拳西が院で特別講師をした二日後。
隼人はいつも通りに朝食を寮でとり、いつも通り準備し、いつも通り登校した。
だが、その日は何故か朝から院内がバタバタしていた。
「・・・・・・長が中央四十・・・・・・!?」
「隊長格八名・・・・・・・・・で犠牲に!?」
先生達の雰囲気がいつもと全く違う。
皆張り詰めた雰囲気をしており、院生達に構っている暇がなさそうだ。
「何かあったんですかね・・・・・・。桐ケ谷先生に今日の講義予定を聞いても今はそれどころじゃないんだって撥ねつけられちゃいました。」
「何だろうね・・・。でも多分大丈夫だよ!大した事ないって!」
「私不安です・・・。ひょっとしたら五回生が昨日からやってる泊りがけの演習で事故とかあったらって思うと・・・。」
たしかにそれはありえるかもしれない。
自分達のいる間は演習中の事故が起きることはなかったので、それぐらいの事故が起きたのかもしれない。
見たことの無い先生達の焦燥の仕方なので、院内の事故対応に追われているのかなと隼人は簡単に考えていた。
そして、各学級の朝礼で一時間目は緊急臨時集会を行うと担任に言われて皆向かうことになったが、何故か隼人だけ担任から呼び止められた。
「口囃子、君は職員室に来なさい。学長から話があるそうだ。ついてきてくれ。」
「え・・・?あ、わかりました。」
いつもの担任の厳しさの中に優しさもある精悍な表情とは違い、少し辛そうな表情を浮かべているのが気になった。
何、一体何があったんだ?自分に関わる内容なのか?
職員室に向かっている隼人は心当たりが全くないため何を言われるかわからず、ただひたすら当惑していた。
周りの院生達が自分だけ先生に連れられ職員室に入っていくのを不思議に思っていたが、正直自分が一番不思議だ。
職員室は学長以外誰もおらず、皆臨時集会に立ち会っているそうだ。あえてそうしたらしい。
「おはよう、口囃子くん。」
「おっ・・・おはようございます・・・・・・。」
「今から学長室に案内するからね。申し訳ないけど、桐ケ谷先生は席を外してくれないかな。」
「はい。承知しました。集会の方に行ってます。」
何故担任の先生に席を外させたのか?そしてなぜ学長室に案内されたのか?
全てが分からなくなり、とにかく学長の指示に従うしかなかった。
「お茶は温かいのがいいかい?それとも冷たいのがいいかい?」
「・・・・・・・・・あの、何で僕だけここに「質問に答えてくれないかな?」
「あっ・・・・・・・・・えーと・・・・・・冷たい方で・・・・・・。」
十二番隊特製の冷蔵庫の中から冷えたお茶を出し、学長がわざわざ注いで出してくれた。
それだけなら普段客にもてなす行為と同じだが、学長の表情は依然として固いものだった。
「まず・・・・・・今から僕が伝えることは全て事実だ。君にとって辛いことだけど聞く覚悟はできてるかい?」
「僕にとって辛い・・・・・・・・はい。大丈夫です。」
だが、学長の言葉を聞き、自分の覚悟が甘かったことを思い知らされることになってしまった。
「順を追って話そうか。まず、魂魄消失案件の話・・・知ってるよね。」
「はい。」
「実はその調査のために一昨日先遣隊が出たんだけれど、彼らがその犠牲者となったそうなんだ。」
「え!?それって・・・。」
「
(!!!)
二日前に拳西から聞いた事件の痕跡とそっくりだ。
死神にも犠牲者が生まれてしまった。
そしてその犠牲者は拳西が前に言っていた九番隊の隊士だろう。
さっきぼんやりと先生の会話で聞こえた『犠牲者』という言葉はここからかと考えたが、話はまだ終わっていない。
「九番隊の藤堂六席が十二番隊に報告に来たらしい。それで副隊長の猿柿さんが現場に向かったそうなんだけど・・・。」
学長は口をきつく結んで目を瞑り、まるで余命宣告をする医師のような顔で隼人に最悪の事実を告げた。
「彼女が向かっている途中で六車隊長と九南副隊長の霊圧が消えたんだ。」
「は・・・・・・・・・?え・・・・・・・・・・・・?」
学長の発する言葉が全く理解できなかった。
「それから、鳳橋隊長と平子隊長と愛川隊長、矢胴丸副隊長と有昭田副鬼道長が現場に向かったそうだが・・・・・・・・・。」
「先に向かった三人の隊長格含め、全員が浦原喜助の虚化実験の犠牲となった。」
「え・・・・・・・・・・・・。」
もはや、学長が何を言ってるのかすらわからなかった。
ただの音にしか聞こえず、何も反応できない。
浦原が虚化という禁忌の実験を行っているようには見えないし、拳西ら隊長格がその実験に巻き込まれるとは思えないのだ。
第一詳細もわからない虚化と最近の事件に何も関係ないのではと混乱する頭で必死に考えていると、学長は見透かしたようにその答えを示した。
「魂魄の消失は虚化実験の失敗作だと思うね?」
(!!!!)
「ここからは僕の予測だけれど、おそらく虚化のためには強い霊力を持つ死神でないと不可能だと思うんだ。一般魂魄では形を留められないはずだよ?それに・・・。」
重ねて学長は中央四十六室から送られた判決文を見ながら、またも最悪な事実を打ち明けた。
「十二番隊舎の研究棟から虚化の研究と思しき痕跡が多数発見された、らしいよ。そして二番隊隊長が浦原喜助の逃亡を幇助したらしいね。」
もう隼人は何も反応できなくなってしまった。
だが、隼人にはさらに残酷な事実が待ち受けていた。
「実験の犠牲者は虚として処理されるらしいね・・・。」
「は・・・・・・?は・・・・・・・・・・・・?」
ここだけは隼人もしっかり聞き取ってしまった。
「虚って・・・隊長を・・・!?虚ってことは・・・・・・え!?嘘だ!!そんな訳ない!!!拳西さんたちが虚化なんてするはずない!今だって普通に隊舎にいるはずですよ!浦原さんが虚化実験なんてするはず・・・・・・!!嵌められたんだ!!!きっと誰かに嵌められたんですよ!!」
「・・・・・・やっぱり覚悟できてなかったみたいだね・・・・・・。」
学長は隼人の困惑と焦りの混じった顔で、昨日起きた忌まわしき事件のことなど無かった、決して信じないようにしていると見抜いた。
その後もまるで言い聞かせるようにそんなはずないと連呼しているのを見て、見るに見かねた学長は、隼人を休ませることにした。
「今日からしばらく休みなさい。学級の生徒達には僕が伝えておくから。」
「何でですか!?これから毎日院に行って早く死神になって成長して拳西さんと一緒に「休みなさい。」
「あ・・・・・・。」
学長は先ほどまでとは違い、とても優しい表情をしていた。
頭をポンと軽く触り、微笑みながら「今は休もう。」と学長に言われ、もう何も言葉が出てこなかった。
六回生は寮に一人部屋の選択権があり一人暮らしに慣れるためそこを選んだが、今はそれがかなり好都合だった。
ここ数日、一切部屋から出ていない。
誰とも話したくないのだ。
恐らく院に行くと誰かが虚化の事件について噂をしているのを聞いたり、自分に話しかけてくるかもしれない。
拳西達がいなくなったなどありえないと思っているが、実際事件の内容を受け入れつつある自分が嫌で、決して認めたくない。
現実を知るのが怖くて部屋から出られないのだ。
試験も近いのにこんな調子じゃまずい。拳西に怒られる。
でも拳西たちはもう尸魂界にはいない。いてはいけない。
こういった相反する考えばかりが脳内を駆け巡り押し潰されそうになったところで、意外な客人が寮にやってきた。
「口囃子くん!隊長さんたちが会いたがっているよ!」
寮のおばさんにドア越しに告げられたため、ひょっとしたら拳西たちかもしれないと思い一目散に一階に行くと、京楽、浮竹、海燕が待っていた。
「あ・・・・・・・・・。」
「やあ。・・・・・・ちょっと、外に出ないかい?」
何で京楽達がわざわざ寮に来るんだろう。何で拳西や平子じゃないんだろう。何で。何で。
気付いたら海燕に腕を引っ張られ、寮の外に出て川原に来ていた。
入学試験の日に浮竹と一緒に眺めた場所だ。あの時は昼間だったが、今は夕焼けできれいな眺めだ。
何でここに連れられたのか。外に出たなら九番隊に行きたい。
拳西と白に会いたい。
だが、京楽は自身も辛そうな顔で隼人にまた現実を突きつけた。
「リサちゃんも・・・いなくなっちゃったんだ・・・・・・。何でボクは昨日リサちゃんを派遣したんだろう・・・・・・。経験積ませるなんて言って・・・・・・何て酷い思いさせたんだろう・・・・・・。七緒ちゃんにも酷い思いさせちゃったよ・・・・・・。」
何でそんな辛そうな顔をしているの?どうせいつもみたいに笑ってくれるんでしょ?ねぇ何で?
何で浮竹さんは歯を食いしばって悔しそうな顔をしているの?
何で海燕さんはいつもみたいに笑顔じゃないの?何でそんなに怖い顔なの?
そうか、皆も騙されているんだ。
これは浦原さんの壮大なドッキリだ。
実験好きな浦原さんが皆を巻き込んで心理学の実験をしているんだ。
「大丈夫ですよ!これは浦原さんが仕組んだドッキリですよ!だから・・・皆・・・拳・・・西・・・・・・さん・・・も・・・・・・。」
言った瞬間、ついに隼人の心の奥に現実が突き刺さってしまった。
今まで知るのが怖かった現実を実感してしまった。
「そうですよね・・・・・・。もう・・・帰ってこないんですよね・・・・・・何で・・・・・・何でこんな酷い目に皆さんは遭ってしまったんですか・・・・・・?何で僕からあの人たちを取り上げるんですか?何で拳西さんは僕の前に現れてくれないんですか!?何で僕は拳西さんと話が出来ないんですか!?!?拳西さんと直接会って話したいのに何で出来ないんですか!?!?!?何で!?何で!?!?」
だが、そう問いかける隼人に京楽は最も残酷な言葉をぶつけた。
「
さっき寮の前で見せた顔とは全く違う、冷徹な顔を隼人に向けた。
海燕が京楽を止めようとしたが、浮竹の手が彼を制止させて、何も言えなくなった。
「虚化は死神が絶対に手出ししてはいけない禁忌なんだよ。だから実験をした浦原喜助も犠牲となった八人も全員罪人。禁術を使った握菱鉄裁も逃亡幇助した四楓院夜一もまとめてみんな中央四十六室で裁かれて監獄に入れられるだけさ。」
「・・・・・・何て言えたら苦労しないよ。」
その最後の言葉を後悔と自責の念でこもった表情で言われ、京楽も自分と同じぐらいショックを受けていることが何も言わずにわかってしまった。
京楽はもう何も言えなくなってしまったらしく、代わりに浮竹が今の隼人にやるべきことを告げた。
「隼人君、今すぐ君の自宅から必要なものを全て持っていくんだ。」
「え・・・?何でですか?」
「君の家は明日取り壊されることになってしまったんだ。せめて隼人君が卒業するまでは取り壊さないでくれって四十六室に請願したんだけれど、受け入れてもらえなくて・・・。ごめんね。」
「そう・・・・・・ですか・・・。」
四十六室はそんなことまでするのか。
初めて彼らに怒りが込み上げてきたが、いつも通りの表情で浮竹が伝えた言葉に、何故かひどく安心することになった。
「海燕が手伝ってくれるからたくさんあっても大丈夫だよ。」
「おう!口囃子!俺がお前の荷物たーっくさん持ってってやるから感謝しろよ!」
いつもは酷くイラつかせてくれる海燕の言葉も、何だか太陽のようで救われた気分になった。
海燕の瞬歩ですぐに家に辿り着いたが、家の前に来ると、また拳西がいなくなったことを嫌でも実感してしまった。
もうこの家に帰ってくることはないのだ。
「とりあえず俺は家の前で待ってるからな。忘れ物すんなよ!」
「はい・・・・・・。」
いつも通りの玄関を開けても、もちろんおかえりの返事がくるわけではない。
中に入り、茶の間を見ると、ちゃぶ台の上に瀞霊廷通信の最新号が開かれたまま放置されていた。
夏祭りにオススメの浴衣の特集頁だった。
数年前に夏祭りに行った時のことを思い出しそうになったが、寸での所で止めた。我慢できなくなる。
台所を見ると、洗い終わったと思しき食器が乱雑に重ねられ、水分を飛ばしている形跡が見られた。
これもたしか・・・・・・ダメだダメだダメだ。
目にはすでに涙を浮かべていたが逃げるように二階の自分の部屋に行き、前と変わらない様子に安堵した。
しかし、文机に飾ってあったものを見た瞬間、張り詰めていた心の糸がぷつりと切れてしまった。
それは紅葉狩りで撮った写真と、霊術院の試験でもらったお守り。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・!あああああああああああああああ!!!!!!!!!」
立つことすらままならず、崩れ落ちて慟哭した。
あらゆる皆との思い出が一気に蘇り、一つ一つが二度と戻らないものに塗り替えられていく。
もう彼らと一緒の時を歩むことは出来ない。
現実は想像以上に残虐だ。
自身を構成する物全てを壊された隼人は、精神が完全に壊れてしまった。
この事件に対して何も出来ない自身の無力感、そして行動したとして彼らが帰ってくるはずのないことを実感し絶望に陥る。
信じられない程深い心の傷を負ってしまった。
泣き疲れて放心状態になってからしばらく経ち、もう夜になっていた。
もう何も要らないや。このまま自分も死神になる前に死んじゃおうか。その方が楽かもしれない。
あの人達が虚として処理されたなら自分も死んで霊子になる方がマシだ。
絶望し自死を考え部屋を出ようとしたところで、外にいた海燕が二階の部屋の前で立っていたことに気付いた。
「海燕さん・・・・・・・・・。」
「持ち物は持ったか?」
「・・・・・・、もう・・・何も・・・、要らないです・・・・・・。」
虚ろな目だ。この顔はまずい。
一瞬で海燕が悟った後、隼人は思った通りの決心を打ち明けた。
「帰ったら死にます。我慢できません。止めないでください!あの人達のいない世界なんて生きていく価値ない!!拳西さんのいない世界で生きていられるはずない!!!もうこんなん死んだほうがマシですよ!!!!」
その後も色々と感情をぶちまけようとしたが、海燕に本気で殴られたため吹っ飛ばされてしまった。
倒れ込んだ後ぼんやりと海燕の顔を見ると、見たことも無いほどの怒りの表情を湛えている。
「オメーが死んで何になるんだよ!?それが六車隊長の望みか!?バカなこと言うんじゃねぇ!!んなクソみてぇなこと考えるならなぁ!!あの人たちを何とかして助ける方法でも考えてる大馬鹿の方がまだマシだ!!オメーはそれ以下だ!!!!!見損なったぞ!!!!!」
「え・・・・・?」
「いいか!?オメーはとにかく生きるんだ!生きてりゃなんとでもなる!そしてもしもあの人たちが戻ってくることになったらオメーがその架け橋になるんだ!こんなことで負けんじゃねぇ!!俺の知ってる口囃子隼人はそんな男だぞ!!!正気になれよ口囃子隼人!!!」
「え・・・・・・!?戻って・・・くる・・・?」
訳が分からなかった。虚として処理されるはずじゃ、もう二度と戻ってこないはずじゃ。
状況の整理が出来なくなったが、海燕はある秘匿事項を隼人に伝えた。
「浦原隊長たちは現世に逃げたそうだ。ヒラの隊士以下が知ったらまずいから誰にも言うなよ。」
現世に・・・・・・逃げた?
ということは・・・まだ死んではいない・・・?
「拳西さんは・・・死んでないってことですよね?」
「ああ。恐らく今はな。死んだって情報も流れてねぇよ。」
一筋の希望の光が差し込んできた。
今死んでないなら、浦原は虚化実験の実行者ではない。
「そうですか・・・・・・。今死んでないなら、浦原さんなら何としてもあの人たちを助けるはずです。」
「はぁ!?あの人が虚化実験を「たとえ実験をしたとしても、あの人は人の命をそんな無下には扱わないですよ。」
今まで何度か浦原の右腕として霊術院での実験を手伝ってきたから分かるのだ。
この人には人の命を弄ぶ実験ができない。
この人の実験は全て、皆の将来がより良いものになるためのものばかりだった。
それに、実際そんな危険な実験をするとしたら、こんな形でバレるとは思えない。
もっと周到な計画を立て、誰にもバレないようにあの人ならやるはず。
そしてあの人が万が一にも実験を行ったなら、何らかの方法で虚化の犠牲者は既に死んでいるはず。
やっぱり嵌められたと見るべきだ。それも、護廷十三隊の誰かに。
「京楽さんと浮竹さんに今から会えますか?」
「いっ今から!?」
「事件の詳細を教えてもらいたいんです。・・・それに応じて、入隊の場所を変えるつもりです。」
「あぁ・・・。わかったぜ!必要な物を持ってまずは十三番隊に行くぞ!」
何年かかってもいい。この事件を解き明かしてやる。
そして数多くの隊長格を追放した者に、正当な裁きを与えてやる。
決意を決めた後、隼人はこの思いを決して忘れないために、文机の写真とお守り、そして拳西が死神として尸魂界に戻ってきた際に渡すために、替えの隊長羽織を持っていくことにした。
先ほどの自死を考えて虚ろな目をした表情は姿を消し、復讐の決意に満ちた顔で隼人は自宅を後にした。
学長は禁書目録のカエル医者がイメージです。