スオミさんはお困りです   作:Tico Ruzel

8 / 10
 死の灰が降りしきる墓所の街、クリプタグラード。
死に瀕した指揮官の命を救うため、スオミ達は決死の潜入を試みる。

スオミ達を待ち受けるものとは?
研究都市でかつての指揮官は何をしていたのか? 
そしてワイルドハントはどう動くのか?

クライマックスへ加速する、第八話!


【作者より】
ようやくクライマックスへ突入していきます。
〔指輪の乙女たち〕それぞれに見せ場を作ってあげましたが、
上手くいったでしょうか。それぞれの立ち位置とか関係性が
きちんと描けていれば幸いです。次回はクライマックス&エピローグです!


ep.8 スオミさんは白亜の墓標にお困りです

 これまでいくつもの戦場を見てきました。

 これまでいくつもの廃墟を見てきました。

 人類がかつてこの星の隅々にまで栄えていた名残。

 そして、生存圏がずいぶん狭くなってなお、戦いをやめられない種族。

 

 正直、人類の諸行無常について考えたことはありません。

 わたし達は人形。それも戦術人形です。

 戦うために銃を握らされた、間に合わせの軍事転用のガイノイド。

 だから、廃墟を見て「危険か安全か」という判断はしても。

 「寂しい」とか「切ない」とか、そんな益体もない情緒を感じるような思考は持ち合わせていません。

 

 ――いままでは、そう思っていました。

 けれど、岩陰に身をひそめて、視線の先に白い街並みを認めたとき。

 もの悲しい何かを感じたのはなぜでしょうか。

 城郭のように取り巻く、ゆるやかに円を描く防護壁。

 その影から天を衝いて伸びる数々の塔や建物。

 白亜一色の街は、かつては〔象牙〕の名にふさわしい景観だったでしょう。

 スラノーヴァヤ・コーシチ。

 過去に指揮官が学んだアカデミーがあった街。

 

 でも、いまその街の頭上には、晴れない灰色の雲が立ち込めています。

 そして、雪とも粉塵ともつかないものが、しんしんと降っていました。

 光の差さない地にそびえる建物が、まるで墓標のように見えます。

 人の英知を集めながら、いまは人の立ち入ることのできない街。

 墓所の街、クリプタグラード。

 

「寒い、ですね……」

 人形は寒さを感じないはずなのに――気付くと、そうつぶやいていました。

 かすかに震えた躯体は、なぜそのように反応したのでしょうか。

 危うげに揺れた感情パラメータは、何を感じたのでしょうか。

 わたしは、右手の小指に巻かれた紅いリボンを見つめました。

 それに軽く口づけすると、左手でくるみ、そして両手を胸に当てました。

 だいじょうぶ。どんな場所でもだいじょうぶ。

 あの人との約束はまだ生きている。

 ……そうですよね、指揮官。

 

 

 

「――望遠で確認した感じ、なるほど敵性がいますね」

 コンテンダーが野戦用の多目的双眼鏡を手にしながら、声をかける。

 彼女の言葉に、スオミは軽くうなずいて、言った。

「でも、〔鉄血〕ではない……そうですよね?」

 少女の問いに、麗人がふうと息をついた。

「ええ、ダイナゲートがうじゃうじゃ。それに交じって、背中に蟲がついた人形がいくつか見受けられました。空爆用のドローンがいれば、とりあえず門の周りは掃除できそうですが――『小さな敵などというものはいない』といいますしね。さてはて、壁の向こうには何が潜んでいるやら」

「……空爆用のドローンなんて、そんなのあるわけないじゃないの」

 白亜の廃墟を見やりながら、FALがふんと鼻を鳴らす。

「本来ならL211基地の全部隊繰り出して、装備の使用制限なしでなんとか攻略でしょ。敵性の脅威度も大きいけど、なにより戦域が広すぎるわ」

「……そんな大作戦、グリフィンの方から仕掛けたことないじゃん」

 難しい顔のヴィーフリが指摘してみせると、

「ですから、わたし達はこっそりと地下から潜る。ですよね?」

 G36が冷静な声で言って、ヴィーフリの頭にぽんと手を載せた。

「おちつきなさい。おおむね予想通りでしたから」

「だけどさあ――スオミが入手した図面、信用できるの?」

 ヴィーフリの言葉に、スオミがうなずき、携帯端末を取り出す。

 皆に見えるようにモニタを向けた。

 図面のひとつを選択すると、その端の方を拡大表示させる。

 双頭の鷲の意匠。その下に並ぶアルファベットと数字の羅列。

「――これ、軍のエンブレムです。出発前に軽く調べました。クリプタグラードはいま軍の管理下ということになっているそうです。まあ、実際に警備する兵隊が張り付いているわけじゃありませんけれど」

「つまり、軍の持っている機密扱いの図面?」

「ええ。それもデータファイルのフォーマットが整っています。もし不正なアクセスで引き出したものなら、もう少し乱雑になっているはずなんです」

 スオミの説明に、ヴィーフリが首をひねりながら言う。

「ワイルドハントが盗み出したわけじゃないってこと?」

「はい。おそらく正規のルートで軍から提供を受けたものじゃないでしょうか」

「でも、それなら誰なの? 軍につながりがあるとしたら、グリフィン本部?」

 FALの指摘に、コンテンダーが首を振ってみせる。

「それならヘリアンさんが関知しているはずです。そして、あの上級代行官さんなら、正規の命令を出してわたし達を向かわせるはず。でも、スオミの話だとヘリアンさんはここへの部隊派遣には否定的だったのですよね?」

 その言葉に、G36が目を見開きながら、つぶやいた。

「――おそらく、ヘリアンさんもあずかり知らぬことでしょう。だとすれば、おそらくこのファイルを送ってきた人物は……」

 G36は口をつぐんだ。

 どう考えても、可能性はひとつだが――

 それならなおさら、人形の独断専行が許される理由が分からない。

 スオミは軽く頭を振ると、キッと表情を改めて言った。

「理由はどうあれ、手助けする意図に違いありません。使えるものは使いましょう」

 少女がそう言うと、FALが両腕をさすりながら、軽い口調で言った。

「おお、怖い。無事に事が済んでも、あまり愉快な運命が待ってるように思えないわ」

「そのときは――」

 少女が、すっと微笑んでみせる。

「――命拾いした指揮官に全部かぶってもらいましょう。上司は部下のしでかしの責任を取るのがお仕事です」

 不敵な宣言に、乙女たちはさざめく笑いを立てた。

 

 

 

 暗闇を一筋の光が裂き、乙女たちが水音を立てながら歩く音が響く。

 足元の水路は、くるぶしに届かないほどの水量だ。

 しかし、乾いた地面でないことが、人形たちの感情パラメータを微妙に揺らした。

「……なんかワイルドハント絡みだと、こういうところが多いわよね」

 銃を構えて進みながら、FALがぼやく。

 そんな彼女にヴィーフリがふんと鼻を鳴らした。

「お天道さまの下に出てくるには恥ずかしいからじゃない? あんな気色の悪い姿をして機械の蟲を従えてるなんて、どうみてもホラーよ、ホラー」

「おや、それはいけませんね、ヴィーフリ」

 コンテンダーが指をぴんと立てて言う。

「『これがSFであるならば我々には助かる望みはあるが、問題は、もしホラーなら誰も助からないということです』――などと言いますし」

「それ、誰の言葉?」

「ある映画の中で登場人物の作家が言ったセリフです」

「……銃で武装した人形が、放射能汚染された街へ潜入するとか、完璧SFじゃん」

 口をとがらせてヴィーフリが言っていると、

「――線量計に変化なし。この辺りは大丈夫だと思いますが……」

 G36が携帯端末とにらめっこしながら、告げた。

「原子炉の冷却水に使われるとしたら、奥の方は注意する必要があります。人形は放射線の影響下でも活動できますが、あまりに線源に近いと思考回路に影響がおよびます」

「……G36はこういう時も冷静だよね」

「場の空気のSF度合いを高めてあげたのです――安心しました?」

 言葉の端にくすっと笑う調子がにじむ。

 仲間たちのそんな会話を聞きながら、スオミはつぶやいた。

「もちろん、途中のメンテナンス通路から市街へ出ます。けれど――」

 言い淀んだスオミの声を引き取って、FALが指摘してみせる。

「――ここに〔門番〕がいないのが気になる、でしょ?」

 その言葉に少女がこくりとうなずいてみせる。

「ワイルドハントが、気づいていないだけならいいんですが」

 スオミはライトの先に目を凝らした。

 照明さえない通路には、暗闇が詰まっていて、水の流れる音がただ聞こえるのみ。

 図面と照らし合わせながら進んでいるから、取水通路なのは間違いない。

 しかし、濃密な闇と流水の音は、冥府を流れるステュクスの河を思わせた。

 この通路は、あるいは街へ通じておらず、地獄へと至る道ではないか。

 そんな益体もない連想が思考回路をよぎり……

 スオミは軽くかぶりを振った。

 弱気になっているのだろうか?

 何の障害もなく順調に進めていることが不安なのだろうか?

 そう自問して、少女はふっと自嘲した。

 人形のはずなのに、なんて人間めいた考えだろうか。

 疑うまでもない、ただ自分に課した任務を果たすだけ――

 少女がそう思い、一歩足を進めた瞬間。

「待ってください――スオミ」

 コンテンダーが張り詰めた声をあげた。

「ライトを絞って……各員、暗視装置を」

 凛とした麗人の声に、乙女たちが暗視ゴーグルを着ける。

 視界を覆うモニタに、処理されたデータが像を結ぶ。

 先の方で取水通路がT字路になっていて、左右に分かれていた。

 一見したところは、どちらの通路も何もないように思われる。

 だが――

「皆さん、通路でなく、水面を」

 コンテンダーがささやき、おのおのが水の流れる床面に目をやる。

 通路のつきあたり、その水面の波紋が微妙に乱れている。

 不自然に乱れたその波紋は、左側の通路に潜む何かを示していた。

「……やっぱり門番がいるんじゃない。かなり大物よ、あれ」

 FALが舌打ちすると、G36がうなずいた。

「鉄血のスクラップを使っているなら、おそらくマンティコアです。問題はただの歩行戦車かどうかというところですが……いやな位置にいますね。あれではライフル型があっても狙撃はできません――スオミ、メンテナンス通路はどちらにありますか?」

「……左です」

 少女が険しい声で言うと、G36がふっと笑う気配がした。

「それなら、ラッキーですね」

「えっ?」

「“当たり”の道だということですよ」

 メイドは澄ました声で答えると、

「さて――いかがしましょうか。全員でかかれば倒せますが、T字路というのがどうにも気に入りません」

 彼女の指摘にスオミはうなずいた。

 マンティコアは門番であり、そして囮。

 おそらく相手をしている間に、右の通路から襲われるだろう。

 歩行戦車だけなら。機械蟲の群れだけなら。

 正面から戦っても勝算は充分ある。

 だが、二つ同時に前後から挟まれてはたまったものではない。

 スオミは自身の戦術データをサーチした。

 指揮官が「クイズの時間だ!」とのたまいながら、過去にいくつも少女に投げてきた作戦シチュエーションの課題。覚えのある状況に彼女はメモリを検索し――そして、そのときの解答結果を認識領域に広げてみせる。

 そこに示されたデータに、少女は思わず、ため息をついた。

 だが、何度確かめても答えは変わらない。

「……こちらも囮が必要です。派手に動いて足止めしているうちに、本命がすり抜けます」

 スオミが示したプランに、皆が押し黙った。

 マンティコアはただでさえ手強い。

 注意をひきつける役を担う者の危険は、計り知れないほど大きかった。

(――誰かを、選ばなければ)

 スオミがきゅっと奥歯を噛みしめて、そう思った時。

「アタシがやる」

 きっぱりした声で、ヴィーフリが言った。

「身軽な人形の方がいいもの。でもコンテンダーじゃ制圧力に不安があるでしょ」

 その言葉と共に、彼女が銃を構える音がした。

「先に断っておくと、これスオミに貸しよ? すっごいすっごい貸しだから」

 言いながら、ヴィーフリはすんと鼻を鳴らした。

「だから――さっさと血清取ってきて、ワイルドハントなんかぶちのめして、ちゃんとアタシをテイクアウトして帰るのよ……戻ってくるまで、一人でなんとか頑張るから……だからさ……」

 最後は涙声になっていた彼女だったが――スオミは申し訳なさそうに言った。

「あの、いえ……それはダメです、ヴィーフリ」

「なんでよッ!」

 泣いていた子犬がたちまち噛みつく。

 うなっているヴィーフリに、スオミは答えた。

「いえ――指揮官の添削だと、『囮は複数人でやれ』が解答だったんです」

「指揮官が……?」

 ぽかんとしてみせるヴィーフリに、スオミは言った。

「ええ。本来、人形を有効に使うなら、一体だけを囮にすべきです。でも――」

 スオミは目を閉じた。データに紐づいたメモリを呼び起こす。

 

(――ンンン、その答えはグリフィンの戦術教範なら合格だが、私なら赤点だ。よくおぼえておきたまえ。私は可愛いきみ達がスクラップになって命を終えるのは断固として御免だ。どんな時でも、自分たちがまず生き残る前提で考えなさい。人形は死ぬことが役目かもしれない。バックアップから蘇ることができるからね。でもこの基地の人形はそれじゃダメだ……死を前提とした戦いは道を閉ざしてしまう。だが、生きるための戦いなら、どんな苦難でも道を見つけられる。だからネ、ここでの私の解答は――)

 

 あの人の言葉を思い出し、スオミは静かに言った。

「最低でも二人一組。ツ―マンセルで囮を務めてもらう必要があります」

「……なるほど、いかにもご主人様らしいお考えです」

 そう言って、G36が銃を鳴らした。薬室に弾を送り込んだのだ。

「一人なら捨て石としての時間稼ぎしかできなくても、二人なら互いに助け合って一緒に助かる可能性がある――本当にどうかしています。所詮、人形の命なんて仮初のもの。それを大事にするなんて、本末転倒ものなのに……ふふっ」

 最後に小さく笑ってみせて、G36は言った。

「わたしがバックアップ、ヴィーフリがポイントマン――いかがですか?」

「それでいきましょう。お願いします」

「……わかったわよ」

 スオミがうなずき、ヴィーフリが了解する。

 少女が、続いて仲間たちが走り出す。

 水音を蹴って取水通路をかけておくと、鉄の軋む駆動音が響いた。

「ハン! こっちこっち!」

 素早く跳び込んだヴィーフリが囃しながら短機関銃を撃ち放つ。

 銃弾に叩かれて、それが熱光学迷彩を解いて姿を現す。

 機体の各所に何体ものダイナゲートが張り付いたマンティコア。

 その底部についた機関砲は、通常の三倍の数が並んでいた。

「いッ――!?」

 壁を蹴って起動を変えようとするヴィーフリを、ケルベロスの顎のような三つの機関砲が狙いすましたが――それらがまさに火を噴く寸前、

「――させませんっ」

 狙いすましたG36の射撃が急ごしらえのいびつな武装をはじいた。射線を狂わされたマンティコアの銃弾が空を裂き、からくも逃れたヴィーフリが間髪入れず、歩行戦車のセンサに銃弾を浴びせる。

 マンティコアが、咆哮するように軋みをあげた。

 その横をすり抜けて、スオミたち三人が駆け抜ける。

「走って! スオミ! 振り向かずに走るの!」

 異形のマンティコアに銃弾を叩き込みながら、ヴィーフリは叫んだ。

 

 

 

 一息に駆け抜け、スオミ達はメンテナンス通路から街の中へ出た。

 地面に積もった塵のようなものを踏むと、くっきりと足跡がつく。

 道路沿いに撃ち捨てられた車と建物を遮蔽物にしながら、あたりを窺う。

 だが――

「目視でも、センサでも、感知がありませんね」

 コンテンダーがつぶやくと、FALが眉をひそめた。

「外郭の外には結構いたから、街中はさぞかしうろついてると思ったのに」

「人形のゾンビはおろか、ダイナゲート一匹いませんよ」

 コンテンダーが天を仰いだ。

 灰色の雲に閉ざされた空から、しんしんとくすんだ色彩が降ってきていた。

「まるでこの街だけ時が止まっているかのようです。『永遠に続く冬は無い。巡ってこない春は無い』とはいえ……ここだけは事故の後にずっと冬が続いたままなのかも」

「ずいぶんと詩的だこと。なら、凍えちゃう前に用は済ませましょうよ――スオミ、アーカイブの施設はここからどのくらい?」

 FALに問われて、認識領域に図面を展開させたスオミは、ややあって答えた。

「警戒移動で、約十分ほどでしょうか――ただ、大通りに出る必要があります」

「……保管庫という割には、ずいぶん堂々とした場所にあるのねえ……」

 いささかあきれた色がにじむFALの声に、少女はうなずいた。

「アーカイブと呼びつつ、モニュメントの意味合いがあったのかもしれません」

「我々はこれだけのことを成し遂げたぞー、って?」

「……あくまでも想像ですけれど――行きましょう、時間が惜しいです」

 そう言って、スオミは銃を構えながら足早に歩きだした。

 あわててFALとコンテンダーが続き、三人ともに周囲に目を配りながら進む。

 空は灰色。街は白亜。地に一面積もったくすんだ塵。

 グラデーションがかったモノトーンの世界に、足跡だけが残る。

 塵を踏むかすかな音が、静寂の中に響くようだった。

「――ヴィーフリなら、大丈夫よ」

 ぽそっとFALがつぶやいた。

「G36がついているもの。元気娘が突貫しても、あのメイドさんなら襟首つかんで適当に退いてるはずよ」

「……そうですね」

「実際、能力もパーソナリティも、あの子が副隊長にふさわしいと思うわ。わたしが務めてるのは、結局先任だからってだけだと思うし」

 FALの言葉に、スオミは答えた。

「そんなことはないです。わたしが無茶したら、いつもフォローしてくれるのは――」

「――そっ、わたしの役目。でもそれは副隊長じゃない。お守り役よ」

「あの、機嫌でもわるいんですか? FAL?」

「さあ、どうかしらね……街が薄気味悪いから、気を紛らわせたいのかも」

 FALがつまらなそうな声で言ってみせた時、

「『友のために私がしてあげられる一番のこと、それは、ただ友でいてあげること』」

 軽やかな声でコンテンダーが言った。

「自分を過小評価するものではないですよ、FAL。あなたはいつもスオミを見守って、彼女が最善のパフォーマンスで判断できるように気を配っています。あなたが真っ先にスオミの不安や悩みを片づけてあげるから、G36も一歩引いた立場で物事が見えるのだと思います――それも立派な副隊長の役割ですよ」

 てらいのない麗人の褒め言葉に、FALはかすかに頬を染めてそっぽを向いた。

 二人の顔をちらちら見たスオミが、憮然とした声で言う。

「……それ、なんだかわたしがすごく手がかかる子みたいじゃないですか」

 少女の言葉に、お姉さん二人は顔を見合わせ、

「まあ、それはそうよね。あなた割と難儀な性格だし」

「やはり気難しい方が、指揮官も攻略しがいがあるんでしょうか」

 それぞれに好き勝手に答えるのに、少女は曰く言い難い表情をした。

 だが、不平を口に出さず――ややあって足を止め、目の前の建物を見上げた。

「ここです……ここが象牙の街のアーカイブ」

 他と明らかに異なる建物の意匠に、二人がうなずく。

「――なるほど、これは確かにモニュメントだわ」

「研究者たちの街の――さしずめ、知恵の神にささげた神殿ですね」

 他の建物のような、のっぺりした壁面ではない。

 コリント様式の飾り柱に支えられ、繊細なレリーフが浮かんでいる。

 だが、古代の神殿ではないことは明らかだった。

 時折、壁に光が走って、モノトーンの風景において静かな存在感を放っていた。

「……この建物、生きてる……?」

 FALのつぶやきに、スオミはうなずいた。

「自立電源かもしれません――いまセキュリティを解除します」

 少女はメモリに収めた図面から、警備情報を呼び出した。

 入口のそばにそっと手を触れ、データリンクを試みる。

 その瞬間、建物を走る光が青く瞬き――正面の扉が、静かに開いた。

「……大丈夫みたいですね、行きましょう」

 スオミがうなずき、建物へ入る。

 少女に続いた二人は、屋内の様子を見渡して言った。

「部屋を横切るカウンターに、申し訳程度の椅子、ね」

「頻繁に使われる場所でもなかったのでしょう――たぶん奥の扉が、アーカイブの保管庫自身につながっていると思いますが……」

 二人の言葉を受けて、少女がカウンターへ歩み寄った。

「少し、時間をください。いまロックの解除を――」

 スオミがそう言いかけた時。

 FALが表情をこわばらせて、スオミの手をつかんでカウンターの内側に駆け込んだ。

 続いてコンテンダーが扉から外へプローブを放り出して、二人の隣に滑り込む。

「――どう!? 何匹いる?」

 FALが緊張した声でささやくと、コンテンダーがため息をついた。

「視界に入った影は数体でしたが、どんどん増えてきてますね」

 そう言って、コンテンダーが指で合図してみせる。

 カウンターの縁からそっと顔を出した三人が見たのは――アーカイブの建物を遠巻きに続々と集まりはじめるダイナゲートと、よたよたと歩く人形の骸だった。

「ちっ……ここの状況を監視してたんだわ。いったいどこに隠れていたんだか」

「積極的に襲ってくる様子はいまのところないですが……」

 顔を見合わせる二人に挟まれて、スオミが顔をうつむける。

「すみません……わたしだけ入っていれば、お二人は逃げられたのに――」

 申し訳なさそうにつぶやく少女。

 その頭を、FALが平手で軽くはたいた。

「バカ」

「ひゃっ!?」

「何言ってるの。あなただけで入ってたら、あっというまに蟲の洪水よ」

「次のトリガーは何だと思います?」

 麗人の問いに自称お守り役は肩をすくめた。

「そんなの……誰かが保管庫に入ったら、でしょ」

「なら、決まりですね」

 コンテンダーがすっと目を細めると、背嚢を開けて次々と装備を取り出す。携行地雷、電磁パルス発振器、それにもっと直接的な手榴弾。

 そして、FALはマガジンを次々取り出すと、銃を鳴らして薬室に弾を装填した。

「あ、あの、二人とも……?」

 戸惑い気味のスオミに、FALがウィンクしてみせる。

「ほら、あなたは早くセキュリティを解いて奥へ進みなさい」

「ここはなんとかしますから」

 その言葉に、少女は代わるがわる二人の顔を見て――こくりとうなずいた。

 スオミがはじけたように立ち上がり、カウンターの制御卓で指を踊らせる。

 奥の扉で電子音が鳴って、静かに封を開く。

 同時に、外でうごめくものたちがざわめいたような音がした。

 扉へ駆け寄って、スオミは振り返って。

 カウンターから銃を突き出して構えたまま、FALが親指を立ててみせる。

 コンテンダーがちらと少女を見て、目の端でふっと笑んだ。

「――二人とも、無理はしないで……!」

 少女は小さく叫ぶと、奥の扉へ駆け込んだ。

 背中で閉まっていく扉の隙間から、銃声が鳴る音がした。

 

 

 

 スオミは白い通路を駆けた。

 ひとり分通れるほどの狭い通路は、ゆるやかに下っている。

 どうやら地下へと続いているようだった。

 少女の脳裏に、仲間たちの顔が浮かぶ。

 急がなければ――感情パラメータが不安に揺れ、思考パルスを焦らせる。

 その思考の乱れが、躯体のバランサーに影響したのか。

 少女は、不意に足をもつれさせた。

「――きゃっ!」

 かすかな悲鳴をあげて、少女は倒れた。

 勢いのついた躯体は、そのまま下り坂を転げ落ちていく。

 スオミが身をすくめて、銃を抱きしめる。

 背嚢が開き、詰めておいた装備が飛び出していく。

 時折、壁にぶつかりながら、少女は通路を転がっていき――

 しばらくして、ようやく平らな床に落ち着いて止まった。

「痛ッ……!」

 スオミは顔をゆがめながら、躯体のあちこちをさすった。

 内蔵のセンサは“とりあえず異状なし”を知らせている。

 とりあえず認識領域を悩ます痛覚にリミッターをかけ、センサを周囲の環境に向ける。かすかにうなるような音が部屋に満ちている。壁の片側は一面のモニタになっていて、その前に制御卓らしきものが床からせりあがっている。

 であれば、残る壁のいずれかが保管庫自体への扉だろう。

 ここは――なにかのデータ管理の部屋だろうか?

 スオミはそっと制御卓に近づいた。

 制御卓といっても、見たところキーボードのたぐいはない。

 白いなめらかな台座に、銀色の手形が窪みになっている。 

 スオミは意を決して、その窪みに右手を載せた。

 その瞬間、右手から頭蓋の中に、火花が飛んだような感覚があった。

 プライベートデータリンクだ――気づいた時には、端末側にメモリをサーチされた後だった。

 壁面のモニタに、無数の顔が浮かぶ。

 色素の薄い、白っぽく長い癖毛。そして煌めく紫の瞳。

 指揮官の顔がずらりと並んでいた。

 想い人の顔に少女の感情パラメータが乱れる間もなく――

 モニタに映った彼女の顔に、緑色の四角形があてがわれていく。

 一面に並んだ指揮官の顔が、次々と消えていったかと思うと、モニタに白衣を着た女性の姿が表示された。

「指揮官……?」

 かなり若い顔だったが、そうとしか思えない。

 目鼻立ちはそっくりだ――だが、この違和感は何だろう。

 白っぽい癖毛はまだ短く、肩までしかない。

 肌はどこか乾いていて、砂が敷かれたように思える。

 なによりこの目は――何と言ったらいいのだろう。

 スオミの記憶にある指揮官の瞳は、知性と興味で煌めいている。

 だが、この曇って霞んで光の消えた瞳は何だろうか。

 渇ききったような人――少女には、そう映った。

 不意にモニタの映像が切り替わる。

 こんなことをしている場合じゃない――そう思いながらも、少女はモニタの映像から目が離せなかった。

 そこに映っているのは、確かに指揮官だった。

 アカデミー時代の、少女が知らない頃のあの人。

 

(なぜこのようなことをしたのかね!)

 モニタの中で、白衣の紳士が声を荒げていた。

 半円形に設えたテーブルに、何人もの老若男女が座っている。

 誰も彼もが、部屋の中央に裁判の被告のように立たされた、まだ若い女性に視線を注いでいる。

 質問をされた彼女――かつての指揮官は、ぼそぼそした声で言った。

(人形と同じハードになれば、人形の心が分かると思ったのです)

 まるで抑揚のない声。彼女の回答に、取り囲む人々から驚き呆れる声があがった。

(なにをばかな! 人形に心などない!)

(この子はやはりダメではないかな。あまりに発想が突飛すぎる)

(いやしかし、先に挙げた論文はメンタルモデルの構築に一石を)

(それにIOPから少なくない投資がされて)

 彼女を囲む人々の話題は、いつしか損得の話にすり替わっていた。

 それを聞いて、彼女はなにを思ったのか――天井を仰いで何かをつぶやいた。

 

 スオミが息を呑んで目を瞬かせると、また画像が切り替わった。

 

(倫理遵守局です! ただちに投降してください!)

 切羽詰まったような声と共に、画像がガタガタと揺れる。

 ヘルメットか何かについたカメラが映したものらしい。

 広い倉庫の中に置かれた数々の機材。

 円形に置かれたそれらは、複雑にケーブルで接続されている。

 ――まるで地下で見たあの忌まわしい儀式のオブジェのようだ。

 そう思ったスオミは、目を見はった。

 だが、拘束椅子に縛られた人形はいない。

 代わりに唸りをあげる円筒形の機器がその場所にあった。

 そして、機器が並んだオブジェの中心にしつらえられた処置台。

 そこから、ばたりと人が転げ落ちた。

 頭にはめていたヘッドギアがはずれて――白っぽい癖毛が現れる。

 目から涙を流し、口から涎をたらしながら、ぴくぴくと震えている。

 彼女は、憑かれたかのように、白目をむいて何かをつぶやいていた。

 悔やんでいるような、悲しんでいるような、そんな声。

(おい、救護班! 早く! すぐにERへ運べ!)

 画像がガタガタと揺れ、そこで消える。

 

 スオミはそっと自分の肩を抱きすくめた。

 これが――これが本当なら、指揮官もかつて……

 そう思った矢先、また画像が切り替わった。

 

(ふむ、君がくだんの問題児ですか)

 雑然とした研究室と思しき部屋の映像。

 古色蒼然としたデスクに座った老人が、穏やかな声で語りかけている。

 応接のチェアに腰かけているのは、白っぽい癖毛の女性。

 髪はすっかり伸びてぼさぼさになり、少し大人になった彼女。

 いまの指揮官の面影が少しあるが、くすんだ瞳のままなのは変わらない。

(論文は読ませていただきましたよ。人形のニューロン伝達に関する機能向上プログラムに関する新考察。メンタルモデル構築の最適化に関するユニークなアプローチ――自分の失敗でさえ研究の成果にしてしまうしたたかさには、むしろ感服します)

 そこまで言って、老人は手を組み合わせて、ぐいと身を乗り出した。

(それで、君が本当に求めるものは見つかりましたか? 自分の神経の一部を人工ニューロンに置き換えて、自分の脳に人形のメンタルモデルをインストールしようとして――そしてあちこちのラボでことごとく衝突して、結局出ていくのに驚愕の成果を残していく――手を焼かれて、たらい回しの挙句に、こんなおいぼれにたどりつくとは)

 老人の言葉に、彼女はうつむいたまま、ぽそりとつぶやいた。

(あたしは――人形の心が知りたいのです。それだけです)

 その言葉に、老人はふむ、とうなずいた。

(アプローチを変えてみませんか。君はハード面やプログラムから人形を理解しようとしている。それは研究者の常識ですが……私が老後の道楽にやっている研究――この〔人形心理学〕は、むしろ君のような人にこそ適任なのかもしれない)

 どこか愉快そうな老人の声に、彼女は顔をあげた。

 すがるような彼女の目を見つめて、好々爺は微笑んで言った。

(君は、人形自身がどんな形で世界を認識しているか、考えたことはありますか?)

 

 スオミは目をしばたたかせた。

 ドールズサイコロジー。

 では、この人が、指揮官の恩師なのだろうか。

 そう思った途端、また画像が切り替わった。

 

 映されたのは同じ研究室だったが、随分小ぎれいになっていた。

 雑然と積まれたプリントアウトはファイリングされ壁に収納されている。

 霞んでいたような空気が晴れているようだった。

 そして、研究室の壁には何かのトロフィーが掲げられていた。

 それもひとつではない。多種多様な褒章が自慢げに飾られている。

 と、研究室の扉が勢いよく開き、

(おっはよーございます、教授! 春休み中にまた賞状が増えましたネ!)

 飄々とした声、おどけた調子の口調。そして知性と好奇心に煌めく紫の瞳。

 スオミは息を呑んだ――少女の知っている指揮官の姿がそこにあった。

 老人が彼女を見て、相好を崩す。

(はは。論文の提出者は私になっているが、実のところは君との共同研究だよ――ここに並んだ称賛は事実上、君のものさ……しかし、君が構築した対人コミュニケーションのペルソナプログラムには、いまだに戸惑うな)

(いやあ、他のラボと折衝するときは、つかみどころがなくて飄々としている方がいろいろ煙に巻けますからネ! これでも、ちょっとずつ調整しながら、アップデートしてますヨ)

(……正直、最初はあきれたよ。人工ニューロンとインスト―ルし損ねたメンタルモデルの残滓を撚り合わせて、対人インターフェースの仮想人格を作り上げるとは。他人と上手くやるために、自ら二重人格めいた精神構造にしてしまうなど、実にクレイジーだ。やれやれ、問題児は健在だな)

(やだなァ。目の不自由な人が眼鏡をかけるみたいに、コミュニケーションが不自由な人が人格プログラムの助けを借りているだけですヨ)

(パーソナリティは眼鏡とは違う気がするがね――それにしても、研究室に残る気はないのかね。君にならこの部屋とデスクをそっくり譲って、私は引退してもいいと思っているんだが……本当に民間軍事会社などに行くのかい?)

(内諾は取り付けました。アカデミーを修了したらグリフィンに行きます。人形心理学の研究を続けながら軍事関連の勉強もしなきゃいけません。なかなか忙しいですヨ)

(……そこまでして、あのテーマを追究したいのかね)

 その問いに、彼女はこくりとうなずいた。

(ええ、目途もつきました。時間はかかるかもしれませんが、きっと――)

(――そこまで決心しているなら、もう止めまい。ただ、このおいぼれに、君が見つけ出したアプローチの方法を教えてはくれまいか)

(ええ、もちろん。教授のおかげですからね。ちょっと説明しましょうか――)

 

 そこでぷつんと画像が途切れた。

 スオミは躯体を震わせながら、口元を手で覆っていた。

 作り物の人格? あの明るくふざけた性格が、プログラムの結果?

 なら、自分が知っているあの人の言葉はどこまでが本当なのだろう。

 自分が離れがたく感じるあの人の振る舞いは、すべて仮初なのだろうか。

 自分の中の指揮官の顔がひび割れるような感覚に襲われる。

 思わず膝をついて床にへたり込みそうになった時――モニタがまた画像を映した。

 最初の映像より少し大人びた、彼女の画像が浮かんだかと思うと――

 それを覆い隠すように、びっしりとリストが表示される。

 並ぶ文字列を読み取って、スオミは理解した。

 おそらく――これはあの人がアカデミーでかかわった業績の数々。

 これだけのものを築き上げながら、なぜあの人はグリフィンに来たのか。

 だが……いまはそれを考えている場合ではない。

 スオミはコンソールの窪みに手を当て、ワードをイメージした。

 リストのひとつがフォーカスして表示される。

 〔Serum : Anti Ibn-G〕

 ラベルの横のマークの赤い鍵マークがくるりと回転し、緑色に変わる。

 同時に、スオミの背後の壁が割れ、静かに開いていく。

 少女はうなずくと、銃を構えながら足を踏み入れた。

 

 

 

「ヴィーフリ、退きなさい! 電磁パルスを使います!」

 G36が点射で援護しつつ、叫ぶ。

 迫りくる異形のマンティコアと、その足元から這いまわってくるダイナゲートの群れに銃弾を浴びせつつ、ヴィーフリは叫び返した。

「退けるなら、とっくにやってるよ!」

 叫びながら短機関銃を連射するヴィーフリ。

 撃っても撃っても、ダイナゲートが押し寄せてきて、尽きない波のようだった。

「まったく、あなたは本当に世話が焼けますね」

 舌打ちまじりにG36が声をあげて――電磁パルス弾を放り投げた。

「へっ!?」

 驚くヴィーフリの頭上高くを銀色の円盤が宙を飛び――ダイナゲートたちの群れの奥へと放り込まれる。直後、青白い火花が散ってダイナゲートの群れとマンティコアが悲鳴のような電子音をさせながら、機能を止めていく。

「ナイスコントロール!」

「おしゃべりは後です」

 にまっと笑ったヴィーフリの横に躍り出て、G36がアサルトライフルを立て続けに撃つ。

 おしよせていた群れの先端のダイナゲートが次々に残骸に変じた。

 ひととおり掃討した後、ヴィーフリが声をあげる。

「とりあえず、こっち! 離れないと!」

 急いで駆けだすヴィーフリに続いて、走りながらG36が訊ねる。

「当てはあるのでしょうね?」

「わかんないよ! こんな通路、図面にないんだもん!」

 走りながらヴィーフリが泣きだしそうな声をあげる。

「くっそー、もうマガジンが残り一本とか!」

「さすがに敵が多いですからね――それにしても、図面に無い拡張工事の通路とは、なんとも悪意に満ちたダンジョンです」

 G36がぼやきながら駆ける。

 走りながらマガジンを交換し――普段は冷静なメイドの目が不安げに揺れる。

「こちらも残弾があと一本ですか。マズいですね」

「あーん、スオミ、早くして~!」

 二人で声を交わしながら、通路の角を曲がった途端。

「うあッ!?」

「これは――困りました」

 二人は呆然と立ち尽くした。

 突然、運命を塞ぐかのような、まさに行き止まり。そして、二人の背後から、かさかさと這いまわる音と、巨大な脚がゆっくり歩みを進める音が聞こえてくる。

「ここまで、ということですか……」

 だらりと銃を提げてG36はつぶやいたが、

「フン、そんなに諦めがよくていいの?」

 ヴィーフリが顔をしかめて、肘でつついてみせた。

「あいつらが来るまでまだ少し余裕があるよ。通路に罠を仕掛けて、曲がり角を遮蔽物にして持ちこたえよう。どれぐらい稼げるかわからないけど、なんとかなるかもしれない」

 まだ声に張りのあるヴィーフリの言葉に、メイドはふっと笑んでみせた。

「本当におかしなものです。ここで命を落としても、シグナルさえ送れば、基地のメンテナンスベッドで目を覚ます。人形にとって実に簡単な選択なのに、それを選ぶことが不可能とさえ判断しています……だいぶご主人様に毒されていますね」

「どんな時も命をあきらめるな、って指揮官の口癖だし、それに――」

 ヴィーフリが少し頬を染めて、そっぽを向きながらつぶやいた。

「――スオミなら、もっとひどい状況でも諦めないだろうし」

「負けたくはない、ですか」

 メイドの言葉に、こまっしゃくれた少女がこくりとうなずく。

 G36はふうと息をつくと、大きく目を開いた。

 普段の険しい眼差しが緩んで、穏やかな笑みがこぼれる。

「もちろん、それはわたしも同じですよ」

「なんたって、〔指輪の乙女〕だもんね」

「ええ――その名に恥じることなし」

「そして、その誓いにもとることなし」

 二人は顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべると、銃をカツンと打ち合わせた。

 暗がりの向こうから、破滅の足音が確実に近づいてくる――

 

 

 

「これで……売り切れです!」

 コンテンダーが叫びながら、電磁パルス弾を放り投げる。

 銃弾で窓が撃ち抜かれて随分見通しのよくなったエントランスから、外で電光が散るのが見えた。青白い火花と共に、じわじわと寄ってきていたダイナゲートと歩く人形の骸がぱたりと倒れるが――すぐに、その残骸を踏みしだきながら、別の波がゆっくりと押し寄せてくる。

「なによ? もう店じまいなわけ?」

 突出した個体を単射で撃ち抜きながらFALが声をあげる。

「お客さんはまだまだお越しなのに――おおっと」

 軽口をたたいたFALがカウンターに頭を引っ込める。

 さっきまで彼女の頭があった空間を、銃弾がいくつも空を裂いていった。

「あー、もう。たまに武器持ってるやつがいるのが鬱陶しい!」

「セール品は品切れですが、定番商品なら在庫はありますよ」

 コンテンダーはそう言いながら、ひときわ太い銃弾を装填した。

 それを目にして、FALが目を丸くする。

「あきれた――カスタム強装のマグナム弾?」

「ええ。正面から撃っても、背中のダイナゲートまで抜けます」

 そう言って、コンテンダーがカウンターから顔を出す。

 FALが続いて銃を構え、単射で確実にダイナゲートを牽制し――その隙にコンテンダーの狙いすました一撃が、銃を持った人形を撃ち抜く。通常より遥かに威力の高い銃弾を受けて、人形の胴に大きな穴が穿たれ、背中のダイナゲートごと崩れ落ちる。

「おみごと」

「連射が出来ればと思いますよ――危ないっ」

 二人は慌てて頭をひっこめた。

 先ほどに数倍する銃弾が空を裂いていく。

 悲鳴のような風切り音に顔をしかめながら、FALが険しい顔で言った。

「ちっ、銃を持ったやつが増えてきてる――でも、一気に押し寄せないのはなぜ?」

「生け捕る気ではないでしょうか。ワイルドハントがやっていたことを考えれば、スオミだけでなく、わたし達のメンタルモデルも欲しがって不思議はないかと」

「まあ、なんてごうつくばりかしら」

「まったくです。『欲張る鷹は爪が抜ける』と教えてやりましょうか」

「どのみち、〔指輪の乙女〕が降参するわけにはいかないものね」

 銃弾が空を裂くのをにらみながらつぶやくFAL。

 その彼女に、コンテンダーが訊ねた。

「そういえば、作戦前のあの合言葉、誰の発案なんですか?」

 さりげない問いに、FALは少しばつの悪そうな顔をして答えた。

「……わたしよ」

「あなたがですか?」

「スオミったら、作戦前の景気づけが苦手なのよ」

 すっと目を細めながら、FALは答えた。

「アドリブの効いた訓示とか、とことんダメ。でも締まらないからどうしましょうって相談受けて、考えてあげたの」

「――ふむ、なにか元ネタがおありで?」

「どこかで見たフレーズかもだけど……自分で考えたものよ」

 そこまで言って、FALはちらとコンテンダーを横目で見た。

「変だと思う?」

「いえ、やはりあなたは副隊長だと、改めて思いました」

 そう言って麗人がすっと手を差し出す。

「最後まで諦めないで戦いましょう。〔指輪の乙女〕なのだから」

 FALが不敵に笑って、その手を握る。

「あいつらにくれてやる命も誇りもないものね。だから……」

「……ええ。その名に恥じることなし」

「そして、その誓いにもとることなし……もう少し踏ん張ろう!」

 銃弾が途切れた間隙を縫って、二人がカウンターから身を乗り出し、銃を撃ち放つ。

 だが、その奮戦をあざ笑うように、包囲の輪はじりじりと締まっていく――

 

 

 

 スオミは真っ白で、だだっ広い部屋に足を踏み入れていた。

 まるで永久凍土を固めたような作りで、心なしか部屋の中も冷えているようだった。

 壁は一面に細かい格子で区切られたようになっており、いずれも真ん中に白いランプが灯っている――だが、奥の壁の一か所に、緑のランプが灯った区画があった。

「……あれですね」

 スオミはつぶやき、奥の壁へと駆け寄っていき。

 緑のランプに手を伸ばそうとして――

 突然振り向くと、天井に向けて短機関銃を撃ち放った。

 銃弾に追われながら、何かのゆがんだ影が天井を、壁を這いまわった。

「……クハハ! クハハ! さすがだ……気づいていたのか」

 哄笑と共に光学迷彩が解けていき、異形が姿を現す。

 継ぎはぎの人形。どうつなげたのか、六本の脚と四本の腕を生やしている。

 躯体の四肢はまちまちの人形のもので、腕に握られた銃はそれぞれ異なる。

 スオミは、腕の一本を睨みつけた。

 いささか傷だらけになった白皙の肌の右腕。

 その手の薬指に輝く、銀の光。

 それだけ認めて、少女は険しい目で異形を睨みつけた。

「……ワイルドハント。道中で遭遇しなければ、ここだろうとは予測演算していました。天井からの奇襲はあなたの悪い癖ですね。知っていますか、バカは高いところが好きだそうですよ」

 皮肉ってみせた言葉に、異形は哄笑で応えた。

「クハハ! ならキミは? たかが人間一人の命のために、のこのこと罠にかかりにくるキミは!」

「――さあ、それはどうでしょう?」

 スオミは不敵な笑いを浮かべた。

「あなたにとっても、わたし達の進入路は予想外だったんでしょう?」

 少女の指摘に、ワイルドハントはうなり声をあげた。

「ウグゥ……なぜだ。なぜそう思う」

「あなたの銃、リンケージが済んでいませんよ。調整中に慌てて出てきたんでしょう? そうでなければ、そのライフルでわたしを狙撃したはずです」

 スオミの言葉に、ワイルドハントは苛立たしげに銃を振り回した。

「だからどうした! 射撃プログラムは積んでいる! ボクを甘く見るな!」

「その言葉、そっくりお返しします――わたしを見くびらないでッ」

 不敵な切り返しに、ワイルドハントが呻きながら四挺の銃を構える。

 スオミは、キッと表情を引き締めた。

 四つの銃口が火を噴く寸前。

 戦乙女は戦術反応回路に火を入れ、大きく跳躍して異形に迫った――

 

 

〔ep.9へ続く〕




【次回予告】

ついにワイルドハントと対決するスオミ。
異形の難敵に、少女は裏をかいたかのように見えたが――?

果たしてスオミの困りごとは解決するのか?
そして、メモリの向こうで少女が見出したものとは一体?

次回、本編完結! クライマックス&エピローグです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。