現世に降り立った時に出迎えてくれたのは、お馴染みの京楽だった。
狛村が来るかと思っていたが、仕事が忙しく今日は来れないとのことであった。
穿界門は自分でやり、後を京楽に任せた形である。
「京楽さんは仕事休みなのか?」
「いいや。ホントはボクも仕事だけど、七緒ちゃんが今日に限って朝遅刻してきてね・・・。」
何と京楽は、七緒と隼人のやりとりを影越しに今回もばっちりその眼に収めていた。
人の感情の機微に誰よりも聡い京楽は、当然隼人の心情もばっちり理解している。
人生最大の嫉妬に狂いに狂った京楽は、隊舎に帰るなり手ぬぐいを噛んで「キ―――――!!!」とやりそうになったが、そこは大人としてのプライドが許さない。
だが、事態は非常にまずい。遂に己の気持ちに自覚した場合、かの青年なら大胆な行動に出かねない。七緒の恍惚とした表情を見てしまった時の数十倍は危険だ。
自分の一時の入院という設定を利用して巧妙に弱った演出をし、愛しの七緒ちゃんをオトしてしまうかもしれない。
『京楽隊長!
『私達、付き合っているんですよ!・・・・・・一緒に住む家だって、もう決めちゃってるんですから・・・隼人さん・・・。』
腕を組み、親密な雰囲気でイチャイチャしながら同伴出勤してくる二人を想像した京楽は、今度こそ「キ―――――!!!」と手ぬぐいを噛んでしまった。
こういう時に想像力豊かな自分を呪いたくなる。
ばっちり数十分遅刻してきた七緒に、いつになく京楽はご機嫌斜めだった。
「京楽隊長。申し訳御座いません。少々所用があって・・・。」
「あら七緒ちゃん、遅刻なんて珍しいね。でもいけないよ遅刻は。今日朝礼あったのに。」
「えっ朝礼って、今日でしたか!?」
隊士と示し合わせた真っ赤な嘘だが、これぐらいの悪戯をしないと正直気が済まない。
「うん。皆七緒ちゃんの事心配してたから、『・・・・・・実は、朝帰りらしいよ。』って言っちゃった!」
「何余計なこと隊士達に伝えてるんですか隊長!!」
これも嘘だが、嫉妬へのムカムカは簡単には収まってくれない。
「だから今日は、いっぱい仕事して皆の信用取り戻さなくちゃいけないね。」
「・・・・・・まさか、隊長・・・?」
「うん、ボク今日午前で帰るから。後ヨロシク♡」
「それはダメです!!」
朝から押し問答が暫く続いたが、珍しく遅刻した七緒はその負い目で根負けしてしまい、京楽が午前で仕事を終わらせることを許してしまった。
「・・・ってなことがあったのさ。」
「一丁前に男になりやがったな・・・。」
息子の恋愛事情など別にどうでもいいかと切り捨てられそうだが、京楽の嫉妬っぷりを見ていると何とも言えなくなってしまう。
「でも多分七緒ちゃんは最後にはボクの許に来てくれると思うんだ~♡」
「その根拠のない自信は何だよ。」
「酷いな。根拠はあるよ。」
そう言った京楽は、拳西の肩を再びポンと叩く。
「何で俺が?」
「キミといる時の隼人クン、間違いなくモテない。」
「は!?」
まるで自分がモテないみたいな言われ方をして、素晴らしく不満だ。
京楽は最初こそ焦りに焦ったが、冷静に考えてみれば何とかなるのではないかと思い始めた。
なぜなら、これからは拳西という存在が隼人の近くにつく。
子どもの頃の喜怒哀楽が激しくうるさい、相当に強烈な性格に戻ってしまえば、七緒の想いも消えてしまうのではないか、と京楽は推測していた。
実際に七緒の恋心が砂絵のように吹き飛んで消え去ってしまうのは、そう遠くない未来の話である。
「何、六車クンがモテないって言ってるわけないでしょ。六車クンと一緒にいる時の隼人クンが女の子にはウケないって話だよ。」
「その予想が外れた時のあんたの絶望した顔が見てみたいな・・・。」
霊術院にいた頃の隼人は、確かに浮いた噂は一つも無かった。
男女問わず話をしているようだったが、周りの友達の院生が何組か付き合っている中、隼人がいつも一緒にいるのは射場中心の男連中グループだった。
そういえば、昔こんなことを言っていた。
『何で僕の目の前で男と女がくっつき合ってるんでしょうね!当てつけか!!消え去れクソが!!!』
『いいですよ別に!どうせ僕は一生独身ですよ!結婚なんて夢のまた夢ですよ!ずーーっとこの家に住み着いてやりますよ!』
確か平子達と新年会を開いた時に、お茶で酔った隼人が荒れに荒れて叫んでいたような気がする。
五回生の終わり頃だったので、思春期を迎えてカップルが増えて、隼人も苛立っていたのだろう。
その頃はいい加減自立してほしいと親目線で考えていたが、たしかにそんな思考に戻ってしまえば結婚どころか、付き合いとかも出来なさそうだ。
小さいころからスレた大学生みたいな考えを持っていれば、恋愛など上手くいく筈がない。
またまた昔に思いを馳せていると、ここ最近何度も見た四番隊舎が見えてきた。
病室に向かう途中の廊下で、浮竹に遭遇した。
どうやら隼人の見舞いに来てくれたようだった。
「今、隼人君は寝ているぞ。」
「は?マジかよ。今から行くってメール送ったのにあいつメール見てねぇのか・・・?」
怪訝な表情をする拳西を見て浮竹は頭の上に豆電球を浮かべる。
そんな感じでまさに妙案を思いついた顔をした。
「突然現れて隼人君を驚かせてみないかい?」
京楽がそれに乗っかる。
「いいねェ~~~!!目が覚めたら突然現れるなんて、彼きっとびっくりするよ!」
「そうと決まれば行くぞ!静かにな!」
(・・・?・・・????)
突然の変化についていけないまま、体を押されて病室に忍び込み、丸椅子に座らされてしまった。
じゃあな!と言った後浮竹と京楽は病室からは出て行ったが、霊圧はそこで留まっている。
ここまでわかりやすく聞き耳を立てられると、何だかこっぱずかしくて話せなくなりそうだ。
窓際に座り込んだ拳西に背を向ける形で隼人は横臥している。
すーすー寝息を立てて眠っている姿から、茶の間で勉強道具を散らかして眠っていた姿が思い起こされ、何も変わっていないことに少し安心する。
点滴は未だに打っているが、眠っている姿を見ると回復しているのは一目瞭然だった。
この前尸魂界にいた頃に比べて、髪がめちゃくちゃ伸びていた。
そのせいか前髪もまとめて髪が後頭部で縛られていてオールバック状態になっており、新鮮すぎる髪型をしていた。
現世のサーファーみたいだ。
一体誰に髪を纏めてもらったのだろうか。
その頭の近くに、伝令神機があった。
開いてみると、通知欄に数時間前に送った書簡の通知が画面にあった。
(見てねぇのかよ・・・。)
書簡の存在に気付いていれば、通知欄に自分の名前が残っている筈はない。
そもそも見ていれば起きている筈だ。
101年振りに会う親が来るのを知っていて、そのまま寝るような間抜けに育てた覚えはない。
それでも目の前の男は書簡を見ずに眠っているが。
そのまま一時間程経ち、夕焼けが病室に射し込んできた。
「んっ・・・眩し・・・。」
カーテンを閉めるために立ち上がろうとした瞬間に、声が聞こえた。
昔とまったく声が変わっていなかった。
窓の方に目を向けていないにもかかわらず眩しいと呟いたのはちょっと理解に苦しんだが、そんな事はどうでもよくなる程に拳西は緊張していた。
夕焼けの暖かさを感じて、隼人は目を覚ました。
壁に当たった日差しの光が思った以上に煌めいていて、目が辛い。
ごろんと体を右に回し、仰向けに体を戻した。
「んんんん~~~っ・・・・・・。」
右手を目の上に当てて日差しを防ごうとしたが、上手く腕に力が入らずぱたんとベッドに落ちてしまう。
あーやっぱ力入らないかと意識のはっきりしない頭で考え再び目を瞑ろうとしたが、窓際に誰かが座っているのが見えた。
「だれ・・・?」
ぼやけていた視界が開けていくと同時に、死神の服装ではないことがわかった。
紫色のタンクトップを着た男だ。手に嵌めたグローブを外しているようだ。
腕は、やけに筋肉で盛り上がっていた。
よく見ると、体も自分とは比べ物にならない程の筋肉がついている。
「・・・寝すぎだ馬鹿。メール見てねぇだろ。」
「へ・・・?」
その声は、聞き覚えがあるものなどではない。ありすぎるものだった。
ずっと聞きたかった声だった。ガサツでぶっきらぼうでも、隼人にとっては誰よりも一番に安心できる声だった。
この声の主は、知っている。
目を凝らして顔を見たら、髪型は変わっていたが、疑いようもなかった。
持ちうる力全て振り絞ってガバっと体を起こす。
「・・・・・・ほん、もの・・・?」
「・・・そうだ。」
「ほんとに?・・・ほんとに・・・?」
「うるせぇ。何遍も言わせんなバカ。」
「夢じゃねぇよ。俺はちゃんと此処にいるぞ。」
開いた口が塞がらない。
この時を、ずっと待っていた。
ずっと会いたかったあの人が、今しっかりと目の前にいる。
隼人の頭にポンと手を当てて、呆然としている隼人にその男は目線を合わせる。
その目は、紛れもなく六車拳西の目だった。
「久し振りだな、隼人。」
瞬時に隼人は、再会した時に伝えたかった言葉を頭の中から引き出そうとする。
お久し振りです。
こんなに成長しましたよ。
百年経っても、変わらないですね。
たくさん考えていたが、突然の再会に頭が回らなくなっている。事前に色々考えていた言葉を口に出そうとしたが、つっかえてどうしても言葉を発せない。
代わりに、絶対に言ってはいけないと踏み止まっていた思いが、口から紡ぎ出されてしまった。
その声が。その手が。その目が。
あの日失った感情を、一気に呼び起す起爆剤となった。
七番隊の口囃子隼人は、一瞬で六車拳西の子どもに戻ったのだった。
「一体・・・どれだけ待ったと・・・思って、いるんですか・・・。」
失われた感情に、色が取り戻されてゆく。
大人になって作り上げた愛想笑いの笑顔で迎えることなど、出来なかった。
ぽろぽろと溢れる涙は、顔を伝って自分の手の甲に落ちてゆく。
手で顔を隠したくても腕が上がらなくて、俯くしかなかった。
「お前いっつも泣く時は手で顔隠してたもんな。」
「だれの、せいで・・・泣いてると、思ってるんですか・・・!」
顔を上げられずに涙を流していると、拳西は頭に置いた手を離し、隼人の左手を握る。
掌の上には、真新しいお守りが乗せられていた。
「あ・・・・・・。」
「こんなモン、よく失くさなかったよな。」
「――――だって・・・。」
言うべきではないと留めていた思いで、止められなくなってしまった。
「だってそれが、拳西さんの、残してくれたものだったから!お守りと写真と、隊長羽織が、
震えた声で力いっぱい叫ぶが、一つの想いに収斂してゆく。
その想いは、何よりも子どもじみたものであった。
「会いたかった・・・会いたかったよ・・・拳西さん・・・。」
溢れる涙は温かく、とめどなく流れてゆく。
「突然、いなくなって・・・話したいこと色々、あったのに、ひっぐ、・・・・・・会う事もできなくて・・・ずっと、一人で、寂しくて・・・・・・辛くて・・・夢で、会っても、すぐ消えちゃって・・・この前だって、うっぐ、藍染に、殺されそうに、なって・・・でも、誰も、来てくれなくて、怖くて、怖くて・・・。やっと・・・やっと、拳西さんに会えた・・・。」
そして拳西は、泣いている隼人にいつもの行動を行う。
小さい頃からこうすれば、ビービー泣く隼人は必ず泣き止むおまじない。
ぎゅっと抱きしめてやり、背中をさする。
「ずっと待たせちまったな・・・。済まねぇ。」
昔の記憶がフラッシュバックする。
あの頃の匂いと、何も変わっていなかった。
こんな懐かしさの塊のような行為をされて、涙を止めるなんて出来る筈なかった。
「拳西さん・・・!けんせいさん!!!!」
タンクトップの裾を掴み、拳西の肩で号泣した。
あの日に流した絶望の涙とは違う。
迷子の子どもが大好きな父親を見つけて駆け寄って泣いているかのような、温かく幸せな涙だった。
「泣くなよそんなに。相変わらずうるせぇ奴だなほんと。」
拳西の少し震えた優しい声が、裾を掴む力を強める。
いつもならさすられて落ち着くのに、何だかどんどん気持ちが溢れ出していく。
たった一人のヒーローが目の前に来てくれただけで、101年前の忘れ物を取り戻したような気分だった。
「だって・・・!だって・・・!うっ・・・・あぁああっっ・・・!」
部屋の外にも聞こえる大きさの声で号泣し、隼人は101年振りに全てを取り戻した。
隼人の孤独で長い戦いは、漸く終わりを告げたのだった。
外で聞き耳を立てていた二人も、心底安心した様子だった。
「良かったな・・・。」
「彼もようやく、昔みたいに戻れそうだ・・・。」
わんわん泣いている声で二人の再会を感じ取り、長年隼人を一番近くで見守っていた二人のおじさん達は胸がいっぱいになる。
「帰ろっか。ボクも仕事しなきゃ。」
「そうだな。」
気が変わった京楽は、隊舎に戻って仕事に打ち込むことにした。
浮竹も隊舎に戻り、この幸せな気持ちのままに自身の連載、『双魚のお断り!』を書くことにした。
これにて空座決戦篇は終了です。
何だかんだ言ってメチャクチャ長くなってしまいました。
次回から新たな篇に入ります。
ちなみに、何故破面篇にしなかったのかというと、主人公は破面と一切戦っていないからです。単純です。
あと、しばらく実生活が忙しくなるのでちょっと休みます。
九月くらいには新篇始めようと思います。もう少し遅くなるかもしれません。
暫くは戦いのたの字も無い平和な日常になります。