……次回どうしよう。
ドクとレミリアの晩餐会があった翌日。
ドクは泊まらせてくれたことと、夕食をご馳走してくれた礼として、紅魔館の住人の診断をやっていた。
と、言っても。
大半は妖精メイドであり、彼女らはほとんど視る意味がないため、ドクが診断する人は限られていた。
咲夜にその旨を伝えると、大図書館と言うところに通された。
そこに、一人見てもらいたい人がいるらしい。
大図書館はその名の通り、多くの本が置かれていた。
至る所に大きな本棚が置かれ、その中にびっしりと隙間なく本が入れられていた。
それに、広すぎるせいだろうか、ドクは若干、埃っぽい感じを受けた。
「それで、僕は誰を視ればいいんだい?」
「ついてきて」
ドクは更に咲夜についていく。
様々な本棚を抜け、この場所の中央あたりに、多くの本が山積みしてある場所を見つけた。
どうやら、そこにいるらしい。
「パチュリー様。お客人をお連れしました」
だが、反応はない。
いないのだろうか。
「パチュリー様?」
おかしいと思い、咲夜はもう一度声をかける。
しかし、反応はない。
「本をどかすのを手伝ってくれるかしら」
「ああ、分かった」
そう言い二人は、山積みされた何冊もの本をどかしていく。
少しすると、小さい音、いや、声が聞こえてきた。
どうやら、埋まってしまったらしかった。
ドクと咲夜はこれはいけない、と大急ぎで本をどかした。
そして。
「……ふう。助かったわ、咲夜。まさか本に潰されるとはね」
「ご自愛ください、パチュリー様……」
本の下から出てきたのは、この大図書館の主、パチュリー・ノーレッジ。
本の下敷きになっていたため、少々疲れ気味である。
小さく咳をしていた。
「それで、咲夜の隣にいる男は?」
「昨日ここにやって来たお客人でございます」
「じゃあ、あの黒いのの仲間?」
パチュリーは何か嫌なことでもあったのか、ジト目でドクを見た。
――黒いの? ……魔理沙か。
「まあ、一応仲間ではあるわけだが」
「なら、アイツに伝えておいて。もう来るな、って」
パチュリーは静かに怒っているようだ。
表情は変わらないが、言葉の節々にそれが出ていた。
――一体何をしたんだ、魔理沙……。見たところ、怪我はないようだが。
「会ったら言っておくよ」
「で、アンタは何の用なわけ?」
「ああ、僕は……って、言うよりもやったほうが早いか」
ドクはパチュリーに手をかざし、能力を使う。
――解析開始。
ドクの右手が紫色に光る。
「……なに?」
「待っていてください。すぐに分かりますから」
訝しげにドクを見るパチュリーに、咲夜が言った。
ドクの治療を受けたからの言葉だった。
ドクはそれを気にせず続ける。
――欠損確認。書き換え開始。書き換え、書き換え、書き換え。
ドクの目の前に現れた文字列が、ものすごい速さで下にスクロールされていく。
――書き換え終了。正常確認。
そして、ドクの右手は光を失った。
「……どうですか、パチュリー様」
「……おかしい、おかしいわ……体がいつもより軽い……それに、喘息がなくなっている……?」
「どうやら、成功したようだね」
書き換えが成功したことに安堵し、息を吐くドク。
そんなドクを、信じられないものを見るような目でパチュリーは見た。
「あなた、何者よ?」
「ただの医者だよ。能力を持ったね」
「能力?」
「そう、『解析し書き換える程度の能力』だ。これで君の情報を書き換えた。その結果、疲れは取れるし、病気も治せる」
「……便利な能力ね。とりあえず礼を言っておくわ。ありがとう」
パチュリーはかすかに笑って言った。
「パチュリー様? 珍しいですね」
普段笑うことの少ないパチュリーのその様子に、咲夜は驚きを隠せないようだ。
それも、今日初めて会った人間に。
「何が?」
「……気付いていないのなら、別にいいのですが」
「……?」
ドクはいまいち状況が理解できず、首を傾げた。
そして三人は、軽く言葉を交わしてから別れたのだった。
―――――――――
その後ドクは紅魔館の外に出て、門に向かった。
咲夜に、ここにも視てほしいものがいると言われたのだ。
ドクも、紅魔館に来た時に誰かがいたのは分かっていたので、予想の範疇であった。
名前は紅美鈴。
紅魔館の門番であるらしい。
――と言うことは、霊夢と闘った……のか?
ドクはあまり大きな怪我をしていなければいいが、と思いながら、門をくぐり外に出た。
すると、一人の少女がいた。
淡い緑色をしたチャイナドレスのような服を着て、これまた緑色をした帽子をかぶっている。
帽子には星の形をした飾りがついていて、その中には龍の文字が入っていた。
髪は赤く、腰まで伸ばしている。
――彼女が、紅美鈴だろうか。
「失礼」
「はい?」
彼女はドクのほうに振り向いた。
「君が紅美鈴さんで、合っているかな」
「ああ、はいそうですけど」
彼女は答える。
見たところ、怪我はないようだ。
――霊夢が異変解決した割に、みんな怪我なく穏便に終わっているのか。退治ではなく、ただの話し合いで終わったというのか?
「咲夜さんに君を視てほしいと言われてね。少し、時間いいかい?」
「はあ、まあ大丈夫です。……と言うかあなた誰です?」
当然の疑問であった。
――どうにも、このごろ僕は自分から名乗るのを忘れてしまっていけない。
「すまない。先に名乗るべきだったね。僕はドク、医者をやっている」
「医者?」
「ええ、少し、失礼しますよ」
そしてドクは紫色に発光する手を、美鈴に向けた。
「えっ? あの、私はどうすれば……」
「動かないで」
「あ、はい」
ドクの真剣な表情に有無を言わせぬ何かを感じ、美鈴は黙った。
――解析開始。
ドクの目の前に文字列が現れる。
美鈴はその光景に驚き動いてしまい、ドクにまたさっきと同じことを言われていた。
――身体的な怪我は見受けられず。肉体的疲労のみ。
――書き換え。書き換え。書き換え。
――書き換え終了。バイタルサイン正常確認。
ドクはそこまでやり、光を失った手を下ろした。
美鈴は自分の体に違和感を感じるのか、腰を回したり、肩を上げたり下げたりしていた。
それを見ていたドクは、今まで感じていた違和感が大きくなってきていた。
――今までそういうこともあるか、と納得してきていた、いや……納得させてきたが。
――あまりにも怪我がなさすぎる……。
「あの~ドクさん? もしも~し」
一通り軽く柔軟をした美鈴が、うわの空気味のドクに声をかけた。
――とりあえず、このことは後で考えよう。
「あ、えっと、すまない。何だい?」
「なんだか疲れが取れてるんですけど、何やったんですか?」
――昨日今日で、随分多く言ったかな。
「僕は『解析し書き換える程度の能力』を持っていてね。それを使って治療をしているんだ」
「へえ~、なんだかすごそうな能力ですね」
「褒めてくれて嬉しいよ」
自分の能力を説明するのが面倒になって来たドクは、簡単に説明した。
それを聞いた美鈴は感心するように頷くのだった。
そしてそれから少し、美鈴の愚痴を聞いたり、美鈴の変な踊り(太極拳と言うらしい)を見せてもらったり、有意義な時間を過ごした。
――美鈴さんの話によると、咲夜さんは結構怖い人のようだ。
「そういえば君は、フランドールがどこにいるか知っているかい? 一度顔を見ておきたいんだが」
「妹様ですか? 今の時間なら、御自分の部屋で寝ていると思いますよ」
「そうか……一度行ってみるかな。ありがとう美鈴さん。楽しい時間だったよ」
「私も感謝しています。愚痴なんて聞いてくれる人いないので……またいつでも来てくださいね!」
美鈴の言葉に頷き、ドクはまた紅魔館の中に戻って行った。
―――――――――
ドクがまた紅い内装に目をやられていると、咲夜が通りかかった。
「あらドクさん。美鈴のほうはもう終わったの?」
「ああ。だからここを出ていく前に一度、フランドールに会おうと思ってね」
咲夜はなるほど、と頷いた。
「でも、今の時間だと寝ていると思うわ。吸血鬼の生活は夜が主体だから」
「美鈴さんにも言われたよ。でもまあ、顔を見ておきたいだけだから。寝ているところでもいいんだ。下にいるのかな?」
「いいえ、ドクさんが会ったときは満月で、妹様が暴走する危険性があったからあそこにいたの。妹様もそうしてって言ったのよ。今は……そうね。ちょうど私の仕事も一段落したところだし、案内するわ。ついてきて」
咲夜はドクの前を歩き出した。
ドクは頷きその後を追った。
―――――――――
それからしばらく歩き続け、本当にこの館は広いね、とドクが呟いた時。
咲夜がある部屋の前で立ち止まった。
「この部屋よ。私はここで待っているから」
「え?」
思いがけない言葉に、ドクは思わず声を上げた。
「だって、ここからの道分かる? 広げた私が言うのもなんだけれど、初めての人には迷路のようなものよ」
「ああ、それは確かに……ありがとう。軽く顔を見て戻ってくるよ」
ドクはそう言って部屋に入った。
ドクが部屋にはいてすぐに目に入ったのが、天蓋付の大きなベッド。
おそらく、そこでフランドールが寝ているのだろう。
ドクは音をたてないように近づいて行った。
そしてベッドの中をのぞき込む。
――幸せそうに、寝ているね。
フランドールは気持ちよさそうに寝ていた。
小さな寝息を立てている。
ドクはフランドールの頭に手を置き撫でた。
「……ド、ク……一緒に……遊ぼう……」
「……そうだね。一緒に、遊ぼう」
ドクはそれだけ言うと、フランドールから離れた。
――寝言に、何言っているんだか。
自分がおかしく感じられ、ドクは苦笑した。
そして、部屋を出る。
部屋の前で待っていた咲夜が少し驚いた顔で、ドクを見た。
「もういいの?」
「ああ、顔を一度見たいだけだったから。ああ、それと」
ドクは咲夜に紙と何か書けるものを用意してくれないかと頼んだ。
そして、フランドールに向けて、手紙を書いた。
『僕は人里に帰らなければいけない。
君とも会えなくなってしまうが、一緒に遊ぶと言う約束を忘れたわけじゃあない。
また、君のところに行くから、その時は、思う存分遊ぼう。』
そう書いた手紙を咲夜に渡した。
「これをフランドールに渡してくれ」
「承ったわ。……もう帰るの?」
「人里のほうも心配だし、僕が帰ってこないということで、他の人に心配かけたくないからね」
「……そう」
咲夜は寂しそうに呟いた。
紅魔館にいる者以外と、こんなに親しく話したことがなかったからだろう。
「またここには来るよ。フランドールとの約束もあるが、一度僕が視た人はもう僕の患者だ。責任をもって治療に当たらせてもらう。その過程で、少しくらい話に付き合ったって、誰も怒りはしないよ。そのあとに予定がなければだが」
「ふふ、そうね」
咲夜は楽しそうに笑った。
「あと、レミリアさんに礼を言いたいところだが……」
「お察しの通り、寝ているわ。まあ、そっちのほうは私が伝えておくわよ」
「本当に? ありがとう咲夜さん」
「咲夜でいいわ。私もドクって呼ぶから」
「じゃあ咲夜。僕はこれで人里に戻るよ。時間ができたらここに来る。その時にはフランドールと遊んで、あと君に僕の家を教えるよ。知っておいたほうが、後々便利だろうから」
ドクはそう言って、咲夜に背中を見せ歩いて行った。
「って、ドク、あなた道分からないでしょ」
「……そうだったね」
咲夜の言葉に振り返ったドクは、少々恥ずかしそうであった。