八月五日。
目が覚めて隊舎に行くと、報告としてまた面倒な事態が追加されていた。
未明に三番隊隊長と十番隊隊長の衝突、それに合わせて三、五、六番隊の副隊長が脱獄。
結局昨日の隊長二人への仲裁は意味が無かった。
さらに涅マユリが旅禍にやられる、吉良の脱獄には隊長の市丸も関わっているといった未確認情報も流れてきた。
「そうですか。わかりました。仕事に戻っていいですよ。」
「はっ!」
伝令をしてきた隊士を仕事に戻し、今日も隼人は仕事をする。
といっても、今日は絶対に隊舎から出るつもりはない。
昨日の分の仕事が溜まっているなどの理由があるが、何よりも外に出ると面倒事しか起きないのだ。
昨日の悪運の強さは自分でもなかなかのものだと思っている。
昨日まともに隊舎に来なかった件を狛村にしっかり謝罪し、昨日の分含めた今日の職務をいそいそとこなしていると、悪運とは隊舎にいても引き寄せてしまうものなのか、三人の副隊長が七番隊にやってきた。
「こんにちは・・・。」
「あれ、勇音さんと七緒さんと修兵?めずらしい組み合わせですね。」
「俺は書類届けに来ただけっスよ。」
「私もです。七番隊への回覧と、あと隊長から口囃子さんに手紙を渡すよう頼まれたので。」
「私はちょっと・・・色々あって、今日休みを貰ったんです。」
旅禍騒動で斑目、阿散井、更木、京楽にやられた旅禍、そして死体となって運ばれた藍染の処置を二日ずっと行っていたからか、精神的に参っているようだ。
妹の清音にでも相談してろと思うが、十三番隊は今メチャクチャ大変だから清音に相談することも出来ないのだろう。
書類を届けに来ただけと言っていた修兵と七緒も気になったからか一緒に話を聞いている。
何かいつのまにか副隊長の溜り場と化している気がする。
自分合わせて四人分のお茶を出すと、当の勇音ではなく他の二人がずずずーーーーっと音を立てて飲んでいる。
アンタら意外と図々しいのな。
「まずまずといった所でしょうか。私としてはもう少し苦いお茶を出してもらえると嬉しいのですが。」
「俺はこれぐらい甘くてもいいと思うぜ?茶菓子に合わせるなら苦すぎるのも良くないだろ。」
自分が出したお茶の味で議論すんなよ。なんか恥ずかしいじゃねぇかよ。
そして修兵。テメェはさりげなく茶菓子所望すんな。
「わっ私は美味しいと思いますよ!」
ほら変な気遣いされた!
勇音に気遣いされてしまい面目が立たないので、仕方なく茶菓子も出すことにした。
「お!これ俺の好きな菓子だ!」と修兵がバクバク食い始めている体たらくはさておき(チョイスミスしてしまった)憔悴している勇音を一先ず何とかしないと四番隊の運営に支障をきたしてしまう。
「それで勇音さんは何故またここに?」
「ここ二日で急に重傷患者が何人も運ばれてきて、私達も色々大変だったんですよ~。しかも山田七席が朽木さんを助けるために旅禍に協力していたみたいで・・・。」
やっぱりか。数日前のあの様子からして協力していそうだとは思っていた。
しかしそこまで行動力があるとは。それなりに高い席次にいる席官が旅禍に協力など牢に入れられてもおかしくないはずだ。
話を聞いていた他の二人は驚きを隠せない様子だ。
「あの花太郎が旅禍に協力してたのかよ・・・!」
「意外と・・・度胸あるのですね。いつも怯えている様子なので人質にされてもおかしくないと思ってましたが・・・。」
何かちょっと失礼な感想を七緒が述べたが、勇音の心労も分からなくはない。
次から次へと運ばれていく重傷患者を治療するだけでも霊力を消費して大変な中、さらに席官が敵に協力していたと知れば衝撃で心の疲れもいつもより出てしまうだろう。
昨日あれだけで疲れていた自分が情けない。
「そんなに運ばれて来たんだ・・・。」
「はい。滅却師が運ばれてきたときは本当にびっくりしましたよ。」
「「滅却師が!?」」
七緒と修兵が身を乗り出してびっくりしていたが、個人的にはあの男も結局やられたのか、少し安心という安堵の気持ちが強い。
瞬歩に引けをとらない高速移動に何十本もの弾幕を張った矢の迎撃など今の実力で対処しきれないので変に当たらずに済んでよかった。
「滅却師って生きていたのか・・・。口囃子さん知ってたんスか?」
「えっあ、ああうん。昨日当たったの滅却師だし。鬼道だと相性悪いから逃げたんだけどさ、あの後結局やられたんだね。よかったよかった。」
「どうかしたんスか?何かえらく焦ってるようですけど・・・。」
「いやいやいや。大丈夫。うん。」
修兵に自分でもわかっていない何かを悟られそうになってだじろいでしまった。
滅却師の話をすると何かボロが出そうなのであまり話したくない。
二十年前の妙にイラつかせる才能に長けた(それでいてちょっと可愛いと思っている)滅却師の女の子を思い出して顔をしかめそうになるが、寸での所で抑えた。
とにかく過去のことで思い悩んでいる暇はない。今を考えねば。
「虎徹副隊長は明日は普通に業務に戻られるのですか?」
「はい、そうするつもりです。あまり隊に迷惑かけられませんよ。」
「わかるな~その気持ち。俺も隊に迷惑かけたくねぇって思うと休んでる場合じゃねぇって思うぜ。」
「だったら修兵くんは僕にも迷惑かけないようにしてくださると嬉しいですねぇ。」
「えっ?俺は口囃子さんに迷惑かけてるつもりないっスよ?」
こいつ無自覚かよ。ふてぶてしい奴だなぁ。
いや、逆にこちらが奴の意図を汲みすぎているのか?
そうだ、そうかもしれない。さっきの茶菓子も別に茶菓子を出してほしいから言ったわけではなく、ただ単に茶菓子という言葉を使っただけかもしれない。
でも一昨日のウインナーはさすがに図々しすぎるわ。やっぱ半分狙ってるな。
と完全に思考では勇音の話から脱線していると、地獄蝶の伝令が副隊長三人分まとめてやってきた。
「申し上げます!朽木ルキア殛囚の処刑の期日が変更となりました!処刑は明日行われることとなります!」
((((!))))
この伝令を聞いてから、女子二人は早すぎないか、という意見が出て、修兵はそれも決定だから仕方がない、と早速議論を交わしていたが、隼人が気になったのは
昨日京楽と話していたことが嫌でも思い出される。
『まるで誰かが思い通りに事を無理矢理進めているかのようにね。周到なまでの速さだったよ。』
周到なまでの早さ。今回もそれと同じなのだろうか。
そういえば京楽から手紙をもらっていたのだ。
隣にいる修兵が首を伸ばしてきたがしっしと手を払ってこっそり見てみると、
『明日は卯ノ花隊長と行動するんだよ。』
まさか処刑が早まることすら予想でもしていたのか。そしてこの手紙の内容から、京楽は卯ノ花にも話を通したことがわかる。卯ノ花も違和感に気付いたのだろうか。
直接話を伺いたいものだが、今日は決して隊舎の外に出ないと心に誓ったので、聞きに行くわけにもいかない。
というかこの人達ここに居座り過ぎじゃね?一人で考え込んでいるうちになかなか熱い議論を交わしている。勇音も来た時の憔悴っぷりは見る影もなく、元気を取り戻している。
「あのーー。議論を交わすならよそでやってもらっていいでしょうか?僕は仕事あるのでこれ以上はちょっと・・・。」
「あら、そうでしたね。もうこんな時間でしたか。私としたことがうっかり長居をしてしまいました。」
「やっべ!瀞霊廷通信の会議まであと少しじゃねぇか!」
修兵お前は何やってんだよ。ここで油売ってる場合じゃねえじゃん。
「私もお話してたら落ち着きました。口囃子さん、伊勢副隊長、檜佐木副隊長もありがとうございます。」
「いいってことよ!じゃあ俺は帰るぜ。口囃子さん!お茶美味かったっスよ!」
「私も失礼します。」
突然の来客に手厚い(?)もてなしをしたことで午前が潰れてしまった。
お弁当を作ってきたので射場から誘われた昼食の誘いを申し訳ないが断り、とにかく仕事を終わらせる。ここ二日の騒動が頭から一瞬抜ける程度には集中していた。
だが、やはり二日分もの仕事は一日で終わらせるのは大変だ。二日分やります!と狛村に宣言したものの半分以上は終わったが燃え尽きたような感じがする。
夜も更け、隊舎に隼人一人残って仕事をしていると、物音が聞こえる。
現世ならば「幽霊だ!」と言って騒ぐ人間がいるだろうが、ここは尸魂界。そもそもみんな霊なので必ず何かがいる。
積み上げられた書類がどんがらがっしゃんと全て落ちるのは絶対に嫌なので様子を見に行くと。
一匹の
(どこから入ってきたんだろう・・・。)
前に飼っていた四郎が亡くなった後、新たに狛村が五郎を連れて来て隊で飼っているため、動物には慣れているものの、何だか下手に触ったら怒りそうな雰囲気のする猫だ。
そもそも人語を理解できるかわからないが誰もいないのでとにかく大きめの声で話しかけてみる。
「ほら~黒猫ちゃ~~ん。ここにいたら危ないよ~~~・・・って、何やってんだろ僕・・・はぁ仕事終わらん・・・。」
話しかけてすぐに何か阿保らしくなってしまった。もういいや。
「言ってることわからないかもしれないけどとにかく書類に傷つけないで帰ってよ。ここにいたら五郎いるから危ないよ。」
しかし仕事に戻ろうとした隼人に猫は鳴き声で呼び止めてくる。
「何・・・かまってほしいの?ごめん朝に副隊長来たから今余裕ないんだよ。だから・・・」
話の途中で隼人は信じられない現象に直面する。
「百年程前のおぬしならそんな口を儂にきくとは思えんな。」
「は・・・・・・?」
黒猫が喋っている。
文字通り
もはや超常現象だ。聞いたことも無い。
「いや、何かの気のせいか。ごめんね、君から人の言葉が聞こえて「嘘ではないぞ。儂は現におぬしにしっかりと話しかけておるわ。」
「どぉうわぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
何だこれは。これは夢か。夢であってほしい。だが頬を引っ張ってもしっかり痛みがある。
紛れもない現実で黒猫が自分に話しかけてきている。
こんな超常現象が現実で起きているなど今までの出来事がひっくり返るレベルの衝撃だ。
「なっ何で・・・人の言葉を話しているのでしょうか?」
「決まっておろう。儂の能力じゃ。」
「いやそんな能力持った人聞いたことないですって。」
「そりゃあおぬしらには見せたことが無いからの。」
黒猫から聞こえる声はおじさんのような低さと渋さを兼ね備えたような声だ。
「しかし先ほどのおぬしの驚きっぷりは愉快じゃったのう!儂が喋って驚いた者の中で一番の反応じゃったぞ!おぬしはいつまでたっても儂の期待を裏切らない小童じゃ!」
「そっそりゃあびっくりしますよ・・・っていうか、貴方は誰ですか。」
素性を尋ねた途端、黒猫は一気に表情を硬いものにした。猫でもわかる程のものだ。
「おぬしは儂のことを誰にも言わぬと誓えるか。」
「えっ・・・。」
この時先ほどの影響でパニックになっていたせいで護廷十三隊の誰かという推測しか隼人は出来なかった。
こんな喋り方をする者は近いもので狛村か。
しかし狛村は決してこんな小細工じみた真似をする男ではない。
ならば京楽が化けたのか。
でも京楽なら影を使えば簡単にこちらを影の世界に引き込んで秘密の話をできるではないか。
「あの・・・そもそも貴方が誰か見当すらつかないんです。なので誓う以前の問題なんですよ。」
「いや、誓え。そうでもしないと儂は二度と姿を現すことはないだろう。そして儂はおぬしに伝えるべき情報を伝えられないまま、おぬしは真実に辿り着けず後悔することになろう。」
「・・・・・・、」
急に現れた黒猫のことを信じれと言うのか。
普通なら馬鹿げていると一蹴できる与太話だ。
「・・・、分かりました。誰にも言いません。誓います。」
「・・・・・・良い目をしておる。覚悟のある者の目になったのう。」
しかし黒猫と話しているとどこか懐かしい雰囲気を感じた。
まるで百年前に戻ったころのような。
それは旅禍が侵入してきた明け方に感じたものと全く同じだ。
「おぬしも成長したの・・・
(!!!!)
そう言って紫色に体を発光させた黒猫は煙を生み出しながら姿を変化させていく。
だんだんと大きくなり人型になった後、身の回りに纏っていた煙が消えていき、彼女の真の姿が明らかになった。
それは、百年前に歩法を教えてくれた女性。
狡賢くて、仕事をサボってばかりだったけれど、何度も遊び相手になってくれた女性。
「あ・・・・・・・・・あなたは・・・・・・。」
四楓院夜一。
全裸であった。
「服・・・・・・・・・裸・・・・・・。」
生まれて初めて女性のあられもない裸を見てしまった隼人は、顔を真っ赤にしてその言葉を最後に意識を失ってしまった。
「一護よりも初心な反応じゃったわ。先が思いやられるの。」