予想外のシリアスですよ。
「いつもの癖で人形を壊しちゃった……。でももう外さないからね! お兄ちゃん!」
「……っ!」
『お兄ちゃん』。
その言葉が、ドクの心を揺らす。
――……考えるな。あの娘は死んだ。もういない……。もういないんだ……なのに……。なぜ……!
――僕に助けてといったあの娘と、僕を殺そうとしている彼女が重なる……!
動揺しながらも、ドクは隣にあった人形が爆ぜた時、一目散にフランドールの視界の外に移動した。
彼女の視界に入らなければ、あの不思議な力でやられることはないだろうと考えたからだ。
そしてそのまま能力を発動させようと、フランドールに手をかざす。
だが。
――……駄目だ。僕には彼女を殺せない……。
――僕の能力は基本的に集中しなくては発動できない。それも殺さずに気絶させるだけとなると……そのためには時間が必要だ。
――どうする。
「……鬼ごっこっていうのは、もっと安全なものだと思っていたが……」
「私との鬼ごっこはね、私の能力の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を使ったものなの。食事を持ってくる妖精メイドと遊んだこともあったけど……すぐ壊れちゃってつまんない……だからお兄ちゃん! 頑張って逃げてね!」
――読んで字の如し、ってところかな。……恐ろしい能力だ。
ドクは隙を伺いながら常に動き、フランドールに話しかけ続ける。
「……それはどうやっているのかな?」
「うーんとね……。私には『目』が見えるんだ。その『目』を私の手の中に移動させて……きゅっとしてドカーン!」
その瞬間、また室内にあった人形が爆ぜた。
「……もっと平和的な遊びをしないかい?」
「ええ~、それじゃつまんないわ……あ! じゃあ弾幕ごっこをしましょ! お姉さまが言ってたわ。これからは弾幕ごっこの時代だって!」
「弾幕ごっこ?」
「じゃあ私からね! ……あれ? どうやるんだっけ? 確かスペルカードを宣言するとか言ってた気が……まあいいわ! それじゃあ、えっと、禁忌「フォーオブアカインド」!」
フランドールが宣言すると同時に、ドクには信じられないことが起こった。
――……フランドールが……四人?
そこにはフランドールが四人いた。
分身したのか、それとも最初から四人で一人だったのか、瓜二つの姿で、見ただけではどれが本体なのか分からなかった。
――どうする……。これでは逃げ回るのは至難の業だ。だからと言って僕の能力が間に合うかと言えば……。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「スペルカード出さないの?」
「だったらもうはじめちゃうよ~」
「いっくよ~!」
四人に増えたフランドールが、一斉にドクに襲い掛かる。
「くっ……!」
「ほらほら、どうしたのお兄ちゃん! そんなのじゃあ簡単に壊れちゃうよ!」
ドクは防戦一方となっていた。
かつての救えなかった少女の幻影が、フランドールに取り付いて離れない。
ドクは自分から手を出すことができなかった。
「違う……! 違うんだ……あの娘じゃない……! フランドールは……違う!」
「あははははっ! 『目』、見ぃ~つけた!」
激しく動揺するあまり、フランドールたちの視界から逃げることを忘れていたドクの左腕が、無残にも一瞬にして爆ぜた。
「つ……っ! ぐぅ……!」
即座に能力を発動させようと右手をかざしたが、なくなってしまったものは、書き換えられない。
ドクの左腕は、もう、なくなっていた。
――……僕の命もここまで、かな。
左腕に受けたダメージのせいで、ドクの足がふらつく。
ドクは前のめりに倒れた。
なくなった左腕のところからは、血が流れ続けている。
「あはははっ、は、は……もう、壊れちゃったの……?」
それを見たフランドールは、先ほどまでの狂気に満ちた顔ではなくなっていた。
「……君がやったのに、何で寂しそうにするんだい……?」
「だって……、また遊び相手がいなくなっちゃったから……」
フランドールは、いつの間にか一人に戻っていた。
その表情は先ほどまでの楽しそうな笑顔ではなく、とても、とても寂しそうな、見ているほうが悲しくなってしまうような、そんな顔をしていた。
――……ああ。これはいけない。彼女を悲しませたくはないんだ。
――今、分かった。……似ていたんだ、あの娘と。本当の気持ちを隠して笑って……。
――解析開始。
ドクは右手を紫色に光らせ、左腕の止血をした。
「えっ……?」
そして、血を流しすぎてしまったのか、少し朦朧とする意識の中立ち上がり、彼女が壊した人形のうち、まだ原型を垣間見ることができるものを探した。
――解析開始。
――人形を解析。書き換え。元の状態に戻す。
もうなくなってしまった部分は直らないが、どうにか人形だとは分かるぐらいには、直すことができた。
ドクはそれをフランドールのところに持っていく。
「こ、これは……人形? 私が、私の能力で壊した……」
「そう。君が壊した人形だ。君は壊しても壊れないものが欲しかったんだろう? 壊しても壊れない友達が欲しかったんだろう。人形程度なら、本当に木端微塵になっていなければ、僕の能力で直すことができる。僕は壊れてしまうが、君が壊してしまったものは直すことができる」
「えっ……?」
「どうか……笑ってくれ、フランドール。君には笑顔のほうが似合っているよ。悲しそうな顔をしないでくれ……」
ドクはフランドールに目線を合わせるために片膝で立ち、笑いかける。
ドクには珍しい、作り笑顔ではない、純粋な笑顔だ。
それだけ、ドクはフランドールを悲しませたくはなかった。
「どうし、て……」
「え?」
「どうして、笑っていられるの……?」
フランドールは紅い瞳から涙をにじませ、ドクに問いかける。
―……どうして、か……。
ドクは半ば反射的に、言葉を返していた。
「君に、笑っていてほしいから」
「分かんない……分かんないよ! 私に食事を持ってくる妖精メイドはみんな怯えてた! 私と遊ぼうっていうとみんな居なくなっちゃった! 私がみんなを壊しちゃうから! 私はただみんなと遊びたいだけなのに! 私が、この力を制御できてないから! みんな、みんな……私から離れて行って……」
フランドールは叫ぶ。
己の非を痛感しながら。
フランドールは嘆く。
一人は嫌だと。
「……君はこの人形たちを使って、力の制御をしようとしていたんだろう?」
それを聞いたドクは、室内に転がっている人形を指さしていく。
「……! ……なんで、わかったの?」
「奥に行けばいくほど人形は原型がわからなくなるほど、壊れていた。だが、僕が入ってきた扉に近づくほど、壊れてはいるが、人形だってわかるものが増えてきていた。君の、努力の証じゃないのか?」
奥の損傷がひどく、何かもわからないものから、まだ何か分かるものまで。
ドクはフランドールに優しい声音で語り掛ける。
「君は優しい娘だ。他のみんなはまだ分かっていないだけなんだ。少しずつ、少しずつでいいから、分かってもらえばいい。力が制御できないなら、僕も協力しよう。僕を壊すのはやめてもらいたいが、直すことはできる」
「私と、遊んでくれるの……? 私を、嫌いにならない……?」
フランドールの不安に揺れる瞳を真っ直ぐ見て、ドクは笑顔で言った。
「ああ、一緒に遊ぼう。嫌いになるなんてことはないよ。僕は、君と遊びたい」
「……あなたの名前を教えて?」
ドクはその問いに間抜けな声を上げた。
――そういえば、名前を言ってなかったか。
「僕の名はドク。……よろしく、フランドール」
「うん! これからいっぱい遊ぼうね、ドク!」
フランドールには、また笑顔が戻っていた。
それも初めのような不安定な笑顔ではなく、安心した、心から嬉しそうな笑顔だった。
――……ああ、やっぱり、フランドールには笑顔が似合っている。
――あの娘も、なんだか笑っている気がして……、僕は……。
「そう、だね」
――僕は、救われた気がして……。
――この娘の笑顔を見ていたくて……。
――だから。僕は君にこう言おう。
ドクは倒れそうになる体を押さえ、フランドールに応える。
「……一緒に、いっぱい遊ぼう。……僕も、君と遊びたいから……フランドール……」
ドクはフランドールに笑いかけながら、少しずつ、意識が遠のいていった。
そして、ドクは横に倒れた。
ドンッ! と、大きな音が、響いた。
「……ドク? ど、どうしたのドク!? 大丈夫!? ねえ、ドク、私の声が聞こえる!? 目を覚ましてよ、ドク! 嫌だ、嫌だよ! こんなの、嫌だよぅ……」
ドクは、目を開かない。
――一人の少女の叫びが、部屋の中を反響した。