東方医師録   作:生きた屍

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第三話 彼は出かけた

「お、久しぶりっすね、ドクさん」

「おや、玄さん久しぶりです。足は大丈夫ですか?」

 

 昼の診察を終え、遅めの昼食をとろうとドクが寄った蕎麦屋。

 そこで、ドクは先日治療した玄田という男にあった。

 前に見た、足を押さえ辛そうにしていた姿はなくなり、快活な笑顔を見せている。

 ――元気そうで、何よりだ。

 ドクが蕎麦を待っている間、玄田と相席になり会話をつづけた。

 

「ええそりゃもう。ドクさんに見てもらったら本当簡単に治っちゃいましたんで、もう全力で走っても大丈夫っすよ」

「それはよかった。だが若いからと言って休まなくても大丈夫、と思ってはいけませんよ? 適度な休憩をとってください」

 

 玄田はまだ二十代と若いが、あまり休まず大工の仕事を続けていたため、ドクの治療を受けることが多かった。

 だからその度ドクは同じことを言っているのだが、効果はない。

 ――仕事熱心なのはいいことだが、それが過ぎるのも考え物だな。

 

「どうぞ、注文の山菜そばです」

「どうも」

 

 ドクがしばらく玄田と雑談していると、注文したものが来た。

 

「あ、じゃあ俺はこれで。またお世話になるかもしれないんで、そん時はお願いするっす」

「そうならないことを願いますよ」

 

 そう言葉を交わして、玄田は蕎麦屋を出て、ドクは目の前の蕎麦を食べ始めた。 

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 現在ドクは人里を出て、魔法の森と呼ばれる森のほうに歩いて向かっていた。

 だが、魔法の森が目的ではない。

 その入り口にある香霖堂という、結界の外の世界から来た道具や、忘れ去られた道具たちが集まる古道具屋。

 そこの店主の森近霖之助に用があった。

 だが診察というわけではなく、ただ香霖堂に置かれている道具を見に行くだけである。

 ――たまに、霖之助に道具を視てくれと、頼まれることもあるからね。

 また、霖之助の能力は『道具の名前と用途が判る程度の能力』。

 その能力で道具の使い方は分かるが、外の世界から流れてくるものは基本的に電気を必要とするため、無用の長物がどんどん増えていっている状況だ。

 そんな霖之助が頼ったのがドクの『解析し書き換える程度の能力』。

 この能力を使い、無理やりその道具を動かしたり、失敗して壊したりしている。

 ――まあ、霖之助も遊び半分だろうし。

 つまりは二人にとっての暇つぶしであった。

 

「……ん?」

 

 ドクは、何か音が聞こえる、と不思議に思い、おもむろに空を見上げると、魔理沙が箒に跨って飛んでいるのを見つけた。

 そのままドクの先を進み、香霖堂に入っていったのが見えた。

 すると、少しして慌ただしく魔理沙がそこから出てきた。

 そしてそのまま来た時と同じように箒に跨り、どこかに飛んでいった。

 ――あの様子から察するに、またツケとか言って、霖之助から何か道具を取っていったのだろう。……いや。魔理沙の場合は、盗って、かもしれないが。

 一度息を吐く。

 ドクは、このまま行くと、霖之助の疲れた顔を見ることになるだろうと思いながら、香霖堂に歩いていくのだった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 数日ぶりに来た香霖堂は、やはりいつも通りの様相であった。

 店内に収まらない道具の数々が、店の外に乱雑に置かれたその様子は、ここが道具屋だとは気付かせないだろう。

 ドクはその様子に息を吐き、扉を一度叩いた。

 扉を開く。

 

「いらっしゃい。……って、君か」 

 

 霖之助は、入ってきたのがドクだとわかると、表情が少し柔らかくなった。

 だがどこか疲れているような感じを、ドクは受ける。

 ――魔理沙に手を焼いているようだね、相変わらず。

 

「やあ、霖之助。暇になったからね。少し様子を見に来たんだ」

「医者が暇なのはいいことさ」

「違いない」

 

 香霖堂の店内には、所狭しと様々な道具が置かれている。

 霖之助は掃除をすることがほとんどないので、埃をかぶっているものまである。

 また、先日ドクが来ていた時よりも置いてあるものが増えている。

 ――どうやら、霖之助の蒐集癖がまた出たようだ。

 

「ドク、そこで立ってないで奥に行くかい? 君が来てくれたんだ。少し見せたいものもあるしね」

「ああ、そうしようか」

 

 ドクは霖之助の言葉に応え、カウンターの奥の畳が敷いてある部屋を突っ切り、倉庫に行った。

 この倉庫というのは、外にも置けず、店内にも置けない、本格的ないらないもの、または使えないものである。

 ここにもまた、ドクと霖之助が圧迫感を受けるほどには詰め込まれた、たくさんの道具が置かれていた。

 ――がらくた、と言っても、間違いはないだろう。 

 

「それで、見てもらいたいものって?」

「ああ、だけどその前に……これを見てくれないかい?」

 

 霖之助は倉庫の奥から、一枚の長い丈の白い上着を持ってきた。

 ――これは。

 

「白衣?」

「そうだ。君は医者だからね。ぴったりだと思ったのだけど、いるかい?」

「そうだね……」

 

 ドクは少し考える。

 ――確かに僕がこれを着ていれば、ほかの人とは違うと一目でわかる。里の中を歩いていても、僕だってわかってもらえるかもしれない。

 ――便利ではあるか。

 

「出来れば、欲しいところかな。それに、そうやって言ってくるってことは、僕に視てもらいたいものがあるってことだろう? その白衣はそれと交換ってことかな」

 

 ドクの言葉を聞いて、霖之助は柔和な笑みを浮かべた。

 

「話が早くて助かるよ」

「大体このパターンだ」

「返す言葉もないね。……少し待っていてくれ。全部持ってくるから」

 

 霖之助はそう言い残して、また倉庫の奥に入っていった。

 ――全部ってことは、一つじゃないのか……。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「じゃあ、また来るよ」

 

 ドクは霖之助が持ってきた道具の数々を解析、書き換えた。

 十数個あった道具の大半は壊れ、また他のものは一瞬だけ使えるようになったが、すぐに使えなくなってしまった。

 ――いつも通りのことだ。

 

「ああ、今日は助かったよ。いつでも来てくれ。君なら歓迎するよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 ドクは霖之助にもらった白衣をすでに着ていた。

 道具を解析するときにはもう着ていたことから、案外気に入っているようだ。

 ――少しは、医者らしくなったかな。

 そう思いながら、ドクは香霖堂を出て、人里に歩き出すのだった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「あややや。お帰りなさいドクさん。珍しいものを着てますねえ」

 

 ドクが人里の自宅に帰ると、なぜか文がいた。

 ドクは開いた戸を思わず閉めた。

 ――なぜ?

 それしか思い浮かばず、もう一度戸を開ける。

 

「……私の顔を見てすぐさま閉めるなんて、ひどいと思うのですが」

 

 そういう文は自分でテーブルを出し、お茶を淹れ寛いでいた。

 ――まるで彼女の家みたいじゃないか。

 ここの家主であるはずなのに、どこか居心地の悪さを感じながら靴を脱ぎ、部屋に入る。

 そして文と向かい合うように座った。

 

「……なぜここにいるんだ?」

「実はですね、ドクさんの記事ができまして。まずはそれを見てもらおうかと」

「もうできたのか」

 

 ドクはその速さに驚く。

 ――先日取材を受けて、もう出来上がったとは。

 

「それがこちらです」

 

 文はそう言いながら、文々。新聞と書かれたものを差し出した。

 ドクはそれを受け取り読み進める。

 初めに大きく『人里の医師ドク、見事に妖怪退治』、と書かれていた。

 

「…………特に問題はなさそうだ」

「清く正しい射命丸で通ってますからね」

「まあ確かに、君の記事はまるっきりウソってものはないか。……誇張はあるかもしれないが」

「はははは、何のことでしょう。それはそうと、その姿を一枚いただいてもよろしいですか」

 

 文は話を無理やりずらすかのように、やや矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、懐からカメラを取り出した。

 

「僕をかい?」

「他に誰もいませんよ」

 

 ――新聞にこの姿が写っていれば、定着も早いか。

 ドクはそう考えて、文の頼みを受けた。

 

「笑ってください笑って。ドクさんいつも無表情に近いのですから。こういうときくらいは、ほら口の端上げて」

 

 ドクはそう言われて笑おうと努力したが、どうにも出来ず、結局自分の指で口の端を上げて写真を撮った。

 

「ふむ。まあこれはこれで」

「用はこれで終わりかい?」

「ええ、もう大丈夫です。あとはこの写真を記事に組み込んでおきますので。また後で完成版を持ってきますよ」

 

 文はそう言ってドクの自宅を出ていった。

 ――僕はそろそろ夕飯を作り始めようかな。

 ドクは文が出ていったのを確認すると、何か買い置きしておいたものがあったはず、と台所に向かう。

 ちなみに食材の数々はドクが能力で随時書き換えを繰り返しているため、いつも新鮮なままである。

 

「な、に……?」

 

 台所に着いたドクは思わず声を出した。

 そう、そこには何もなかったのだ。

 今朝起きた時にはあった者たちが、一つ残らず。

 ――なぜ? ……いや、犯人は分かっている。このタイミングでなくなっているということは……。

 

「……まったく、何が清く正しい射命丸、だ。あのお茶は食後の休憩みたいなものだったのか……」

 

 ドクは思う。

 ――次、文がやってきたときは、死なない程度に書き換えてやろう。

 そう、固く誓った。

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