなかったのか?

 

道具がなかった。それもあるだろう。しかし、それ以外に何かがうちから彼をとめる。彼はそれが何であるか気づかなかった。

 

まさか取られたちんちんが守護霊に……?

 

もちろんそんなわけがない。

 

たた狂乱とブチ切れの中で絶えず発作的に死にてぇモードになったにも関わらす、一方彼の気持ちを生存モードに切り替えるなにかがあるのを漠然と感じていた。

 

何を忘れたのかははっきりしない痴呆の初期症状みたいな中で、とにかく何か忘れ物をした気がする。もしかして……ガスの元栓はちゃんと閉めましたか?

 

ちょうどそんな具合であった。

 

 許されて帰宅し、そこで謹慎するようになってから、初めて彼は、自分が一月もちんちん無くした怨みでおかしくなって、歴史の記述をしなければならないことを忘れていたことを思い出した。

 

その上表面的には忘れていたが、その仕事への無意識の関心が自殺から遠ざけていたのだと気づいた。

 

やっぱりちんちんは守護霊になんてなっていなかったのだ。歴史こそが自分を支えていたのだ。

 

 十年前の父の遺言はいまも耳の底にカピカピにこびりついている。

 

しかし司馬遷のどん底メンタル似合ってなお、歴史の仕事に執着させるのは父の言葉だけではない。それは何よりも仕事そのものであった。

 

仕事の魅力とか仕事への情熱とか履歴書自己PRの定番のフレーズではない。

 

歴史を綴る使命の自覚には違わないとしても更にそれが心の支えになっているわけではない。

 

自己中クソ野郎であったが、今回のことで、己のクソザコっぷりをしみじみと考えさせられた。

 

理想を語って威張ってみても、所詮大型犬に踏み潰されるハムスターみたいなものに過ぎなかったのだ。

 

どう考えてもラブラドールレトリバーにはジャンガリアンハムスターではかなわない。ひまわりの種をいくら食べてもペディグリーチャム食ってるやつには適わないのだ。

 

自分のプライドは惨めに踏み潰されたが、歴史の記述という仕事の意義に疑いはなかった。

 

ちんちんロストマンになりはて、自信も、心の支えも失い尽くしたのち、それでもなおこの世にいきながらえてこの仕事をするということはどう考えても楽しいわけではなかった。

 

それはほとんど、いかにいやでも絶えずつきまとう人間同士の腐れ縁のような宿命的な因縁みたいなものと感じられた。

 

とにかくこの仕事のために自分は自殺できないのだ(義務感ではなく肉体的な、この仕事との繋がりによってである)ということだけはハッキリしてきた。

 

いよいよ追い込まれてきた感がにじみ出てきた。

 

 当初の盲目的な獣の呻きに変わって、意識的な人間の苦しみが始まった。

 

自殺できないことが明らかになるにつれて、自殺に寄っての他に苦しみや恥辱から逃げられないことはますます明らかになってきたのである。死ねないなら亡くなったちんちんと向かい合わなくてはいけない。

 

今年天才役人こと司馬遷はちんちんといっしょに消えて亡くなった。

 

その後に歴史の記述を綴っけるものは意識も知覚もない文章作成マシーンである。

 

BOT状態である。

 

自らをそう思い込む以外になかった。

 

無理でもそう思おうとした。

 

ほんとうにそれでいいのか?

 

ただ歴史の記述は続けなければならぬ。

 

これは彼にとって絶対であった。

 

歴史の記述を続けられるためには。いかに耐え難くとも生きながらえねばならぬ。

 

生きながらえるためには、どうしても、完全に身を亡き者と思い込む必要があったのである。

 

つまり、司馬遷ちんちん本体説である。

 

 五ヶ月後司馬遷は再び筆を執った。喜びも興奮もない。

 

ただ仕事の完成の意思だけに鞭打たれて、傷ついた足を引きずりながら目的にに向かう旅人のようだ。

 

完璧に取り憑かれてるような人である。

 

とぼとぼと原稿を書く。もはや役職は解かれていた。

 

いまさらになってやりすぎたかな……やりすぎたかも……とおもった武帝が司馬遷に別の役職を与えたがもはやそんなものは彼にとってなんの意味もない。

 

かつてのクソ強ディベートマンだった司馬遷は一切口を利かなくなった。

笑うことも怒ることもない。

 

しかし、かといってしょんぼりボーイではなかった。むしろとりつかれたような凄まじさを、見た感じの人々はお察ししていた。あっ見るからにこいつヤバい……。

 

寝る間も惜しんで彼は仕事を続けた。

 

一刻も早く完成し、そのうえでちんちんの後を追いたいのではと焦っているようなものののように家来たちには感じられた。かわいそうだよね。

 

 凄まじい努力を一年ばかり続けたのち、ようやく、生きることの喜びを失い尽くしたのちも。表現するだけの喜びだけは残るのだと彼は発見した。

 

表現の喜びとか美大生みたいだな?

 

しかし、そのころでも彼は沈黙モードを解除しなかったし、見た目も明らかにイッちゃってるままである。

 

原稿を続けるうちにおちんちん無い無い役人みたいな文字を書かねばならぬところにくると、彼は思わずうめきを漏らした。

 

一人部屋にいても、布団のうえにいても、ふとこのちんちんロストの怒りが出てくると、たちまちカーっと焼きごてを当てられるような熱い疼きが全身を駆け巡る。多分健康には良くないやつである。

 

彼は思わず飛び上がり、奇声を発し、うめきつつ徘徊し、しばらくしてから歯をくいしばって己を落ち着けようとするのである。傍から見たら怪人そのものなのだ……。

 

 

 

 怪人・インテリちんちんロストマン……

 

 




すごいぞ!漢の将軍たち



・霍去病

バグ将軍その2。

バグ将軍衛青の甥っ子。

厳しい環境で育った衛青とは違い既に皇帝の外戚で幼少期は不自由なく育った。

結構傲慢な人物であったようである。

ただ、部下からもあまり嫌味などには映らなかったらしい。

ただ破れ鍋に綴じ蓋ともいえないが性格が武帝とかみあったようで可愛がられた。

18才で戦場デビュー。

あれよあれよと大活躍して数万の首をとって一年ほどで高い地位の将軍位をもらうことになる。

なんだこいつ天性の匈奴キラーかよ。

セルフ首切りおじいさんが首切りしたときの総大将はこいつ。

李広の激昂した息子が衛青を切りつけたが衛青は怒らなかった。

ブチ切れたのは霍去病である。

ブチ切れ霍去病、この刺した男を狩りに誘いそこでぶち殺してしまう。

サスペンスでありそう。

このやり返しは義侠じゃん!って感じで中国でも人気らしい。

わかりそうでわからない……文化が違う……。

24歳の若さで病気で亡くなってしまう。

もし霍去病が長生きしてたら匈奴はどれだけボコボコにされていたのだろうか……。


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