真央霊術院中間試験。
毎年夏になると数日間に渡って行われる大規模な試験である。斬拳走鬼全ての実力を測る技能試験の他、尸魂界にまつわる事象、現世教養の筆記試験を含み、院生全員にとって非常に大切な試験である。
特に新入生はこの試験の成績に応じて秋から学級の再編を行うため、入学試験で思うようにいかなかった院生にとっては逆転のチャンスである。
もちろん逆も然り、優秀な学級に入った院生は下剋上に対するプレッシャーを抱えているのだ。
そして今年の特進学級の院生は皆並々ならぬ思いでこの試験に臨んでいた。
理由は貴族達の隼人に対する執拗な嫌がらせを防ぎ、そして大粒の涙を流して助けを求めた隼人を救うためであった。
「ええかお前ら!!今日からの試験はえっらい大事なものじゃ!!秋に学級の誰一人欠けてはならんぞ!!」
「そうですね!万が一主犯格の誰かがこの学級に転入したら私たちにも防げません。」
実際貴族達の転入の可能性は大いにあった。
親からの素養を受け継いだ貴族の子弟は軒並み基礎戦闘力が高い。
この学級にいる貴族も同様であり、彼らは白哉には及ばないが全ての技能をバランスよく備えていた。
今年の特進学級生は流魂街出身、親を死神に持つ者が大半のため、貴族の猛追を振り切れるか心配であったのだ。
万が一主犯格の貴族が入ってきた場合、勇音の言う通り誰にも彼らの蛮行を防げなくなってしまう。
それどころか学級全体が崩壊しかねない。
今まで必死に『耐えてきた』努力が水の泡だ。
大切な仲間たちを苦しめないためにも全員が一丸となって試験に臨む必要があった。
当事者の隼人の他に、射場と勇音の三人が中心となって見事に団結し、貴族達との直接対決ともいえる運命の試験が始まった。
初日は斬術と白打の試験であった。
斬術、白打は特に実力の個人差が激しいため、大体違う学級にいる同じ技能レベルの相手と模擬試合をする試験であった。
この二つは武道の流れを引いていることもあり、勝敗だけではなく、各々が使った技の構成、威力、試合後の相手への心がけなど精神力も見るため、勝負に勝ったからといっていい評価を貰えるとは限らない仕組みになっていた。
この試験の仕組みはきちんと全学院生が貰う試験概要書類にしっかり明記されているが、皆あまり真剣に読まないため、ある意味試験を勝ち抜く抜け穴になっていたのだ。
「えぇーそれでは斬術の試験を始める。まずは男子一班から。各々準備を始めよ!」
広い武道場に一回生ほぼ全員が集まり、上の観客席で試合を見ていた。
一班には射場の他、派閥の仲間も数人いた。
そして主犯格の貴族達も数人いた。
これは正面衝突待ったなしである。もうバッチバチに火花を散らしているのだ。
射場の顔は特に恐ろしいものだ。現世の極道の親分に匹敵する鋭い眼光を感じ取った隼人は、恐ろしくも非常に頼もしく感じた。
「はじめ!!」
斬術主任の先生の合図で試合が始まった。
斬術で最も優秀な院生たちの班なので、一体どんな熱い戦いが待っているのかと皆盛り上がったが、想像以上の物であった。
特進学級生の圧倒的な力による蹂躙。
射場による秘密特訓を受けた彼らは、足払い、殴る蹴るなどの木刀以外での攻撃といった、ルール違反も甚だしい貴族達の搦め手をも物ともしない強さを見せつけた。
「何じゃ?他んとこの奴らはこがいに骨のない奴らしかおらんのか!情けないのう!!がーっはっはっは!!!!」
相手の策そのものを潰して勝負に勝つ。動きも技の構成も見事であった特進学級生は貴族たちに完全勝利したのだ。
もちろん試合後の相手への気遣いも形だけ行ったが、プライドが許さなかったからかそれを撥ねつけた貴族には先生からの厳重注意が下されていた。
いい流れだ。しかも観衆たちも貴族たちの言動に不満を抱いていたからか自分たちを応援してくれていたようだ。場の盛り上がりは最高潮に達していた。
一方隼人自身の斬術と白打の腕前は院内でもギリギリだったので、最後の方で貴族たちに当たることはなく、彼らの注目を集めずひっそりと終わらせることができた。
別に悔しいなんて思ってないからな!!
それからも試験は進んでいき、この日の最後は女子の白打試験だったが、ここでアクシデントが起きた。
「がぁっ!!!!!」
「ちょっと大丈夫!?結構血出てるけど・・・。」
勇音の友達が貴族から深手を負ってしまった。
華奢な彼女に当たったのが体格のしっかりした小太りの女子貴族だったせいで力負けしてしまった。さらに審判に見えないルール違反を何度もされたためボロボロになっていたのだ。
試合はここで終わり、ケガをした彼女の敗北だったが、相手はさらに一枚上手だった。
「あらごめんあそばせ。わたくし力加減を間違えてしまいましたわ~。でも・・・。」
勝者の貴族は普段見せない凄みを含めた声でしっかりと彼女を侮辱した。
「流魂街から来た貧乏人のクセに生意気してんじゃないわよゴミが。臭いのよアナタたち。」
「・・・・・・!!!あんたねぇ!!「止めましょう!悔しいですがここで争ってはいけませんよ・・・。」
勇音の仲裁のおかげで何とか大事にならずに済んだ。
いくら理不尽にやられ、相手から侮辱の言葉をかけられても絶対に挑発に乗ってはいけない。
ここで喧嘩になると試験という場を超えた戦いになるため、権限を持つ貴族には絶対に勝てない。
それにやられた女子生徒の傷は勇音が習得したての回道では到底治せるものではなかった。
射場たちの頑張りを無駄にしないために、彼女は何とかして怒りの気持ちを抑え込んだ。
医務室に運ばれた彼女は傷跡が残るほどの深手では無かったが、それでも学級の皆を憤らせるには十分だった。
「なぁ!やっぱりもう耐えられねぇよ!こんな酷いケガまでして耐える意味あんのかよ!」
「そうだわ!今すぐにでもあいつらに復讐を「今日は我慢しよう!!」
「何でよ・・・!あたしもう我慢できないわよ!!!友達傷つけられて何にも仕返しできないなんてふざけてるわ!!」
彼女の言うこともいたく理解できる。隼人だってしがらみがなければとっくの昔に復讐している。
皆に助けを求めることだってなかった。
「今日はって・・・どういうことですか?」
不審に思った勇音が問いかけてきた。
今日は大した活躍も無かったので皆の前で意見を言う資格もないと隼人は考えたが、残りの試験を考えるにこれだけは今言っておかないといけなかった。
「何故今日なのかの理由は・・・。今日が最も危険なものに分類される技能の試験だから。明日は午前中が歩法と現世教養の筆記試験で午後は尸魂界教養試験。明後日の最後は鬼道の試験。歩法は学級ごとの試験だから奴らにかち合うことはないし、言わずもがな筆記試験も。それに・・・。」
平子や京楽のような邪悪な笑みをこぼしつつ、隼人は熟読した試験概要書類の抜け穴を突いた。
「鬼道の試験の評価項目に対戦相手への配慮は明記されていないはずだよ?」
瞬間、皆刮目し顔色が一気に変わった。
鬼道の試験も斬術や白打と同じく実力の拮抗する者達が班分けされて、なるべく違う学級の者と模擬試合する形式をとっていた。
しかし鬼道の試験は成長度を見る観点として技をちゃんと制御する力、戦術を構成する力、そして相手の鬼道にしっかり対処する力を重視するため、対処できない場合順当に評価が下がってしまうのだ。
そのため、たとえ新入生でも相手への気遣いなど考える必要はない、というのが霊術院での規定らしい。
また隼人みたいに鬼道がやたらと強いという院生はかなり珍しいため、規定が追い付いていないという理由もあった。
この規定を読んだとき、容赦ないなぁ他二つと統一しろよと隼人は不満に思ったが、まさかこんな形で役立つとは思わなかった。
要するに、今日我慢すれば明後日は本気でぶっ潰して構わないのだ。
「僕もさっき休憩時間に要項読んでた時に気付いたんだよ。だからあいつらも気付いてないはず。それに試験の対戦表見たら僕の相手は名前から推測するに多分奴らの大将。いつもの鬼道の演習は全く本気出してなかったからいい機会だし明日は本気出すつもりでいるんだ!皆で一泡吹かせてやろうよ!!」
隼人の提案に最初は皆黙っていた。
いくら本気で潰せるといっても、皆の良心がストッパーになってしまうようなやり方だからだ。
それにこのやり方は中途半端に終わらせると逆に貴族から恨みを買うことになる。
やるなら徹底的に特攻をする。まさに背水の陣だ。
このやり方に最初に賛同したのは、やはり先ほどケガをした女子生徒であった。
「やろう・・・。私あいつ許さない。流魂街出身だからって馬鹿にして。あんな奴が死神になったらロクなことにならないよ。」
彼女の決心が功を奏し、皆も次第にやる気になった。
それでも尻込みする者もいたが、皆の気持ちを一つにしたのは、鬼道が苦手な射場の一言だった。
「儂はおどれらに任す。・・・・・・頼む・・・・・・。」
男気溢れる射場の誠心誠意の頼みを断れる者など誰もいなかった。
ためらっていた一部の者もやると言い、明後日の戦いに向けて皆闘志を燃やした。
翌日の歩法試験、筆記試験全てが終わった後、隼人は外出届を出し、久々に霊術院の外に出た。
向かった先は二番隊隊舎の近くの四楓院邸。
目当ての人物を見つけた隼人は恥をしのんでお願いし、稽古をつけてもらった。
門限の時間ギリギリまで練習し、帰ってからアドバイスを元に明日の鬼道の戦術を練った。
そしてその翌日。
一回生全員が第一演習場に集まり、男子一班から準備をするよう言われた。
推測通り相手は嫌がらせしてくる貴族の大将だった。
確かあいつも鬼道は得意だったはず。
だからこそ感じるのは完全にこちらを侮っている雰囲気だった。
自信満々の邪悪な顔。下卑た者を見るかのような黒く澱んだ目。
ニヤリと笑うその口元は見る者を竦ませるような冷たい圧を感じる。
果たしてその顔もいつまでもつのかなと対戦相手の隼人は油断せず考えていた。
あらゆる敵の行動パターンを考え、それに対する死角のない戦い方を考え、万全の態勢を整えた。
ようやく本気で鬼道を使える。演習場を壊そうがそんなもの知るか。
試験が始まってから今まで活躍できなかった分、取り返すために隼人は闘志を燃やした。
「それでは・・・はじめ!!!!」
鬼道の主任の先生の合図で始まった。
気に喰わない奴だった。
入学前から数多くの隊長と馴れ馴れしく話し、仲良くしているのが。
そして彼らに戦いの基礎を鍛錬で教え込まれ着実に成長していたのが。
何よりもいけ好かないのが、自分と同じで鬼道を得意としている所だった。
下級貴族の子弟である彼は、親から優秀であることを求められ、日々厳しい鍛錬をこなしていた。
何度も叱られ、投げ出そうと思う度に弱い奴だと親からけなされてきた。
それでも鍛錬を重ね、入学試験では我ながら素晴らしい出来だと思った鬼道を試験官に見せつけることができた。
だが、かねてから望んでいた、『特進学級への入学を認める』の文字は、合格通知書に書いていなかった。
『特進学級にも入れないだと!!恥を知れ!!』
『秋には必ず特進学級に入ることです!!不可能なら二度とこの家の敷居を跨ぐのでない!!!』
見栄しか張らない親にいつものように叱られ、耐えかねて家を出た後に、彼は地獄に落とされた気分になった。
『ゆ・・・優秀・・・!!!!よっしゃ~~~~!!!!!!』
聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
その方角にあったのは、『九』の数字が書かれた建物。
まさかと思い隊舎の入り口の見える場所で見張っていると、出てきたのはいつも隊長に囲まれたあの少年。
小走りでどこかに向かっているその少年はいかにも幸せそうな顔をしていた。
俺が必死になって手に入れようとした物が・・・あんなずるした奴に奪われた・・・?
俺はあんな見るからに卑しそうなガキに負けたのか・・・!?
貴族である自身の誇りを完膚なきまでに打ち砕いたあの少年を殺してやろうと考え始めたのは、その時からだった。
それから貴族の少年は、自身の権限を使い隼人への嫌がらせを始めた。
拳西が引き出しに入れていた隼人の入学書類を九番隊隊士の一人を脅して廃棄書類の所に混入させ、白に捨てさせて罪を擦りつけた。
制服の採寸の際のデータを改竄し、見当違いなサイズの物を送り付けた。
些末な嫌がらせだが、その際に困り、焦る彼ら二人が非常に滑稽であり、愉快であった。
入学後はすれ違いざまに悪口を言い始めた。
親しい貴族達は「近寄るな」「汚らわしい」などの言葉だったが、激しい憎悪を抱いていた彼は、「殺すぞ」「死ね」などの、より攻撃的な言葉で追い詰めていった。
そろそろ直接的行動に移し、さらに苦しめてやろうと考えていた所で、絶好の機会がやってきた。
特進学級生の現世実習。
千載一遇のチャンスだった。いかにしてあの少年を苦しめようかを必死に考え、数人の貴族と共に行動に移した。
気弱そうな教員を脅迫し、隼人の草履だけを回収した。
そして特進学級生の教室に入りロッカーの鍵を鬼道で壊し、中の教本全てを破壊し、誹謗中傷の落書きをした。
草履も破壊してゴミ箱に捨てたところで、実習に行った彼らが帰ってきたとの報告を受け、教室の様子をこっそり見ることにした。
嗤いが止まらなかった。
同期に血相を変えて怒り、もう耐えられないと言って幼児みたいに大声で涙を流す姿が哀れでしかなかった。
だが勝ちを確信した彼はその後の学級が団結した様子を見ずに帰ったため、数日後仲良くなったあの学級全体を見て腹が立ち、今度はあの学級全員を貶めるためにこの試験まで研鑽を積んできたのだ。
初日は射場達に最初やられて怒りを抑えられなかったが、女子の貴族が復讐を果たしてくれた。
そして今日口囃子隼人と直接対決する。
今までの演習の様子を見ていると、鬼道を得意としていると聞く割に、自分より実力があるようには思えなかった。
なのになぜ特進学級に入っているのか余計に理解できず腹が立ったこともあった。
だからこそ今日は完膚なきまでに潰す。
あの日自分が味わった屈辱をこいつにも味わわせてやる。
「それでは・・・はじめ!!!!」
遂に直接対決が幕を開けた。