真央霊術院五回生になり一月が過ぎた頃。
午前中に初夏のみずみずしい空気が窓を開けた院内に流れ込む中、隼人は鬼道の演習場で藍染とのマンツーマンレッスンを終わらせたところだった。
「いいね。大した腕前だよ。八十番台の鬼道も改善の余地はあるけれど大分形になってきている。是非とも僕達の隊に来てほしいね。平子隊長も歓迎するはずだよ。」
「えーでも五番隊って一番隊に次いで優秀な人材の集まる隊じゃないですか。僕鬼道だけなのであそこではやっていけませんよ・・・。」
「それはたまたまだと思うけど・・・。」
藍染がちょっと残念そうな顔をしたが、平子の隊に入るのは正直まっぴらごめんだ。
あのうるさい隊長とその腰巾着の十二番隊副隊長のやりとりはたまーーに見るのが丁度いいのだ。
拳西と白の喧嘩とはベクトルの違ううるささなのだ。
毎日見るのはさすがに我慢ならない。うるさすぎる。
藍染はまともなので大丈夫だが、隼人からしたらあの隊長についていってるあたりで相当変わり者だ。
むしろ何故五番隊で副隊長をやっているのか知りたくなった。
「そういえば何で藍染さんは五番隊に入ったんですか?」
「僕がかい?それは・・・。」
一瞬何かを考えたように見えたが、その後何の素振りも見せず模範解答を隼人に示した。
「平子隊長がとても信頼できる人だなって思ったからだよ。」
「結局そういう感じですか。でもいいなぁー。僕拳西さんしかそういう心から信頼できる人っていうのがいないんですよ。京楽さんとかは何かちょっと違う感じの信頼ですし・・・。」
「一人でもそういう人がいるなら十分だと思うよ。気が向いたらぜひ僕の隊も考えておいてね。」
ちょっぴり押しの強さを感じたが、やっぱり五番隊は厳しいかな、すみません!と隼人は藍染の誘いを心の中で断ることにした。
そして今日は浦原が院生に対する実験目的で来ると聞いていたので、藍染が自隊の仕事に戻った後で手伝うことにしたが、今回もなかなかに酷い有様だった。
「あぁはいはいはい!!!色々機材あるんで通してほしいっスねぇ~~。皆サンそんなにボクが見たいんですか~~!?」
「キャーー♡♡私一瞬浦原隊長と目合っちゃった♡」
「私一瞬手触れちゃったわぁ♡♡もうめっちゃカッコいいじゃん!!!」
「たまんないよね男の色気♡♡♡アタシ昨日夢で・・・・・・・・・/////いやぁーーーん♡♡♡」
「ちょっとなにそれずるいわよ!!いいなぁ夢に浦原隊長出るの・・・。」
数多くの女子生徒が出待ちをするほどの人気っぷりであった。
なぜこうなったのかというと、事の発端は隼人が二回生になった年にあった。
当初は無精髭を生やし入学式で総隊長の式辞の最中に寝てしまうなど、だらしない隊長と思われ女子から見向きもされなかったが、二年目に院生のカリキュラム再構築のための実験を行うために来院した際に事件は起きた。
とある六回生の女子生徒が教室移動で急ぎ走っている時、たまたま階段で滑って転びそうになったのだ。
「きゃっ!」と言っても別に踏ん張れるわけでもなくそのまま後ろに転び大怪我しそうになったが、たまたますれ違った浦原がお姫様抱っこをして助けてくれたのだ。
『危なかったっスよ~。お怪我はありませんか?』
『あっ・・・ありがとうございます!わざわざすみません・・・。』
『それじゃあ・・・。』
と言って去り際に、今となっては余計な一言を耳元で女子生徒に囁いてしまった。
『お気をつけて。お転婆なお嬢さん。』
こんなことを囁かれて思春期の女の子が落ちない訳がないのだ。
瞬く間に王子様の噂は広まり、浦原喜助の株急上昇である。
さらにファンを広めることになったのは、隼人が三回生の時に講演で来た時だった。
浦原自身が堅苦しいのをあまり好まないため、楽しい講演にしようと思い双方向の講演形式をとったのだ。
意識の高い院生から数多くの質問をされ全てに完璧な答えを示す浦原の姿に多くの女子生徒が惚れていく中、元々ファンだった女子が極めつけの質問をしてしまった。
『あの・・・どういった女性が好きですか!?あとどんな恋愛がしたいかとか教えてください!!』
『え~~!!これはなかなか攻めた質問っスね~~。答えないとダメっスか?何でも答えるって言いましたしダメっスよね~~・・・。』
逡巡した浦原はこれもまた今となっては完全に後悔しているが、面白がって焚きつける答え方をしてしまった。
『ボクの好きな女性のタイプは秘密っスけど・・・・・・昔はボクも火遊びをして・・・色んな美しい女性に・・・・・・あんなことやこんなことをさせたっスね・・・・・・。皆サンとても悦んでいましたよ・・・・・・。』
いくら何でも含みを持たせ過ぎたのだ。
思春期には刺激の強すぎる内容に想像力の豊かな女子生徒は皆興奮して堕とされてしまった。
そして有志によって真央霊術院浦原喜助ファンクラブが創られたのだ。
このムンムン漂う色気と決して私生活を明かさないミステリアスさが浦原を一躍人気にした要因であり、隼人が一回生の頃と比べると、実験参加の希望者は百倍程度まで跳ね上がったのだ。(主に女子)
そして彼女達は浦原とある程度の信頼関係を築いている隼人に対し激しい嫉妬心を抱いていた。
浦原と知り合ったのは50年程前なのでこれに関しては全くもって隼人は自分が悪くないと思っている。それ故普通に話しかけに行くが、それがさらに彼女たちにとってはいけ好かないらしい。
貴族みたいに嫌がらせをしてくることはないものの、院内で浦原と話しているのを見られた場合、必ず厳重注意を下されるのだ。
面倒なので反論はしないが、正直ファンクラブの女子相手は疲れる。
なので、浦原とお喋りする時は必ず実験場でもある大講堂を浦原が
「大変ですね浦原さんも。いくら何でも追っかけ多すぎですよ。」
「いやー思春期の女の子に対する心理学的実験をしたつもりでしたが・・・少々効果が強すぎたっスね・・・。」
「あれも実験だったんですか・・・。今日は何の実験やるんですか?」
いつも傍から見るとよくわからないことをやっているが、今日はかなり単純明快なものであった。
「真央霊術院の演習で必ず使う赤火砲を誰でも使えるようにするために教本の内容を改訂しようと思っているんスよ。鬼道の苦手な子はあれ使えないだけで院の授業が辛くなりますからね。」
「へぇー。じゃあ得意な人をたくさん集めた感じですか?」
「いいえ。その逆っス。二回生以上の各学年各学級で最も鬼道の成績が低い生徒を集めて一回赤火砲を打ってもらうんスよ。それで鬼道の得意な口囃子サンに簡単なコツでいいんで助言してもらって、どうすれば打てるようになるのか、その過程を研究します。六回生にはボクが助言しますよ。」
「はぁ・・・そんな上手くいくんですかね?」
「いかないからこうしてたくさん実験するんスよ。今日もよろしくお願いしますね。」
今日も、というのはマユリを連れて来られるのが嫌な隼人が実験の手伝いを申し出たため、毎回浦原の右腕として働いているからだ。
時々意図的に面倒な仕事を押し付けられるが、機械音痴だった隼人もひよ里には負けるが大分扱えるようになったのだ。
マユリが来てしつこい解剖の誘いを受けるぐらいなら浦原の右腕になったほうが何倍も楽だし。
ちなみにこのポジションにいる理由を知らないファンクラブの生徒からは何度も厳重注意を食らった。代われ代われと何度も言われるが、それでもポジションを代わるつもりはないし、浦原も認めないはずだ、と信じている。
「あっもし女の子から何か色々言われたらこれ使って下さい。」
「これは・・・浦原さんの写真ですか?そんな自分を切り売りする必要ないですよ。」
「そんなつもりないっスよ。」
浦原曰く、何の変哲もない笑顔の写真だが、包装フィルムから取り出し空気に触れると約十秒後には印刷が消え、ただの白い紙になるという。
明らかに現世の科学力を超えた代物だが、そんなものを他人をあしらうために生み出す浦原の頭脳が末恐ろしい。
「これ確実に売れますよ。すんごい値段で。商売しないんですか?」
「残念ですがこれも実験の一環っス。量産するにはまだまだ大変っスよ。」
これも実験かよ!というか毎日あらゆる事を実験にしていてよく飽きないな。
などと、研究熱心な浦原に尊敬と少々の気持ち悪さを感じざるをえなかった。
二時間目を使って実験が始まった。
「それでは始めまーーーす。榊サーーーーーン。二回生の榊サーーーーーン。」
いつも何故か四番隊の診察で呼ばれる呼び方なのが気になるが、直すつもりもなさそうなのでほっといた。
男子生徒だ。どうやら初めて隊長と直に接するからか、かなり緊張している様子だ。
よーしここは自分の出番!と思い意気揚々と緊張をほぐしにいったが。
「榊くんだよね?これは演習じゃなくて評価には関係ないから気にせず鬼道を打っていいんだよ?浦原さんも怖くないから大丈夫!!」
「いや・・・あの・・・。」
何だ緊張すると言うのも緊張する程か?と適当に考えていたら、
「口囃子さんみたいな凄い鬼道の上手な方に見られるのが・・・僕は本当に下手なので・・・。」
あれれ~~~~~!!!自分に緊張してたんかい!!!!
っていうかいつの間にそんな学内で噂になってたんだよ!?怖っ!!!
こりゃダメだと思い、早々に浦原に助け舟を出してもらった。
「ダメです。やっぱり浦原さんお願いします。」
「しょーがないっスね~~~報酬減額っスよ~~。」
「今まで一度も報酬貰ってないんですけど・・・。」
浦原のアドバイスを基に彼は赤火砲を普通に打てるようになった。
その次は女子生徒だったが、困ったことにファンクラブの女の子だった。
「浦原隊長をご指名します!!」
「ご指名って・・・。花街の飲み屋じゃないんだから。それにさっきの子は特例だよ。」
「何でですか!!私も浦原隊長に手取り足取り教えてもらって・・・・・・////」
「妄想はご勝手に。これ以上うるさくしたら出て行ってもらうよ。浦原さんと一緒の空間にいたくないの?」
「うっ・・・それは・・・。」
結局妄想にとりつかれている者には一緒の空間にいられなくなるとでも言えばいいのだ。
ちなみにこれは二番隊副隊長・大前田希ノ進が砕蜂を諫める際に使うテクと全く同じである。
もちろんこの子もなかなかに酷い腕前だったが、適当に助言したらすぐに出来るようになった。
お役御免。さようなら。
てな感じでまぁどうにかなるかなと思ったが、よりによって六回生の最後の子がファンクラブの現ボスだった。
名前までは隼人も浦原も知らなかったので、こうなってしまった以上対処するしかない。
浦原さん頑張って。
「あの!浦原隊長!!私どうしても上手くできなくて・・・・・・構え方とかも教えて頂けると嬉しいのですが・・・・・・。」
「そうですね・・・。しっかり足を開いて手を前にかざせばいいですよ。」
「口で言われてもわからないですよ~~。どうすればいいんですか?」
浦原からのボディタッチ待ちである。
あざとさ全開。よくそんなプライド捨てた行為できるな。
しかしやはり浦原の方が一枚上手である。
「じゃあ今からやるボクと同じ構え方をしてください。よーく見て下さいよ。」
決して一定距離よりも近くへ行かず、あくまで紳士に振る舞う。
女子生徒の打算的な策を見抜いた上で、変に好感度を落とすことの無いやり方をして何とか凌ぎ切った。
彼女の舌打ちが滑稽で面白い。
だが、構え方を見せたついでに赤火砲を実際に打つサービスショットを見せた。
これはまずいんじゃと隼人は焦ったが、彼女的にはそれでお腹いっぱいになったのかかなりはしゃいでおり、あとは浦原が的確な助言をして彼女も無事使えるようになった。
丁度二時間目が終わり、実験の参加者全員赤火砲を打てるようになった。
「は~~~い皆サンありがとうございました!!こちらお礼のお菓子です!ささっ皆サンどうぞどうぞ!!」
恒例のお菓子タイムだが、皆の顔は汚物を見るかのような顔だった。
「今回は雀部副隊長からもらったチョコレートを工夫しました!きれいな形でしょう!?」
確かに綺麗な形だ。全くもって精巧なゲジゲジの形のチョコレートだ。しかもかなりでかいヤツ。
こんなものを誰も手に取ろうとはせず、ファンクラブの院生以外は皆一目散に逃げ出してしまった。
ファンクラブの院生もいつ動きだしてもおかしくないぐらいのチョコを手に取った瞬間怖くなり逃げてしまった。
無理もない。隼人も慣れるまでに何年もかかったのだ。
「今回も誰も食べてくれませんでしたね・・・。残念っス。」
「何でこんな毎回悪趣味なんですか・・・。せっかく味は美味しいのに。」
「ただ美味しいだけじゃ面白くないじゃないっスか。驚きがないとつまらないっス。」
「これ皆に配ったらファンクラブなくなるんじゃね・・・?」
ゲジゲジチョコレートをモグモグ食べながら、隼人は簡単にファンをなくす方法があるじゃんと適当にひらめいていた。配る役目は絶対にやりたくないが。
実験後。
案の定ファンクラブの女の子から呼び出され、仕方なく厳重注意をされに行くことにした。
「何よ!!!今回も浦原隊長と仲良くしてたじゃない!!しかもめっちゃ近くで!!」
「あんな悪趣味なお菓子絶対口囃子くんが用意したんでしょ!!浦原隊長がそんなことするわけないもん!!!!」
「まさか!!口囃子くんって浦原隊長のこと好きなんじゃないの!?信じられない!!!」
おい何勝手に男色趣味にしてんだコラ。いくら自分がお近づきになれないからって僕をそういう趣味の人間にするな。つーか自分が女でもあの人とは付き合えねぇよ。
あとあんなお菓子命令されても作らねぇよ。作れねぇよ。いい加減現実見ろ。
本当に色々と言いたい事があったが、今回は浦原から秘策を伝授されたので披露することにした。
「だいたい貴方私たちのことわかってて「あーー!!!!こんなところに浦原隊長の激レアセクシー写真がーーー!!!!!」
「!!!!!!!!!」
フィルムを一瞬で剥がし写真を天井目がけて投げたため、彼女達は空中にある写真を取り合って喧嘩を始めた。
所詮ファンクラブとかいって徒党を組んでいた彼女らは、欲望を曝け出し怒号を飛び交わせていた。
「うがー!」だの「げぇあー!」だのみっともない叫び声が響き渡っている。
何たる体たらく。女の醜さ、甚だし。
そしてその写真は十秒近く経った後、ただの真っ白な紙に変わってしまった。
「ちょっと何よこれ!!ただの真っ白な紙じゃない!!口囃子くんどういう・・・って逃げられたわぁ!!!!」
「あぁーー怖い怖い。くわばらくわばら。」
逃げ切った隼人は心底安心し、昼食をとるために派閥の仲間の元へ向かった。