ヒーローに助けられた者のお話   作:気まぐれプリンセス

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世界

「東、せん・・・隊長・・・・・・!!」

 

 

修兵の声も虚しく、刀を引き抜きつつ東仙は修兵の身体を蹴り、なす術もなく修兵は地に落ちる。

 

 

「――卍解!!黒縄天譴明王!!!」

 

 

数ヶ月前まで部下であった男に対する残虐な行動を見て耐えられるほど、狛村も甘くはない。

ここまで来たら最初に告げた言葉から最大限警戒していた拳西も虚化して迎撃する。

 

今までの優勢さは完全に消え、虚化した東仙に二人とも押される状況に変わってしまった。

 

虚化によって高められた膂力が非常に厄介だった。

黒崎一護の天鎖斬月を思わせるような能力の上昇の仕方が、以前修行相手をしてやった経験として少し活きるが、東仙の戦い方は一護のものと同じなワケが無い。

 

狛村の卍解は巨体であるが故に動きが緩慢で、東仙に当てることすら出来なかった。

東仙の蹴りが狛村本体に入り、地面に叩きつけられると同時に黒縄天譴明王も倒れ込む。

 

拳西は中距離から断風の糸を放ち爆発させたが、対する東仙はその爆発すら厭わない捨て身ともいえる特攻をかけ、駆け抜けた速度の勢いのままに拳西にも蹴りを入れて地面に吹き飛ばした。

 

 

「皮肉なものだ・・・。あの半死神の少年も私と同じ虚化の能力を持っている。六車拳西ら仮面の軍勢は虚化しているというのに狛村は味方とみなしている。私がその力を手にする事が、何故蔑まれなければならない?」

 

 

東仙の疑問に対し、蹴りのダメージを霊圧で僅かに和らげた拳西が答える。

いつもの怒りとは違う、非難を込めた強い怒りの口調で。

 

 

「俺達も一護も虚化なんて望んじゃいねぇんだよ・・・!こんなクソ忌々しい力、喜んで俺達が使うかよ!!」

「だがその忌々しい力を使わねば貴方は私に勝てない。檜佐木のように死んでいてもおかしくない筈だ。そして。」

 

 

黒縄天譴明王ではなく、狛村本人が東仙を斬ろうと背後に瞬歩で移動し刃を振り下ろしたが、素手で弾かれてしまう。

(!)

 

 

「何故明王ではなくお前が直接斬ろうとした?」

「一度貴公と話をするためだ・・・。」

「・・・下らぬな。」

 

 

その言葉とは反対に、狛村の刃を払った東仙は距離を取り会話を続ける意思を見せた。

相手が友人であった故の、最大限の情けだろうか。

 

 

「何故貴公はその力を手にした・・・。何故、道を踏み外したのだ・・・!一体何処まで貴公は堕落してしまうのだ!!!!」

「堕落だと?」

 

 

虚化のせいで表情は分からないが、理解不能だと言わんばかりに東仙は狛村の理解の無さを咎め立てる。

まるで己の道に間違いはないと示すように。

藍染様の示す道が全てであるかのように、東仙は話す。

 

 

「死神から虚へと近づくことが何故堕落だ?六車拳西も同じことだ。お前の論理だと彼も堕落しているのではないか。死神と虚を正邪で分ける矮小な二元論に憑りつかれているからそのような戯れ言をお前は口にするのだ。」

 

 

対する狛村は、感情論で責め立てた。

 

 

「違う!!己の上司や仲間、友や部下を裏切ってまでも過ぎた力を手にしようとする事が堕落だと言っているのだ!!!貴公の身勝手な振る舞いでどれ程の者が傷ついたのか解らんのか!!!」

「身勝手・・・?」

 

 

「藍染様の進む道を私が支えることを・・・身勝手だと・・・?」

 

 

東仙の心に動揺と怒りの感情が生まれてできた隙を見計らい、拳西は断風の糸を東仙の左腕に絡ませて爆発させる。

虚化して強化された始解により、東仙の左腕は跡形もなく爆散した。

 

 

「ぐっ・・・油断したか・・・。」

「明王!!!」

(!)

 

 

明王の巨体が生み出す圧倒的な物量による、腕払いを寸での所で躱す。

態勢の立て直しに時間がかかっている間に、明王を複数斬りつけ、今まであまりダメージを受けていなかった狛村にも深刻なダメージを与えた。

 

 

「その巨体を傷付ければ、お前自身の体にも傷がつく・・・。何とも不便な卍解だな、狛村。巨体であるが故に動きも緩慢、私を傷付けられると思うのも愚かだ。」

 

 

狛村の卍解を評する東仙は、爆散した左腕を超速再生で修復する。

十刃ですら不可能な肉体の完全な再生を行えるレベルまで高められた力であった。

 

狛村の隣に着地した拳西が驚きと共に納得の表情を見せる。

 

 

「やっぱりな。お前の虚化は俺達の虚化と別種の物だろ。俺達の仮面は顔を覆うものに過ぎねぇが、お前の仮面は頭と肩まで覆うヤツだ。完全虚化しねぇと俺達には出来ねぇ超速再生までやってのけるとはな・・・。」

「101年前の不出来な破面もどきの君達と今の私は決定的に違う。藍染様の研究の成果を君達に見せることが出来て光栄だ。」

 

 

今まで受けた傷を全て修復した東仙が、傷を負い力の消耗が激しい二人を見下ろす。

 

 

「本当に・・・死神を捨ててしまったのか・・・。今一度貴公に訊く。何故貴公は死神になったのだ?」

 

 

「復讐だ。」

 

 

言い切った東仙に、狛村は合点がいったという表情を見せる。

 

 

「成程な・・・どうやら儂は、貴公の心を見誤っていたようだ。」

 

 

自分の頭の中に存在していた仮説を立証していくように、狛村は東仙への見方を今一度変えていく。

戦闘の途中でも少なからず抱いていた友としての思いを、一つ残らず捨て去っていく。

説得が無駄であることを、今度こそ受け入れるしかなかった。

 

 

「今のが貴公の本心なら、儂と貴公は相容れぬ定め。」

「相容れぬなら私を斬るか?確かに正義だな。笑わせてくれるが。」

「そうだ、それが正義だ。貴公が昔何度も私に説いた正義だ。そして信念の下に相容れぬならば、儂は尸魂界の為に貴公を斬らねばならぬ。」

 

 

苦しそうに言葉を綴る狛村を、隣に立つ拳西がガサツではあるがその身を案ずる。

 

 

「行けんのか?俺もそうだがお前も傷はバカにならねぇ。速く動ける俺が体張って隙作ってもいいんだぞ。」

「駄目だ、六車殿。済まないがこれは儂と東仙の問題だ。」

「そうかよ・・・。ったく、俺には理解できねぇな。」

「・・・そうかもしれぬな。隼人も納得していなかった。」

 

 

建物の残骸を依り代にして歩き出した狛村は、東仙に対し心からの思いを口にする。

裏切りにまみれた男に対する、最大限の恩赦であった。

 

 

「儂は貴公の本心を聞けて満足した。」

 

「儂の心は、既に貴公を赦している。」

 

 

首をぐりんと捻った東仙は、目の前の男に対し誰にも見せたことのない怒りをぶつけた。

虚の仮面にヒビが入り、嫌な予感が二人を襲う。

 

 

()()()()()()()、だと・・・?神のような口を利くな、狛村。私がいつ赦せなどと言った!斬りたくば斬るがいい!!この私の、」

 

 

刀剣解放(レスレクシオン)を目にしても、同じ言葉を吐けるならな!!!」

 

 

この言葉に拳西が驚かずにいられるわけがない。

死神の刀剣解放という耳を疑う内容に、驚きと共に最大限の危機感を抱く。

完全虚化ではなく、刀剣解放。真っ先に防ごうとしたが、間に合わなかった。

 

 

「清虫百式  『狂枷蟋蟀(グリジャル・グリージョ)』」

 

 

解号を唱えた瞬間に、東仙の全身は仮面を除いて黒く弾け飛んだ。

人体がちぎれ、強引に再組成されて繋ぎ止められる不快な音が周囲に響き渡る。

割れた仮面も形を変えて、虫の頭部の形になった。

 

巨大な虫へと変貌を遂げた東仙は口の上にある、二つの球体を開く。

生まれて初めて感じた、視覚であった。

 

 

「視える・・・視えるぞ・・・・・・視えるぞ、狛村・・・六車拳西・・・!!!」

「ふははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「これが空か!!これが血か!!これが世界か!!」

 

 

周囲を見回した東仙は、初めて目にした世界に対し、狂喜乱舞の声を上げる。

そして最後に、生まれて初めて友と元上司の顔を見た。

 

 

「それが、お前達か・・・。」

 

 

「思っていたより・・・醜いな。」

 

 

その感想に狛村は、目を細めて諦めの表情を示す。

拳西は、鼻でため息をつき、眼を瞑った後に、東仙の顔を見据えた。

 

 

「いくぞ。」

「ああ。」

 

 

虚化と卍解で、刀剣解放した東仙に対抗する。

 

 

実力差は、歴然だった。

 

まずは拳西が断風で罠を張り、爆炎の隙をぬって東仙の体にサンドバック・ビートを行う。

 

 

「おらららららららぁぁっっっ!!!!!!!!!!」

 

 

正拳突きで何度も連打したが、当たっているにも関わらず全く手応えがない。

超速再生の力が更に強化され、傷を負うと同時に回復していた。これではいくら殴っても意味が無い。

 

 

「ラ・ミラーダ」

 

 

両目から放つ虚閃が、拳西に襲い掛かる。

同じ虚閃で対処しようにも、ただの虚化と刀剣解放では差があり過ぎた。始解と卍解のようなものだ。

 

 

「ぐあぁっ・・・・・・!!!」

 

 

その硬直を見計らって狛村は明王の刃を東仙に叩きつけたが、東仙の細い足一本で防がれてしまう。

むしろ、明王の刃は刃毀れしてじわじわと削れていった。

(!)

 

 

「私が油断したと思ったか狛村!!甘い!!!」

 

 

九つの足を複雑に回し、身体の前に陣を形成する。

 

 

九相輪殺(ロス・ヌウェベ・アスペクトス)

 

 

鈴の音色を持った破壊音波は黒縄天譴明王の腹にヒットし、狛村本人の腹から大量の血が流れ出た。

 

 

刀剣解放だけで二人の隊長を一瞬で倒す程の力を東仙は手に入れていた。

 

倒れる狛村の前に、異形の東仙が立ちはだかる。

 

 

「東仙・・・・・・。」

「終わりにしようか、狛村。」

 

 

一切の感情を排した、無慈悲ともいえる虚閃が狛村に放たれようとしている。

ボロボロになりながらも狛村の元へ走っている拳西すら眼中にない。

 

 

「正義とは、言葉では語れぬものなのだ。」

 

 

東仙の色の無い表情を見た狛村は、信頼する部下、今日共に戦った男全員に心中で詫びを入れていた。

 

 

(済まぬ、鉄左衛門。)

(済まぬ、檜佐木。)

(済まぬ、六車殿。)

(済まぬ、東仙。)

 

(済まぬ・・・・・・隼人。)

 

 

(やはり儂に―――)

 

 

(東仙は斬れぬ。)

 

 

 

 

東仙を斬ったのは、彼の部下であった。

(((!)))

 

今まで戦闘を行っていた三名全員が、信じられないといった表情を浮かべている。

 

 

「・・・やはり、あなたはもう東仙隊長じゃない・・・・・・。眼が見えない時のあなたなら、この程度の一撃は躱していた。」

 

 

喉に突き立てた刃を展開させ、トドメの一撃を放つ。

 

 

「刈れ 風死。」

 

 

修兵の持ちうる精一杯の力で放った一撃は、隊長二人が届かなかった東仙にしっかりと届いた。

致命傷を負った東仙は前に倒れ込み、刀剣解放は塵となって消えていった。

虚化する前の状態に戻ってゆく。

 

二人の元に間に合わなかった拳西は、修兵の体を目の当たりにして信じられないといった表情を浮かべる。

腹からは未だに血が流れており、こんな状態で動けるのが不思議に思えるほど修兵の体は怪我が多い。東仙とずっと戦っていた拳西と狛村よりも、修兵の体はボロボロだった。

 

 

「お前が・・・やったのか・・・。」

「・・・・・・はい・・・。」

「・・・・・・。」

 

 

今にも泣きそうな表情を浮かべている修兵を見て、拳西は何も言えなくなる。

若い死神に離反したとはいえ直属だった上司を斬らせるという辛い思いをさせてしまい、己の弱さを認めざるを得ない。

 

起き上がった狛村は倒れた東仙の体を仰向けにし、目覚めの時を待つ。

 

 

「檜佐木・・・済まぬ。儂にはやはり、東仙が斬れなかった・・・。」

「俺だって、最後の一撃しか、まともに喰らわせること出来なかったので・・・。」

 

 

こんなにも辛い気持ちになる戦いだとは拳西ですら考えもしなかった。

もし自分が隊長だった頃にしっかり東仙の過去に踏み込んで話をしていたら、こんなことにはならなかったのではないか。

怪しいとは思っていたが、そこで変に距離を取るべきではなかったのではないか。

 

自分の後輩達がここまで傷つき苦しむ姿を見た拳西は、柄にもない言葉を告げた。

 

 

「済まねぇ。俺がもっとちゃんと東仙と話をしていたら、お前達がこいつと戦うことも無かったのかもしれん。・・・俺のせいで、お前達まで苦しめちまった。」

「案ずるな。六車殿。・・・・・・儂も、いつか東仙と刃を交える覚悟はしていた・・・。」

 

 

狛村の言葉が東仙に聞こえたのか、暫し意識を失っていた東仙は目を開いた。

 

 

「東仙隊長・・・!」

 

 

隣でしゃがんでいた拳西が身を乗り出した修兵の肩を掴んで落ち着くよう窘める。

 

 

「狛村・・・・・・檜佐木・・・・・・・・・六車、隊長・・・・・・。」

 

 

嗄れきった声で名前を呼んだ東仙に、狛村は声を出さぬよう労わる。

喉が裂けているため喋っては激痛が走るはずだからだ。虚の力で呼吸そのものは問題なく出来ているが、余計な体力を消耗すべきではない。

 

 

「お前も・・・解っていたのか・・・。私と、斬り合う運命(定め)にあると・・・。」

「ああ。檜佐木もそうだろう。六車殿を含めて我々はこうして刃を交え――――」

 

 

「こうして、心から解り合う運命だったのだ。」

 

 

「憎むなとは言わん。恨むなとも言わん。ただ、己を捨てた復讐などするな。貴公が失った友に対してそうであったように・・・・・・貴公を失えば、儂の心には穴があくのだ。」

 

 

狛村の本気の赦しを受けた東仙は目頭を熱くし、涙を抑えずにはいられなかった。

その顔を見た拳西は、101年前を思い出しつつぶっきらぼうながら励ました。

 

 

「ちっ、泣くなバカ。お前は昔から何でも出来るクセに周りを頼らねぇのが良くないと思っちゃいたが、ここまでとはな。」

 

 

「少しは周りを頼れ。お前は友すら頼れねぇバカなのか?あぁ?」

 

「六車・・・隊長・・・。」

 

「ありがとうございます・・・・・・。狛村・・・・・・ありがとう・・・・・・。」

 

 

狛村と檜佐木が今までに見たことの無い、温かな表情を東仙は浮かべていた。

涙を流しつつ東仙は眼が見える今だからこその欲が出た。

 

 

「・・・檜佐木、顔をよく見せてくれ・・・・・・。虚化の影響で、今はまだ、眼が見えるのだ・・・。今のうちにお前の顔を見ておきたい・・・・・・。」

「東仙・・・隊長・・・・・・。」

 

 

別々に分かたれた道のりが、再び交わることが出来るかもしれない。

狛村と拳西は東仙の言葉を聞いて胸がいっぱいになる。

手を伸ばした東仙の手を修兵は手に取り、しっかり視えるように顔を近づける。

 

 

「視えますか?東仙隊長・・・・・・。どんな世界が、映っていますか・・・・・・?」

「ああ・・・・・・。」

 

 

「檜佐木・・・・・・・・・。」

 

 

何が起きたのか、わからなかった。

一瞬で目の前にいた東仙は、ブチッという音と共にただの血と肉の塊へと変化する。

 

誰かがゲームのスイッチを押した瞬間に爆発したような、無機質で無慈悲な暴力が東仙を破壊した。

修兵の全身に、東仙の血液や、形を失った臓物の断片がグシャっとかかる。

 

 

「・・・隊長・・・?・・・・・・隊長・・・・・・・・・・!!!」

 

 

絶望の表情を浮かべた修兵は、やり場のない怒りと悲しみに涙を堪えることも出来なかった。

直ぐに気を取り直した狛村は、激しい怒りでこの時限装置とも言える仕組みを作り上げた男に叫ぶ。

 

 

「藍染!!!!」

 

 

怒りに流され斬りかかろうとしたところで、黒腔が開く。

 

 

黒崎一護が、ついに現世に戻ってきた。

 


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