それと今気づいたんですがね、弾幕ごっこのこと、この主人公知らないんですよね。
どうするかなあ……。
――……ああ、僕は、また気を失ったのか……。
ドクは目を覚ました。
前に起きた時と変わらず、紅が目に入る。
フランドールはもういないようだ。
紅い家具に紅いベッド、それに紅い絨毯に紅い壁紙。
紅、紅、紅。
どっちを向いても紅だった。
ドクは、頭の中を紅の文字が回って、ゲシュタルト崩壊しそうだった。
――……とりあえず起きようか。ここに寝かせてくれた人に、礼を言わなければ……。
上半身を上げると、少し痛みが走った。
だがそれを無視し、ドクはベッドから起き、立ち上がった。
軽く首を回す。
息を吐く。
――もう、大分良くなったようだ。それに、受けた傷と言えば、軽い打撲と左腕がなくなったというだけで、即死するようなものではなかったか。
やはりと言えばその通りだった。
実際、ドクは血を流し続けて、出血多量で気を失っただけであった。
「……はあ」
ドクはいろいろ思うところはありながらも、ここにいても仕方がない、と廊下に出た。
そこもやはり紅い。
それに先が見えないくらいに長かった。
今は夜のようで、辺りはやや薄暗い。
――……そういえば霊夢は異変を解決したんだろうか……。いや、無駄な考えだ。解決していなければ、僕はここにはいないだろう。
「あら、もう具合は大丈夫なんですか?」
「……!」
突然、目の前に少女が現れた。
この薄暗闇に映える銀髪の少女。
片手には火のついたろうそくを持っている。
そして、自分の身分を語るようにメイド服を着ていた。
――気になることはあるが、人に会えたのはよかった。
「……失礼。この館のメイドさん……ということでいいのでしょうか」
「はい。ここ、紅魔館の主、レミリア・スカーレット様にお仕えしているしがないメイド、十六夜咲夜でございます」
咲夜と名乗った少女は、ドクに頭を下げた。
それだけで、なんとなく出来る人なのだと伝わってくるものがあった。
雰囲気、とでもいうべきだろうか。
ドクは少し面食らいながらも、落ち着いて言葉を紡ぐ。
「僕の目の前にいきなり現れたのは……一体?」
「それは私の能力、『時を操る程度の能力』を使って時を止めてましたから」
「……なるほど」
咲夜がさらっと言った言葉に、驚きを通り越して、呆れるドク。
――時を操る、か……。
「ああ、そうだ。実は僕をベッドまで運んでくれた人に、礼を言いたいんですが」
「それなら私です。妹様が泣きながら頼んできましたので。血が足りなくなりそうで大変でした」
――妹様っていうのは、フランドールのことだろうか。彼女はこの館がお姉さまだと言っていたし。
「そう、か。それは助かった。ありがとう。僕が死んでは、もう誰かを助けられなくなってしまうからね。あ、いや。なってしまいますから」
考え事をしていて、ドクは思わず素の喋りが出た。
そのため、最後にとってつけたように、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「普段通りにしてもらって結構ですよ」
ドクは少し考えて。
「じゃあ、そうさせてもらうよ。十六夜さんも」
「咲夜、でいいすわ」
ドクの言葉をさえぎって、咲夜はそう言った。
「じゃあ咲夜さん。そんなに丁寧な喋り方じゃなくていいよ。僕相手に気を使う必要はないから」
「いえ、ですがあなたは一応、ここのお客人となっていますので……」
「僕が逆に気を使ってしまうから、ね」
「……分かりまし……分かったわ」
咲夜は観念したように言った。
「ああ、それと。僕を運んでくれた礼として」
ドクは能力を発動させる。
右手が紫色に光り始めた。
その光は、この薄暗い廊下と相まって、どこか幻想的な雰囲気を出していた。
ドクは咲夜にその手をかざす。
――解析開始。
「……綺麗な光……あの、これは?」
「僕の能力、『解析し書き換える程度の能力』だ。一応自衛程度には使えるものだが……」
――どうやら、結構疲れがたまっているらしい。まあ、それもそうか。年齢も、霊夢と近いくらいの子供だろう。時間を止めても動くのは自分なわけで、この広い館では、大変なことだろう。
――書き換え開始。
ドクは目の前に現れた文字列を目で追い、読み進めていく。
「……?」
咲夜は何か体に違和感を感じたのか、首を傾げた。
――書き換え完了。正常な状態。
ドクの手から光がなくなった。
「……何か変わったことはないかい?」
「なんだか、体が軽くなったような……」
「それはよかった。僕はこの能力で、医者のようなものをやっていてね。疲れを取ったり、病気を治したり」
「なるほど……あ、ありがとうございました」
咲夜は少し慌てて礼を言った。
「礼はいいよ。僕の礼なんだから。あ、そういえばフランドールは元気かい? 僕は気絶してしまったからね」
「あ、そのことでお嬢様からあなた……名前はなんでしたっけ?」
――まだ名乗っていなかったか。
「僕はドクと言う」
「ではドクさん。妹様のことで、お嬢様からお話があるらしいわ。私についてきてくれる?」
――お嬢様……つまりはレミリア・スカーレットか。どんな人物なのだろうか。
ドクは内心緊張しながら、長い長い廊下を、咲夜の後について歩いた。
―――――――――
ドクが咲夜に案内され着いた部屋に入ると、長いテーブルに紅いテーブルクロス、それに紅いイス、それらがまず目に入った。
この部屋も、ドクが寝かされていた部屋と変わらず、基本的に紅い装飾だった。
そしてそのテーブルの一番奥に、一人の少女が座っていた。
フランドールに似た、だがしっかりと威厳も感じる少女だった。
――彼女が、レミリア・スカーレットだろうか。
「そんなところで突っ立ってないで、適当に座ったら?」
言われて、ドクは立ち止まっていたことに気づく。
咲夜はいつの間にかレミリアの隣に立っていた。
ドクは頷き、入り口に一番近い椅子、つまりはレミリアと向かい合うようにして座った。
「まずは名乗らせてもらおう。我が名はレミリア・スカーレット。吸血鬼よ。そして礼を言う。ありがとう、と」
ドクはいきなり礼を言われ、困惑していた。
表情には出さず、いつも通りの無表情ではあったが。
「何のことでしょう」
「我が妹、フランドール・スカーレットについてよ。あなた、あの娘と遊んでやったでしょう? 喜んでいたわ」
「別にそこまでのことでは――」
「私にとっては、大事なことなのよっ」
レミリアはドクの言葉を遮り、叫んだ。
「……あの娘は、繊細よ。この幻想郷でも、受け入れられるか……あの力のせいで、誰からも拒絶されるんじゃないか、と不安だった。力を、制御することもできていないから。そんな時現れたのがあなた」
「ですが、僕はただ一緒に遊ぼうと言っただけです。その不安が消えたわけではないでしょう」
ドクは淡々と言う。
レミリアが感情をぶつけてきたので、逆に冷静になれたのだった。
「それだけが、あの娘にとっては何よりも嬉しい言葉だったのよ。それに、あなたは片腕がなくなっても、拒絶することはなかった」
言われて、ドクはもともと左腕があった場所に目を向ける。
服ごとやられたため、そこにはもう何もなかった。
ドクは思う。
確かに、と。
――僕の頭の中には、彼女を拒絶するなんて言う選択肢は、なかった。
「もう一度礼を言うわ。ありがとう。あなたはフランを助けてくれた。それだけで、私が礼を言う理由になるわ。あの娘が自分からあの部屋から出てくれたのを見て、私は嬉しかったのよ。今は疲れてしまったんでしょうね、部屋で幸せそうに寝ているわ」
「そう、ですか」
ドクは予想以上の礼を言われ、なんともむず痒い思いをしていた。
――……僕はただ単に、彼女の笑顔を見たかっただけなんだが。
「話はそれだけよ。今日はもう遅いから泊まっていって。咲夜、彼に食事の準備を。私にもね」
「かしこまりました」
レミリアは隣に控えていた咲夜に言う。
咲夜が返事をしたかと思うと、既に姿はなくなっていた。
「特に嫌いなものはあるかしら」
「ああ、いえ。特にありません。って、そうでなく……。僕に泊まる気はないですし、食事まで作ってもらうっていうのは、さすがに至れり尽くせりというか……」
ドクは自分の内心を吐露した。
それに、自分が寝ていた間診察できていないため、人里のほうで何か起きていないか心配だったのだ。
「遠慮するものではないわ。これからもフランと仲良くしてもらうわけだし、咲夜とも、仲良くなってほしいしね」
「咲夜さん、ですか?」
「ええ」
レミリアは一度息を吸うと話を続けた。
「咲夜は私の娘のようなものでね。大切にしているの。でも、そんな娘が私たち以外誰も信頼できる人物がいないって、とても寂しいじゃない。あなたには、そっちのほうも期待しているのよ」
「随分と、僕を買ってくれているようですね……」
「フランと仲良くなれたのだから、なんとかなるでしょ。人生経験も豊富そうだし。私の倍くらいは生きているんじゃない?」
「……さあ、どうでしょうか」
ドクはレミリアの言葉を軽く受け流した。
その様子をレミリアはくすくす笑いながら、楽しそうに見ていた。
どうやら、結構ドクのことを気に入っているらしかった。
ドクのほうは、穏やかじゃないが。
と、そこでドクが何かに気づいたように声を上げた。
「……一ついいですか?」
「何かしら? そんなに改まって」
レミリアは、ドクが聞きたいことがわからず、心底不思議そうに返した。
ドクは覚悟を決めるように息を吸い、吐いた。
「先ほど自分は吸血鬼と言いましたが……食事のほうはどうなっているのでしょうか……?」
これはドクにとって、大事な質問だった。
人間の血が使われていると聞けば、何があっても口をつけることはないだろう。
「く、ふふっ、あははははっ! な、なるほどね、ふふ……安心していいわよ。客人に出すものに人間は使わないわ。心配させて悪かったわね」
暗に客人がいないときは人間を食っている、レミリアがそういっているように聞こえて、ドクは冷や汗を流した。
――まあ……吸血鬼とはそういうものだろうが。
納得できるのではあるが、理解は難しい。
ドクはそう思って、自分は幻想郷に来てよかったと、改めて紫に感謝した。
「お待たせいたしました」
またドクと会った時のように、突然咲夜が現れた。
――慣れないと、心臓に悪いな……。
咲夜は次々と料理を並べていく。
紅いスープに紅いソースをかけたステーキ。そして紅いワイン。
料理も、紅い。
レミリアから、人間は使っていないと言われたが、勘ぐってしまう。
「どうぞ、召し上がれ」
「……いただきます」
――ドクは戦々恐々しながら、咲夜の作った料理に舌鼓を打った。
レミリアも、楽しそうであった。
咲夜も、控えめながら笑っていた。
こうして、ドクの『紅霧異変』は終わりを迎えたのだった。