「それじゃ、何か言い残すことはあるかい?」
一番隊舎前。
『無間』から出獄させていた藍染惣右介の再収監に、口囃子隼人を含めた隊長全員と、一部の副隊長が万が一に備えて立ち会う。
京楽の発した言葉は場合によっては藍染の計略にもなり得るため、いざという時は何らかの手段で口を塞ぐことも考えている。
それでも、今の藍染なら鬼道は使えるし、下手をすれば浦原喜助が作った封印架を自力で壊す可能性もあった。
それを防ぐ為に、あの時藍染の霊圧に干渉して妨害した隼人はこの場にいなければならない存在であった。
しかし同時に、藍染が何か隼人の心を乱す発言をする危険性もあった。
薄らいでいく死の匂いの中、藍染は何を思うのか。
京楽の言葉に、藍染は不敵な笑みを返す。
「残念だが、言葉を残す価値のある者はここに居ない。京楽春水、君も含めてね」
その言葉に、警戒心を崩さずにいながらも藍染の上司だった平子は心の内で理解を示す。
同等か、それ以上の立ち位置にいる存在で無い限り、今の藍染は興味を示すことも無いだろう。
それでいて、口囃子隼人に対しては、藍染自身の持つ強い敵意から決して近い立ち位置にいる事は認めない。名前を上げずにいるのは、矜持とも片意地ともとれる言動だ。
「もう少し黒崎一護と語らいたかったのだがな。浦原喜助が気を回したか」
「一護クンは元々部外者だからねぇ。それに、何か彼に話す事があるとしたら、もう済ませてあるんだろう?」
スゥ・・・と藍染の目が鋭くなるが、京楽は傷の無い左目で藍染を見下ろすだけで、一切の感情を伝えようとしなかった。
「じゃあ、行こうか。刑期を終えた後、君が尸魂界の味方である事を祈るよ」
「心にも無いことを」
無間の鍵を心臓に埋め込んだ京楽が先行する形で、刑軍の面々が滑車のついた封印架を後ろからゆっくりと押していく。
ここまで素直に総隊長の言動に従い、自ら無間へと向かって行く事を意外に感じる者も少なからずいたが、それは今の総隊長に個人的な思いがあるのか、それとも現在の瀞霊廷にいるより、無間で囚われている方が有益なのかは考えた所で誰にも分からない。
そもそも藍染の思考を理解出来る者など、いるかどうかも分からないが。
色々考えていると、気付いたら藍染が隊舎の中へと入っていく所まで来た。
今は目の前に集中しないとと気を引き締め直した隼人は、明後日の方向から響いた怒声に過剰にびっくりしてしまった。
「巫山戯るな!」
思わずその方向に顔を向けてしまう隊長格もいる中、何してくれているんだと苛立ちを見せる隊長格もいる。
よく通る声は、修兵のものだった。分別のつく男が、ここまで気を荒くするのは珍しい。
東仙の事を備えて修兵は藍染移送に関わる別の任務に就かせたにもかかわらず、何故此処に来たのか。
とは言えここで拳西が大声を上げるのは得策ではなく、焦りながらも背中をトントンと優しく叩く隼人の取り計らいによって一旦は怒りを鎮める。
落ち着かせるように何度も無言で頷いているのを見れば、いくら短気でも気持ちは抑えられる。
「東仙隊長が・・・お前の言葉なんかで信念を曲げたって言いたいのかよ・・・」
「妙な物言いをするな、檜佐木修兵」
京楽が窘めようと口を開き一度は落ち着きを見せるものの、饒舌に口を開き始めた藍染によって、簡単に修兵の律した心は崩れていく。
ダメだ、どうあがいても藍染の方が上手だ。
一連の会話を聞いていると、終始藍染のペースに乗せられて玩具のように修兵の心が搔き乱されている。
周りの隊長格も、むやみやたらに藍染の言葉を引き出そうとする修兵に表情で怒りを表している。
雛森や乱菊は、見ていられずに目を背けていた。
「君達も、いずれ知る時が来るだろう。この尸魂界が・・・死神というものが、如何に危うい幻想で形作られているのかという事を」
「・・・・・・そこまでにしようか。君にしては口数が多い」
そして藍染を移送させようとしたが、納得のいかない修兵はこの場を取り仕切る京楽にまで我儘じみた事をぶつけた。
「待って下さい!藍染の奴が一体何を言おうとしているのか聞くべきです!!」
ここまでして自分の事を押し通そうとする修兵に京楽は目を丸くして驚いたが、怒りの限界を迎えた砕蜂が、修兵の背後に回り込んで片腕を捩り上げる。
同じく舌打ちして怒りの限界を迎えた隼人が修兵の前に立ち、
「うるせえよ。少し黙ってろ」
調整を施した白伏を修兵にかけて、喋ることが出来ずに意識だけ残した状態にして身動きを取れなくした。意図せぬ連携だったが上手くいったようだ。
「ほう、意識を残した白伏か。私との問答を避けつつ、私の言葉を檜佐木修兵が受容できるようにしたか」
藍染の言葉を無視し、隼人は持ち場に戻る。
そこからは藍染の一人語りが続いたが、死神達への影響を懸念した京楽の取り計らいで、すぐに無間へと運ばれていった。
藍染の言葉は基本的に信用など出来ないものばかりだが、それでも引っ掛かるものはあった。
“如何に強い決意を身に抱こうと、単なる感傷で強者を屠ることは出来ない”
“血肉と魂を贄にして足掻く事が、真実を見通す上では必要だ”
この事を嘘っぱちだと捨ててしまうのは、精神が未熟な隼人には出来ない。
そもそも空座町では、単なる感傷で藍染に挑んていたようなものだ。
京楽が無事に無間から戻ってきて報告を受けてからも、ずっと頭に蟠りのように残り続けていた。
*****
午前中に藍染再収監に立ち会った後は、ご飯を食べて新隊舎へと向かう。
数日で出来た新しい隊舎は、非常に簡易的なプレハブの事務所みたいなものだった。
引き戸を開けようとしたが鍵がかかっていたので、まだ伊江村は来ていないのだろう。
中に入って備品整理をした後にグダグダしていると、少しずつ感じられるようになってきた霊圧が近づいてきて引き戸が開く。
「おはようございます、口囃子隊長」
「伊江村おはよ~」
「・・・もう少し気の入った挨拶にして頂けないでしょうか」
一護のいる中で説得した翌日に京楽の許を訪ねて伊江村の副隊長昇進に関する話をすると、とんとん拍子で話が進み、仮契約として伊江村は七番隊副隊長となった。
その前には緊急任命で四番隊の隊長となった勇音が妹の清音を副隊長にしてくれと頼んで承諾したのもあるが、彼自身もここまで新体制の一部が早く決まるとは思ってもいなかったようで、少し嬉しそうな顔だった。
だが、現在は怪我をした隊士の治療も必要であるため、ある程度の目処がついて以降は、午前中は四番隊で治療を行い、午後は新七番隊で副隊長業務をこなすこととなった。
その“ある程度の目処”がついたのが昨日であり、今日が伊江村にとって七番隊初出勤だったのだ。
それなのに、新たに上司となる死神は、自堕落にもデスクでだらだらしている。眼鏡も思わず光る。
幸先の悪いスタートが不安でしか無かった。
「改めまして、副隊長に任命されました、
「仮だけどね。よろしく~!じゃあ早速お仕事をお願いしたいんだけど・・・」
隼人がどこからともなく取り出したのは、戦争前に作られていた今年の護廷十三隊全席官名簿と、一~四に分けられた、途轍もなく分厚い全隊士の名簿だった。
「この中から気になった子選んで。そこから席官候補決めるから」
「えっ・・・これを、全員ですか!?」
「今の段階で亡くなっている死神はすでに×書いて除外してあるから・・・4000人かな?でも経験浅い子とかは最初から除外していいから、見るのは200人ちょいだと思うよ?僕も時々手伝うから大丈夫!」
いきなり無理難題を押し付ける上司に当たってしまい、余計に将来が不安だった。
だが、伊江村に任せたのには勿論理由がある。
「伊江村なら、中立に見られるでしょ?僕だったらどうしても偏っちゃってバランス悪くなっちゃうと思うんだ。ほら、僕鬼道しか出来ないし」
「あぁ・・・成程。ですが私も回道しか出来ませんし、斬魄刀も鬼道系ですよ?」
「性格だよ性格。伊江村は僕の数億倍きっちりしてるからさ~」
「だったら貴方がもう少しきっちりすれば・・・(怒)」
「何?」
「いいえ、何でも。承知致しました」
「ありがと~!伊江村が見つけた人を基にして直接2人で交渉に行くからよろしく~」
と言うと、隼人は壁に置いてあるカラーボックスの中から1冊の本を目の前に空間転移させ、挟んでいた栞のページから読み始めた。
全く別の事を始める隊長の姿に、えっ、ちょっと、仕事やらないで読書!?はぁ!?と苛立ちを強めたが、勿論これにも理由がある。
「あの~・・・その本は・・・?」
やんわりと棘のある口調であることを意識しながら問いかけたが、意に介さず、というより全く伊江村の意図に気付くことなく気楽な様子で答えた。
「んーと・・・これは、経営学?とかいう現世の本なんだけど」
本を読むように頼んだのは、総隊長だった。
『山じいも卯ノ花さんもいなくなった護廷十三隊をどう強くしていくか・・・当然、みんなが今まで以上に鍛錬して力をつける事が大事だとは思うけど、ボクは組織として強くなることが必要だと考えている』
『はぁ・・・』
『色々、変えていこうと思うんだ。時代に合わない昔のしがらみを無くしたり、現世にある新しい知識を積極的に取り入れるつもりさ。新しい隊長になった君には、四十六室の阿万門筆頭司書と共に、復興と改革を推し進める中心の存在になって欲しい』
勇音は四番隊の隊長であり、現在のような有事の際には他の仕事を投げうってでも治療に専念してもらう必要がある。
自分に白羽の矢が立てられた理由は簡単に理解できた。
『だから君は、取り敢えず半年間は知識を吸収することに集中して欲しい。新たな護廷十三隊・・・いや、尸魂界を作る為に必要な知識だ。本当は現世の大学にでも行かせたい所だけど、今の状況で隊長を三人も空席にはしたくないからねぇ』
『人別録管理局の仕事は・・・?』
『暫くは休止してもらう。もっと復興が進んで、色々とはっきりしてから一気にやる方が効率いいと思うからさ』
『なるほど・・・』
そして、何処から取り寄せたのか分からない、紙袋2つ分にぎっちり詰まった大量の本が渡された。
浦原かリサに頼んだのかもしれないが、何十冊もある本は持ち帰るだけでも苦労するだろう。
病み上がりの中、恐るべき仕事の速さは驚嘆する程だ。
『先ずはこれを全部読んで欲しいんだけど、これからどんどん護廷のお金で本を買うから、全てくまなく目を通して沢山知識を蓄えるんだ。君が思い描く未来の尸魂界がどう在るべきか、現世の新しい知識の観点から考えて欲しい。ボクみたいなおじさんより、若いキミの目線が必要だ。任せてもいいかい?』
こんな立派な役割を、隊長になりたての頃から任されるとは。自分が思っていた以上に期待されていることに身が引き締まる。
おとぼけミスこそたまにしてしまうが、基本的に仕事は人並みに出来るのでその力を買っているのだろう。
『何と・・・こんな大仰な役目を僕がやっていいのでしょうか・・・』
『キミにやって欲しいんだ。彼女はもう動き出しているから、途中から加わって欲しい』
『おぉ・・・』
伊江村の事を全くもってバカに出来ない程には乗せられている。
京楽の期待にしっかり応えたいという思いは勿論あるが、新しい尸魂界を作るために自分が中心となるのは、これからの護廷十三隊の礎を築くことであり、俄然やる気が漲ってくる。
『是非・・・やらせて下さい。完遂してみせます!』
『良かった~・・・キミに断られたらどう説得しようかと・・・』
どのみちやらせる気だったんかい!と思ったが、尸魂界のその先を考えることは純粋に楽しくもあり、困難でもある。
かなり重たく、やり応えしかない仕事に向き合うのは初めてで、不安と楽しみが綯い交ぜになりながら、素晴らしい結果を残せるように決心したのだった。
「伊江村がこっちに来るように京楽隊長に進言した時に僕だけ残ってって言われたじゃん。その時に任されちゃったんだー。だから頑張らないと!」
「そういう仕事こそ、私がうってつけでは無いのですか・・・・・・、いえ、素晴らしいですね。私も是非お力添えさせて頂ければ幸いです」
「手が必要になったらね~」
お互い分厚い本ににらめっこする日々から、新七番隊の仕事は始まったのだった。