ドクの仕事が一段落つき、診察の予定がないある日。ドクは紅魔館に向かった。
前々から行きたかったのだが、暇がなかったのだ。空いた時間は数日だったが、それでもその間の診療ができなかった。
そのためやることは山積みで、寝る時間を削りやっとの思いで片付けたのである。
予想していたよりも、次行くのに時間がかかってしまったドクは、少し急ぎながら紅魔館に向かった。
無論、飛んでである。服装は白い外套に白衣。真っ白であった。
ドクを見た人は、小さな雲がすごい速さで飛んでいると思うかもしれない。
また、ドクは左腕のない生活にはまだ慣れていない。今までずっとあったものなのだから、当然のことではあった。
食事も、霊夢が作ってくれたり、たまに文とその連れの犬走椛が来て、妖怪の山からの差し入れを料理してくれることもあった。
そして、霖之助が来ているときに、慧音が見舞いに来たことがあった。
――だが、彼女の目当ては僕と言うより霖之助だろう。心配して来てくれたのは伝わったし、ありがたかったから、どうでもいいことだが。
――彼女たちには、頭が上がらなくなってしまうね。
ドクは苦笑する。その反面楽ができていい、と。
しかし、早く今の状態に慣れ、前と同じように生活したいと思っているのも事実だった。
そんなどうしようもない思考を振り払うように、ドクは更に加速する。
湖の中央あたりにある、紅い洋館を目指して。
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ドクは道中特にアクシデントもなく、無事紅魔館に着いた。門まで歩いていくと、見覚えのある姿が見えてきた。
「おや、お久しぶりですね、ドクさん」
紅美鈴である。彼女は今日も門番をしていた。
そして前回来た時にドクに見せてくれた、太極拳と言うのをやっている最中であった。
「久しぶりだね、美鈴。咲夜はいるかな」
「咲夜さんなら中にいると思いますよ」
ドクは美鈴にありがとう、と言うと門をくぐった。そして紅魔館の中に入る。
すると目に入る紅。内装は相も変わらず紅かった。
全体的に白いドクは、その中でよく目立っている。ドクは中に入ったのはいいものの、どこに行けばいいのか分からず、立ち往生してしまっていた。
美鈴に案内してもらうのはさすがに迷惑だろう、と思っていると、突然目の前に人が現れた。
「ドク?」
「……咲夜か。その登場の仕方は、心臓に悪いからあまりしてほしくはないね」
「それはごめんなさいね。それで、今日は何しに来たの? 妹様はまだ寝ているわよ。せめて夕方にならないと起きることはないわね」
ドクはフランドールが吸血鬼で、朝では起きていないことを失念していた。ドクは少し考えて、だがそれならば、と咲夜に提案する。
「じゃあ、先に僕の家兼診療所を教えよう。今から出かけても大丈夫かい?」
「ええ、今はちょうど仕事が終わったところだったから。あとは妖精メイドに任せられるわ」
と言うことで、ドクは咲夜を連れて外に出る。門番である美鈴にその旨を伝え、二人は飛んで人里まで行った。
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飛び始めてあることが思いついたドクは、人里に行く前にある場所に寄った。咲夜は不思議に思いながらもその後を追う。
着いた場所は多くの道具でごった返している古道具屋。香霖堂である。
ドクは慣れた手つきで扉をノックし開けた。そして後ろで戸惑った風である咲夜を、中に入るように促す。
咲夜は恐る恐ると言った様子で、中に一歩踏み入れた。
すると、すぐさま店の奥から声がかかった。
「いらっしゃい。ここは香霖堂。忘れ去られたものが流れ着く、古道具屋だ……って、これはこれは、珍しいお客が来たものだね」
「は、はあ……どうも」
興味深そうに自分を見てくる霖之助に、どう反応していいのか分からず止まってしまっている咲夜の後ろから、ひょこっ、とドクが顔を覗かせた。
それを見た霖之助は、得心がいったようにひとつ頷く。
「なるほど、君の紹介かな? ドク」
「ご明察。ここには使えないものも多いが、知っておいて損はないからね」
「店主の前でよくもまあずけずけと言えるものだよ……まったくその通りだけど」
そして楽しそうに笑いあう二人。咲夜はそんな二人に挟まれ、困惑していた。
とりあえず、奥に進むようにドクが咲夜を促した。
されるがまま、咲夜は二人の言うように奥に進み、和室に通された。
一つの丸いテーブルを真ん中にして、三人が適当に座る。
「店を開けてしまっていいのかい?」
「別に誰も困りはしないさ。来る者なんて殆どいないしね」
そこで霖之助は言葉を切り、咲夜に視線を向けた。
彼女のことを教えてくれ。
その視線はそう言っているようにドクは感じた。ドクは頷き口を開く。
「彼女は十六夜咲夜と言ってね。君も紅魔館を知っているだろう?」
「ああ。湖の上にあるあの洋館だね。なるほど、そこのメイドさん、と言うわけか」
「理解が早くて助かるよ。初めに人里を紹介する気だったんだが、その前にここを紹介しておこうと思ってね」
「あの……」
咲夜は話を続ける二人を前に、おじおずと手を上げる。
それに気づいた二人は、ああ、やってしまった、と小さく笑った。そしてすぐさま話を止める。
その後、咲夜が口を開くのを待った。
「ここは、結局なんの店なんですか? えっと、霖之助さん」
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は森近霖之助。この古道具屋、香霖堂の店主だよ。さっきドクが言っていたように、使えないようなものが大半を占めるけど、使えるものもある。僕はそれを売っているのさ」
「なるほど」
「僕は霖之助とは旧知の間柄でね。よくここには来ているし、僕が家にいないときはここにいることが大半だ」
「あ、そういう場合も含めての紹介だったのね」
「必ず僕が家にいるわけではないからね。何か診療の依頼があればそこまで出向くし、何もなければ家にいて診療録を纏めるか、どこかへ出かけているか、とまちまちだ。ここを知っておいて損はない」
ドクが咲夜と話していると、いつの間にか霖之助がいなくなっていた。それに気づいたドクは室内を見回した。
「どうしたの?」
「いや、霖之助がいなくなって……ああ、なるほど。そういうことか」
ドクが倉庫のほうに目を向けると、霖之助が楽しそうに出てきた。その手にはたくさんの道具を箱に入れて持っている。
「折角来たんだから、どうだい?」
「気軽に言ってくれるね、本当に。何時ものようにやりたいところだが……すまないね、今日は無理だ」
「おや、まだ何か他に予定があるのかい?」
「咲夜に僕の家を紹介しに行くんだよ」
「むむ……それじゃあ仕方ないか」
霖之助は残念そうに肩を落として、また倉庫の中に入って行った。ドクはその様子に苦笑した。
――いつまでたっても、霖之助は変わらない。
「子供っぽいところもあるのね、霖之助さん」
ドクの隣に座っている咲夜が呟いた。何がやりたいのかは分からなかったが、霖之助が楽しそうにしていたのは分かったようだ。
それを聞いたドクは頷く。
「童心に返る、と言えばいいのかな。霖之助と僕はよく遊んだからね。ただ、遊ぶといっても道具と関連したことだったし、やることも今とそう変わらない」
「仲が良いのね」
「……そうだね。僕がこっちに来てからの、長い付き合いだ」
ドクは懐かしそうに目を細めて、遠くを見つめた。その瞳に映るのは、過去の思い出。
「あれは、いつのことだったか」
ドクが語るのは、幻想郷に来てすぐのこと。まだドクがさなのことを重く引きずっていた時のことだ。
そして、その時に会ったのが霖之助。まだ香霖堂をやっていない時の霖之助だ。