尸魂界に降り立ってから七日が経った。
人工呼吸器を取り外したものの、未だに隼人は眠ったままだ。
慣れない手芸で悪戦苦闘したものの、お守りは完成した。
むしろ、してしまったと言うべきか。
縫っている最中に目を覚ましたりするかと期待したものの、兆候すら見せなかった。
傷自体は井上織姫が再び双天帰盾の術を使ったため全快したと言えるが、それでも何故か目を覚ますことは無かった。
『残念ながら原因は解りかねます。藍染の霊圧が影響しているのでしょうか・・・。』
『昨日口囃子さんの体内の霊圧を検査しましたが、異常は見当たりませんでしたよ?』
『そうですか・・・。益々謎に包まれてしまいましたね。』
四番隊のトップ二人も昏睡状態に陥っている原因を掴めず、歯痒い思いをしていた。
怪我を負った隊長格も大体皆回復して仕事に戻っている中で、置いてけぼりをくらっているようなものだ。
五番隊副隊長が臓器回復の治療を十二番隊で行っているらしいが、ひょっとしたら彼女が回復するよりも後に目を覚ますかもしれない。
一番の重傷者なので仕方がない話だが、傷が完治しても意識を取り戻さないままなのは、奇妙にすら感じる。
『ひょっとしたら、休みなさいという思し召しかもしれませんね。ずっと鍛錬なさってましたし。』
『卯ノ花隊長?それはちょっとさすがに・・・。』
『何ですか勇音?』
『何でも御座いません・・・。』
のほほんと恐ろしい事を呟く、全く変わっていない卯ノ花を見て隼人が昔風邪を引いて泣き出した時の事を思い出した。
当時の拳西は現世でいわれる育児ノイローゼ状態になっており、隼人の心が全く理解できていなかった。
それをきっかけにより絆も深まったので結果オーライであるが、今回目覚めた時はどんな反応をするか楽しみである。
そのやりとりから三日経ち、今は尸魂界に降り立ってから七日後である。
顔を見てみれば、最初の頃よりは幾分穏やかな寝顔に見える。
輸血などの処置を終え、顔色も血色が戻ってきている。
「ったく、どんだけ寝りゃ気が済むんだよ・・・。」
普段ならデコピンして、それに痛いと盛大に誇張して文句を言ってくるだろうが、返答などないのでしても無駄だ。
瀞霊廷通信も読み終わってしまい、どうすることも無く暇なので適当に窓から外を見ていると、病室のドアがコンコンと鳴った。
「失礼します。檜佐木です。」
ガラガラと引き戸を開けて入って来たのは、この前共闘し、何故か自分の名前を知っていた青年だ。
両手には重たそうな紙袋を持っている。
「あの・・・宜しければ、こちら、お読み下さい。瀞霊廷通信の過去のバックナンバーです。こちらにあるものと被らないようにしたので、心配しないで下さい。」
「こんなに持ってきたのか・・・お前怪我大丈夫なのかよ?」
「大丈夫っす。口囃子さんの前で辛いなんて、口が裂けても言えませんよ・・・。」
脇にある物置に大量の雑誌が入った紙袋を置き、修兵も丸椅子を取り出して座る。
この前来た射場とは全然違う反応を示していた。
射場はそれはもう男泣きというか、おんおん泣いて隼人の手を握っていた。
昔からの友がこんな酷い姿になって耐えられず、暫くは病室に行くのも怖かったと涙ながらに拳西に伝えたのだ。
決心して来たものの、痛々しい姿に結局こらえきれず、周囲の病室に入院していた患者がびっくりする程の大声で泣いていた。
対して修兵は、全体的に冷淡というか、ドライな反応であった。
隼人の後輩の中では一番仲がいいと聞いていたがこうも同期の射場と反応が違うのも意外なものだった。
眠っている隼人よりも、それをじっと待っている拳西に対して何らかの配慮を行うあたり、現実を分かっていると見るべきか。
「六車さんが瀞霊廷通信をこちらで読んでいると聞いたんすけど、余計なお世話でしたか?」
「構わねぇよ。丁度暇してたトコだ、むしろ感謝するぞ。」
「よかった。」
最初は命の恩人と再び交流が出来て非常に嬉しそうな顔をしていたが、眠っている隼人を見て一層暗い表情に戻る。
「俺、よく口囃子さんに色々お世話になってたんすよ。無駄遣いして金無い時とか、よく飯食わせてもらってたんです。」
「副隊長なのに金無ぇのかよ。」
「口囃子さんがお金使わなすぎなんすよ。趣味とかあるのかわからないし。」
「論点ずらすなよオイ。」
うっと困った表情をしながら修兵はどもってしまったが、お金が無いことはあまりいじられたくないのだろうか。
美談を語ろうとしたものの、自分の落ち度に注目されてしまいどうすればいいのかわからなくなっている。何だろう。この男からは言い知れぬ残念感が漂ってくる。
「そっそれはそうと、101年前はありがとうございます!」
「突然なんだよ、だから覚えてねぇっつったろ。」
「強そうな名前だって言ってくれたじゃないすか!俺は檜佐木修兵です!その時お腹の数字が見えたんすよ!」
「―――・・・?」
修兵という名前を聞き、記憶が蘇ってきた。
魂魄消失案件の調査途中に小さな少年が虚に襲われているのを発見し、助けたことがあった。
わんわん泣いてへたっていた少年は、その名前を告げた筈だ。
「そんなこともあったな・・・。」
「思い出してくれたんすね!」
「当時のオメーみてぇなガキは何人も助けてきたからな。隼人もその一人だ。」
「その話も口囃子さんから聞きました!」
「うるせえ。気持ちはわからんでもねぇが声量抑えろ。」
「す、すんません。」
自分が助けた子どもが成長して死神になるのは、死神冥利に尽きると言えるかもしれない。
今は死神ではないが、昔助けたり、一緒に暮らして育てた子どもが成長して大人になってから感謝を告げられるのは悪くないと思う。
副隊長まで昇進するとは、この青年も相当努力したのだろう。
言動から残念感は拭いきれないが。
そして修兵は一旦熱くなった気持ちを落ち着けた後、拳西にある提案をした。
「あのっ六車さん。」
「何だよ急に改まって。」
「よろしければ、伝令神機のアドレスを貰っても宜しいでしょうか?」
「―――・・・。」
さっきまで知りもしなかった男に突然伝令神機のアドレスを教えろと言われても、あまり教えたくはない。
脈絡もなく、突然すぎやしないかとすら思うのだ。
今の拳西は部下ならまだしも、何でもない赤の他人にまで交流の輪を広げる程社交性があるわけでもない。それにこの男はやたらメールを送ってきそうな気がする。
メールでの会話が苦手な拳西は、あまりメールの相手を増やしたくはなかった。
「とりあえず、コイツが目覚めてからにしてくれ。」
「了解しました。」
その後も修兵と色々会話をして、瀞霊廷通信の仕事があると言い修兵は帰っていった。
あれから三日経っても目を覚ますことはなく、期間を伸ばす理由も無いので現世に帰ることにした。
「やはり意識は戻らなかったか・・・。」
部屋の鍵を返した時の狛村の表情は、沈み切っていた。
噂によると、部下を守れなかった悔しさで今までになく落ち込んでいるそうだ。
本人に話を訊くと、最も長い間、近い距離で補佐していた程の付き合いの部下の大怪我に、落ち込まずにいられるほど冷たい心ではないと答えた。
席官の死亡や異動などがあったせいで、七番隊の最も古参の隊士は隼人だったらしい。
狛村以上に長く在籍しているのには驚きだった。
「意識が戻ればすぐに浦原喜助殿に連絡する。七番隊の穿界門を開けるとしよう。」
「済まねぇな、色々と。」
「案ずるな、六車殿。・・・儂も何か出来ることがあればしてやりたい。鉄左衛門もそうだ。」
「大丈夫だ、気にすんな。・・・そろそろ俺も、前向かねぇとな。」
「儂の方こそ前を向かねばならん。情けない・・・。」
複雑な心境を抱いたまま、隼人の父親と上司は暫しのお別れとなった。
それから三ヶ月経った後。
三、五、九番隊の空位となっていた場所に、仮面の軍勢三名の復隊の打診が入った。
元々その役職に就いていたローズ、平子、拳西に復帰の誘いが正式に持ち掛けられたのだ。
だが、皆が賛成な筈はない。
貴族や四十六室の一部は猛烈に反対し、二番隊のトップ二人と十番隊隊長は共闘した相手にあまりいい思いをしていないのか、彼らも反対している。
他にも得体の知れない者が急に隊長に来るのは嫌だという声が各隊の副隊長以下の死神数人から上がっていた。
吉良、雛森、修兵の三人は隊の現状を把握しているからか、三名の復隊に賛成していた。修兵は憧れの人が念願の隊長就任となり、既にそのつもりでかなり喜んでいるらしい。
最も反対しそうなマユリは、意外にも反対することは無かった。
むしろ、たとえ気に喰わないとしても護廷の為には入れるべきではないかと進言する程だった。
普段の言動はマッドサイエンティストそのものだが、意外と常識人であることに一番驚いていたのは白哉だったという。
真っ二つに割れた意見は一向にまとまることは無く、話こそ来ているものの暫くは復帰できそうになかった。
そしてその間もずっと、隼人は意識を取り戻すことは一度も無かった。
度々猫の姿で様子見に行っていた夜一も、痺れを切らしていた。
「隼坊はどれだけ眠っていれば気が済むんじゃ!!!」
「まぁまぁ夜一サン。気長に待ちましょうよ。」
「儂はせっかちじゃ。何ヶ月も眠っている隼坊を見ていると儂が馬鹿にされているみたいでイライラするわ!!」
「それはアンタの勝手やろ・・・。」
隊長復帰に関する話をする時は、必ず浦原商店に集まるようにしている。
ひよ里を納得させるのも大変だったが、たとえ納得させても目の前で尸魂界の話をすると露骨に嫌な顔をするので、こうして場所を変えて三人は浦原達と話を進めているのだ。
ついでに狛村や京楽から送られてきたり、夜一が直接見に行った隼人の様子も教えてもらったりしている。
「そもそも喜助!!おぬしが隼坊を空座町に送らねばこんなことにはならなかったのじゃ!!」
「えぇ~!!今更アタシに言われても・・・。」
「隼坊がいれば奴の
「強引って・・・。」
恐らくこれは、尸魂界の死神達は知らない隼人の一面を垣間見ることになるだろうと夜一は予測していた。
拳西にも伝えていない話だが、実は長年陰で拳西の隊長復帰を望んでいた隼人が、自宅から昔の隊長羽織を持って行ったのを夜一は知っていた。時々箪笥の最奥から風呂敷を引っ張り出し、まるでパワーを貰うかのように羽織に触れて目を瞑り、祈りを捧げていた姿を窓越しに何度か見ていたのだ。拳西らの隊長復帰の話を聞いた隼人が、一体どんなやり口で事を進めるのかを彼女なりに楽しみにしていた。
にもかかわらずずっと隼人が意識を取り戻さないでいるため、色んな意味で尸魂界が荒れるのを楽しみにしていた夜一はひどく落胆すると同時に、この現状を作り出した直接の原因である浦原に八つ当たりのような不満をぶちまけていた。
「わしは隼坊のせいで尸魂界が七転八倒する様子に高みの見物を決め込みたかったのじゃ!!」
「そんな台風みたいな扱いすんじゃねぇ!」
「台風なぞで済むと思うたら甘いぞ六車!隼坊の怨念はそりゃあ凄まじいのじゃ・・・!」
箪笥の奥まで物色しなかった拳西は羽織の存在を知らず、夜一の怨念という言葉にイマイチピンときていない。お守りで怨念と結びつけるには少々繋がりが薄い。
夜一は想像力豊かな頭で心を鬼にした隼人のやりそうな悪行を考え出し、一人で盛り上がっていた。
「きっと隼坊がおれば貴族連中の弱みを握り、脅しをかけたりしていたじゃろう。賄賂を行っていたかもしれぬ。議決の票数操作も出来そうじゃのう。何にせよ、奴が裏で暗躍するのは間違いない。汚職にまみれた隼坊をわしは見たかったのじゃ!」
「オレ隼人のそんな姿想像したないわ。」
下ネタも全く知らなかった純粋無垢な少年が酸いも甘いも知った、汚れきった大人になり、悪事や汚職にズブズブに染まって甘い汁を啜ってしまうなど、現世の口だけ達者な政治家みたいで考えたくもない。
結局この日尸魂界とも対話をしたが、いつも通りの議論に終わり解散した。
それからも何も進展は見られず、更に二ヶ月が経った。