ある日ドクはドンドン、と乱暴に戸をたたく音を聞き目を覚ました。
まだ家に陽がさしていないことから、まだ夜は明けていないと思われる。
――誰だ? まだ太陽も昇っていない早朝じゃないか。
ドクは重い瞼を根性で押し開け、戸まで歩いて行った。
「失礼。今開けます」
ドクが戸を開くと、一人の男が息を切らして入ってきた。
見るからに焦っている。
「た、大変なんですドク先生! 家の子供がいきなり倒れて……! それで……!」
「落ち着いてください。まずは何をしていたらそうなったのか教えてください」
「朝になったから外に出したんです……朝飯も食ったし、もうあいつも一人で遊べるだろうと思って……。そしたらなかなか帰ってこなくて……!」
ドクは男の話にどことなく違和感を感じていた。
「お子さんが倒れているところを見つけた、と……。分かりました。こちらも急いで準備します。外で待っていてください」
ドクはいつもの白い外套と、白衣を探しに部屋に戻ろうとすると、男が声をかけてきた。
「じ、実は倒れた理由はなんとなくわかってるんです……。外を見てください」
――外?
ドクは手早く支度を済ませ、男に促され外に出る。
――すると。
「これは……!」
ドクは驚き声を漏らす。
人里全体が紅い霧に覆われていたのだ。
今までドクが感じていた違和感はこれだった。
――子供を遊ばせるにはまだ時間が早い。
――僕を訪ねてくるにしても、太陽が昇る前に来るなんてことは珍しい。
太陽が昇っていないのではなく、太陽が見えなくなっていたのだ。
「この霧を見て、あなたは子供を外で遊ばせていたんですか……!」
ドクは珍しく声を荒げている。
「だ、大丈夫だと思ったんです……! ただの霧だと思ってましたし、紅いだけだと……」
ドクの怒気にあてられた男の声は、後になるにつれ小さくなっていった。
「……失礼。取り乱しました。お子さんのところまで急ぎましょう」
「あ、ありがとうございます!」
二人は走って霧の中に消えていった。
ドクは走りながら、この霧から妖気を感じていた。
――この霧は妖霧だ。
――確かに、これは人間では短い間でしか耐えられないだろう。
――死ぬことはないだろうが……。
―――――――――
ドクはその子供を治療した後、他の家も見て回った。
その途中に会った慧音に、家を出ないように他の人に言っておいてくれと頼み、ドクはそのまま博麗神社に向かった。
――これは明らかに異変だ。ならば。
ドクは石階段を上り終え、境内に向かって声をだした。
「霊夢! まだ寝ているのか! 紅い霧が出ていて、それのせいで里の人間たちに被害が出ている。これは異変だ! 異変を解決するのは、博麗の巫女である君の仕事だろう!」
ドクは半ば叫びに近い声を出すが、何も反応はなかった。
――まだ、寝ているのか?
ドクが母屋に向かおうとしたとき、不意に視界の端が歪んで見えた。
「……紫、霊夢はもう異変の解決に向かったか?」
ドクがその歪みに向けて話しかけると、言葉が返ってきた。
「ええ。もう向かいましたわ。待っていれば解決されるでしょう」
「そうか……。それなら一安心だ。僕は自宅に戻って調子の悪くなった人を治療してくるよ」
ドクはそう言って後ろを振り向き戻ろうとすると、いつの間にかできていた裂け目に入ってしまった。
「……人里まで送ってくれるってわけじゃ、ないようだね……」
「もちろんですわ。ドクには霊夢たちの手伝いをしてもらおうと思って。貸しがありましたわね?」
「……僕の嫌な予感は、大方当たるんだ……まったく」
「今霊夢たちがいるところまで送りますわ。詳しい話はそちらで」
「これが貸しになったりは……しないだろうね」
ドクが紫の答えを聞く前に、裂け目は閉じられたのだった。
―――――――――
一方霊夢と魔理沙は、既にこの件の首謀者がいる館、紅魔館の近くまで来ていた。
新しく使用されることになった『スペルカードルール』、またの名を『弾幕ごっこ』、その練習に、軽く妖怪と妖精を倒していた。
そのどちらも霊夢が倒してしまったため、魔理沙は少し不満そうである。
「紫の言ってたこれも、案外他の奴らに受け入れられてんのね」
「あいつの能力でそこらへんの境界をいじったんじゃねえの?」
「……ま、別にどうでもいいけどね」
「どっちにしろやるだけだからな! よっしゃー、あっちに着いたら私も、って、うわぁ!?」
魔理沙の乗っていた箒が突然重くなり、危うく墜落しそうになった。
「な、なんだ!? ってドク!?」
「……やあ、二人とも」
ドクは疲れた表情で魔理沙と霊夢に声をかけた。
「なんでドクがここにいんのよ? 今の登場の仕方から、紫のせいだと思うけど」
「ご明察。その通りだよ。詳しい話は君たちに聞けって言われて、いきなり飛ばされたんだ。ひどいものだよ……」
「あいつらしいわね」
「おーいお二人さん、私を無視して話さないでくれよ。ドクなんか平然と私の箒に跨ってるしな」
「ああ、これはすまないね。今飛ぶよ」
そう言いドクは二人の間に入り、飛んだ。
「それで、今はどこに向かっているんだい?」
「この霧を出した犯人がいるっていう、紅魔館ていうところ。このままいけばすぐ着きそうね」
「そうか。じゃあ手早く視ておこう」
――解析開始。
――やはりこの霧は、少なからず悪影響が出るようだ。
霊夢、魔理沙の順に書き換える。
「よし。これでいいだろう。それともう一つ聞きたいんだが、君たちは――」
どうやって戦ってきたんだい?
そう聞こうとしてところで、紅魔館に着いた。
二人はドクの話を聞く前に、下に降りて行った。
――まあ、いいか。
「ここが紅魔館か……。何というか、紅い」
全体的に紅い色調の洋館で、パッと見て窓が少ない。
そしてそこから紅い霧が出されていた。
「間違いなさそうね」
「よーし! 私が一番乗りだぜ!」
魔理沙はそう言うと、正門があるのを無視し、横から入っていった。
――正門に門番らしき気配があるが、どうするか。
「ドクはどうする? このまま私と一緒にいく?」
「まあ、そのほうが安全な気はするが、僕は速やかな解決を望んでいるからね。別行動といこう」
「分かったわ。じゃあ私は真っ直ぐ行くから。また会いましょ」
霊夢はそう言って門番のいるだろうほうに向かっていった。
「さて、僕はどうしようか……」
数秒考える。
――魔理沙とは反対の方向から行くか。
そう決めたドクは、素早く館に入っていった。
―――――――――
――さて、どうしたものか。
ドクは館の中に入ったのはいいものの、どこに行こうか考えあぐねていた。
その理由は、内装まで紅く、ここがどこなのかわからなくなったのもあるが、目の前に下に行く階段があったからだ。
――犯人がいるなら上のほうが可能性はあるが、そっちには霊夢が行きそうだ。
――下に行くか。
ドクはそのまま階段を下りて行った。
そして少し歩くと、厳重に守られた扉を見つけたのだった。
ドクが少し押すと、そのまま開いた。
――鍵は、かかっていなかったのか。
「失礼。誰かいますか?」
ドクは部屋の中に声をかける。
その部屋は薄暗く、様々な人形が無残な姿で置かれていた。
ドクは嫌な予感がしたが、ここにいるのが犯人だったらどうする、と思い中に入っていった。
そしてドクが中に入った瞬間。
扉が勢いよく閉められた。
そして薄暗闇の向こうから、紅い瞳がこちらを覗いてきていた。
「あなた、人間?」
いきなり話しかけられて少し戸惑うドクだったが、すぐに持ち直し答える。
「いや、僕は妖怪だよ。妖怪の、医者だ。妖怪ではあるが、人妖関係なく治療している。君は?」
「私はフランドール・スカーレット。この館の主人は私のお姉さまよ」
話しかけてきた少女――フランドール・スカーレットは、少しづつドクに近づいて行った。
近づいてきて、それがまだ子供だと分かったドクは、内心動揺していた。
――まだ、小さい子供じゃないか……、この部屋の惨状は一体……。
「……この人形たちは、君が壊してしまったのかい?」
「うん。遊んでたら壊れちゃったの。ねえ、私と遊んでくれない?」
フランドールはさらにドクに近づいていく。
――本当に、僕の予感はあたるね……。逃げるにせよ、入ったと同時に扉は閉められてしまったし……。
「……分かった。何をしようか」
「遊んでくれるの!? ありがとう! みんな私のことを怖がって逃げちゃうから、つまらなかったの。じゃあね……鬼ごっこ!」
「僕が逃げればいいのかな?」
「うん! ……簡単に、壊れないでね」
――彼女が手を開き握った瞬間、僕の隣にあった人形が爆ぜた。