東方医師録   作:生きた屍

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ドクの能力については深く考えない方向で。


第二話 彼は退治した

 今日は珍しく、ドクに人里での診察依頼が来ることはなかった。

 ――一日なにも仕事がないというのは、楽ではあるが落ち着かないな。

 ドクは部屋に置いてある机に向かい突っ伏しながら、ぼんやりとそう思った。

 基本的に毎日のように色々なところに出向いて視ているドクにとって、暇というのは不安で仕方がない。

 ――僕が知らない間に誰かが重い病に苦しんではいないか。

 そんな考えが頭をめぐる。

 もちろんそんなことはないだろうとは、ドク自身分かってはいる。

 だが、自宅の中で貧乏ゆすりをしている姿は、どうにも落ち着きがない。

 つまり、ドクはちょっとしたワーカホリックであったのだ。

 何か少しでも仕事を忘れられるような趣味でも見つかればいいのだが、それもなかなか見つけられない。

 そして、ドクの貧乏ゆすりが最高速まで行くかといったその直前。

 

「すまない。ドクはいるか?」

 

 ドクの自宅の戸をたたき中に入ってきたのは、上白沢慧音。

 彼女は普段、寺子屋で子供たちに教鞭を執っている。

 その授業風景を見せてもらったこともあった。

 ドクとはほぼ毎日顔を合わせ、挨拶を交わし雑談する程度の仲である。

 ――慧音か。珍しいな。

 

「ああ、ここにいる。どうかしたのかい?」

「実は少し頼みたいことがあってな。時間はあるか?」

 

 ――おあつらえ向きなタイミング、と言ったところかな。

 

「ちょうどいいところに来た。今日は診察の予定がないからね。博麗神社にももう賽銭を入れてきたし、何かな、頼みたいことは」

「うむ。実はな……」

 

 慧音は入口で立ったまま話し始めようとした。

 ドクはそれを見て話しかけた。

 

「中に入ってくれて構わないよ。立ったままじゃあ大変だろう」

「む。では失礼する」

 

 慧音はドクの言葉に応えて、靴を脱いで部屋に上がった。

 そして二人は向かい合うように畳に腰を下ろした。

 

「じゃあ、教えてくれるかな」

「ああ。実はあなたに妖怪を退治してもらいたいのだ」

「……はい?」 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

「まさか、僕だけで妖怪退治に駆り出されるとはね……」

 

 ドクは夕暮れ時、人里から少し離れた森にいた。

 ――慧音の話によると、どうやらここらへんに人を襲う妖怪が出てきたようだ。襲われた人は幸い怪我なく逃げてきたからいいが。

 ――そしてなぜ僕にこの話を持ってきたかというと、霊夢は今他の依頼があったため、博麗神社を留守にしているからだそうだ。

 ――慧音は里のほうで警護するといっていたし、消去法的に僕が選ばれたわけだが……。

 そこまで考えて息を吐く。

 ――どうにも、荷が重い。

 そう思いながらも引き受けてしまったのだから、とドクは自分を納得させ、襲われたといっていた場所に向かう。

 歩いているうちに、辺りはどんどん暗くなっていった。

 

「さて、と。ここらへんかな」

 

 件の場所に着いたドクは、どこかからの視線を感じた。

 何者かがこちらを見ている。

 だが、具体的な場所までは分からなかった。

 ――だから不意を突かれる。

 突然前方の草陰から何かが飛び出し、ドクの肩を切り裂いた。

 

「ぐっ! く、っそ……!」

 

 ドクは倒れながらも自分を治す。

 ――解析開始。

 ――肩の怪我がひどいな……。

 ――だが。

 書き換える。書き換える。書き換える。書き換える。

 ドクは倒れる間にそれをやり終える。

 そして次の行動を予測し、対抗策を練る。

 ――恐らく相手は僕がもう動けないと思っているだろう。だから、その隙を突く。

 案の定、妖怪は油断してこちらに歩いて近づいてきた。

 暗い中見えたその姿は、人間と同じくらいの大きさの猿のようだった。

 知能はあまり高そうには見えない。

 その猿が歩いてくる間に、ドクは能力を発動させる。

 ドクの手が紫色に光り始めた。

 ――解析開始。

 猿に手を向ける。

 その光に反応して、驚いたように猿はこちらに走ってきた。

 ――だが。

 ――もう遅い。既に僕は書き換えた。

 あと少しといったところまでドクに迫っていた猿のような妖怪は、いきなり倒れ、頭を押さえ転がり始めた。

 苦悶のうめき声をあげている。

 

「今の君の頭は、それこそ割れるようにひどい痛みが襲っているだろう。今のうちに一思いに、やらせてもらう」

 

 ――解析開始。

 ドクはこれまでに死者に視た配列に、猿のような妖怪の配列を書き換える。

 ――人間と妖怪がすべて同じとは思わないが、すべて書き換えられて無事なものはいない。

 

「…………これで、君は死ぬだろう。どうか、安らかに眠ってくれ」

「あああ! ぐゥゥ! がァァァァ! が…………」

 

 そしてその妖怪は、物言わぬ骸となった。

 ――あまり……気持ちのいいものではないね。

 

「これで終わりか……。慧音に報告しないと。……だがその前に」

 

 ドクは何もない空間に目を向ける。

 

「そこにいるんだろ? 紫。 出てきてくれ」

 

 ドクの声が暗闇に消えていく。

 すると。

 

「あらら。ばれちゃった」

「僕の目には歪んで見えるからね、君のその力は」

 

 紫と呼ばれた女性は、何もなかった空間に亀裂を発生させ、どこか愉快そうな雰囲気を出しながら現れた。

 これが八雲紫の能力、『境界を操る程度の能力』だ。

 

「それでどうしたのかしら? そっちから私を呼ぶことなんて殆どないのに」

「この妖怪の墓を作りたいんだ。そのための道具を貸してくれないか?」

 

 ドクがそう言うと、紫は笑みを形作った。

 

「貸し一ってことでいいのかしら」

「……君に貸しは作りたくないが、仕方ない。ついでに、慧音に依頼の件は無事終わったって伝えておいてくれ」

「引き受けましょう」

 

 紫はドクに殊更楽しそうに言葉を返した。

 ウインクもつけて。

 ――この貸しが、後々大変なことにならないように……。

 

 ドクは、もうすっかり暗くなり、夜になった空を見上げ、そこに散らばる星たちに願いを込めるのだった。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 そしてその翌日。

 ドクが妖怪を退治し、その墓を作り、そして紫に貸しを作ってしまうという、なんとも疲れる一日だった昨日。

 だからといってドクは休んではいられない。

 ――依頼があれば、どこへなりとも。

 その意気込みで今日も朝の診察を終え、博麗神社にも賽銭を入れてきたのだった。

 そして、今日はもう仕事はない。

 ――少し、体を休めようか。

 そう思った矢先。

 

 ドクの自宅の戸を吹き飛ばす突風。

 そしてそれと同時に、うるさい奴がやってきた。

 

「どうもどうも! 昨日はなんと妖怪を退治なされたらしいじゃないですか! 今回はそれを記事にしようと文字通り飛んで参りました!」

 

 戸を破壊したのを全く悪びれずそう言いのけた彼女は、射命丸文。鴉天狗であり、『文々。新聞』を発行している。

 その新聞は人里についての記事が多く、ドクも購読していた。

 ――耳が早いね、本当。

 ドクは呆れながらも能力を発動させる。

 ――解析開始。

 ドクの紫色に光る手は、彼女の足に向いている。

 

「え、えっとドクさん……? その手はなぜに?」

「その戸を直すまでは帰す気はないってことだよ」

 

 ドクは言葉を返しながら書き換えた。

 

「痛い! なんだか足が痛いんですが!?」

 

 立っていた文は、足の痛みに耐え切れず座り込んだ。

 

「君の足を解析し書き換えた。治してほしければ戸を直すこと」

「分かりました、分かりましたから! まずは足を治してくださいよ! これじゃあ立てませんから!」

「……分かったよ」

 

 ドクは書き換えた個所を元に戻し、それと同時にほかの場所を解析。

 疲労が蓄積されているところなどがなくなるように書き換えた。

 

「じゃあ、戸を直してくれ」

「ラジャー!」

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 文が戸を直している間に、ドクが二人分のお茶を淹れ、それをテーブルに置いた。

 そしてそのテーブルを挟んで、二人は向かい合って座る。

 まずは二人ともお茶を飲んで小休憩。

 

「……それで? 何の用だったかな」

「先ほども言いましたが、何と妖怪を退治なされたそうじゃないですか! 博麗の巫女ではなく、医者であるドクさん、あなたが。いや~、これはもう記事にするしかないと思いまして」

 

 楽しそうに話す文の言葉を聞いて、ドクは息を吐く。

 

「君がそう決めたんだから、僕がどれだけ否定しようと聞いて記事にするんだろう。……分かった。答えられるだけ答えるよ」

「その言葉を待っていましたよ!」

 

 文はそう言って、メモ帳とペンを取り出した。

 ――聞く気満々だね、まったく……。依頼がなくてよかったよ。

 

 ドクはそれからどこで退治したのか、どうやって退治したのか、その時どう思っていたか、など、根掘り葉掘り聞かれた。

 

 それらが終わった後には、疲れ果てたドクが出来上がっていた。

 それとは対照的に、文は上機嫌である。

 

 

「ではこれで終わりということで、ご協力感謝です」

「はいはい。お疲れ様」

 

 ドクは、お茶とテーブルを片付けようと立ち上がった。

 

「あ、そうそう」

「ん? なんだい」

 

 文に声をかけられ動きを止めるドク。

 

「茶屋の娘さんがドクさんに来てほしいと言ってましたよ。店を開けるわけにはいかないから、代わりに伝えてくれないかと頼まれました」

「それを先に言ってくれ……忍さんのところかな?」

 

 茶屋というといくつかあるが、娘さんが働いているのは少ない。

 

「ええ、そうです。では伝えましたのでこれで。また私の新聞の記事になりそうなことがありましたら伺いますよ」

 

 文は来た時と違い、ちゃんと戸を開けて出ていった。

 ――最初から、そうしてくれればいいんだが。

 ドクはそう思いながら出かける支度をする。

 ドクが文からこういう情報をもらうことは少なくない。

 取材を受ける時は大体、ドクは文に知らせてもらっている。

 

 ――彼女なりの、取材させてくれた礼、というところかな。

 

 ドクはそう思いながら外に出て、茶屋に向かって歩を進めるのだった。

 

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