「只今戻りました、藍染隊長。」
「・・・戻ったか。彼女はどうした。」
「殺しました。」
松本に対し何らかの情を市丸が抱いていると推測していた藍染は、生かしている可能性を踏まえ、霊圧を探る。
松本の霊圧は、消えていた。
ここまで私を殺す市丸に、かえって藍染は疑念を抱く。
「・・・驚いたな。彼女にトドメを刺すとは。何かしらの情が彼女に有るものと思っていたが。」
「情ですか。」
そんなものは己には無い。
蛇と同じだ。
最初に会った時に藍染に言ったことを再び彼に伝える。
「・・・そうだったな、ギン。」
「口囃子隼人は、やっぱり藍染隊長が殺しはりますか?」
「ああ。だが、鼠捕りにもそろそろ飽きてきたのだがな。」
「そうですか。なら、藍染隊長がわざわざ出る必要あらへんのちゃいますか?」
「・・・・・・。」
「今の口囃子隼人は手負いです。ボク一人で十分や。彼を殺すんは、ボクがやります。」
「――――ギン。」
そして市丸は、藍染に神死鎗を放つ。
「鏡花水月から逃れる術も知らないのに、みんな藍染隊長を殺せる気ィでおるもんやから、見とってはらはらしましたわ。」
「ギン・・・・・・!!!!」
「まぁでも、ボクが手を下すまでもなかったかもしれへんけど。」
「だって藍染隊長の胸にある崩玉、
(!!!!)
そのギンの言葉に、藍染は何百年にも渡る長い人生の中で、最も驚き、最も怒りを覚えた。
藍染どころか浦原喜助でも壊すことの出来なかった崩玉に、護廷十三隊のただの席官の男が穴を開けた。
信じ難く、到底許すことの出来ない所業を、あの男はやってのけたのだ。
置き土産にしては、狡猾で悪質すぎた。
「口囃子隼人が崩玉を貫いただと・・・!!!」
「ボクの力、使うたけど必要なかったですなぁ。『
「ギン・・・貴様・・・・・・!!!」
「胸に孔があいて死ぬんや、本望ですやろ。」
そして藍染は、市丸が藍染の体内に回した毒でその体を瓦解させてゆく。
細く弱弱しい木の枝に貫かれた崩玉を、市丸は藍染から強奪して逃亡した。
始解を再びして霊圧を読んでいると、何と藍染の霊圧が弱まっていくのを感じた。タブレットは捨ててしまったため目で様子を見ることが出来ず、何が起きているのか全く理解できなかった。
そして、その隣にいるのは市丸ギン。
この期に及んで、裏切ったというのか。
それとも、最初から裏切るつもりで藍染に味方するフリをしていたのだろうか。
ともかく、置き土産が効果を発揮してくれて良かった。
隼人は自分が転移すると同時に、藍染の崩玉を狙って折れた木の枝を転移させた。
自らは別の場所に転移しつつ、全く別の物を全く別の場所に転移させることにかなりの集中力を使い、暫くは霊力を使うのもきつい程であった。
当たるかどうかもわからない賭けに近い策だったが、何とか上手く事が進んで良かった。
そして賭けはもう一つあったが、これは使わずに済むだろうか。
そう安心していたら。
藍染の霊圧は復活を遂げた。
それと同時に、ある場所から紫色の光柱が天高くまで放たれる。
「何よあれ・・・!!」
「とっとにかくあそこから逃げるぞ!!」
現世の人間達はあの光に危険を感じ、全力で逃走を続ける。
「あの光は・・・?」
「口囃子殿の霊圧が放つものでは御座いません。恐らく藍染の物でしょう。」
(!)
遠くからぼんやりと光柱を見つけた七緒と鉄裁は、その霊圧に恐れを抱く。
「何や・・・これは・・・っ!!!」
市丸の掌にあった崩玉は回転し始め、その球を貫く木の枝を粉砕し、再び組成されていく。
遂に藍染は、虚、死神をも超えた存在へと変貌を遂げることとなった。
あまりにも強い霊圧に、隼人は遠くにいてもアテられそうになってしまう。
(何だよこの気配・・・!無茶苦茶だよ・・・こんな霊圧!!)
光柱の中で、藍染は独り言ちる。
「私の勝ちだ、ギン・・・。お前の奪った崩玉は既に私の中に無くとも・・・私のものだ。」
瞬歩すら遅いと感じる程の速さで、藍染は市丸の前に移動しその体を縦に斬る。
崩玉は藍染の胸に吸い込まれ、再び藍染と同化してゆく。
斬られ倒れ込みながらも藍染の胸に手を伸ばした市丸は、その腕を腕力だけで捥ぎ取られる。
最後にトドメとして藍染は自分が貫かれた時と同じように市丸の胸を貫いた。
「――――進化には恐怖が必要だ。今のままではすぐにでも、滅び消え失せてしまう恐怖が。」
「ありがとう、ギン。君のお陰で、私は終に死神も虚も超越した存在となったのだ。」
斬魄刀を市丸の体から引き抜き、その半死体の襟首を掴んで次の場所に向かう。
「―――そこか。」
最初に見つけた時とは違う、より色濃く、より禍々しい殺意を随伴して藍染はもう一人の男を殺しに行く。
「崩玉はきっと、お前を赦さないだろう。口囃子隼人。」
一瞬で藍染は、隼人の元へと移動した。
蝶のような翼を生やし、胸には十字が刻まれた孔が見える。
切断した左腕は、元通りに回復していた。
虚の孔を、死神の力で覆ったかのように見えた。
「・・・殺したのか。」
「ああ。殺した。だが感謝している。ギンは私の進化に貢献してくれた。」
「感謝しているなら、仮にもその扱い方は無いんじゃないの?」
その言葉を聞いた藍染は、掴んでいた市丸の死体を隼人目がけて紙玉を捨てるかのように投げ棄てる。
ぐちゃっと肉の潰れる音が、気持ち悪いなんて次元を超えた音だった。
右腕と右脚が途中から消えており、斬られたのではなく、捥がれたのが見て分かった。
その死体は少し離れた建物の屋上に転移させ、藍染の霊圧から距離を置かせる。
「・・・最っ低だな、ほんと。」
「死した肉塊に未だに注意を払うべきではないと思えるのだが。」
「・・・・・・。」
今の隼人の怪我を見て、そんな余裕は無いと藍染は見くびっているのだろう。
「見ただろう。私もお前と同じだ。空間の瞬間移動が出来る。」
「お前のは、ただ瞬歩速くしただけだ。根っこの部分は違うだろ・・・。」
その言葉すら、藍染はさもつまらなさそうに捨てる。
「
「・・・・・・まだ使えねぇよ。情けない話だけどな。」
「・・・そうか。ならもう君には興味無い。一息に君を―――――。」
話している途中に、藍染は違和感を抱く。
地面から感じる僅かな振動が、体を伝って知覚される。尸魂界で地震などある筈がない。
だが、その揺れは次第に大きくなっていく。
「市丸ギンが時間稼ぎしてくれて助かったよ。まぁ裏で繋がってたとかは一切無いんだけどさ。」
「それがどうした。」
「市丸ギンにお前が手こずっている間中ずっと詠唱出来たんだよ。あと気付いてたか?ここ、
(!)
そして隼人は最後の切り札を藍染にぶつける。
今までの鉄裁との修行で得た力全てをぶつけた、正真正銘渾身の一撃だ。
「二十回も完全詠唱繰り返した鬼道を喰らえばどうなるだろうなぁ!!!」
「破道の九十九 五龍転滅!!!!」
霊脈の力を借りた霊子の五つの龍が、割れた地面から唸りを上げて姿を現す。
水色の龍は、大口を開けて藍染に襲い掛かった。
最後の戦闘場所であったふれあい公園の下には、たまたま霊脈が存在した。
わざと浦原かマユリのどちらかがそう仕向けたのかは分からなかったが、これ以上ない程の好都合で、隼人は持ちうる力のほぼ全てを捻出した最大威力の破道を藍染にぶつけることが出来た。
龍の頭は藍染のいた場所に集中しており、バリボリと物を噛み砕く音が聞こえてくる。
これ程の威力の鬼道をぶつけたのだ。死んでいなくとも重傷ぐらいなら負わせることが出来たはず。
「素晴らしい・・・!素晴らしい鬼道だ!!」
(!!!!!)
陶器が割れる音と共に、目の前にあった五龍は跡形もなく消えてゆく。
龍に噛み砕かれたはずの男は、無傷だった。
「進化を遂げる前の私なら、今のは致命傷となっただろう。だが既に遅い。」
「死神も虚も超越した存在となった私に、君の術など通用しない。」
その言葉を聞いた瞬間、命の危機を感じ本気の逃亡を始めた。
結局ヒーローになどなれなかった。
情けない話だ。逃げるものかと誓っておいて、命の危機を感じてしまったら恐怖に怯えて結局いつも通り逃亡してしまっている。
だがそれ程までに、そうでもしないといけない程には、目の前の男は己の理解の範疇を超えている。
あんな怪物に、打てる手もない。
「(逃げて!こばやし!!)」
普段冷静な桃明呪ですら、叫び声を上げている。
残った霊力で転移術を使い、必死の思いで北へ向かう。
とにかく現世の人間達を守らねばならない。だが時間稼ぎも限界だ。
(誰か・・・早く誰か来てくれよ!)
自分に何も出来ない以上、もう誰かの助けを待つしかなかった。
断界の中で、一人の男が目を覚ます。
オレンジ色の髪は伸び、少しだけ身長も高くなっていた。
目の前には、黒崎一心が倒れていた。
「親父・・・・・・。」
倒れた男の隣で開かれていた携帯には、『終わったら浦原にメールしとけ。』と普段のハイテンションな姿とはかけ離れた無機質なメッセージが書かれていた。
その携帯にメールを打ち込んで送信した後、倒れた父親を抱えて一護は断界を通り抜ける。
(待ってろ皆・・・。俺が全部、終わらせてやる。)
護る決心をした一護は、本物の空座町に降り立った。
「黒崎サン、修行終えたみたいっスね。アタシ達も行きましょう!」
現世で待機していた拳西、浦原、京楽も穿界門を開けて断界を走り始める。
救援は今まさに隼人の元へ届こうとしていた。
五龍転滅で残った霊力ほぼ全てを使い切ったため、転移術は二度しか使えなかった。
それでもかなりの距離の移動が出来た。
「これで・・・時間稼げたかな・・・?意味ないかも・・・しれんけど・・・。」
左足の刀傷と、右肩の銃創にも似た傷を放置して戦ったせいで、痛みはこれ以上ない程にまで増している。よく叫ばずにいられた程だ。
走る事など出来ず、左側の壁に体を預けながら歩くので精一杯だった。
路地裏に逃げ込み、形だけでも身を潜める。
「早く・・・・・・誰か・・・。」
路地裏の角を曲がり、更に奥へと身を潜める。
しかし。
其処にいたのは、現世の人間達であった。
「口囃子さん!?!?!?」
南に逃げろと言った筈だ。何で真逆の北の果てにいるんだ。理解できない。
「え・・・・・・?何で・・・何で君達がいるんだよ!南に逃げろって言ったじゃん!何で北方向に逃げてるんだよ!?こっちに来たら死ぬって言ったじゃん!!」
「
待て。この人間達は何を言っている?それはこっちの台詞?いよいよ分からない。
「口囃子さん!何であたし達と同じ南にいるんだよ!?方角間違えたの!?」
方角を間違えた?何を言っている。こっちはれっきとした北の・・・はず・・・。
(―――――・・・!!!!!)
まさか。
「御明察。」
(!!!!)
音も無しに藍染は背後に現れた。
藍染の放つ全ての圧が、現世の人間達をその場に縫いとめる。
恐怖で体が固まってしまったのだ。
「逃げろ!!いいから体を動かせ!!早く逃げろ!!!!」
我に返った人間達は、とにかく藍染から距離を取ろうと走り出す。
もう使えないだろうが、残った霊力で縛道を放とうとした。
「縛道の七十五 五柱てっ」
詠唱が言い終わる前に、何かが体を貫く感覚があった。
人間達は、目の前の壁に複数の孔が開き、そこから煙が出ているのを目の当たりにし、立ち止まって後ろを振り返る。
死神の青年は、首から下に数多くの孔が開いていた。
いくつもの霊子の弾丸で、散弾銃を撃たれたように体中蜂の巣のように孔だらけになっていた。
「うっ・・・うぶぉっ・・・。」
「こ・・・こば・・・やし・・・さ・・・。」
「ボーイ・・・ボーイ・・・!?」
血を吐いて倒れた死神の全身から信じられない量の血液が溢れ出し、辺り一面血の海へと変化していく。
啓吾と観音寺の問いかけに、さっきまで叫び声をあげていた死神は何も答えない。
「次は君達だ。」
「い・・・いや・・・いやっ・・・!!!!」
千鶴に狙いを定めた藍染は斬魄刀を彼女に向ける。
「君達の死が、黒崎一護の力を更に完璧な物へと導いてくれることを願う。」
霊圧に耐えられず、人間達は皆地に倒れてしまう。
このまま死んでしまうのだろうか。
平和な日々を謳歌することなど、二度と出来ないのだろうか。
深い闇に囚われていく。二度と這い上がることの出来ない闇に、己の体が蝕まれてゆく。
会いたかった。もう一度あの人達に、会いたかったよ。
助けてよ、狛村隊長。
助けてよ、京楽さん。助けてよ、浮竹さん。助けてよ、浦原さん。
助けてよ、拳西さん。
もう、誰でもいいから、助けてよ。
千鶴を貫こうとした刃は、とある死神によって防がれることとなった。
オレンジ色の髪をした、死神代行。
隼人の願う救援は、ようやく駆けつけてくれたのだった。