化物語短編集『着物語』   作:しんかい(神海心一)

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つばさブラジャー

 

  001

 

 羽川翼――彼女が自分にとってどういった人物かという問いに対する明確な答えを、僕は持っていない。とても大事な、かけがえのない人間であることは今更疑いようもないけれど、では果たしてどのように形容すればいいのか、それをはっきりさせるのはやはり難しい。

 春休みの地獄から僕を救ってくれた、掬い上げてくれた大恩ある相手とも言えるし、さして長くもない僕の人生に於いておそらくは初めての、一生関わりが続いていくという確信を抱いた友達とも言える。

 考えてみれば不思議なものだ。私立直江津高校きっての才媛、学内でも指折りの有名人(羽川は頑なに認めようとしないが)と知り合い、あまつさえ携帯の番号とアドレスを交換するなんて、あの日に出会うまでは想像もしていなかった。まあ、そんなことを言ってしまえば、今の僕は羽川どころかバスケットボール部の元スターを顎で使えるような立場にあるわけで、さすがにそこまで来ると何がしかの運命やら宿命やらを感じなくもない。無論錯覚だろうが、ともあれここ半年で僕の人間関係が大いに変容したことは、否定しようのない事実だ。

 友達だけでなく恋人までできちゃって、もう僕の人間強度はだだ下がりである。

 しかし、嫌だとは思わない。あるいはそれこそが弱くなった証拠なのかもしれないけれど、例えそうだとしても、きっと望ましいことなのだろう。

 少なくとも、羽川のおかげで僕は春休みのあのどん底から這い上がれたのだから。

 ところで話は変わるが、僕の部屋には隠しスペースが存在する。健全な男子ならほとんど誰しもが理解できるであろう、人目に触れさせたくない、叶うことなら家族にも気付かれてほしくはないあれこれを、一切合切まとめて仕舞い込んでいる秘密の空間。詳しい場所を語るつもりはないが、多分に漏れず僕もあまり大きな声で言えないものを詰めていて、時折こっそりと取り出してはエロい妄想に耽ることもある。

 勿論スペースは有限なので、夜に散歩へ行くふりをしたり、休日に何気ない風を装って出かけたりしては不要になった雑誌を捨てている。最近は購入ペース自体がわかりやすく落ちたものの、大変残念なことに劣情そのものはなくなってくれないのだ。

 おかしいよなあ。

 戦場ヶ原はともかく、万年発情期みたいな神原と付き合ってると、一種の悟りを開きかねないくらいなのに。

 ただ、いくらかスペースに余裕ができたのも確かで、そして現在、そこには()()()()が収められている。

 仮に見つかれば、エロ本以上に言い訳が効かないもの。

 羽川の、下着だ。

 如何なる経緯、如何なる事情があって僕の手元にそんな素敵アイテムが辿り着いたのか、それを語るのはさして難しくもない。事の発端はやはり春休み――鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、けれども今は最早吸血鬼とすら言い難い、名を奪われ血を奪われ力を奪われ、当時とはかけ離れた幼い姿で僕の影に潜んでいる、彼女。忍野忍のある意味前身たる怪異殺しと最後に壮絶な殺し合い、大立ち回りを行った後のことだ。もしくはさらに遡って、ギロチンカッターとの決戦前、と言った方がいいのかもしれない。

 前者の時に僕は脱ぎ捨てられていたブラジャーを人知れず回収し、後者の時に脱ぎたてパンツを借りたのだった。新学期初日、念願叶って同じクラスになれた羽川に冗談めかしてその話をした覚えがあるが、よくよく考えてみれば未だに両方とも返していないのである。

 言い訳がましいのを承知で弁解するなら、ゴールデンウィークの騒動に始まり、戦場ヶ原、八九寺、神原、千石――立て続けに怪異と関わったことも手伝い、何だかんだで機会を逸してしまっていた。当然チャンスは幾度もあったし、完全に忘れていたわけでもなかったけれど、容易に切り出せる話題かというとそれは違う。全く以って違う。

 だってさ……言えるわけねえじゃん。

 黙り続けて誤魔化し通すには心苦しく(そもそも羽川相手に誤魔化し通せるはずがない)、かといって手放すには惜しいような勿体無いような、そういう複雑な思いもあるのだ。あれ以来、羽川がまるで追求してこないのも理由の一つだろう。逆にそれで話を持ち掛けにくくなってるというのも、あながち間違った推察ではないと思う。

 そんな理由で春休みから数えて五ヶ月近く、自室にひっそりと眠っている羽川の上下一式を、僕はつい先日まで、ほとんど意識の外に置いていた。そのことを思い出したのは、きっかけがあったからだ。

 七月の半ば。

 戦場ヶ原の家で目覚めた日。

 家でベッドに包まっていたはずの僕は、不法侵入紛いの行為によって、呆気なく神原と戦場ヶ原に攫われた。具体的にどうやって、どのような手口で連れ出されたのかは伝聞でしか知らないのだが、重要なのはそこではない。

 神原が、僕の部屋に侵入したことが問題なのだ。

 ――要するに。

 今更ながら、あの後輩に羽川の下着の存在がバレたかもしれないことに、気付いたのだった。

 

 

 

  002

 

 と、ここで普通なら神原が登場するものだが、それはもう少し先の話になる。

 時刻は昼前、八月も後半に差し掛かった頃。朝の涼しい時間帯を勉強に費やし、休憩がてら気晴らしがてら、特別用事も行き先もなくぶらついていた僕は、見慣れた小さな後ろ姿を捕捉した。角を曲がる細身と、リュックサック。みんな大好き、八九寺真宵である。

 相変わらず周囲に対する警戒心がまるでない。あれでは突然変態に襲われて抱きつかれたり頬擦りされたり胸を揉まれたりされても仕方ないだろう。あそこまで無防備だと、声をかけることにすら抵抗を覚えてしまう。

 でもまあ。

 過去の僕なら迷わず走り寄り、がばっと飛び掛かっているところだけれど。

 さすがにもう、そんな時期は過ぎたのさ。

 これからは健全に、去っていく小学生を温かく見守るだけにしよう、と心に決めたのだ。

 だってほら、実際八九寺のことは滅茶苦茶好きってわけでもないし。

 百歩譲って小学生らしからぬ弁舌を持っているのは認めよう。しかし、それだけ。他にあいつを好きになる要素が、これっぽっちもない。慇懃無礼だわ口は(物理的に)早いわ、欠点を挙げようと思えばいくらでも出てくる。

 だいたい、僕にはあんな寸胴少女に構ってる暇なんてないのだ。今の時期が一番大事な受験生、八九寺と無駄な話に花を咲かせるくらいなら、家に閉じこもって問題集の一つでも解いていた方がまだ有意義だろう。

 ……とはいえ、多少、本当に僅かばかりの貴重な時間を割いて、遊んでやるのも吝かではない。

 年上らしく紳士らしく、寛大な心で相手をしてやればいい。

 簡単なことじゃないか。

 近付いて声を掛ける。軽い挨拶を交わして、短い雑談に付き合ってやる。

 その程度なら、当初の目的だった気分転換にもなるだろう。

 うん。

 そうと決まれば、迷う必要はどこにもない。

 最初から全力で走った。隘路を利用しての先回り。丁度八九寺が次の分岐点に差し掛かるタイミングを計算した、迅速な一手。

 電柱の辺りで意味もなくターンしちゃったりなんかして。

 曲がり角から飛び出した僕が大きく手を広げた瞬間、視界に入ったツインテイルがぴくりと揺れた。

 

「はっちくじいいいいいいいいいいいやっほおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ぎゃーっ!」

 

 いきなりマジ悲鳴。

 けれどそれには構わず、思う存分正面から小さな身体を抱きしめる。

 宙空に浮かんだ八九寺は爪先で僕の脛を蹴飛ばしてきたが、地に足が付いていない分威力は減衰していた。

 

「久しぶりじゃねえか、この! 会いたかったぞ! ははは、相変わらずお前は可愛いなあ!」

 

 火が点きかねない勢いで頬擦りをしまくり、小学生にしては大きな、発育途上の胸を密着して押し潰す。じたばたと本気で暴れる八九寺を抑えつつ、僕はこの溢れんばかりの喜びを全身で表現するために、背中に触れている手を腰の方へと下ろしていく。

 

「今日こそ心行くまで揉みしだくぞスカートめくっちゃうぞ! だからこら、抵抗すんな!」

「ふしゃーっ! がうっ! がうっ!」

「痛え! くそ、抵抗すんなっつってんだろ!」

 

 突然小学生に襲い掛かった挙句、過度のスキンシップというか完全なセクハラを敢行した上に逆ギレし始める男子高校生がそこにはいた。

 まあ、いつもの如く僕なんだけど……。

 正に怒髪天を衝くといった感じで髪を逆立て、半袖故剥き出しになっていた僕の腕をやたらめったら噛みまくった、むしろ噛み千切りかけた八九寺は、解放されてから十数秒後、ようやく正気を取り戻した。乱れた衣服を叩いて気持ち整え、血塗れで壮絶な姿の僕を見やって、

 

「ああ、どこの変質者かと思えば、アポロ木さんではないですか」

「……最早恒例過ぎてワンパターンだと揶揄されても仕方ないところではあるが、人をアメリカの有人宇宙飛行計画に於ける宇宙船みたいな名前で呼ぶな。いい加減忘れてるなんてことはないだろうが僕の名前は阿良々木だ」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「そうですね」

「認めちゃった!」

 

 さすがにそろそろ切り返しのバリエーションも尽きそうだと思ってたのに、八九寺の抽斗にはまだまだネタが詰まっているらしい。ここまで来るといったいどこまで行けるのか、限界を試してみたくもなる。

 

「しかし、どちらかと言えばアポロ計画よりも、原点であるギリシャ神話の太陽神の方がアポロ木さんにはお似合いではないでしょうか」

「突っ込みに駄目出しが入った!?」

「特に女性にだらしない辺りはぴったりですね」

「神話の登場人物は大抵そんなもんだけどな……」

 

 つーかアポロ木さんで押し通すつもりか。

 次にどこで言及すべきか悩むぞ。

 

「それにしても、随分と余裕をお持ちのようで。受験勉強に日々明け暮れていると聞き及んでいましたが、先日に続いて今日もこんな中途半端な時間に徘徊しているということは、よほど確かな勝算があるのですね」

「別に、ちょっとした休憩だよ。午後には羽川との勉強会が待ってるしな」

「なるほど。わたしはてっきり『来年こそ本気出す』とでも言い張るのかと」

「んなことになったら、戦場ヶ原の一つ後輩になっちまうだろ。それは絶対避けたい」

「一浪すれば羽川さんにもう一年コーチを頼めるかもしれませんよ?」

「む……」

 

 若干心惹かれてしまう自分がいた。

 いや、当然受かるつもりではいるけれど、仮に落ちた場合、なし崩しにそうなる可能性は必ずしもゼロとは言い切れないんだよな……。

 そんな僕の逡巡を見咎めて、冗談です、と八九寺はばっさり切り捨てた。

 

「今からその調子では、先行きが心配ですねえ」

「言うな、僕だって結構不安なんだ」

「ですがアポロ木さん、人間本当に集中力を保てるのは三十分程度という話ですからね。効率の良い勉強を行うためには、こまめな休憩も必要でしょうし。それに、折角こうしてお会いしたわけですから、僭越ながらこのわたし、八九寺真宵がアポロ木さんの休憩を手助け致しましょう」

「手助けね……。具体的にはどうする気だよ」

「まず携帯電話を取り出します」

「ほうほう。で?」

「110を入力して、警察に知らない人から性的ないたずらを受けたと連絡を」

「何の手助けにもなってねえ!」

「拘置所の中なら十分頭も冷めるかと思いまして」

「それ以前に受験そのものができなくなるわ!」

「慰謝料も頂けるので一石二鳥ですね」

「得をするのはお前だけだがな!」

 

 本気で通報されたら普通に捕まりかねない。割と焦る。

 

「……いや待て、騙されないぞ。お前携帯持ってないじゃねえか」

「失礼ですね。いくらメカには弱いわたしと言えど、最近は携帯電話くらい常備しています」

「じゃあ番号とアドレス教えてくれよ。そしたらもう毎日メールとかしちゃうぜ」

「お断りします。ロリコンの方には教えないという契約で購入しましたので」

「そんな契約が有り得るか!」

「基本料が二割引になるとのことでした」

 

 ロリコン割引。

 誰得と言っておきたい。

 

「まあ、仮に教えることができたとしても、残念ながらアポロ木さんの期待には添えられないと思いますよ?」

「番号とアドレス交換するくらいなら難しくもないだろ。最近の携帯は赤外線通信とかあるし」

「赤外線とは何でしょうか」

「そこからわかんないのかよ……。ほら、テレビのリモコンみたいに黒くて四角いパネルみたいなのがあるだろ」

「いえ、そういうことではなく。わたしの携帯、電話しかできないタイプのものですから」

「…………」

 

 赤外線通信どころかアドレス帳やメール機能すらなかった。

 機械に疎いっつったって、限度があるだろ……。

 高齢者向けのやつじゃねえか、それ。

 

「話は変わりますが、アポロ木さん」

「ん?」

「途中まで毎週放映していたのに、ウェブ配信になった途端次回が一ヶ月も先なんてことを発表されると、それも視聴者を焦らすための一種あざとい戦略ではないかなどと穿った見方をしてしまいますよね」

「フリが唐突過ぎるわ!」

 

 お前どんだけアニメの話が好きなんだよ!

 

「しかも羽川さんだけ明らかに割を食ってますからね。あの方も不憫と言いますか」

「確かに、テレビ放映分の終わり方だと誰がどう見てもメインはガハラさんだったよな……」

「はい。実にいい最終回でした」

 

 下手すると、あの後続きがあるのを知らない人もいるんじゃなかろうか。

 十一話でちゃんと伏線張ってるし、メインはあくまで羽川なんだぜ?

 

「唯一不満な箇所を挙げるとすれば、エンディングで一度もわたし達が踊らなかったことです」

「代わりにお前はオープニングで滅茶苦茶はしゃいでたけどな」

 

 八九寺P本気出し過ぎだろ。

 もしかしたら本編より力入ってたんじゃないのかと思えるほどの浮きっぷりだったぞ。

 ロリコンホイホイと面白可笑しく形容されるのにも頷ける。

 

「わたしとしてはせめて三話連続で違うダンスを披露したかったのですが」

「エンディングで踊るよりハードル高くしてどうすんだよ」

「んー、そこはスタッフに血と汗を流して頑張ってもらわなければいけませんね」

「平然と無茶を要求すんな」

 

 スタッフが過労死しかねない。

 実際途中で一度力尽きてたしな。

 

「にしてもアニメのアポロ木さんは無闇にイケメンでしたね。中の人のおかげでしょうか」

「中の人なんていねえよ! つーかだいたいんなこと言ったら忍野とかどうなんだ。あいつこそ恰好良過ぎるだろ」

「と言われましても、わたしは忍野さんとお会いしたことがありませんから」

「む」

 

 そういやそうだった。

 

「でもさ八九寺、アニメのあいつは薄汚いおっさんってより、胡散臭いチンピラの兄ちゃんって感じだぞ」

「まあまあ、不満に思うのもわからないでもありませんが、映像化に際して現実よりも美化されたり、あるいは殊更に特徴を強調されたりするのは儘あることです。忍野さんがイケメンなのも、アポロ木さんのアホ毛が別の生き物みたいに動くのも同じですよ」

「あのキャラ付けはいったい何なんだろうな……」

 

 最初に見た時はマジで妖怪アンテナかと思った。

 鬼太郎というニックネームも結構的を射てるのかもしれない。

 ちなみに明言するまでもないだろうが、僕の髪は自立して動きもしないしあんな風にぴんと立ってもいない。

 吸血鬼もどきではあるけれど、人間離れする方向性が違う……というか、ちょっと脱線し過ぎな気がしてきた。

 メタ発言はそろそろ自重した方が良さそうだ。

 アニメしか見てない人にはさっぱりわからないだろうし。

 

「そういえばアポロ木さん、また随分髪が伸びましたね」

「あー、前にお前と会った時も結構長かったはずだけど、まだ切ってないしな。正直首元が暑い」

「髪留めか何かで縛ってみればいいのでは? 多少は涼しくなるかと」

「そしたら意味ないだろ。何のために伸ばしてると思ってるんだ」

「アポロ木さんがMだからでしょうか」

「違えよ! お前だって僕の事情は知ってんだろうが!」

「ついでに首も縛るといいですよ」

「死んじゃうよ!」

 

 たまに八九寺は冷たい。

 でも、どことなく嫌じゃない自分がいるのも確かだった。

 ……あれ? 僕、もしかして本当にMなのか?

 

「ですがそれだけ髪が長いと、遠目には女の人に見られてしまうかもしれませんね。元々あまり背が高くないわけですし」

「人が気にしてることをズバズバ言うな……」

「以前のショートカットの神原さんと並べば、男女カップルの誕生です」

 

 あいつも微妙に男らしいからなあ。

 やけに大雑把なところとか、無駄に思いきりの良いところとか。

 

「戦場ヶ原さんも毒が抜けて何の面白味もなくなってしまったことですから、ここはいっそ神原さんとお付き合いになってはいかがですか? その方が視聴者的にもアポロ木さん的にもおいしいですよ?」

「そんな理由で別れてたまるか!」

 

 別れ話を切り出した直後に僕も神原も殺されるわ。

 

「どうしても、とアポロ木さんがおっしゃるなら、わたしが相手になるのも吝かではありませんが」

「それはないな」

「毎日キャミ姿でお出迎えとかしちゃいますよ? アポロリさんには最高のシチュエーションでしょう?」

「ついに原型すらなくなって果たしてその呼称が僕の名前なのかどうかという判別も付け難いところだが、ようやくきっかけを作ってくれたんだから遠慮なく突っ込ませてもらうぞ。僕の名前は阿良々木だ、アポロ木でもアポロリでもねえよ」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「狩りました」

「物騒過ぎる!」

 

 何か最近色々派生ネタとかも聞いてきたけど、やっぱり正統派なのが一番だよなあ。

 鉄板故に安心する。

 

「ところで、もう結構な時間が経っているようですが……勉強の方はいいのですか?」

「うわ、すっかり忘れてた。軽い休憩に留めるつもりだったんだけどな」

「わたしの魅惑的なロリハリボディがいけないのですね。我ながら罪作りな女です」

 

 ある意味間違ってはいない。

 こいつのせいでどれだけの人間がロリコンの世界に片足を突っ込んだんだろうか……。

 と、馬鹿なやりとりもそこそこに。

 

「じゃ、八九寺」

「はい。またお会いしましょう」

 

 いつものように再会の約束を交わし、帰路に就くことにする。

 携帯の時計を見る限り、結構長い間話し込んでしまってたらしい。そろそろ正午近かった。

 羽川との勉強会は一時から、集合場所は図書館だ。移動に掛かる時間を考えると、あんまり悠長にもしてはいられない。

 帰ったら昼も食べておきたいし。

 なんて考えつつ心持ち早足で歩くこと約五分、視界に入った我が家の玄関前に、不審な人影が立っていた。

 というか神原だった。

 

「……何でお前がここにいるんだ」

「今日は少し遠出をしていたのでな、阿良々木先輩をストーキングするのが遅くなってしまったのだ。だからここで張り込みを」

「すんな! わざわざ双眼鏡まで持ち出してくんじゃねえよ!」

 

 いつか本当に通報されるんじゃなかろうか。

 

「しかし、私には阿良々木先輩の動向を把握する義務がある」

「僕にはプライバシーを守る権利があるんだが」

「心配しなくとも、阿良々木先輩に関する情報は戦場ヶ原先輩以外に漏らすつもりはないぞ」

「それが心配だっつってんだ!」

「戦場ヶ原先輩は阿良々木先輩のことがわかる、私は戦場ヶ原先輩に褒められる。いいこと尽くめではないか」

「僕は損しかしてねえよ!」

「冗談はさておき」

 

 初っ端から飛ばし過ぎだ。

 ここまで突っ込みしかしてない。

 

「阿良々木先輩は今までどこに?」

「気分転換がてら、散歩だよ。当初の予定よりも帰りは遅くなっちまったけど」

「なるほど。部屋の中に姿が見当たらなかったので、てっきり妹さんと楽しんでいるのかと思っていたのだが」

「敢えて前半には追求しないが、ちゃんと朝は勉強してたからな。あいつらと遊ぶ時間なんてなかったぞ」

「む、そうなのか? では、先日妹さんと阿良々木先輩がお互いに歯を磨き合ったというのも――」

「……ちょっと待て。その話、どこで聞いた?」

「一昨日妹さんと電話した時に教えてくれたぞ」

 

 当の本人から情報提供が為されていた。

 つーか火憐、何してくれてんだよ。

 もう嫌な予感しかしねえ。

 

「他にも色々と素晴らしい逸話を聞かせてもらった。やはり私の目に狂いはなかったと言うべきか、阿良々木先輩の偉大さには頭が下がるばかりだな。このままでは一生顔を上げられそうにない。せめてその後背を拝むために、世間の波にも負けず、あくまで己を貫かんとする生き様を私も出来得る限り見習いたいものだ」

「褒められてるはずなのに、全然嬉しくないのは何でなんだろうな……」

「ふふ、相変わらず謙虚だな、阿良々木先輩は。そういう自分を飾らない性格も美徳だと思うが、もう少し胸を張ってもいいのではないかと思うぞ。もっとも、私如きが今更口を出したところで、釈迦に説法だろうがな」

 

 過剰に持ち上げられるのは精神的に痛いという事実を、神原と付き合うようになって初めて知った。

 常々感じることだけれど、こいつの僕に対する評価が不当に高過ぎる。

 

「次の機会があれば、その時は是非私を呼んでくれ」

「二度とないしあっても呼ばねえよ。あれは勝負だったんだ、何の理由もなくんなことやったらただの変態じゃねえか」

「勝負だったのなら一回で良かったのでは」

「そこまでバラしちゃってんのかよあいつ!」

「妹の歯を磨きたいという欲求は誰もが持っているものだろう。素直な思いを否定することはないぞ、阿良々木先輩」

「お前の基準で物を語るな!」

 

 限定的にも程があるわ。

 

「まあ、いずれ妹さんが阿良々木先輩のハーレムに加わるのを楽しみにするとして、そろそろ本題に入るとしよう」

「一生そんな日は訪れないからな。……で、本題っつーのは何だよ。この後羽川との勉強会があるからあんまり時間ないぞ?」

「大丈夫だ、すぐ終わる」

 

 そう言って神原はすっと懐に手を入れ、小さな直方体のものを取り出した。

 僕の目の前に掲げられたそれには、見覚えがある。

 超軽量超薄型のデジカメ。ある意味神原の所持品の中では最も危険と言えるアイテム。

 左手で宙空に固定し、右手で数秒操作した後、神原はデジカメを僕に渡してきた。

 

「画面を見てくれ」

「わかった」

 

 言われた通り背面のディスプレイに視線を向ける。

 真っ裸の神原の後ろ姿が写っていた。

 

「何つーものを見せようとしてんだお前は!」

「む? ……ああ、申し訳ない、間違えた。これは先日自室で撮影したセルフヌードだ」

「説明しろとは頼んでない!」

「どうしてもというのなら、ここで脱ぐのも吝かではないが」

「そんな無駄なサービスも必要ないわ! 吝かではないとか言っときながら嬉しそうな顔すんな!」

 

 あまり頻繁に使われる表現じゃないはずなんだけど、まさか一日のうちに二人から聞くとは思わなかった。

 流行ってんのか?

 

「ったく……本題に入るんじゃなかったのかよ。滅茶苦茶話逸れてるぞ」

「重ねて申し訳ない。今度はもっとよく撮れたものをお見せすると約束しよう」

「写真の出来に不満があるわけじゃねえよ! さっさと先に進めろっつってんだ!」

「しかし阿良々木先輩、定期的に示しておかなければ、私の変態さが忘れられてしまうかもしれないだろう?」

「お前ほどの変態を忘れる奴はそうそういないからな!」

 

 だから安心して普通にしてろ。

 ――と、僕の必死の説得が功を奏したのか(もしくは散々アピールを試みたことで満足したのか)、繰り返しネタに走ることなく、本題、本命の写真が提示された。ここでようやく冒頭の話に繋がる、というわけである。

 いちいち日付を確認しなくても、すぐに気付いた。

 撮影場所、僕の部屋。そして撮影対象は、

 

「詳しい所在は阿良々木先輩の名誉のため伏せておくが、見間違いでないのなら――」

「……ん、たぶん、お前の想像通りだよ」

「そうか。だが水臭いぞ阿良々木先輩、別に盗まずとも私に言ってくれれば使用済みのを差し上げたのに」

「誰が盗むか!」

 

 確かにお前の部屋からなら盗り放題かもしれないけど!

 

「冗談はさておき」

「その台詞便利だな……」

「残念ながら私とはサイズが違っていた。戦場ヶ原先輩ともまた違う。千石ちゃんでもない。つまり、消去法で考えるならあれは羽川先輩のもの、ということになる……が、だとすればどうやって阿良々木先輩はあの下着を入手したのだ?」

「それはまあ紆余曲折というか成り行き上というか――色々あってな」

「……詮索はしないでおこう。あまり楽しい話でもなさそうだ」

「そうしてくれると助かる」

 

 春休み、傷に纏わる記憶のことを。

 進んで口にしたくはない。

 

「ふむ。では代わりにこんな話はどうだろうか」

「ん?」

「近々私は、この証拠画像を戦場ヶ原先輩に見せようと思っている」

「人のプライバシーを堂々と他人に流出させようとすんなや!」

「冷静沈着な阿良々木先輩ともあろうお方がそんなに声を荒げるとは珍しい。私はただ、見せようと思っている、と言っただけだぞ?」

「この野郎、またも遠回しに脅しを……っ」

「いやいやまさか、尊敬する阿良々木先輩を相手に、脅すなどと大それた真似をするわけがないだろう? とはいえ私も人間だ、こうも信用されないとつい口を滑らせてしまうこともあるかもしれないな。……さて阿良々木先輩、二人だけの秘密に留めるためには何をすべきなのか、賢明な阿良々木先輩なら既にわかっているのではないかな?」

「う、うぅ……」

 

 恐れていた事態が現実になってしまった……。

 まずい、これまではまだフォローが効いたり言い訳ができたりすることだったけど、さすがに今回ばかりはどうにもならない。

 証拠が決定的過ぎる。

 言い逃れのしようがなかった。

 

「ということで、近いうちに歯の磨き合いっこをしよう」

「……え、あれ?」

「勿論阿良々木先輩が物足りないと言うのであれば、もっとハードなプレイにしても構わない――むしろ望むところだが」

「いやもうそれでいい、それでいいから!」

「よし、今の言葉、確かに聞いたぞ」

 

 僕の言質を取った神原が、弾んだ声で頷く。

 ある意味ではこれも、悪魔との契約と言えるのかもしれない。

 回避……は、できないよなあ……。

 五体満足で帰れるだろうか。

 

「歯磨きの後勢い余った阿良々木先輩に押し倒されるのを楽しみにしている」

「その心配は全く以って不要だな!」

「……ところで阿良々木先輩、そういえば、時間は大丈夫なのか?」

「あ」

 

 指摘されて思い出した。

 

「すまん神原、楽しい話はここらで切り上げるぞ」

「了解した。貴重な時間を割いて付き合ってくれたことに感謝する」

「んじゃまたな」

「うむ。私はいつでも阿良々木先輩を見守っているぞ」

 

 そんな開き直ったストーカー宣言もそのままに(したくはなかったが時間がないのでスルー)、僕はようやく帰宅した。

 冷蔵庫に仕舞ってあった昨日の残り物で昼食を済ませ、勉強道具一式を持って再び出掛ける準備。

 出発間際、廊下ですれ違った月火ちゃんに行き先を告げ、自転車の鍵を片手に急ぎ足で玄関を出た僕は、ママチャリのサドルに跨っていざ出発、というところで思わぬ足止めを食らうことになった。

 図書館で待ち合わせをしているはずの羽川が、ここで登場。

 ぎこちなく取り出して見た携帯画面の時計は、一時二分前を指していた。

 

「やっほー。こんにちは、阿良々木くん」

「すみませんでした」

 

 迷わず平謝り。

 うわあ……やっちまった……。

 得も言われぬ罪悪感が胸を締め付ける。

 

「駄目だよー、まずは挨拶から」

「……よう、羽川」

「うんうん。頻繁に会ってるとはいえ、こういうのは大事だからね。疎かにしちゃいけないよ」

 

 正直ちょっと怖い。

 何が怖いって、まるで怒ったりしてないところが。

 らしいとも言えるけど、普通に説教されるよりきつかった。

 

「じゃあ図書館行こっか。予定より遅れちゃうけどそこは気合でカバーすること」

「了解。遅れた分は全力で取り戻してやる」

「そうそう、その意気だよ。午前中遊んだ分も頑張ってね」

「…………」

 

 果たしてどこまで見抜かれているのか、それを追求せずに判断する術を僕は持ち合わせていないが、羽川なら誰とどれくらい話し込んでいたか程度はわかっていそうでもある。

 おかげで気まずい気まずい。

 勝手にプレッシャーを感じてるのは僕だけだろうけど。

 

「で、阿良々木くん、ここに来る途中神原さんと擦れ違ったんだけど、何か随分嬉しそうな顔してたのよね」

「……一応訊いておくけど、どれくらい嬉しそうだったんだ?」

「鼻歌混じりに物凄い速度でスキップしてた。私に気付かず通り過ぎてったし」

 

 どんだけあの約束を楽しみにしてるんだあいつは。

 今から履行される日が恐ろしい。

 僕はいったい何をされるんだろうか……。

 

「ん? そういえば、阿良々木くんの家に何か忘れてるというか、預けてたような――」

 

 なんて先のことを憂いている間に、羽川は真実に辿り着いてしまったらしい。

 ある意味人生最大のピンチだ。

 

「そ、そうだ羽川! 早く先行こうぜ! 今日は僕の本気を見せてやる!」

「やる気なのは勿論いいことだけど露骨に誤魔化そうとしてない?」

「まままさかそそんなことあるわけななないじゃないか」

「身に覚えがあり過ぎる人の発言だね」

「し……失礼、噛みました」

 

 噛んだというよりはどもった。

 当然これっぽっちも誤魔化せてはいない。

 そもそも羽川相手に僕が嘘を吐き通せるはずがないのだ。

 おそらく受験に合格するよりも難しい。

 

「まあ、お説教は次回にするとして――いつになったら阿良々木くんは私のブラジャーとパンツを返してくれるのかな」

「いや待て羽川、聞いてくれ。あれは今や僕にとってなくてはならないもの、毎朝毎晩勉強が捗りますように、受験が上手く行きますように、と祈りを捧げている御神体なんだ。手放すわけにはいかない」

「馬鹿なこと言ってないで返しなさい。御利益なんて一つもないから」

「でも、あれを見る度に、ああ、頑張らなきゃなあ、って思えるんだよ。羽川の下着に懸けて合格してやる、って気にもなる」

「もっと他に誓うものがあるでしょ……。もう、そんなに返したくないの?」

 

 ここで躊躇わず頷けるのならそれはそれで行き過ぎた格好良さがあるのかもしれないが、僕にそこまでの度胸はない。

 煮え切らないこちらの態度を前に嘆息した羽川は、仕方なさそうに「とりあえず歩きましょ」とだけ言った。

 しばらく無言の時間が続く。

 静寂が耳と心に痛かった。

 

「交換条件」

「え?」

「どうしても手元に置いておきたいって言うんなら、交換条件、出そっか」

 

 自転車を引きつつ大通りに出た直後、羽川の提案が入る。

 うわ、何だろう……こう、羽川の口から『交換条件』って単語が出てくると無意味にドキドキする。

 我ながら末期だなあ。

 

「例えば、どんなのだ?」

「んー、そうだね。私の下着を返さなくてもいい代わりに阿良々木くんが何かをするか、あるいは阿良々木くんが私の下着を返す代わりに私が何かをしてあげるか、どっちかかな」

「じゃあ僕が下着を返さない代わりに羽川の胸を揉みほぐしてやるとか」

「却下。というかそれ、全然私に得るものがないでしょ」

「いい案だと思ったんだけどな……」

「本気でそう言ってるのなら、阿良々木くんは病院に行くべきだと思う」

 

 素で心配された。

 今度は視線が痛い。

 

「肩を揉むのは」

「それも却下。前にいくらでも揉ませてあげるって言ったじゃない。条件として成立してない」

「なら一日僕がお前の椅子になる!」

「何でそんな嬉しそうなの!? 却下です却下!」

 

 むう。

 下着を返す必要がない上、背中で羽川のお尻の感触も楽しめるという素晴らしいアイデアだったのに。

 

「当初からそうだったけど、阿良々木くん、目に見えて軟派になっていってるよね……」

「いやいや羽川、僕は世界一硬派な男だぞ」

「へえ……具体的にはどの辺が?」

「こうやって羽川を前にしても、ちっともいやらしい気持ちになったりはしない」

「当然です。なられてたまりますか」

「実は冷たい目で見られるとちょっと嬉しい気持ちになったりする」

「最悪な告白だ……」

 

 馬鹿な会話だった。

 というか僕が馬鹿だった。

 

「ともかく、阿良々木くんの方で思いつかないなら、私が考えておくから」

「ん、わかった。僕にできることなら何でもいいぜ。決まったら言ってくれ」

「本当に返すつもりはないんだね……」

「パンツとブラジャーともども家宝として子々孫々まで受け継いでくって約束したからな」

「それは絶対にやめて」

 

 これ以上遊んでいるといい加減マジ説教されかねないので、適度なところでストップ。

 しかしそうなったらそれはそれでいいかなと思う自分がいたり。

 何だかんだで僕も火憐の兄である。

 やっぱりMカッコいい兄妹なのだ。

 

「まあ、リターン云々の話は置いといても、阿良々木くん、最近ますます頑張ってるみたいだしね。動機や理由が何であれ、やる気を出してくれてるのならいいかな、って思うのよ」

「我ながら情けない話だけどな。今更だけど、色々悪いと思ってる」

「そんなこと気にしてる余裕があるならその分を勉強に回しなさいな。私が好きでやってることなんだから」

「……そうだな。これからもっと頑張らないとな」

「うん。戦場ヶ原さんのためにも、ね」

 

 屈託ない羽川の微笑に、小さく頷いた。

 ――恩。春休みに救われて以来、僕が受けたそれは、返すどころかさらに積み重ねられている。

 少しずつ、僅かずつでも返せているのかは――わからないけれど。

 

「さあ、今日もやるぞ……羽川のパンツとブラジャーに誓って!」

「誓わないで!」

 

 図書館の入口が見える。

 こうして僕達は、予定より十五分ほど遅れて受験勉強を開始したのだった。

 

 

 

  003

 

 後日談というか、今回のオチ。

 翌日、いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされ、若干の眠気を引きずりつつ参考書を数ページ消化してから、僕は戦場ヶ原の家に向かった。里帰りを終えて多少落ち着いたのか、もしくは節度というものを思い出したのか、確かにデレたままではあるけども、一応家庭教師としての務めを果たせるようになったので、これまで通り羽川と交互にコーチをすることになっている。

 昨日は羽川の日だったから、今日は戦場ヶ原の日、というわけだ。

 一緒にいる時間のほとんどを勉強に費やすためにあまり恋人らしいあれこれができないとはいえ、昼は手料理を御馳走してくれるし、勉強の邪魔にならない程度にスキンシップもしてくるから、その辺で満足しているのかもしれない。

 それでいて僕の集中を過度に乱さないところは、弁えてる、と言うべきなのだろう。

 民倉荘。自宅からママチャリで一時間は掛からない距離にある。

 階下に到着したのは正午前だ。自転車を邪魔にならないスペースに置き、古く錆びた階段を上って二〇一号室へ。

 僕の訪問に、応対した戦場ヶ原は「いらっしゃい」とだけ言って奥に戻っていった。

 あれ。こころなしいつもより反応が冷たいというか淡白なような……。

 訝しみながらも靴を脱ぎ、慎重な足取りで後に続くと、

 

「全く、相変わらず阿良々木くんは愚鈍なのね。家に上がるだけのことにどれだけ手間取ってるのかしら」

「……あのー、戦場ヶ原さん?」

「何? 懺悔なら五秒で済ませて頂戴」

「どうしてそんなに機嫌が悪いのでしょうか」

「はっ」

 

 鼻で笑われた。

 最早デレていた、ドロていた頃の面影は微塵もない。

 

「聞けば阿良々木くん、あなた、最近随分はしゃいじゃってるみたいじゃない。神原や羽川さんだけに飽き足らず、中学生や小学生、果ては妹さんにも手を出してるそうね」

「人聞きの悪いこと言うなや! 手なんて出してねえよ!」

「でも、私は浮気に寛容だから許してあげる。恋人の心が広くて良かったわね、阿良々木くん」

 

 一切のフォローなく、こちらが誤解を解く暇さえ与えずに戦場ヶ原は話を切り上げた。

 久しぶりに容赦がない。

 全盛期にはまだ少し及ばないが、絶好調だった。

 ……つーか、何でデレ分が綺麗さっぱり消滅してんだよ。

 本当に壮大な前振りだったなんてのは一番やっちゃいけないパターンだろ。

 

「そうそう、はしゃいでると言えばアニメのことだけれど、ああやって映像になると阿良々木くんの変態性がよくわかるわね。公園で私の胸やお尻を執拗に見つめたり、小学五年生のおっぱいを力強く鷲掴みしたり、女子中学生の裸を見ていやらしい気持ちになったり、留まるところを知らない、という感じだわ」

「お前までさらっとメタな会話を始めるなよ……」

 

 それは八九寺のポジションだろうが。

 

「対して、私はさすがメインヒロインといった感じね。出番も阿良々木くんに次いで多いし、サービスシーンもばっちり」

「暴言もばっちりだったけどな」

「問題ないわ。世の中の半分は罵られて喜ぶような人種なのだから、むしろご褒美と言ってほしいくらいよ」

「区分けが両極端過ぎるわ!」

「次はひたぎちゃんの『勘違いしないでよね、別にあなたのために人間の屑って呼んであげてるわけじゃないんだから』のコーナーです」

「コーナー名から悪意しか見受けられない!」

 

 何でだろうなあ。

 明らかに嫌がらせ以外の何物でもないんだけど、久しぶりに戦場ヶ原の毒舌を浴びて微妙に満ち足りてるのは。

 手遅れなのかもしれない。

 

「私もデレてから自分が面白くなくなっていたことに、心を痛めていたのよ」

「いいことじゃねえか。僕にとっても、お前にとっても」

「勿論嫌というわけでもないけれど、あんまり出番がないとメインヒロインとしての立場がないじゃない」

「それは完全に余計な心配だな……」

「だからこれもツンデレサービス。デレばっかりじゃ阿良々木くんも面白くないでしょう?」

「前のお前はほぼツンしかなかったけどな!」

「大丈夫、週変わりになる予定だから安心しなさい」

「安心できねえよ!」

 

 結局最後までメタな話になってしまった。

 しかし、何はともあれ――こういうのもまた、変わっていく、ということなのだと思う。

 僕と戦場ヶ原の関係に限らず、全てにおいて。

 変わっていく。

 

「さて、阿良々木くん。そろそろお昼にしましょうか」

「食べたら今日も頑張るか」

「ええ。笑ったり泣いたりできなくなるほどみっちりと叩き込んであげる」

「そこまでの気合はいらない!」

 

 本日の昼食は、もやしとキャベツのソース焼きそば。

 肝心の味については、わざわざ仔細に語ることもないだろう。

 人間、誰しも成長していくものである。

 

 

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