東方医師録   作:生きた屍

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第十話 彼は仕事をした

 ドクが人里に帰ってきて、数日が経ったある日。

 珍しい人物がドクの家を訪ねてきた。

 

「ドク、いるかな?」

 

 そう言い戸を開いたのは、滅多に店を出ることがない、霖之助であった。

 両手には、何かが入っている袋を三つ持っていた。

 部屋の中で机に向かい、忙しそうに患者の診療録を纏めていたドクは、声に反応して顔を上げる。

 霖之助だとわかると、診療録の書かれた何枚もの紙を一つにまとめ整理し、部屋の中に霖之助を招いた。

 そして部屋の隅にあったテーブルを中央に移動させる。

 

「お茶でも飲むかい?」

「うん、いただくよ。少し長い話になるだろうからね」

 

 座った霖之助にそう聞いたドクは、急須にお湯を入れ、湯呑みにお茶を注いだ。

 そして霖之助の前に湯呑みを置く。

 

「ありがとう」

「いえいえ。……それで、話って?」

「まあ、まずはこれだね」

 

 霖之助はテーブルの上に置いた袋の中から、紙の束を取り出した。

 広げてみると、『文々。新聞』と書かれていた。

 そしてドクの目を引く大きな題字。

 

「『大妖怪八雲紫 人里の医師ドクを異変解決に向かわせる』?」

「そのまま読み進めてくれるかい?」

 

 ドクは霖之助に言われるままに読み続けた。

 

「『異変解決に向かったドク氏は、八雲紫から大事なことを伝えられていなかったのだ。そう、それはスペルカードルールと言う、新たな決闘方法についてだ。それを知らなかったせいで、ドク氏は左腕を失うなど大きな怪我をした。』……」

「それを読んだ時は驚いたよ。初めてあの鴉天狗に、障子を破ったことを感謝したね」

「つまり霖之助は、僕が怪我したことを知ってここに来た、と?」

「そうだよ。旧知の友人が大怪我をしたとあっては、僕も落ち着いていられなくてね。君に渡したいものもあったから、折角だし来てみたんだ」

 

 ドクは霖之助の言葉が嬉しい反面、文がどこでこの情報を知ったのか、疑問が出ていた。

 ――僕が帰ってきてから、彼女に会ったことはなかったはずだが……。まあ、話を聞ける人は他にもいるのだから、深く考える必要はないか。

 

「どうかしたかい?」

「ああ、いや、心配してもらうのは申し訳ないと同時に嬉しくてね。ありがとう」

「はは、礼を言われるほどのことじゃないよ。まだ君に渡したいものがあるんだ」

 

 霖之助は、文々。新聞を出した袋と同じ袋から、前にドクがもらった白衣を出した。

 前のものより、幾分か丈が長い気がするが。

 

「左腕がなくなったって聞いて、じゃあ白衣もそうなんじゃないかと思ってね」

 

 ドクは霖之助から白衣を受け取る。

 

「君は本当に気が利く。まったくその通りだ。白衣も左腕の部分がなくなってしまったし、血もついてしまって使えなくなってしまっていたんだ」

「それはよかった、いやよくはないんだけど、持ってきた白衣が無駄にならなくてよかったよ」

 

 ドクは立ち上がって、早速白衣を着た。

 白衣を着ていた期間はそれほど長いわけではないが、どこかしっくりくるものがドクにはあった。

 

「前のものよりも、ちょうどいい大きさかもしれないな」

「そのようだね、君は案外長身だから」

 

 そしてドクは少し体を動かしてから、もう一度座った。

 そして霖之助は二つ目の袋をドクに渡した。

 中には色とりどりのたくさんのキノコが入っていた。

 

「これは?」

「魔理沙からだよ。彼女は人里には行きたがらないからね。僕がドクのことを教えると、これを持っていけってさ。キノコを食べれば怪我も治る、と言っていたよ」

「キノコを食べて、腕が生えてきたら恐ろしいがね」

「その通り」

 

 ドクは受けとったキノコの入った袋を台所に置き、また戻って来た。 

 その視線は、霖之助が持ってきたもう一つの袋にいっている。

 ――なんとなく、予想はつく。

 

「そのもう一つの袋は?」

「君に会うのなら、これらは持っていかないと、と思ってさ」

 

 霖之助はそう言うと、嬉々とした様子で幾つかの道具を取りだした。

 ――だろうと思った。

 ドクは何時もと変わらぬ霖之助の様子に感謝し、それらのものを視始めた。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「じゃあドク。暇になったらまた来てくれよ」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 それからドクが道具を視終わり、霖之助は帰って行った。

 ドクはそれを見送ると、白衣を着たまま、もう一度診療録を纏めてしまおう、と机に向かった。

 何しろもともと患者数が多いのだ。

 一日でも仕事がある日に休みを入れてしまうと、修正する必要のある個所が幾つも出てしまう。

 今日も徹夜だな、と思いながらペンを持ったところで、戸を叩く音がした。

 ――診察依頼かな?

 ドクは一旦ペンを置き、玄関に向かった。

 

「どうぞ」

「……失礼しますよ、ドクさん。今日は取材させてもらいに来ました」

「おや、いつもより元気がないようだが……何かあったのかい?」

 

 ドクはそう言いながら文を部屋に招いた。

 そして霖之助が来た時のままになっていた湯呑みと急須を片付け、また新しくお茶を淹れた。

 文はおどおどしながらそれを受け取った。

 ――どうにもらしくないな。

 

「本当にどうした? らしくない」

「あ~、その……やはり左腕がないのが気になってしまいまして……」

「そのことは、あまり気にしないでくれたほうが嬉しい。僕が勝手に動いて勝手に怪我したんだ。記事にもしていたようだが、結局は僕の責任だ」

 

 ドクがそう言っても、文の顔色は優れない。

 なぜ、文はこんなにもドクの傷を気にするのか。

 ドク自身、不思議に思っていた。

 

「別に、君がそんなに気にすることではないと思うが……」

「いえ、私もドクさんにはよくお世話になりますし……よく会う友人が怪我をするのは、結構辛いものがありますよ……まあ、それはあの記事で発散させてもらいましたがね」

 

 文は最後、いつものように笑った。

 ――そうだ。彼女はこうでなくては。

 

「それで、僕に取材するんだっけ?」

「はい、お願いします」

「だが、何か聞くことがあるのかい? 異変のことなら霊夢に聞いたほうがいいだろう」

「そちらはもう記事にしましたし、今回は個人的なことですよ」

「個人的なこと?」

 

 ドクは文の珍しい発言に、思わず聞き返した。

 その言葉に、文は微笑む。

 

「はい、ドクさん個人について、です」

「……僕?」

 

 ドクは首をかしげる。

 文はこくん、と頷き話を続けた。

 

「この度、紅魔館でも私の新聞を取ってくれることになりましてね。その方たちの要望で、ドクさんについて知りたいと」

「……なるほどね」

 

 ドクの脳内に、紅魔館で会った人たちの顔が浮かんでくる。

 また、紅い廊下に、紅い内装。

 そして、フランドール。

 ――もう少しして、落ち着いたら一度伺おう。

 

「と、言うわけで。取材を開始させてもらっていいですか?」

「ああ、じゃあ始めようか」

 

 ドクは文の質問に、時には戸惑い、時には淡々と答えていくのだった。

 

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ドクは取材を終え、文が帰ってから、また診療録を纏めていた。

 食事もとらずに仕事を続けていると、時間は既に深夜になっていた。

 ろうそくでどうにか明るさを保っている状態である。

 ドクはさすがに疲れを感じ、一度大きく伸びをした。

 そして息を吐く。

 ――あと少しで、終わりそうだ。

 ドクは眠気を感じながらも、あと少しならばとやり続ける。

 そんなドクに、突然背後から声をかけられた。

 

「仕事熱心ね、あなたは」

「!」

 

 ドクは驚き、勢い良く振り向いた。

 そこにいたのは、ドクが異変にかかわることになった原因の、紫だった。

 

「こんな時間に、どうしたんだい? 君のことだから、すっかり熟睡中のように思っていたが」

「天狗の新聞を読みましたの。それによれば左腕をなくしたと……さすがの私も反省しなくては、と思いまして」

「君が直接謝りに来たってことかな」

「ええ」

 

 紫は頷き、ドクに近づいて行った。

 

「別に僕は気にしていないよ。ただ、決闘方法については、言ってほしかったがね」

「それについては反省していますわ。ごめんなさい。あなたを危険な目に遭わせてしまった」

 

 紫はドクに頭を下げる。

 そこに、いつものような胡散臭く、楽しげな雰囲気はなかった。

 

「……何度も言うがね、紫。僕は気にしていないよ」

「……はい」

 

 紫はなぜか叱られる子供のように、畳の上に正座している。

 深夜に男女二人と言う状況であるのに、なんとも微妙な空気が流れていた。

 ドクもその態度を見て、本当に反省しているのが理解できた。

 

「君は昔からそうだね。幻想郷に僕を誘ってから」

「え?」

 

 紫は不思議そうに首をかしげる。

 それがまた、どこか子供っぽさを感じさせ、正座と相まってドクに苦笑をもたらした。

 

「何か騒動に僕を巻き込んで、僕が何か怪我でもすれば落ちこんで……今回も同じ」

「うぅ……」

 

 紫は弱々しく呻いた。

 痛いところを突かれたらしい。

 

「別にせめているわけではないよ。ただ、後で後悔するならやらないでくれってことだ」

 

 紫は小さく頷いた。

 正しく親子の構図であった。

 紫はいたずらした子供で、ドクがそれを怒る父。

 今までも、こうだった。

 紫がやりすぎたと反省し、ドクに謝りにいく。

 もはや、日常茶飯事と言っても過言ではないだろう。

 ――それに、紫が謝りに来たってことは。

 

「藍にも怒られたのかい?」

「……うん」

 

 ドクは息を吐く。

 予想通り過ぎて。

 ――予定調和、みたいなものだろうか?

 ドクはもう一度息を吐く。

 

「ならもういいよ。藍にはこっぴどく怒られただろう」

「……うん」

「それと、今日はもう帰ったほうがいい。藍も待っているだろう」

「……うん」

 

 そう言うと、紫は浮かない顔で帰って行った。

 

「……やれやれ」

 

 静かになった室内で、ドクは首を横に振る。

 そして、また机に向かった。

 

 それから明け方まで、ドクの部屋からはカリカリ、と言う書く音が聞こえてくるのだった。

 

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