どかどかと大人数が病室に押し寄せたため、花太郎は面食らうどころか怯えていた。
「隼人君・・・こんな酷い目に・・・。」
「はやちん!はやちん!!」
人工呼吸器をつけた隼人を見て浮竹は歯を食いしばり、白はぽろぽろ涙を流している。
他に来た仮面の軍勢達も表情の色を落としている。
山田花太郎は、全く知らない面子が急に現れ、誰の助けも借りられそうになく半分泣いていた。
「僕も酷い目にあっています・・・。」
「ん?誰だコイツ?」
「ひぃっ!!!!!!」
ラブに声を掛けられた花太郎は慌てて冷や汗をかきながら勢いのままに自己紹介をする。
「やっ山田花太郎です!!皆さんのことを存じ上げないで誠に申し訳ございませんでした!!」
「挨拶か謝罪かどっちかにせえや。」
「すみません!!ありがとうございます!!」
「いや謝罪とお礼どっちかにせえや!ったく面倒なやっちゃなァ~!」
「ひぃぃぃ~~!」と平子に怯えていると、ようやく助け船が来た。
「彼は清之介クンの弟だよ。」
「「「「「「「清之介って・・・あの!?!?!?」」」」」」」
「はいそうです冴えない弟ですみません・・・・・・。」
女物の桃色の羽織を被り直した京楽が、再び姿を現した。
目の前にいる地味な少年が実力者であった死神の弟と知り、皆興味深々だ。
その一方でリサが京楽の顔を見て嫌そうな顔をする。
「あたしに七緒差し向けたのあんたやろ。」
「えっ知らないなァ~~。」
「口笛吹いてもムダや!」
「痛い!!」
「わんわん泣いてそりゃあ大変やったんやぞ!・・・あたしのせいやけど・・・。」
普段には無い少し沈んだ表情を見せたリサを京楽なりに励まそうとする。
京楽なりに。
「七緒ちゃん、可愛く成長してたでしょ。」
「当たり前や。あたしが昔から目かけとったからな。」
「ボクのおかげだよね?ね!褒めて!褒めて!!」
「そうましい!!!」
「裏拳!!あとボク怪我人!!」
もう少しやり方を変えればリサも殴ったりはしないものを、むしろ京楽は懐かしいやりとりを半ば楽しんでさえいた。めちゃくちゃ痛いけれど。
「嬉しかったかい?リサちゃん。」
「言うまでもないわアホ。」
「それはよかった。ボクも美人になったリサちゃんに再会できて嬉しいなァ♡」
「昔のあたしも美人やボケ。」
101年経っても全く変わらないやり取りを出来ることが、京楽にとっては非常に嬉しかった。
浮竹も、遠くからにこやかな笑顔で二人のやりとりを見ていた。
隣にいる花太郎もそれに合わせてにへらと笑っていた。
そうでもしてないとこの空間ではやってられなかった。
だが、無情にも花太郎にとって状況は更に悪化する。
「じゃあ俺と京楽は帰るよ。山田七席、ここにいる皆に隼人君の状態を説明しておいてくれ。」
「はい、わかりまし・・・、って、ええ!?!?待って下さいよ~!僕一人でですか!?」
「今回の隼人君の主治医は君だろ?卯ノ花隊長でも君に頼むと思うぞ。」
「コイツが隼人の主治医かよ?」
そう呟いて花太郎の方を見てきた男は、銀髪にピアスをつけた、強面の男だ。
花太郎がちびってもおかしくない覇気を持っていた。
「じゃあな。ほら京楽も帰るぞ。」
「待ってよ~~。もうちょっとリサちゃんと喋ってもいいじゃ~ん。ダメ?」
「駄目だ。お前も俺も怪我人だ。帰って休め。明日にしろ。」
「いけずだな~浮竹は。」
文句を垂れつつ、京楽は帰ってしまった。
仮面の軍勢全員が花太郎を向く。
(やばいやばいやばいやばいどうしようどうしよう!)
背中が粟立ち冷や汗が止まらないが、決死の覚悟で十二番隊から引き継いだカルテを元に説明を始めた。
「えーっと・・・。手術は無事成功しました。というか、・・・井上織姫さんの力のおかげで手術自体殆どやらなかったそうです、すみません・・・。」
「やから何でええ話なのに謝んねん。」
「すみません続けます!!」
あたふたしているが、これが平常運転なのが残念な話だ。
謝ってばかりで卑屈気味な少年に、平子はちょっとだけイラっとしていた。
「ただ、血液の量が不足しているのでしばらくは輸血の処置を度々行います。点滴も行います。・・・・・・数ヶ月から半年は目覚めないかもしれないです。」
(!)
皆の顔色が一気に変わった。
最悪このまま半年は目を覚まさないことだってありえるのだ。その場合まともに会話できるようになるのは、来年の初夏になる。
そこまで意識が回復しない程の傷を受けていたのだ。
「あのっこれは僕の推測です!すみません!」
「山田清之介の弟が言うなら受け入れるしかねぇよ。」
「えっ?あ、はい・・・。」
「半年か・・・。」
ローズが拳西に、「どうするの?」と聞いた。
さっき四人で話していた時は10日間いるつもりだったが、しばらく意識が回復しないと言われた以上、ここにいる意味はあるのだろうか。
「・・・考えさせてくれ。」
「分かったで。オレらは勝手に帰ってもええよな?」
「気にすんな。そうなったら俺だけ後で帰る。」
白がずるいあたしも残ると文句を言い始めたが、今回ばかりは平子かラブに引っ張ってもらうしかない。白に対して構っている精神的余裕がこれからずっと持つとは思えなかったからだ。
むしろ尸魂界を心から嫌うひよ里に引っ張らせた方がいいかもしれない。
「じゃあボクは病室に帰るよ。」
「ここにいても暇だし俺も戻るわ。」
ローズとラブの言葉を皮切りに、皆ぞろぞろと病室から出ていく。
白も隼人が起きないと知った以上ここにいても拳西と顔を突き合わせて喋るしかないので、リサと平子と共にひよ里の様子を見に行った。
ひよ里の許には、ずっとハッチがついていた。
出て行った仮面の軍勢と入れ違いに、狛村が入って来た。
斬られた腕はすぐに井上織姫によって治療されたらしい。
それ以外の傷は、包帯で巻かれたにすぎず未だ痛々しいものだ。
「六車殿・・・。このような再会になってしまったか・・・。」
「・・・生きてるだけでも十分だろ。」
「・・・そう思うしか、ないな・・・。」
丸椅子を取り出して狛村も拳西と向かい合って座る。
「それじゃあ僕も失礼します・・・。」と小声で呟き花太郎も察したフリをしてついでに出て行った。
ホッと一息ついていた。
「儂は隼人から知らされるまで、隼人の過去を何一つ知らなかった。それまでは気丈に振る舞っており、大切な家族と突然の別れを経験したような辛い過去を負った死神だとは、思ってもいなかったのだ。」
「・・・いつ隼人は打ち明けたんだ?」
「藍染が尸魂界を裏切ってからだ。それまで儂は、隼人の心の中にある暗闇に気付くことさえ出来なかったのだ・・・。」
前とは変わり塞ぎ込みがちになったとは夜一から聞いていたが、直属の上司に過去話をするのにそこまでの年月がかかってしまうとは、余程隼人の心に傷を負わせた出来事だったのだ。
だからこそ、当時から面識のあった京楽と浮竹にしか、悩みを話すことは出来なかった。
つくづくこの一日で己の不甲斐なさを感じるばかりだ。
「頼みがある。」
突然改まった狛村は、膝の上に握りこぶしを作り、真摯な目で話を続ける。
「隼人が目を覚ました暁には、暫くは貴公が側にいてやって欲しい。回復したら休暇を取らせて貴公らの許へ暫く預けるつもりだ。」
「三席の男にそこまで休ませちまっていいのかよ?」
「構わぬ。隼人は護廷に入ってから残業こそあまりしてないが、ほとんど休んでおらぬ。数年は休める程有給も溜まっておる故、いつか無理にでも休ませねばと心配しておったのだ。」
多分、仕事が逃げ道と化していたのだろう。休んだら色んな事が頭によぎってしまい、どうしようもなくなると確信してしまったのだろう。
狛村の頼みは提案へと発展していく。
「残念ながら余りの部屋はないが、こちらにいる間でも暫く隼人の部屋を使うといいだろう。怒りはしない。意識があれば喜んで貸す筈だ。」
その狛村の言葉で、拳西は一つの疑問を抱いた。
てっきり隼人は己が突然いなくなったことを怒っているものだと思っていた。
夜一と再会した砕蜂は恨みをこじらせ、戦いもしたと聞いた。
夢の中の隼人はいつも憤怒し、泣いていたのもあって、先入観で見ていた。
「怒ってねぇのか?・・・恨みとか持ってねぇのか?」
「貴公からもらったお守りを何度も修繕してまで身に着けている程だ。怒りの感情など生まれると思うか。」
「・・・そうだったな。」
ポケットに入れたお守りの存在を思い出す。
水色のお守りは血に染まって赤黒く変色してしまい、もともとボロボロだったのも相まって汚い布切れと化していた。
いくらお守りとはいえ、こんな小汚い物を持たせるわけにはいかない。
(新しいの、作ってやるか。)
何度も修繕した跡が残っている以上、道具は隼人の家にある筈だ。
材料だけ瀞霊廷のどこかで買えばいい。
「・・・金、無ぇな。」
「む、それなら隼人の給料から天引きしよう。」
「・・・・・・そういうとこはちゃっかりしてるんだな。」
「儂は仁義を重んずるが、さすがに貴公に貸すお金など儂は持っていない。」
一日共闘しただけの相手にお金を貸すなど、博愛主義のある人間でもないとやらないだろう。
勝手に給料を横領したことは後でしこたま文句を言われそうだが、現世に遊びに来た時にでもその分返してやろう。
大人ぶった隼人の化けの皮が剥がれるのが楽しみだ。
「儂以外の七番隊は皆隊舎寮に住んでいる。隼人も隊舎寮だが構わぬか?」
「殺風景な病室よりはマシだな。使うか決まってねぇけど案内だけは頼む。・・・一応どんな部屋住んでるか親として見ておきてぇ。」
「・・・散らかしてはおらぬ筈だ。」
苦笑しながら狛村は呟き、二人は隼人の病室を後にする。
二人とも早く目が覚めて欲しいという願掛けのような形で、眠っている隼人の肩を軽くポンと叩いた。もちろん傷の無い左肩をだ。
外を歩いている時には既に陽は沈んでおり、七番隊に入った時には暗くなっていた。
隊舎寮に住んでいる隊士は、基本的に自室の鍵を自分の机の中にしまうか、所定の鍵預け場所に預けることにしている死神が多い。
失くしたら弁償代として家賃2ヶ月分請求されるため、何としても持っていないといけないのだ。
それを皆解っているので、他人の鍵を奪うような真似をする者は誰もいない。
たかが鍵を失くすだけで家賃2ヶ月分とはぼったくりもいい所である。
この制度も昔から変わっていない。
机の引き出しを開けると、奥の方に部屋の鍵を見つけた。
昔隊長になる前に使っていた鍵を思い出す。
部屋の場所を狛村に教えてもらってからは、一人で向かうことにした。
狛村も傷は決して癒えていないので、休んだ方がいい。
それに、拳西は少し一人になりたかった。
自室の前に辿り着く。
少し身構えつつ鍵を開け、そのドアを開けた。
「――あの頃と、変わんねぇな・・・。」
流魂街から初めて来たときに好きなようにしろと言って部屋を与えたが、その時と同じく整理された小綺麗な部屋だった。
現世の人間の一人暮らしの部屋と何ら変わらない。度々白の汚部屋の掃除をさせられる拳西にとっては理想的な部屋にすら見えた。
冷蔵庫を開けると、作り置きされたと思われる肉じゃがが入っていた。
自分が作るものよりも、圧倒的に完成度が高い。
(料理、練習したんだな・・・。)
調味料の量を盛大に間違えて大慌てしていた子どもの頃を思い出し、こういう形でも成長を実感する。
折角なので夕飯は作り置きされた肉じゃがを温めて食べることに決めた。傷んだらもったいないし。四番隊の味気ないご飯よりは絶対にいい。
そして実際に食べてみると、己の作るいい加減な肉じゃがに非常に似ているが、その欠点を無くした完璧ともいえる出来栄えの物だった。
かれこれ現世でもずっと皆のために料理をしてきた身としては、何だか悔しい。
そそっかしくておっちょこちょいだった隼人に負けるなんて。
(・・・屈辱だな・・・。)
腹いせに、全部食べてやった。
ご飯の後もう一つある部屋に向かうと、子どもの頃の物とは違う文机が置かれていた。
少し大きくなったそれには、二つの小さな引き出しが付いている。
そして、下の引き出しが僅かに開いていた。
不思議に思わない筈がない。
中に何が入っているのかと思い開けてみると。
そこには、紅葉狩りの日に撮った二人の写真が写真立ての中に入っていた。
懐かしい思い出に、胸が締め付けられた。
前に住んでいたあの家からわざわざ持って行ったのだろう。
写真立ては新しい物に変わっていた。
ここまで思い出を大事にとっとく隼人はやっぱり子どもで、根っこのところはあの頃のままであると確信した。
きっとこれは、誰にも見せることは出来なかったのだろう。
思い出を自慢したくても、口に出すことが憚られ、一人で抱え込むしかなかったのだろう。
だったら、胸を張って過去の話をできるようにしてやるしかない。
塞ぎ込んだ隼人を解き放つのは、己の役目だ。
決心した拳西は、早く目覚めて欲しいと祈らずにはいられなかった。
結局、10日間きっちり尸魂界に残ることにした。