ドクが紅魔館に行き、フランドールに会うよりも前。
朝、昼の診察を終えたドクは、香霖堂にいた。
晩の診察予定がなかったからだ。
香霖堂は相も変らぬ様相である。
だが一つ。
いつもと違うことがあった。
それは――。
「……まさか僕が店番とはね……霖之助にも困ったものだよ」
そう、霖之助がいないのだ。
彼は今、無縁塚に行っていた。
普段出不精な霖之助であるが、道具の蒐集にはそんなこと関係ないとばかりに出かける。
――それを悪いとは言わないが、たまたま寄った僕に店番を頼むというのも、どうなんだと言わざるを得ないのは事実だ。
ドクはそう思いながらも、霖之助の頼みを快諾した。
その結果、ドクは一人で今現在香霖堂の中を掃除している。
「整理しても整理しても、次から次へと道具が出てくる……」
一向に、進む気配はないが。
香霖堂には本当にさまざまなものが置かれている。
その中で一番多いのが本だ。
外の世界で忘れ去られたものもあるにはあるが、霖之助が趣味で集めているものが大半である。
霖之助は、人に薀蓄を語る趣味のようなものがある。
ドクも寄る度に、とは言わないが、語られることは多い。
詰まらない、というわけではないのだが、霖之助が語りだすと止まらないため、ドクは結構疲れたりする。
――悪いとは、言わないが。
ドクははたきを持って棚を叩き、埃を落として箒で掃く。
それを延々と続けていた。
香霖堂は広いわけではないが狭いわけでもなく、一人で掃除というのはなかなかに、大変であった。
「……ごほっ、ごほっ……扉と窓を開けておくか……初めからそうすればよかった……」
埃のせいで煙たくなってきた室内を換気するため、窓を開けてから、入り口に近づいて行った。
すると。
「失礼するわよ。霖之助さん、服直してもらいたいんだけど」
コンコン、と扉がノックされ、見慣れた紅白の巫女服を着た霊夢がやって来た。
片手には同じような巫女服ではあるが、少し解れているものを持っていた。
「……あれ、ドクだけ? 霖之助さんは? それになんだか煙たいんだけど……こほっ……」
「いらっしゃい霊夢。今霖之助は出かけていてね。煙たいのは、僕が今掃除しているから。ああ、扉は開けておいて。換気しないと」
ドクは霊夢に簡単に状況を説明し、また掃除を再開した。
「……なんでドクが掃除してんの? 霖之助さんにやらせるべきじゃない?」
「まあ、僕も霖之助には助けてもらっているから。それに、よく来る場所が汚れているのは僕が嫌だ、ってだけだよ」
「はあ……本当に、アンタってお人よしって言うかなんて言うか……。まあ、そこがいいところではあるんだけど」
霊夢の声は後になるのにつれ小さくなっていったため、最後のほうはドクには聞こえなかった。
「それで、霊夢の用って? 僕ができることなら、やってしまうが」
「いいわよ。掃除大変でしょ? 逆に私が掃除手伝ったほうがいいんじゃないの?」
「手伝ってくれるのかい?」
「ま、どーせ暇だしね」
「ありがとう。頼らせてもらうよ」
「別に礼を言われるほどのもんじゃないわよ。……さっ、とっとと終わらせちゃいましょ」
ドクと霊夢は、他愛のない話をしながら、掃除を続けていった。
―――――――――
「ま、こんだけやればいいでしょ」
「ああ、霖之助が帰ってきたら驚くだろう」
二人は香霖堂内を見回してそう言った。
二人が掃除したことにより、道具の配置もしっかりと整頓され、棚にあった埃も大分落とされた。
そしてもののついでということで、床と棚を分担して拭いたのだった。
二人が想定していたよりも時間は経ち、夕暮れ時となっていた。
「……霖之助さんはまだ帰ってこなそうね……」
「ああ、そういえば用があったんだったね。僕がやろうか? できることなら、だが」
「そうね、じゃあ、お願いするわ。……これ、修繕してくれる?」
霊夢は、掃除中は和室のほうに置いておいた巫女服を持ってきた。
「ああ、それなら僕にもできる。というか、僕と霖之助で仕立てたからね、それは」
「ドクはいつも診察とかで忙しいじゃない。だからいつも霖之助さんにやってもらってるのよ」
「なるほどね。じゃあ、お茶でも飲んで待っていてくれ。確か、霊夢の湯呑みは置いてあっただろう」
「ん」
霊夢は湯呑みを探しに行き、ドクは裁縫道具を探しに倉庫に行った。
さすがに倉庫は未だ汚れたままである。
そこまでやれるほど、二人に余裕はなかった。
「ああ、あったあった」
ドクは見つけた裁縫道具を持って、霊夢のいる和室に向かった。
すると、既に霊夢は湯呑みを見つけて、お茶を淹れているらしかった。
「ドクのも淹れちゃったけど」
「あ、すまないね。ありがとう」
ドクは淹れてもらったお茶を飲み、早速修繕に取り掛かった。
―――――――――
「……よし。これでいいかな、霊夢」
ドクは巫女服を広げながら、適当にくつろいでいるだろう霊夢に声をかけた。
だが、反応はない。
「霊夢? ……ああ」
疲れたのだろう。
霊夢は和室の中央に置かれているテーブルに、頬をつけて寝ていた。
――仕方ないか。
霊夢は博麗の巫女として妖怪退治を生業としているが、実際はまだ幼い少女だ。
ドクは起こすのも忍びなかったため、自分の着ていた上着をかけた。
――風邪をひいてはいけないからね。
ドクはそうして、しばし寝顔を見てから立ち上がり、霊夢の頭を一度撫でた。
「こういうのも、随分と久しぶりになるのかな……」
ドクはそう呟くと、そろそろ帰ってくるだろうと、入り口のほうに向かっていった。
そして。
コンコン、とノック音が響き、扉が開かれた。
「やあ、すまないね今日は。お蔭でいろいろ拾ってこれたよ……ん?」
両手に袋を下げた霖之助が入って来た。
そして店内の様子を見て、いつもと違うと分かったらしい。
「もしかして片づけてくれたのかい? 君にあげられるようなものが、何かあればよかったんだけど……すまないね」
「いや、僕がやりたかったからやっただけだ。それに」
そこでドクは言葉を切り、霖之助についてくるよう促した。
「なんだい?」
そのまま二人は霊夢のところまで行った。
「霊夢にも、手伝ってもらったんだよ」
「おや、これは珍しい」
「疲れて眠ってしまったがね」
霊夢はまだ眠っていて、ドクから見てまだ起きる気配は感じられなかった。
「すまないが霖之助。霊夢のことは任せてしまっていいかい?」
「うん。ドクには今日一日、予想以上に働いてもらってしまったようだし、これくらいはやらせてもらうよ」
それからドクは、霊夢の巫女服を修繕したことを伝えて渡してくれ、と霖之助に頼み、残っている仕事を片付けに、家に帰って行った。
―――――――――
残された霖之助は、寝ているはずの霊夢に声をかけた。
「霊夢、もう起きたらどうだい? ドクは帰ってしまったよ」
「……気付いてたの?」
霊夢は霖之助に返事をして、目を開けた。
「もう何回も同じことをしているだろうに……。ドクは気付いていなかったようだけどね」
「それならいいわ」
霊夢は立ち上がり、霖之助から巫女服を受け取った。
「もっと素直になったらどうだい? 直接甘えたいとでもいえば、ドクも邪険にはしないだろう」
「……別に。そういうのじゃないし……」
「素直じゃないね、まったく……」
「それが私なのよ」
「ドクのことを呼び捨てで呼んでいるのも、つまりはそう言うことかい?」
「……さあ、どうでしょうね」
二人はそう言葉を交わした。
そして霊夢は、香霖堂を出ていった。
「本当に、素直じゃないねえ……」
霖之助は一人、そう呟いた。