東方医師録   作:生きた屍

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第十二話 彼は振り返った

 ――ここに来た当初の僕は、無気力だった。何にも興味を持つことができなくて、ただ淡々に日々を消化していくだけ。

 僕の時間は変わらず、止まったままだった。どうしてここに来たのか、それすら分からなくなってきていた。

 ……こんな話、君に言ったところで理解できないだろうが、聞くだけ聞いてくれ。僕も、久しぶりに話したくなったんだ。

 あれは幻想郷に来てどれくらい経ったか……詳しいところまでは思い出せない。ただ、あの時のことは鮮明に覚えている。

 僕の人生を変えた……そう言っても差支えないぐらいの出来事だった。やることもなく適当に歩いていると出会ったんだ。

 僕の初めての友人になる、森近霖之助に。

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 

「おや、君が紫にスカウトされたっていう医者かな?」

「…………」

 

 魔法の森の入り口付近で、ドクと霖之助は出会った。軽い雰囲気で話しかけた霖之助。しかし、ドクの目には映ってはいない。

 ドクは霖之助に言葉を返すことなく、そのまま歩いていく。ふらふらと人里のほうへ。

 それを見た霖之助は肩を落として、その後を追った。そのまま帰る気はないようであった。

 

「少し、話でもしないかい? その様子からして、別にやることもないんだろう?」

「……僕に、構わないでくれ」

 

 霖之助が話しかけても、ドクは突き放すようにそう言った。今の二人からは想像もつかないことである。

 しかし、霖之助はそう言われても話し続けた。その顔は笑っている。

 その程度で離れるわけがない、そういう意思表示なのかもしれない。

 

「なら、僕が勝手に話す分にはいいかな?」

「…………」

 

 相変わらず、ドクからの反応はない。だが構わず霖之助は口を開いた。

 

「じゃあまずは自己紹介からにしようか。僕の名前は森近霖之助。知っているかはわからないけど、霧雨さんという人の家でお世話になっているんだ」

「…………」

「趣味は道具蒐集でね。と言うのも、僕は『道具の名前と用途が判る程度の能力』を持っているのが、その趣味に影響しているかな」

「……そうか」

「何か話してくれる気になったのかい?」

 

 ドクは話し続ける霖之助に耐えかねて、ため息を漏らした。それまで、こんなにずっと自分に話し続けるものがいなかったからだ。

 話しかけてきた者の大半は、ドクが突き放して終わった。その他も、何も言わないドクに嫌気がさして去って行った。

 だからドクにとって、霖之助のように話し続けるのは初めてだった。だから、つい口が滑ったのだろう。

 話す気がなかった言葉が、どんどん口から出ていく。ドクは呟くように話し始めた。

 まだ、その瞳に霖之助は映っていない。

 

「…………僕の名はドク……小さな女の子の命すら、救うことができなかった男だ」 

 

 そう言っているドクは、苦しそうで、泣き出しそうで……。その手は強く握りしめられて、悔しそうに震えていた。

 表情がどんどん暗くなっていく。ドクの頭から、さなのことが離れなかった。

 

「……僕は、駄目だ。医者なんて、名乗れるだけの力なんてない……ないんだ……」

「……そんなことないさ」

 

 だが、霖之助はあえて明るく言った。

 

「君は紫に誘われるくらいの技量があった。立派な医者としてのね。それに、過去に救えなかった命があったかもしれない。でもここでは過去なんて関係ないんだ。未来を生きればいいじゃないか。未来に踏み出したいから、紫の誘いに乗ったんだろう?」

「それは……」

「なら躊躇うことなんてないさ。それに、君にも僕と同じように何か能力がある、そうだろう?」

「……」

 

 ドクは静かにうなずいた。そして一度、深く息を吸った。

 

「『解析し……書き換える程度の能力』」 

「ふむ」

「それが僕の能力だ。……少し使ったが、恐らくこれで病気やけがを治すこともできる」

「ちょうどいいじゃないか、君のやりたいことと合っていて。それじゃあ、もう人里には診療所も作ったのかい?」

「ああ。長屋を借りて、簡易的なものを。……誰も来ないがね」

 

 ドクは自嘲するように笑う。それを見た霖之助は、やれやれ、と首を振った。

 

「それは君がそんな態度だからだろうに……。もっと明るくなったらどうだい?」

「え? ……僕の、態度?」

「そう、君の雰囲気とでも言うべきか。もっと話しやすい感じにしたらいいと思うけどね」

「話しやすく……話しやすく、か」

 

 ドクは立ち止まり、俯いて考え込んでしまった。人里にはもうあと少し、というところまで来ている。

 ドクの悩みを吹き飛ばすように、霖之助は笑みをにじませながら気楽に話す。

 

「そんなに深く考える必要はないさ。ただ、もっと人と話せばいい。それだけだよ」

 

 そう声をかけられたドクが顔を上げると、微かに笑っていた。今までで、初めての笑顔だった。

 なんとなく、理解したようであった。

 

「分かった。ありがとう、霖之助。……これから、頑張ってみようと思う」

「うん、頑張ってくれ、ドク。僕もそろそろ自分の店を持とうと思っていてね。お互いに頑張っていこう」

「なら、その時は呼んでくれ。できる限り力になろう」

「ふふ、頼もしいね。分かった、その時は頼むよ」

 

 ドクと霖之助は固く握手をする。ドクの瞳には霖之助がしっかりと映っていた。

 二人が友人同士になった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 

 語り終えたドクは、すっきりしたような表情をしていた。

 

「随分変わったようね、ドクは」

 

 ドクは感慨深げに頷いた。ドクにとっては珍しく、綺麗な笑顔をしていた。

 それを見た咲夜は、少し驚いていた。そんな顔もできるのか、と。

 

「僕が変わることができたのは、紫に幻想郷に誘われたのはあるが、多くは霖之助のお蔭だろう」

「なんだか懐かしい話をしているね、二人とも」

 

 そこで、倉庫から霖之助が戻って来た。その口ぶりからして、ドクの話を聞いていたようだった。

 それに気づいたドクは、眉間に皺をよせ、霖之助に視線を向けた。

 

「……聞いていたのか?」

「うん、全部ね。いや~、照れるね。そんなに感謝していたなんて」

 

 霖之助はにやにやしてドクを見る。明らかな挑発であった。

 または、気恥ずかしくなってしまったのだろう。この空気をなくしたいようでもあった。

 

「……感謝しているのは確かだが、その態度は気に食わないね……」

「ま、まあまあ、ドク。落ち着いて」

 

 咲夜が慌ててドクを宥める。だが、意味はない。

 

「はは、いやいや照れてるだけさ、馬鹿にしてるわけじゃないよ? 君の気にしすぎじゃないかい?」

「……友人らしく、偶にはケンカでもしようか。もちろん、能力なしの肉体勝負だ」

 

 堪えきれず、ドクは立ち上がり霖之助を睨む。それを受けた霖之助も睨み返した。

 二人の間には火花が散っている。いや、実際には散っていないが、さもありなん、と思わせる雰囲気があった。

 

「普通ならお断りするところだけど、相手が君なら別さ。久しぶりにやろうか。昔はよくやったものだよ」

「言っておくが、手加減なしだ」

「当たり前さ」

 

 そのまま二人は店を出て、外に向かった。咲夜は二人の後ろ姿を見て、一人呟いた。

 

「……ケンカするほど仲が良い……いえ、仲が良いからケンカで済むんだったかしらね」

 

 咲夜はため息をついて、二人を追うように店を出る。ドクの家に向かうのは、いつになるのか。

 今日中に行くことができるのか。それが気になる咲夜であった。 

 

 ――――魔法の森の入り口にある香霖堂。営業日は店主である森近霖之助の気分次第。

 今日は臨時休業となったのだった。

 また。

 これは余談だが、この喧嘩を偶然目撃した鴉天狗がいたとか、いないとか。

 

 


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