これは、私とドクターだけの秘密の行為。



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クルースの信頼度が200になったので初投稿です。
クルースちゃんはとてもとても可愛い。



Kroos Your Eye

「はぅぅ……今日も先生の訓練は大変でしたぁ……」

 

「うぅ~、私もへとへとぉ~」

 

「……大変、というより。地獄というか……やる前も憂鬱だけどやった後も体痛すぎて憂鬱……」

 

「こらラヴァ。例え辛くてもやった分とても身になっているんだ。だからそんな事言ったら駄目だよ」

 

「とは言っても地獄なのは間違いないしさ……はぁ、アイツの料理と別の地獄を味わうなんて本当最悪だ……」

 

「まあまあ~、でも今日が終わったらもう久々の休日だから~」

 

「休日、そう言えば休日でした! よーし、ゆっくり勉強できるぞぉー!」

 

「……ビーグル、休日って言葉知ってるか?」

 

「ビーグルは本当真面目だね……」

 

「ようやく宇宙最大級ド新人から地球最大級ド新人に格上げになったんです! 色々学ぶことは一杯あるから、一日でも早く頑張らないと……!」

 

「アタシは……やる事ないし、一日中寝てようかな。アイツのいない所で」

 

「あぁ~、いいねぇ~。お昼寝はいいよねぇ~。たまにやると~、すごいほわ~って幸せになる~」

 

「クルースは隙があればお昼寝してるじゃないか……もう」

 

「そう言えばフェン隊長は休日は何をするんですか? やっぱり勉強ですか!」

 

「フェンちゃんはあれだよね~、果物屋さんに行って~、新鮮果物をかぷっと~」

 

「え、違っ……わないかもだけど! 別に明日行くとは!」

 

「ハッ、フェンが果物を買いに行くかは占うまでもなさそうだな」

 

「そ、そういうクルースは! 一体どうするつもりなんだ!?」

 

「え~私~? 私はね~……」

 

「決まってないなら良かったらクルースちゃんも一緒に勉強しませんか?」

 

「うん。みんなで勉強会というのもいいかもしれないね。ラヴァも一緒にさ」

 

「おい」

 

「ごめんね~。勉強をするのはやぶさかじゃないけど~、私は秘書任命期間中だから~」

 

「ありゃぁ……そっかぁ。残念ー……」

 

「勉強するのはやぶさかじゃないって、絶対ウソだぞビーグル」

 

「ラーヴァ」

 

「ふふふ~、だから~私は今日は早めにお休みするね~」

 

「ごめんねクルース。わたし達だけその、休んじゃう形になっちゃいますけど……!」

 

「仕方ないよ~、交代でやってる事なんだから~。それじゃあおやすみなさ~い」

 

「おやすみなさい!」

 

「おやすみクルース」

 

「おやすみ。…………」

 

「……ん? ラヴァ、なんでじーっとクルースを見てるの?」

 

「え、あぁ……いや、別に何でもないんだが。なんだろな」

 

「?」

 

「なんか。アイツが嬉しそうに見えたから」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「ドクター? 入るよ~」

 

 入った瞬間、微かに漂う消毒液のような匂いが鼻をついた。

 だだっ広く()()()の空間に、ぽつねんと置かれた安物の金属机。年季の入ったボロの革ソファに、来客用のパイプ椅子。天井に埋め込まれた手加減を忘れたLEDランプは、部屋から影という影を駆逐し、コンクリート打ちっぱなしの壁と相まって閉塞感をより強めている。

 一言で言えば殺風景。二言で言えばまるで監獄か精神病棟のようなその部屋の中央で、『ドクター』は私を一瞥することなく書類相手ににらめっこをしていた。

 

 いついかなる時でも肌という肌を隠すロドスの制服にゴツイ防毒マスクの彼の姿は、今でこそ慣れたがやっぱり変な感じがする。せめて戦闘以外はマスクぐらい外してもいいのに……ジェシカちゃんがあの変な装甲服を着るみたいに、着てると落ち着くのかな? なんて。

 

「休日なのに~、今日も朝から大変そうだね~」

 

 ――――。

 

「医者に暇はない? ドクターはドクターだけど~、どっちかっていうと司令官みたいな感じだから~、暇があってもいいんじゃないかな~」

 

 ――――。

 

「司令官に暇があるのも不味い? 暇なのはいい事だよ~、ゆっくりゆったり~ゆとりがないと~」

 

 ――――。

 

「ええええ~。書類を手伝うのはまた今度~。私の役目は~護衛みたいなものだから~……それよりも~」

 

 机に根を貼ってしまっているかのように張り付いて動こうとしないドクター。

 そんなドクターの近くにパイプ椅子を寄せ、丁度ドクターの傍に座る形になると。

 

「――今日も私の目を、診てくれる~?」

 

 

 私とドクターは、私達だけの時間を始める。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 私は、私の目を見せたくない。

 

 見知らぬ人には勿論。見知った人相手にも見せたくない。

 例えそれがラヴァちゃんでも。ハイビスちゃんでも。フェンちゃんでも、ビーグルちゃんでも、アーミヤさんでも。いつも治療や検査をしてくれるケルシー先生でも出来るなら見せたくない。

 

 昔は勿論そんな事はなかったのだけど、とある切っ掛けが元で誰にも目を見せなくなった。

 

 それはクルビアが天災に巻き込まれ、フェンちゃんやビーグルちゃん達と一緒に住民の避難を手伝っていた折の事。災害真っ只中で避難活動を行っていた私達は、仕方がない事だけど鉱石病(オリパシー)に罹ってしまった。

 

 鉱石病に罹るということ――それは身体的な死の確定であり、世間的な死の確定でもある。

 実の所軽度な感染は身体的にマイナスな影響はなく、逆にアーツ適正が増加するなどといったプラスの側面が多いけど……世間一般に広がるマイナスイメージは凄まじく。私達はあっという間に非難の目に晒され、虐げられた。

 

 そうこうして、私達は感染者でも別け隔てなく接してくれる新天地としてロドスに入ったのだけど……その入りたての頃かな。私の目に異変が起きた。

 

 世界が()()()()()()

 

 まるでプールの底を通して世界を覗いているような、そんな感覚。

 その世界では青が薄白にかわって。赤が薄青になって。緑が橙になった。

 そしてその代償のお陰か――視界の中で息づく存在がどこで、どんな位置で、何をしようとするのかが手に取るように分かった。

 

 鉱石病の影響だろう、とケルシー先生は言っていた。

 文字通り私の虹彩は青に染まり初めており、いずれその青は徐々に深くなって。やがて視界から明るさが消えてしてしまうとか。

 曰く、鉱石病は内蔵や体表に影響を及ぼすのが大半だが、真っ先に目に傾向が現れるのは珍しいらしい。

 

 とうの前に感染者であった私は、その事を告げられても動揺はなかった。

 いずれ失明に至るとしても、その時はその時。

 逆に手に取れるように相手の位置が分かるという事は、私の狙撃という戦闘スタイルにとっても合っている。みんなの役に立てるなら儲けものだな~、程度に楽観視していた。

 

 そんな私が目を見せたくなくなったのは、それからひと月後の事。

 フェンちゃんとビーグルちゃんが二人で話しているのを、聞いてしまった時からだった。

 内容は感染してしまった私達の中で真っ先に鉱石病の兆候の出た私について。

 

 その話をしながらビーグルちゃんは……フェンちゃんに縋り付いて、泣いていた。

 

 あの子(クルース)の目がああなったのは私のせいだって。

 私が二人を付き合わせてしまわなければ、こんな事にはって。

 あの子が目が見えなくなったら。あの子が死んでしまったらって。

 

 フェンちゃんはそんなビーグルちゃんを必死に慰めていた。

 

 私は真っ先に出ていってそんな事ないよ、あれは誰のせいでもなかったなんて言おうと思ったけど……覗いた先に見た、フェンちゃんの表情を見て、出る機会をなくしてしまった。

 

 フェンちゃんもまた、泣いていたのだ。

 私の目について、ううん。私の将来の心配で静かに静かに泣いていた。

 

 フェンちゃんもまた私が感染してしまったのは自分のせいだと思っているらしい。

 ……馬鹿な事だと思う。アレはフェンちゃんのせいでもビーグルちゃんのせいでも、ましてや誰のせいでもない。天災のせいだ。だから私の目についてなんて、気にする必要も泣く必要もないのに。

 

 でも私はこの時になって、初めて自分の目が嫌いになった。

 誰かを助けるための私の目が、誰かを泣かしてしまう目であった事に気がついてしまって。そしてこの目を見せるたびに二人を泣かせてしまうのだと思うと、やるせなくて。

 

 だから、私は戦闘中以外は絶対に目を見せなくなった。

 普段糸目がちだと言われていたのをより徹底して、目を細めるようにして生活するようになったのだ。

 

 

 いずれ青に染まって見えなくなる私の目で誰かを泣かせてしまうなんて事は――したくなかったから。

 

 

 § § §

 

 

「ドクター、私の目はどーぉ?」

 

 お互いに椅子に座り、向かい合って顔を近づけあう。

 ドクターの前に無防備に体を寄せると、両目をぱちりと開けて視界一杯に広がるドクターの顔を見つめる。

 

 ――――。

 

「サファイアみたい? そっかぁ……って、そういう事じゃないよ~。進行は~?」

 

 ――――。

 

「ぱっと見ただけじゃ分からない~? じゃーぁ~、もっと見ないと駄目だよね~」

 

 ――――。

 

「私の青は~、深くなってる~? それとも浅くなってる~? 浅くなってたら~いいんだけどな~」

 

 ――――。

 

「きらきら光ってる? 星の海みたい? ふふふ~、ロマンチックだね~」

 

 それは他愛もない診察だ。

 ……ううん、結果を求めてない以上診察ごっこでしかないかな。

 そもそも本気で診て欲しいならケルシー先生に頼るべきなんだから。

 

「ドクターのは~、なんか濁って見えるな~」

 

 ――――。

 

「マスク越しだから~? いやいや~、多分マスク取っても濁ってる気がする~、疲れとかで色々と~」

 

 ――――。

 

「むゅぅ~、ほっぺをもちもちするのは~、イエローカード~」

 

 がっちり骨ばった手が両頬を包み込んで揉みくちゃにしてくる。

 反抗心を上回る心地よさに耳から力が抜けていく感覚。

 気付けば私は逆におねだりするように顔を擦り付け、無意識に蒼の目をよりドクターに寄せていた。

 

「見てると……落ち着く?」

 

 ――――。

 

「ふふ。ドクターは変態さんだよね~、私の目をじーっと見たいだなんて~」

 

 ――――。

 

「えええ~。私はドクターが~、見たいっていうから見せてるだけだよ~」

 

 ――――。

 

「んぅぅぅ~、耳も一緒になんて~。イエローカード二枚目だよ~、反則~」

 

 切っ掛けなんて些細な物だった。

 もう何回目になるか分からない慣れきったドクターの護衛。レユニオンの不意打ちに気付いた私が彼らを返り討ちにした後、ドクターが私の事を見ていたんだっけ。

 それで、どうしたの~?って視線を追って……私の目を見ているのに気付いた。

 

 戦闘中はいつも開いているからちょっとだけ油断してた。

 だからすぐに細目にして「見ないで」って言おうとしたんだっけ。

 そしたらそれを言う前にドクターがある事を言った。

 

綺麗だ」って。

 

 あの時の私は、どんな顔をしていたのかな。

 思わず目を見開いちゃったような気がする。

 そのままぽかん、と見つめ返しちゃった気がする。

 よりにもよって役に立つけど嫌いな、こんな私の目を。

 世界を青く青く侵食していくこの目を。

 あの人は言うに事書いてあんな事言うんだもの。

 

 その後は言葉を交わすこともなかったけど、あくる日の事。

 それから数回先の身辺警護の時、私は誰ともなく目のことについて、ドクターに話していた。

 

 私の目は誰であろうと見失う事のない鷹の目であり。

 誰かを泣かせてしまう罪の目であり。

 世界を徐々に青色で満たしていく青の目であり。

 いずれ光を失う闇の目であるという事を。

 

 だからこんな目は誰にも見せる必要はないし、見せたくないんだと。

 警告とも告解とも取れる私の独り言。

 それでもドクターは私に近寄って言ってくれたっけ。

 

 『綺麗だから、もう一度見たい』

 

 呆れたし。おかしくなって笑っちゃった。

 私が真剣にも悩んでるのに、どうしてそんな事を言えるのかが不思議で不思議で仕方がなくて。

 それでいて全然悪い気持ちにならないのが本当にずるい。

 

 だから、そんな事を言うんだったら……逆にじっくり見せてあげようと思っちゃった。

 

 私の見る世界が青で溺れきっちゃう前に。無神経な恩人さんの顔を目に焼き付けておくのもいいかなって思ったから。

 

 そんなたった一度きりの気まぐれは……何だかんだで常態化している。

 

 私がドクターの身辺警護についていて。

 お互いに忙しくない時に。

 それでいて二人きりになっていて。

 かつ、私の気が向いたら。

 

 それらの条件が重なって、ようやく『診察』という名目で行われる、二人だけの秘密の行為。

 

 手を伸ばさなくても届く距離まで近づいて。

 ただお互いに見つめ合うだけの、健全でしかない一幕。

 

 生産性なんてどこにも見当たらないし。

 ましてやロドスに貢献を与する事もあり得ない。

 ただただ時間を浪費するだけの無駄な行動。

 

 だと言うのに……私はそれを辞められない。

 この行為に、どうしようもなく安心感を覚えてしまう。

 

「――ねぇ、私の目はどうかな~?」

 

 決まりきった私の問い。

 決まった答えなんて求めていない私に、ドクターは望み通り不定形の答えを返してくれる。

 

「日差しの強い真夏の青空みたい? 詩的な表現~。そう言えばもうすぐ冬も開けるね~。そろそろストーブともお別れかな~」

 

 互いの呼気が体をなぞり合う。

 鼓動の音は、密着しなくても聞こえる気がする。

 

「皆でピクニックでもしたい? うんうん~それは大賛成~。陽気に誘われて皆で久々にゆっくりする~、絶対楽しいよ~」

 

 交される会話はとりとめもないのに。

 交された視線には少しだけ熱が帯びている。

 

「……私の夢なんだよね~。ロドスの旅が終わって、みんなと暖か~い日だまりでぐっすり眠って、覚めない夢を見てみる事~」

 

 私がいつも見ている世界は、深い水中越し。

 でもこの瞬間だけ。私は水面越しに外を眺められる感覚を覚える。

 

「夢で終わらせない? ……うん。そうだよね、きっとそんな日が来るよね~。ドクターもみんなも居てくれるんだもの」

 

 いずれ私の世界が青で満たされてしまっても。

 直ぐ側にドクターが居るというのなら、怖くはない気がする。

 

「ドクター、ねえドクター」

 

 青は一色だと思い込んでいた私に。

 青の深さと種類を教えてくれた、大事な大事な人。

 

「……私の目は、どうかな~?」

 

 これからも、私の目を見て欲しいな。

 そして、その飾り気のない()()()()()()で。私を水面から引き上げて欲しいな。

 

 

 ――いつか私の世界が、海の底に沈んでしまうまで。 

 

 

 

 


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