翌日。
総隊長になった京楽は今までとは打って変わってちゃんと余裕をもって出勤するようになり、サッと一番隊に顔を出した後は八番隊舎に向かう。
午前9時半に隊首室の様子を見ると、未だ隼人は斬魄刀の意識の中にいる。
修行をするように要請してからもう数日経っており、元々卍解を持っていてそのチューンアップをしていた拳西、ローズ、砕蜂が一段落つけたのとは違い、案の定苦闘しているようだ。
額と手首に触れて様子を窺ってみる。
(・・・・・・、もう少しって所だな・・・)
何とか次の侵攻前に少し余裕を持った形で卍解を手に入れ、特殊な鬼道の習得まで完遂してほしい。そうすれば、霊王宮に行った死神達が戻ってくるまでの繋ぎとして十分な役割を果たしてくれる筈だ。
京楽は、目の前で眠る青年を信じて祈るしかなかった。
様々な仕掛けを瀞霊廷中にばら撒いているものの、それらが効果を発揮する保証はない。
それに、今まで以上に精鋭の滅却師がぞろぞろいる可能性もある。
もっと多くの死神が命を落とす可能性もあるだろう。
でも一人の三席が卍解を手に入れて前線に出ることで、死神側の希望となるかもしれない。
むしろ、この死神が京楽にとっての希望の一つだった。
(頑張るんだよ。未来の隊長さん)
八番隊を後にした京楽は、瀞霊廷を出て流魂街に向かう浮竹一行を見つけたので声をかける。
何だか三人とも泥棒みたいな風呂敷包みの持ち方をしていた。唐草模様だったら完全にアウトだ。
「行くのかい、浮竹」
「あぁ。俺一人いなくたって瀞霊廷は大丈夫さ!任せたぞ京楽!」
「ボク一人じゃ寂しいな~。あ、七緒ちゃんに寂しさ紛らわせてもらえばいっか!」
「その調子なら伊勢副隊長に頼らなくてもお前なら大丈夫だろう。じゃあな!」
「「お疲れ様です!」」
手をヒラヒラと振って三人を見送り、京楽は今日一番の仕事に向かう。
中央四十六室に計略を認めさせることよりも、数十倍緊張しているのを自分でも感じていた。
現世の黒崎一護の友人に、
再び一番隊に戻り、
「行ってくるよ、七緒ちゃん。怪我して戻ってきたら治療よろしくね」
「・・・現世での用件で隊長が怪我するとは・・・」
「ありえるよ。皆友達想いのいい子達だからね。それにその日会ったばかりの隼人クンを助けるために包帯探しに奔走してくれたんでしょ?ボクは殴られる覚悟で会いに行くよ」
「・・・了解しました」
あの時のことを再び七緒は思い出す。
『あたし達も何か出来ることありませんか!?』
『俺達、口囃子さんに何度も助けられたんです!何でもしますから!』
『命の恩人に何か恩返しさせてください。お願いします』
藍染の霊圧にアテられて動くことも辛かった筈なのに、真っ先に彼らは自分達よりも死にかけの死神を優先した。
助けるために、危険を厭わず路地裏から出て包帯を探し求め、余りある程の量を持ってきてくれたのだ。
中でも、茶髪でセンター分けの男子高校生と、ドレッドヘアーにサングラスをかけたおじさんは相当に隼人の身を案じていた記憶がある。
おじさんの方には休暇で現世にいた時会ったと隼人から聞いたが、男子高校生の方はまだ心配しているのかもしれない。
他人思いな彼らを改めて思い出すと、一護に降りかかる最悪の可能性を聞いて激昂する可能性も、七緒には否定できなかった。
*****
京楽が現世に着いて黒崎一心に通魂符を渡した後、伝令神機に一つの着信があった。
浦原喜助だ。
「もしもし、そっちの様子はどうだい?」
「今修行してるトコっス。茶渡サンがそろそろ戻って来られますね」
「調べてる件、何か糸口は掴めたかい?」
「目処はつきました。間に合えばいいんスけどね・・・」
電話越しでもあくせく働いている浦原の様子は容易に察することができた。
忙しそうにしている浦原に尸魂界の状況を伝えたいと電子書簡を送ると、後で電話させて下さいと言われたのでそれに応じたのだ。
様々な計略を伝えた中でも、やはり浦原は卍解修行をする隼人の存在に食いつく。
「口囃子サンはどうですか?」
「今日霊圧を見たけど、もう少しって所だと思うよ。・・・彼の卍解、どんな代物だと見るかい?」
逆質問に近い形で問いかけられた浦原は、自らの見解を伝える。
「今までいた多くの隊長サンの卍解が霞んで見える程なのは明らかでしょう。アタシは尸魂界を追われてからも、口囃子サンの力に関する研究を続けてきました。霊術院で助手に選んだのも彼の力を研究するためでした」
「まだ始解すら出来てなかったのにかい?」
「ええ。院生になる前から霊圧知覚に傑出していた点で、類稀な才能を持っていたのはすぐに分かりました。直接会って研究出来なかったのが悔やまれましたねぇ。藍染惣右介が狙う程ですし。危なかったっスよ。藍染に誑かされた口囃子サンが敵として卍解していれば、どうあがいても勝ち目はありませんでした」
「・・・、」
様々な手段を瞬時に考え、瞬時に応用するあの浦原が、どうあがいても勝てないと結論付けることに思わず言葉が止まる。
浦原は引き続き自身の見解を述べる。
「彼が黒崎サン達の不在の穴を埋めるには十分足りるでしょう。それまで持てば、活路は見いだせる筈です。アタシも卍解奪略を防ぐ手段が完成すれば至急そちらへ向かいます。それまで頼みます、
「よろしく頼むよ、
ピッと伝令神機を切った時には、三人の夏服を着た高校生が前を歩いていた。
*****
「ったく、3年なってからあんだけ勉強したのにちょっとしか成績伸びてないじゃない。こんなんじゃ目標の大学なんか行けないわよ」
「~~~っあぁ~~~・・・もうちょいなんだけどな・・・」
「でも、大学進学を決めた1年の冬の絶望的な成績よりは大分改善されたよね。選り好みしなければ大学行ける成績にはなってるよ」
「だよな、だよな!!俺めちゃめちゃ頑張ってるぜ!?」
「調子に乗せちゃだめでしょ小島・・・」
「まぁ行きたい所がダメな時点でダメダメのダメなんだけど」
「おい!ダメが多い!」
いつも通り、三人は学校が終わった帰路の途中だった。研究会だか何だかで午前授業なので、昼の暑い時間に下校している。ただでさえ暑いのに啓吾のせいで余計暑苦しい。
話題はもっぱら、啓吾の模試の成績だった。
1年の冬に突然謎の人物から命を狙われるという危機に瀕したものの、護ってくれたあの死神たちに触発され、自分も嫌な事から逃げずに頑張りたいと思った啓吾は、大の苦手な勉強を選んだ。
たつきや水色からは、一体どこに触発されたんだよ、絶対無理だ、と小馬鹿にされてきたが、そんな周りの評価とは裏腹に、啓吾の成績はめきめき伸びて行った。恐らくそれまで全く勉強していなかったからだろう。
塾も行ってないのに、殆ど自らの努力で大学進学できる成績まで上げたのだ。
「第一志望、D判定だぜ・・・、あぁ~~~~どうしよう~~!!」
「でも原因数学でしょ?あんたずっと数学対策してるし、そろそろ結果出てもいいんじゃないの?」
「学校の定期試験なら悪くない成績だよね。模試だと半分もいかないのに」
「数学さえできればB判定行けるんだよ・・・。数学さえできれば俺は最強に・・・!!」
学費のことを考えて関東の国公立文系を目指している啓吾には、数学という関門が立ち塞がっていた。
理科は最悪暗記だけでどうにかなるし、訓練で一時的に暗記が得意になったので、計算が苦手な啓吾は数学の定期試験を解法暗記で乗り切ってしまえちゃうのだ。そのため、模試になると毎回半分も取れずに苦しんでいる。
他の科目は現時点で合格ラインスレスレなので、それは恐らく試験直前の追い込みでどうにかなる。
だからこそ余計に、数学が数学がといつも頭を抱えてしまうのだ。
だが、三人の啓吾に対する進路談義は、突然の来客によって打ち切られた。
「・・・ちょっとごめんよ」
*****
目当ての三人を見つけ、京楽はあまり不審に思われないよう優しく、しかし若干の緊張を残しながら声をかける。
三人ともあの時顔を見たことはあったので京楽自身覚えていたのだが、何せ2年程前なので、高校生達はやはり頭に?を浮かべていた。
啓吾なんかは、もろに「誰?」と言ってしまい、たつきに「どう見ても一護の関係者でしょ!」と突っ込まれる始末だ。それでも二人は京楽の顔に見覚えは無さそうだ。
唯一しっかり覚えていたのは、水色だった。
「八番隊隊長さんですよね?たしか、駄菓子屋の浦原さんと、口囃子さんのお父さんって人と一緒にいた記憶があります」
「あの時の事、覚えてたのかい?もう忘れてもいいのに・・・」
「忘れませんよ。
「・・・、隼人クンが聞いたら、きっと飛び跳ねて喜んでくれるよ」
飛び跳ねて・・・?と、あの時目で見た姿からは微塵も想像つかない隼人の言動に高校生達は些か不信感すら抱くが、後に一護から聞いた話を思い出して不信感は無くなった。
元気になって別人のように変わったらしいので、ほっと安心した記憶がある。
しかし、京楽の雰囲気からして、重大な話が待っているのは三人とも悟っていた。
「今日は、君達に伝えておかなきゃいけない大事な話があって来たんだ」
「一護君との、別れについて」
告げられた衝撃的な内容に、三人とも思考が固まってしまう。
特に啓吾は、その発言が信じられず、夢だ、真っ赤な嘘だと信じて疑わなかった。
おどけた顔で「イジワルなんだから~~~!」と、気を紛らすように京楽の腕をペシペシ優しく叩きながら、花柄の着物を褒め称えたが、
「ゴメンよ。ふざけて話をしに来たわけじゃア無いんだ」
その言葉と共に、一瞬で表情を失い、現世の一般人として
「ふざけてないのにそんなカンタンに別れがどうとか言うのかよ」
やはりこうなってしまった。
浦原から事前に一護の友人について聞いていたが、その時点でどのような優しい言葉を使っても、彼らを怒らせるだろうと推測出来たのだ。
特に茶髪の高校生は、隼人に対しても最初は強い怒りを浮かべていたそうだ。
一気に京楽に緊張が走る。
「あの時と何も変わんねえじゃねえかよ!そっちの都合に勝手に巻き込んで!他人事みたいに突き放してんじゃねえよ!!もし一護が前の口囃子さんみたいに何ヶ月も動けない傷負ったらどう責任取ってくれるんだよ!!」
「・・・その時は、尸魂界の力を結集させて、一護君を治療するよ」
「何だよその言い方・・・!」
「・・・じゃあ一護はやっぱり、今尸魂界にいるんですよね?」
冷静に質問する水色に、京楽は丁寧に頷き、返答した。
水色の疑問点は、尸魂界にいる事が、何故一護との別れになってしまうのかだった。
今まで何度も一護は尸魂界を行き来しており、それは井上やチャドも同じだ。
なのに、一護だけと別れてしまう理由がわからなかった。
それを質問すると、
「今一護クンが入ってる所は尸魂界の中でも特別な場所でね、朽木さんも一緒にいるし、無事に戻ってくるとは思うんだ。でも、彼がどんな力をつけて戻ってくるのかが、ボク達は簡単に予想できない」
「・・・それの何が問題なんですか?」
「力の種類によっては現世に影響を及ぼすことも考えられる。そうなった場合――――」
「彼を現世に帰す訳にはいかなくなる」
無茶苦茶な言い分に、啓吾は我慢の限界を迎えて京楽に掴みかかる。
さっきとは比べられない程の怒りの表情で、尸魂界に対する怒りをぶつけた。
「そんなもん全部あんたらの都合じゃねえか!!尸魂界の為にそっちへ行った一護を現世の為って名目で
「その場合は、そうなる」
「俺達人間の都合とか全部無視して
「・・・申し訳ない、ゴメン」
「この・・・!!」
水色もたつきも暗い顔をしていたが、二人は京楽の話からまだ希望を捨てていなかった。
『
そうならない場合の可能性はどうなのか。
「あの・・・実際に、隊長さんの仮定通りになる可能性は、どのくらいあるんですか・・・?」
少し不安げな顔をした水色を見て、京楽はさっきまでとは違う落ち着いた表情になって質問に答えた。
皆を安心させるように。
「・・・万に一つか、それ以下だよ。本当に、『そうなる可能性も考えられなくはない』って程度の話さ。ごく小さな可能性の話もちゃんと君達に通しておかないと、一護クンへの義理を通したとは言えるかい?」
「それは・・・・・・、」
たつきが返答に困っている最中、京楽はにっこり微笑みながら懐からあるものを取り出す。
「だからさっ、ハイ!!これ!!」
今までの張り詰めた雰囲気から急にフランクなおじさんへと変貌を遂げ、三人とも違う意味で固まってしまう。
『通』と書かれた三枚の映画チケットのような紙を渡されて手に取るが、どんな物体か分かる筈もない。
見越した京楽は通魂符に関する説明を加え、三人の理解を得ることができた。
だが、どうしても暗い表情になってしまう三人を見て、京楽は別の切り口から元気づけようとした。
「そういえば、あの時君達と一緒にいた隼人クン、今どうしてるか気にならない?」
「「えっ?」」
「マジすか!?気になります!!!」
食い気味に乗っかって来た啓吾の表情から、今まで余程心配していたことを理解するのは容易かった。
伝令神機片手に、京楽は大量の写真フォルダから人間味溢れる隼人の姿の写真を探して三人に見せつけた。
合同演習で、下手糞な斬術について拳西にしこたま怒られている時の様子を隠し撮りした写真。
くしゃみを我慢している時のみっともない顔写真。
そして、大爆笑しながら後輩の男をイジリ倒している写真。
どれもこれも、三人に見せた顔とは別物だった。
「一護から聞いてたけど、めっちゃ垢抜けてますね。こりゃあたしでもびっくりするわ・・・」
「僕達といた時は、色々抑えていたんですか?」
「うん。100年近くずっと萎んでいたよ」
「いや萎んでいたって・・・」
「でも元気そうで良かったっす!元気な口囃子さん見たら、俺もやる気出てきたぜ!勉強だ勉強だ!!」
「そうかい。実は彼も今、修行中なんだ。もう少しで終わるとおもうんだけどね・・・」
こうして、京楽の現世での用件は全て済んだので、尸魂界に戻ることにした。