そんな少女の悩みの種は、変態チックでエキセントリックな指揮官。
女性なのに女の子が好きという彼女に困らせられる日々を送っています。
そんな彼女が戦闘後の敵の残骸の調査を命じられて……?
おちゃらけ女性指揮官と、可憐な戦術人形の紡ぐ
ストーリーをお楽しみくださいませ。
「はたして戦術人形はあったかいのかつめたいのか」
今日もまた指揮官は変なことを言い出しました。不審な目で彼女を見ると、色素の薄い白っぽい癖毛を指でもてあそびながら、こっちを見てにたりと笑っています。
ああ、またです。よくないことを考えている顔です。
「そういえば、やわらかいのかどうかも気になるところだよねえ」
「……何の話ですか、いったい」
わたしが軽くにらみつけると、彼女はくつくつと笑って言いました。
「ダメだよ、きみィ。人形が人間に、いや、部下が上司をそんな目で見るとは」
さらっと大問題な発言が飛び出しました。
ドルハラかセクハラかパワハラか。査問会議に訴えるべきでしょうか?
「……そういう顔をされるだけのことをおっしゃってますよ」
つい声がかたくなってしまいます。基地勤務時には事故防止のためにストッパーをかけている戦術反応回路をひそかに起動させると、
「おお、目つきが変わった。ふむ、よい反応だね。さすが精鋭部隊のリーダーだ」
指揮官――わたしの上司、民間軍事会社の軍事オペレーター、そして法的にはわたしの所有権をもっている人間はうんうんとうなずいてから、ふと首をかしげ、
「はて――女性の人間が女性型アンドロイドにナニかする場合もセクハラなのか?」
「……なにをするんですか? なにかするんですね!?」
「ふふふ、安心しなさい。痛いようなことは絶対しないから」
不意に彼女がおもむろに身をかがめ、クラウチングスタートの姿勢をとりました。
わたしのメモリに蓄積された戦術経験が準一級の危険度を算出しました。考えるまでもなく、すかさず手元にあった大ぶりの保温ポットを手に取ってしまったことについては、当社の軍事査問にかけられたって正当だったと論理ログが保証してくれるでしょう。
「――――ス・オ・ミ、ちゅあぁぁぁん!」
指揮官は荒野をさまよっていて獲物をみつけたミュータントみたいな挙動でとびかかってきました。ええ、室内だというのに本当にとびかかってきたんです。
だから、熱い紅茶がたっぷり入っていて重量級の鈍器と化したポットが、指揮官への迎撃手段に使われたとしても、仕方がないじゃないですか……!
「……ということがあったんです」
黒光りする武骨な短機関銃を油断なく構えながら、しかし歩みは止めずに、亜麻色の髪に蒼眼の少女――スオミはそう言った。
いや、普通の少女ではない。彼女の体躯で扱うにはいかにも重そうな銃なのに、まるで体の一部のように取り回している。少女の足元に雪が積もっていて、水たまりには氷が張っている。それなのに少女の唇から白い息は出ていない。足取りは軽やかで寒さにこごえている様子はまったくない。それはさながら雪の妖精のようであった。
戦術人形――見た目こそ愛らしいものの、民生用のアンドロイドを軍事転用した存在。民間警備会社グリフィンの扱う戦闘要員。
端的に言えば、暴力を生業とする使い捨ての機械傭兵だ。
「それで? 指揮官を殴っちゃったから懲罰で24時間の哨戒任務ってこと?」
スオミの背後を警戒しながらついてきた別の少女が呆れ顔で言った。
手にしているのは少し時代遅れの突撃銃。長い栗色の髪に、どこか煽情的な服装はむしろ風俗街にこそ似つかわしい印象だが、彼女もまたやはり軍事転用された民生用アンドロイド、戦術人形だ。
「いいじゃないの、ハグぐらい。むしろ役得じゃない。なんだったら胸に顔をうずめさせてキャッキャウフフさせなさいよ。女同士だしノーカウントよ。ひょっとしたらご褒美に、食堂のチケットとか、バッテリー充電の優先チケットとかくれるかも――」
「――だめです、ふしだらです、不純です!」
スオミが不意に立ち止まり、キッとこわばった顔で振りむいて、小さく怒鳴った。
「そんなことをかんがえるなんて、FAL、あなたってほんとにもう……」
非難を口にする少女の、そのアイスブルーの瞳にうっすら涙が浮かんでいるのを見て、FALと呼ばれた戦術人形は肩をすくめた。
「はーいはい、からかってわるかったわよ。ごめんごめん」
「もう……」
スオミは指で涙をぬぐいながら、再び前方へ向き直った。戦闘用にチューニングされているとはいえ、元は民生用で人間に交じって人間の仕事もこなすアンドロイド。視覚素子は人間の眼にそっくりにつくられているし、保護液は本来の機能を果たす以外に、感情パラメータの急増によって涙代わりに流れることもある。怒りや悲しみや、恥ずかしさで涙が出ちゃうのはグリフィンの戦術人形なら珍しくはない。
「……まあ、その。ちょっとやりすぎちゃったことは反省しています」
スオミの声に先ほどのとげとげしさはもうない。むしろ論理回路がモニタリングを再開したことで、自分の行動がチームを巻き込んでしまったことに思い至ったらしい。
そんな彼女の様子にFALはくすくす笑いながら、
「いいのいいの。どうせあなたのことだから、ヘリアンさんが尋問したら正直に答えちゃったんでしょう? まったく、適当にごまかしておけばいいのに、それができないのはあなたのいいところでもわるいところでもあるしね」
「うぐっ」
痛いところを突かれてスオミが口ごもるのに、FALは続けて、
「でもさ、哨戒任務といっても、ついこないだ掃討が済んだばかりじゃないの。どうせ敵性の残骸だけ確認して終わるわ。ちょっと食事が貧相なピクニックみたいなものよ」
FALが銃口を向けた先には樹木が生い茂っていたが、その幹には無数の弾痕が穿たれていた。ほんの一週間前の戦闘の証だ。記憶メモリを呼び出せば、どの勢力が撃った跡かの区別もつくだろう。スオミもFALもここでの戦闘があった際、まさに第一線で敵性勢力と激しく撃ち合っていたのだから。
「ヘリアンさんにしたら上級監督者として、指揮官の行動もあなたの対応も問題にしなきゃならないけど、グリフィンでもエースのユニットに厳しい処罰はできない――まあ、懲罰の名目であなたをちょっと基地の外に出して、そもそもの原因である指揮官に頭を冷やしてもらう……こんなところじゃないの?」
「そう……なんでしょうか」
「そうよ。戦闘任務でも後方事務でも趣味的にも、指揮官はあなたにべったりだもの。丸一日会えないだけでも仕事はきつくなるし、精神的に潤いがなくなるし、いま頃あの人、指令室で書類に埋もれて泣きながら働いているわよ」
「……ふふっ、そうかもしれませんね」
くすりと笑みをこぼしたスオミに、FALは目を細めて、言った。
「ああ、やっといつもの感じになったわね。よしよし」
「よしよし、って……あなたはわたしのお姉さんですか」
「いいじゃないの。部隊設立以来の付き合いだし。いろいろ構成メンバーは変わっても、なんでだかわたしとあなたは外されないわよね……やっぱりお気に入りだからかしら」
FALの言葉にスオミがまず応えたのはため息。
「まあ、指揮官が、わたしを異様に気にかけていることだけはわかります」
「そりゃあ、そんな服を着せられちゃあねえ」
スオミの本来の制式衣装は、簡素で武骨で動きやすく、軍装に近い。
ところが、いま彼女が着ているのは、スカート丈の短いひらひらしたドレスなのだ。
幸いに動きを阻害するつくりではないが、胸元は大きく開けているし、腕の部分は透けるレースなので、ほぼ身体の線が見えてしまう。これを着て戦場に出るというトンチキな行為に慣れるまでは感情パラメータの羞恥の部分にリミッターをつけておかねばならかったほどだ。
もっともリミッターがいまでは必要ないということは、恥ずかしい恰好にそれなりに慣れてしまったということで――ある時、記憶メモリと思考回路のマッチング処理の際にその事実に気づいたスオミは、その日の射撃テストで最下位記録を更新してしまった。
理由は言うまでもない。
「これ、もともとクリスマス用のおめかしだったんですよ。それを指揮官がずいぶんとはしゃいで、それで行こうって決めちゃって」
「指揮官としての権限をすれすれのところで使うのがあの人だもの」
「……わたしに対してはセーフラインを平気で超えてきますけど」
「一応、作ってあるんでしょう? あの部屋の“ノーマンズランド”」
指令室の指揮官デスクと副官デスクは通例よりも離して、それぞれ部屋の端に置かれていた。FALが言ったのは、スオミが自身の安全確保のために設けた、そのデスク間のスペースのことである。
「あの人がその気になったら、多少の物理的距離は無意味なんだと今回の件で思い知りました」
「いっそ別室にしてもらったら?」
困った声のスオミに、ひょいとFALが投げた助言だったが、
「……その、それはそれで、さびしいというか」
スオミの声がしゅんとしぼむ。それを聞いてFALはくつくつと笑った。
「あらまあ、結局は仲のいいことで」
からかう調子の声にスオミは応答しない。黙りこくった彼女の様子に、FALが怪訝な顔をしてみせると、声をかけるより前に警戒信号が思考回路を駆け巡った。
戦術データリンク、オン。
戦術反応回路をランクアップ。
FALがスオミに並んで銃を構える。
言葉を交わしたのは、戦術人形の本能ともいえる行動が完了してからのこと。
「あれです、偵察ドローンから情報があったのは」
スオミの声はすっかり“仕事向き”の調子になっている。
「ええ。あの時交戦したやつよね、これは」
FALの声も張りつめたものになっていた。
視線の先にあるものが苦戦させられた相手だったとあっては無理からぬことだった。
民間警備会社グリフィンが請け負っている“警備業務”とは、実のところは、ある敵性アンドロイドとの交戦任務にほかならない。
〔鉄血〕――いまはもう名前だけの戦術人形メーカーの呼び名を冠した彼らは、端的にいってしまえば人類のコントロールを離れて害をなす暴走アンドロイドだ。より軍事向きの戦術人形を運用し、たびたび生存圏を害なす人類の敵。
第三次世界大戦とそれに続く災禍の結果、装備にすぐれた正規軍は貴重な戦力であると同時に、より手ごわい「敵」との戦いを余儀なくされている。その意味では民生用を軍事転用したグリフィンの人形たちは、鉄血に対応させるにはうってつけの存在だった。
だが、鉄血の戦力は戦術人形だけではない。およそ攻城兵器と呼んで差し支えない大型のレールガンを独自に運用するなど、最近ではグリフィンの手にすら少々余る存在になりつつあった。
人形たちにとっては、身近に感じられる脅威のひとつが、目の前のこれだ。
無人機動の歩行戦車――マンティコア。
立ち上がれば人形たちの背丈の数倍になるだろう。四本の脚は不整地踏破にすぐれ、進撃スピードも機動性も高い。それでいて戦術人形よりも格段に分厚い装甲で大抵の銃撃ははじく。そして非力な戦術人形たちを、装備した機関砲でガラクタにしてしまうのだ。
本来なら、一撃の威力と精度にすぐれたライフル装備の戦術人形が脆弱な箇所を狙撃するか、あるいは掃射能力にすぐれた機関銃装備の戦術人形が弾幕を張って無理やり蜂の巣にするかの二択だ。
だが、一週間前の戦闘の際は、これが出てくることは想定外だったため、いずれの装備の準備もなかった。
そんなときはどうするか。
手持ちの部隊のうち、なんとかできる精鋭をぶつけるしかない。
「……手ごわかったわよね、こいつ」
「ええ、明らかに通常のマンティコアではありませんでした」
スオミとFALは苦い感情をかみしめつつ、記憶メモリを呼び出していた。そう、彼女たちの指揮官にあっては「第一部隊」とは最精鋭と同義であって、常に難局に投入される。これは、スオミたちがまさに相手にし、苦戦しつつも仕留めたのだった。
――黒いカラーリングのマンティコアは明らかに過去にみた同型とは異なっていた。実に俊敏で、射撃速度ははるかに向上していた。それどころかバランサーにも工夫がしてあったのか、こともあろうに「三本脚で自立して、残った一本で格闘戦をしかけて」さえ来たのだ。
通常の撃ち合いでは明らかに勝てない。
指揮官の指示でスオミたちがとった戦術行動は無謀にして果敢だった。
部隊のほかのメンバーで牽制射撃を行い、FALの装備した榴弾でマンティコアの足元の地面を抉り、態勢を崩したその隙にスオミが組み付いてゼロ距離からセンサーをめがけて――より正確にはそこから直結している戦術知能回路をねらって――短機関銃の弾丸をマガジン一杯に撃ち込んだ。
仕留めた代償は、マンティコアの機関砲で吹き飛ばされたスオミの腕一本。パーツの交換がきく戦術人形なら上々の戦果だといえる。しかし、痛覚回路を遮断したスオミの、平板な口調での戦闘報告を聞いた指揮官は明らかに涙声だった――
スオミはきゅっと唇を噛んで、かすかに震えた。
微細な振動が銃をカチャリと鳴らす。
そんな彼女をFALはちらりと見やったが、軽く頭を振ると、銃口を正確にマンティコアのセンサー痕を狙いながら、いまは沈黙した歩行戦車に近寄った。
「たぶん仕留められていると思うし、動かない気もするけど……ペルシカさんが様子を見に行ってくれって言っていたのはこれのこと?」
「……正確には指揮官でしょう。戦闘レポートでも随分気にされていました。たぶん、ペルシカさんに意見具申して、それがわたしたちに降りてきたんです」
「なるほどね」
「指揮官は、鉄血がなんらかの戦術プログラムの改良に成功したのか、あるいは実験をしているのかもしれないとおっしゃっていました。装備や装甲は通常のマンティコアです。ただ、動き方が違う。放置すれば脅威になる。でも回収に行くにはグリフィンの警備ローテーションに余裕がない。どうしたものか、と――」
険しい顔のスオミに、FALはふうと息をついて、言った。
「――もしかしてさ、最初から指揮官に一杯食わされていない?」
「……え?」
「指揮官が言ったんでしょ、『通常のローテーションじゃ回せる部隊がない』。じゃあイレギュラーに余分を作るしかない。しかもできれば基地勤務の当番でも、それなりに戦える連中を向かわせたい。けれど、もうひとつの精鋭の第二部隊は別の区域での強襲任務に行ったばかり。それじゃあ……」
「……基地勤務になったばかりのわたしたちしかいませんね」
「そういうこと」
肩をすくめてみせるFALにスオミは目を丸くし、ついでわなわなと身を震わせた。
「もう……もう……! だったら最初から普通に命じてくれればいいのに!」
「あなたが腕を交換したばかりだったから、改まって無茶は言いにくかったんじゃない? グリフィンの内規じゃレベル4以上の戦闘を経験した戦術人形は、緊急時を除けばメモリ整理とパーツ慣熟に一定期間基地勤務をさせるってあるし。本部の戦術演算が必要ないって判断されて、規則破りの抜け道作ったのかも」
「それが水くさいんです! それにそもそも、それならあんなあやしい表情しながらフライングハグを迫ってくる必要ないじゃないですかっ」
「……どうせなら役得を狙ったんじゃない? あーあ、あの人の考えそうなことだわ」
苦笑いを浮かべるFALを、スオミは無言でにらみつけた。
戦闘回路はすでに「準備よし」のため、保護液が「涙」となって溢れることはない。しかし顔つきを見れば、泣ける状態であれば悔し泣きしていただろうことは否めない。
ひとつ、大きく息を吸い、ふうとため息をつく。
人間が心を落ち着けるのと同じしぐさをしたのは、感情トリガーと思考回路をリンケージさせた論理スイッチの切り替えだ。たちまちに表情を落ち着かせたスオミは、銃を肩に背負うと、マンティコアの傍らにかがんで、残骸を調べ始めた。
「機能は完全に停止している……センサーも破壊できている……でも」
「どうしたの、スオミ?」
「いえ、このマンティコア、気絶しているだけなのかも」
「……どういうことよ」
「わたしの短機関銃でのダメージ度合いを測りなおしていたんですが、中枢回路まで十分に打撃を与えた感じではないんです。ただ、感覚回路には損傷を与えているから、目と耳が使えなくなって、動かなくなっただけじゃないかと」
「え、なに。じゃあまだこいつ生きてるの?」
「バッテリーがあがってなければ可能性はあります」
「やだわぁ。またこれと戦うなんてまっぴらよ」
「センサーはつぶしてますから、前よりは楽に戦えますよ」
「……やっぱり第一部隊のリーダーだわ、あなた。すっごい胆力」
FALの呆れ半分の称賛にスオミは口の端だけで笑ってみせると、右の耳に手をあてがいながら言葉を発した。
「エルフよりロスロリアンへ。エルフよりロスロリアンへ」
スオミの声は遠くに向けて発せられていた、文字通り、電波に乗って。
「ターゲットを確認しました。状況は沈黙。周辺の敵性レベルはイエローと判断。ターゲット至近にはわたしとFAL。残りのメンバーは200m後方で警戒待機中」
スオミは顔を挙げた。空は一面の曇天。
だが、その向こうにはかすかに太陽の気配は感じられる。
そう、どこにいても見守っている、大きな存在。
「聞こえますか、指揮官? ご指示願います」
『…………あ、やっぱりバレたか』
返ってきたのは、くすぐるような女性の声音。
『うーん、きみがどこまで懊悩しつつ任務を果たすか見たかったんだけどな』
「趣味がわるいですよ、指揮官。FALが教えてくれたんです」
『お、さすが副リーダー。まあ、だからその子をきみにつけているんだけどね』
「……良い采配だと思います」
『あらぁ、スオミちゃんに褒められた――大吉? ねえ、今日大吉?』
「好きなだけフォーチュンクッキーを割ってください……いろいろお聞きしたいことはありますけれど、さしあたって、このマンティコアをどうするんですか」
スオミは努めて声を平静にたもった。戦闘コンディションだからたやすいはずのことなのに、なぜか感情パラメータは不安定さを感じていた。
ちょっとした怒り。
そこそこのあきれ。
しかしそれらを全部ひっくるめて、なぜか不思議な安心感があり……おどけた様子の指揮官の声を聴いていると、パラメータの最高値が弾む気さえした。
けっして不快なものではなく、それだけに落ち着かない。
スオミはひとつ大きく呼吸して、指揮官の言葉を待った。いまは任務だ。
『そうだねえ、とりあえずは…………おおっと、連中、思いのほか早かったな』
のんびりした調子言いぶり――それが一変し、剃刀を連想させる声に変わった。
『周辺敵性レベルはレッドへ変更。きみとFALは遮蔽物を探して備えなさい。後方待機のメンバーは200m前進させて、そこからあなたたちを援護』
矢継ぎ早の指示と同時に、スオミ自身もただならぬ気配を感じていた。
すぐに銃を構えなおし、じりと後退する。FALも同じくだった。
森の茂みの奥からカサカサとはい回るような音がしてくる。
手近な大きめの木の陰に逃げ込んだ二人が見たのは、猟犬にもハイエナにも例えられる鉄血の小型戦闘機械――ダイナゲートの群れだった。
「うっわあ、相変わらず出てくるときは多いわね、こいつら」
顔をしかめながらFALが榴弾をセットした。
「いまのうちに一掃しちゃう?」
「いえ、それなら指揮官がすぐに攻撃指定をしているはずです。それにあいつらが襲いかかってくる気なら、とっくにわたしたちに群がってきてますよ」
「やだ、ちょっと想像したら怖いじゃない!」
「――指揮官、指示を」
『様子見』
「……はい?」
『それだけじゃきみも困るか。メモリライブラリの【交換日記】、今日の日付が書いてあるページをロードしてみなさい』
「い、いつのまにか頭の中に変なスペースを作らないでください!」
スオミは苦情を言いながらも、指定されたアドレスのメモリーをロードした。
そこに書かれていた想定されるいくつかのケースと、対応した作戦指示。
「……ホントに指揮官、あなたって人は……」
「ねえ、スオミ。どうするのよ」
FALが困惑気味に聞いてきたところに、スオミは苦笑いしてみせた。
「……とりあえず自己防衛です」
「は?」
「わたしが正面のマンティコアの相手をしますから、FALはわたしにダイナゲートが寄ってこないように近接援護を。後方のメンバーは側面や背後からダイナゲートや別の敵性がこないか警戒及び迎撃」
「マンティコアの相手って――あれ動くの!?」
かさかさと這い寄ってくるダイナゲートを的確に打ち抜きながらFALが訊く
「というか、動かすつもりみたいですよ、このわらわらした連中は」
スオミも応戦しつつ、しかし注意はマンティコアからそらさない。
二人が機械の犬どもを追い散らすのに追われてる隙をついて、数体のダイナゲートがマンティコアの残骸に向かってとびかかった。装甲の表面にとりつくや、その脚をめりこませて、そこからうねうねとケーブルが伸びる。マンティコアのセンサー痕を中心に、多脚戦車の内部へもぐりこんだそのケーブルから、
バチイッと青白いスパークがはじけたかと思うと、それまで沈黙の鉄塊だったマンティコアからうなり声にも似た駆動音が響いてきた。
「ちょっと……ほんとに動いている!?」
FALが驚きの声をあげる。マンティコアが倒れこんでいた脚を立て直し、自立する。目の代わりをするセンサーはとうに潰れていていない。その代わり、マンティコアにすがりついた数体のダイナゲートのセンサーレンズが一斉にうごめいた。
「…………ッ!」
機関砲が回転をはじめるよりも、スオミが戦術反応回路のレベルをマックスに引き上げるのがわずかに先だった。高威力の機関砲が地面を穿つが、スオミはとっくにその場所にはいない。短機関銃を撃ちながら、スオミは回避機動を試みる。
「現場判断で敵性撃破を要請します!」
『ノン。そのままで。避けていいけど、スオミが当ててはダメ』
抑えていた感情パラメータが怒りに振れそうだったが、論理回路がそれを抑え込んだ。指揮官がこっそり仕込んでいた【交換日記】には、この可能性も記録されていたのだ。
ならば。
「……では、何秒もたせれば?」
『一二〇秒。それで配置が整う――きみならできるよ、スオミ』
言葉の前半は平板で端的な命令。後半もリップサービスかもしれない。
でも、だとしても。
その言葉に応え続けてきたからこそ、いまの自分があるのだ。
スオミは不敵な笑みを浮かべた。
機関砲の弾を避けながら、しかし、自分をかすめていく音が徐々に大きくなっていく。
「だめだ、敵が多い! こっちもそんなにもたないわよ!」
FALが叫ぶ。自己保存をつかさどる生存回路は生き残るための行動シグナルを出してきたが、スオミはそれをかたっぱしから遮断して、機関砲を避けるためにステップを踏み続けた。金髪碧眼の妖精が、鋼鉄の怪物の眼前で軽やかに死の舞踏を踊る。
「――指揮官、ひとつお願いが」
『なに? 配置まで30秒』
「タウンの32番地に美味しいケーキ屋さんがあるでしょう? そこのミックスベリータルトを一度食べてみたかったんです。帰ったらご褒美にください」
『いいよ――あと10秒』
指揮官の返事にスオミの表情がふっとゆるむ。
その刹那、ついにマンティコアの射線が妖精を捉えた。
論理回路のクロックがオーバーロードする。時間が十分の一になったかのように感じられる空気の中、スオミは四肢の駆動回路に素早く指令を飛ばした。すかさず身をよじり、機関砲の弾丸をわざと左腕に当てさせる――奇しくも前回の戦闘で失くしてしまい、新たに交換したばかりの腕――被弾の衝撃で妖精は吹き飛ばされた。
「スオミッ!」
FALが悲鳴交じりの叫びをあげる。だが、とっさに遮断しきれなかった痛覚に眉をしかめながらも、
「――――ッ!!」
それでもなお、スオミの表情には余裕があった。残った四肢で空中を鮮やかに舞い、軽やかに地に足をつけるや――追い打ちをかけようとしていたマンティコアの鼻先に短機関銃を撃ち放って牽制する。そして。
『準備よし――二人とも伏せて』
指揮官からの指示に、スオミもFALも即座に従った。
地面に倒れ伏した直後、雷鳴のような音が幾重にも轟き。
次の瞬間、マンティコアの四脚と機関砲は綺麗に撃ち抜かれていた。
その様子を、スオミもFALも地面に伏せて土埃にまみれながら見ていた。
マンティコアがなすすべもなく、ダイナゲートをからみつかせたまあ、どうと崩れ落ちる。群がっていたほかのダイナゲートは、ほんのわずかな間、周囲をうろうろしていたが、やがて虫の群れが逃げ散るがごとく茂みの向こうへと去っていく。
『第一部隊の後衛メンバー、スオミとFALの無事を確認して。第5部隊のライフル各員、急な招集だったのに良い仕事ぶりだった、ありがとう』
そこまで手早く指示を出してから、指揮官はおそるおそる訊ねてきた。
『その……スオミ、大丈夫?』
「大丈夫で済む任務を出したことがあるんですか、あなたは……ああ、ええと。腕が飛びました。また左腕です。まだいくらも使っていないのに惜しいですね……ああ、もう――すごく痛いですよ、本当に」
『ええええ!? ちょ、痛覚遮断は!?』
「この前それ使いながら報告していたら、わたしの声で指揮官泣いてたじゃないですか」
『スオミの声が怖くて泣いてたんじゃないよ! いいから痛覚切っておいて! FAL、FAL!? 応急措置お願いできる!?』
「――はいはい、こっちはこっちでやっておくわ」
土埃だらけながら、こちらは五体無事で済んだFALがスオミに駆け寄ってきた。
「彼女のことはまかせて――それで? 迎えはどれぐらい?」
『あと10分でヘリをよこせる。それまで警戒を解かないで』
「このゾンビマシーンはどうするのよ」
『それも別のヘリが回収する――あなたたちが撤収できれば完了だよ。気を付けて」
「わかりました。スオミ、ちょっと見せて。循環液とか閉鎖してるか確認しないと」
「……うん。ねえ、FAL」
「なあに?」
「あなたも、みんなも、どんなケーキがいいか選んでおいて」
スオミはにっこりとほほ笑んだ。
「この際、指揮官に全部奢らせましょう」
「……そうね。それぐらいの権利はあるわよね。どうせだから、高いのを」
「ええ、とびきり高いのを」
二人の少女は顔を見合わせると、くすくすと笑い声をあげたのだった。
わたしが腕の換装と簡単な機能テストを終えて、指令室に入ってみると。
おそらくはミックスベリータルトが入ってる紙の箱を捧げ持ったまま、指揮官が床にひざまづいているというか、はいつくばっていました。
たぶん「ドゲザ」とかいう東洋の最上級の謝罪ポーズだと思うのですが、どこか様になっていないのは、ポーズが正しくないからなのか、それとも気持ちがこもっていないからでしょうか。
ふうとため息をついて、紙箱をつまみ上げ、私が自分のデスクに戻り、ポットから紅茶を淹れて、タルトを皿にうつして、神様へのお祈りを始めてからようやく。
「――えっ、あれぇ? 私のことはスルーなの?」
「あ、すみません。そっとしてあげておいた方がいいのかな、と」
「冷たい! 冷たいよ、スオミちゅあん!」
「あら。よかったじゃないですか」
「……なにが?」
「これで戦術人形があったかいかどうか、の結論が出たと思いますけれど」
「あ……ぐっ、そう来たか。ぐぬぬぬ……」
頭をかかえて、いかにもよこしまな苦悶の声を挙げながら立ち上がる指揮官。そんな彼女を見やりながら、ミックスベリータルトをひとくち。元は民生用のアンドロイドだから、味覚はそれなりに備わっているので甘味を楽しむこともできます。
そして、指揮官が選んできたこのタルトがおそらく店で一番上等だろうということも、味覚センサーから分析してライブラリ参照で即座にわかりました。ネットワークと照合すればお値段がいくらかもわかるはずですけれど。
……それは無粋だから、やめておいてあげましょうか。
「ほんとに――指揮官はわたしをだいじにしているのか、粗末に扱ってるのか、わからないときが結構あります。いったい、どっちなんですか」
「……だいじにしてるよぉ」
デスクに戻った指揮官が椅子に腰かけ、両の手で自分の顔をはさみながらこっちを見ています。じいっと見つめる目はいつものようにどこかふざけた感じで――けれども。
「だいじにしてるから、重要な任務をまかせられるし、いざとなったら命をかけてもらえるし、命を預けてもいいと思ってるよ」
それは、優しくて、あたたかくて、やわらかいまなざしでした。
わたしはふいっと顔を伏せました。
ミックスベリータルトを味わうことに集中したかったからです。ちょっと感情パラメータが振りきれて、赤面してたことを悟られまいとしたからじゃないです。
それだけは、絶対の、絶対に、です。
「……指揮官は本当に困った人ですね……」
こっそりとひとりごちて、もう一切れ、タルトを口に含みました。
甘酸っぱい感覚をおぼえていたのは、さて、どの回路だったのでしょうか。
〔ep.2ヘつづく〕
【ep.2 予告】
スオミさんは今日も困っています。
粗忽な部隊の仲間に困っています。
よりによって、苦手なロシア銃の子とだなんて……!
指揮官の難題にスオミさんと仲間たちはどうしのぐのか?
そしてなんかやりたい放題だな、指揮官!
困ったスオミさんの細腕奮戦記、来週日曜に公開です!