ドクが人里に帰ってきて、数日が経ったある日。
珍しい人物がドクの家を訪ねてきた。
「ドク、いるかな?」
そう言い戸を開いたのは、滅多に店を出ることがない、霖之助であった。
両手には、何かが入っている袋を三つ持っていた。
部屋の中で机に向かい、忙しそうに患者の診療録を纏めていたドクは、声に反応して顔を上げる。
霖之助だとわかると、診療録の書かれた何枚もの紙を一つにまとめ整理し、部屋の中に霖之助を招いた。
そして部屋の隅にあったテーブルを中央に移動させる。
「お茶でも飲むかい?」
「うん、いただくよ。少し長い話になるだろうからね」
座った霖之助にそう聞いたドクは、急須にお湯を入れ、湯呑みにお茶を注いだ。
そして霖之助の前に湯呑みを置く。
「ありがとう」
「いえいえ。……それで、話って?」
「まあ、まずはこれだね」
霖之助はテーブルの上に置いた袋の中から、紙の束を取り出した。
広げてみると、『文々。新聞』と書かれていた。
そしてドクの目を引く大きな題字。
「『大妖怪八雲紫 人里の医師ドクを異変解決に向かわせる』?」
「そのまま読み進めてくれるかい?」
ドクは霖之助に言われるままに読み続けた。
「『異変解決に向かったドク氏は、八雲紫から大事なことを伝えられていなかったのだ。そう、それはスペルカードルールと言う、新たな決闘方法についてだ。それを知らなかったせいで、ドク氏は左腕を失うなど大きな怪我をした。』……」
「それを読んだ時は驚いたよ。初めてあの鴉天狗に、障子を破ったことを感謝したね」
「つまり霖之助は、僕が怪我したことを知ってここに来た、と?」
「そうだよ。旧知の友人が大怪我をしたとあっては、僕も落ち着いていられなくてね。君に渡したいものもあったから、折角だし来てみたんだ」
ドクは霖之助の言葉が嬉しい反面、文がどこでこの情報を知ったのか、疑問が出ていた。
――僕が帰ってきてから、彼女に会ったことはなかったはずだが……。まあ、話を聞ける人は他にもいるのだから、深く考える必要はないか。
「どうかしたかい?」
「ああ、いや、心配してもらうのは申し訳ないと同時に嬉しくてね。ありがとう」
「はは、礼を言われるほどのことじゃないよ。まだ君に渡したいものがあるんだ」
霖之助は、文々。新聞を出した袋と同じ袋から、前にドクがもらった白衣を出した。
前のものより、幾分か丈が長い気がするが。
「左腕がなくなったって聞いて、じゃあ白衣もそうなんじゃないかと思ってね」
ドクは霖之助から白衣を受け取る。
「君は本当に気が利く。まったくその通りだ。白衣も左腕の部分がなくなってしまったし、血もついてしまって使えなくなってしまっていたんだ」
「それはよかった、いやよくはないんだけど、持ってきた白衣が無駄にならなくてよかったよ」
ドクは立ち上がって、早速白衣を着た。
白衣を着ていた期間はそれほど長いわけではないが、どこかしっくりくるものがドクにはあった。
「前のものよりも、ちょうどいい大きさかもしれないな」
「そのようだね、君は案外長身だから」
そしてドクは少し体を動かしてから、もう一度座った。
そして霖之助は二つ目の袋をドクに渡した。
中には色とりどりのたくさんのキノコが入っていた。
「これは?」
「魔理沙からだよ。彼女は人里には行きたがらないからね。僕がドクのことを教えると、これを持っていけってさ。キノコを食べれば怪我も治る、と言っていたよ」
「キノコを食べて、腕が生えてきたら恐ろしいがね」
「その通り」
ドクは受けとったキノコの入った袋を台所に置き、また戻って来た。
その視線は、霖之助が持ってきたもう一つの袋にいっている。
――なんとなく、予想はつく。
「そのもう一つの袋は?」
「君に会うのなら、これらは持っていかないと、と思ってさ」
霖之助はそう言うと、嬉々とした様子で幾つかの道具を取りだした。
――だろうと思った。
ドクは何時もと変わらぬ霖之助の様子に感謝し、それらのものを視始めた。
―――――――――
「じゃあドク。暇になったらまた来てくれよ」
「ああ、そうさせてもらう」
それからドクが道具を視終わり、霖之助は帰って行った。
ドクはそれを見送ると、白衣を着たまま、もう一度診療録を纏めてしまおう、と机に向かった。
何しろもともと患者数が多いのだ。
一日でも仕事がある日に休みを入れてしまうと、修正する必要のある個所が幾つも出てしまう。
今日も徹夜だな、と思いながらペンを持ったところで、戸を叩く音がした。
――診察依頼かな?
ドクは一旦ペンを置き、玄関に向かった。
「どうぞ」
「……失礼しますよ、ドクさん。今日は取材させてもらいに来ました」
「おや、いつもより元気がないようだが……何かあったのかい?」
ドクはそう言いながら文を部屋に招いた。
そして霖之助が来た時のままになっていた湯呑みと急須を片付け、また新しくお茶を淹れた。
文はおどおどしながらそれを受け取った。
――どうにもらしくないな。
「本当にどうした? らしくない」
「あ~、その……やはり左腕がないのが気になってしまいまして……」
「そのことは、あまり気にしないでくれたほうが嬉しい。僕が勝手に動いて勝手に怪我したんだ。記事にもしていたようだが、結局は僕の責任だ」
ドクがそう言っても、文の顔色は優れない。
なぜ、文はこんなにもドクの傷を気にするのか。
ドク自身、不思議に思っていた。
「別に、君がそんなに気にすることではないと思うが……」
「いえ、私もドクさんにはよくお世話になりますし……よく会う友人が怪我をするのは、結構辛いものがありますよ……まあ、それはあの記事で発散させてもらいましたがね」
文は最後、いつものように笑った。
――そうだ。彼女はこうでなくては。
「それで、僕に取材するんだっけ?」
「はい、お願いします」
「だが、何か聞くことがあるのかい? 異変のことなら霊夢に聞いたほうがいいだろう」
「そちらはもう記事にしましたし、今回は個人的なことですよ」
「個人的なこと?」
ドクは文の珍しい発言に、思わず聞き返した。
その言葉に、文は微笑む。
「はい、ドクさん個人について、です」
「……僕?」
ドクは首をかしげる。
文はこくん、と頷き話を続けた。
「この度、紅魔館でも私の新聞を取ってくれることになりましてね。その方たちの要望で、ドクさんについて知りたいと」
「……なるほどね」
ドクの脳内に、紅魔館で会った人たちの顔が浮かんでくる。
また、紅い廊下に、紅い内装。
そして、フランドール。
――もう少しして、落ち着いたら一度伺おう。
「と、言うわけで。取材を開始させてもらっていいですか?」
「ああ、じゃあ始めようか」
ドクは文の質問に、時には戸惑い、時には淡々と答えていくのだった。
―――――――――
ドクは取材を終え、文が帰ってから、また診療録を纏めていた。
食事もとらずに仕事を続けていると、時間は既に深夜になっていた。
ろうそくでどうにか明るさを保っている状態である。
ドクはさすがに疲れを感じ、一度大きく伸びをした。
そして息を吐く。
――あと少しで、終わりそうだ。
ドクは眠気を感じながらも、あと少しならばとやり続ける。
そんなドクに、突然背後から声をかけられた。
「仕事熱心ね、あなたは」
「!」
ドクは驚き、勢い良く振り向いた。
そこにいたのは、ドクが異変にかかわることになった原因の、紫だった。
「こんな時間に、どうしたんだい? 君のことだから、すっかり熟睡中のように思っていたが」
「天狗の新聞を読みましたの。それによれば左腕をなくしたと……さすがの私も反省しなくては、と思いまして」
「君が直接謝りに来たってことかな」
「ええ」
紫は頷き、ドクに近づいて行った。
「別に僕は気にしていないよ。ただ、決闘方法については、言ってほしかったがね」
「それについては反省していますわ。ごめんなさい。あなたを危険な目に遭わせてしまった」
紫はドクに頭を下げる。
そこに、いつものような胡散臭く、楽しげな雰囲気はなかった。
「……何度も言うがね、紫。僕は気にしていないよ」
「……はい」
紫はなぜか叱られる子供のように、畳の上に正座している。
深夜に男女二人と言う状況であるのに、なんとも微妙な空気が流れていた。
ドクもその態度を見て、本当に反省しているのが理解できた。
「君は昔からそうだね。幻想郷に僕を誘ってから」
「え?」
紫は不思議そうに首をかしげる。
それがまた、どこか子供っぽさを感じさせ、正座と相まってドクに苦笑をもたらした。
「何か騒動に僕を巻き込んで、僕が何か怪我でもすれば落ちこんで……今回も同じ」
「うぅ……」
紫は弱々しく呻いた。
痛いところを突かれたらしい。
「別にせめているわけではないよ。ただ、後で後悔するならやらないでくれってことだ」
紫は小さく頷いた。
正しく親子の構図であった。
紫はいたずらした子供で、ドクがそれを怒る父。
今までも、こうだった。
紫がやりすぎたと反省し、ドクに謝りにいく。
もはや、日常茶飯事と言っても過言ではないだろう。
――それに、紫が謝りに来たってことは。
「藍にも怒られたのかい?」
「……うん」
ドクは息を吐く。
予想通り過ぎて。
――予定調和、みたいなものだろうか?
ドクはもう一度息を吐く。
「ならもういいよ。藍にはこっぴどく怒られただろう」
「……うん」
「それと、今日はもう帰ったほうがいい。藍も待っているだろう」
「……うん」
そう言うと、紫は浮かない顔で帰って行った。
「……やれやれ」
静かになった室内で、ドクは首を横に振る。
そして、また机に向かった。
それから明け方まで、ドクの部屋からはカリカリ、と言う書く音が聞こえてくるのだった。