大きな湯舟にたった一人で浸かっていると、何だか貴族になったみたいで少し心が浮き立つ。
ガラガラとドアを鳴らしてお風呂から出て行ったのは、サウナに入っていた四番隊士だろう。
サウナから漏れ聞こえる話し声も一切聞こえなくなり、わしゃわしゃと体を洗っている拳西の動きの音と、湯舟のお湯が循環する音しか聞こえない。
そんな落ち着いた空間で何故かぼんやりと脳裡に浮かんだのは、朝に見た七緒の可憐な笑顔だった。
(何で思い出しちゃうんだよ・・・!)
正直、めちゃくちゃ可愛かった。一目惚れに近いかもしれない。
京楽が可愛がる理由に、共感しか感じない程だ。
忘れたくても、忘れられない。
思い出す程、胸がきゅっと苦しくなる。
よく修兵が松本の仕草にキュンとするとか飲みの席で騒いでいたが、こういうことなのだろうか。
万全の体調だったら、ギュって抱きしめてあげたくなったのだ。
特別な理由などないが、ずっと一緒にいて欲しいと思ったのだ。
俯いて波打つお湯を見ていると、隣に拳西が座って来た。
「どうした。」
「えっ!!い、いや、別に・・・何でも・・・。」
お湯で温まっていたにしては、顔がやけに赤い。
その顔を見て、昼に京楽から聞いた話を思い出した。
恋煩いか。ある意味成長したと言えるのかもしれない。
「そういや隼人、気になってる女とかいねぇのかよ。」
「へぇっっ!?い、いませんよ!!」
ここまで分かりやすい反応をされると、むしろ先が思いやられた。
酔った勢いで自分の気持ちをぶちまけてしまう、といった事件を起こしてしまいそうだ。
変化球をかけるより、直接言った方がいいだろう。
「俺は八番隊の女副隊長はお似合いだと思うな。」
(!!!!!!)
横顔を見ると、わかりやすいように顔がだんだんと赤く変化している。
図星だったか。
だが、この様子だと恐らくまともに恋愛したこともないのかもしれない。
慣れていないどころか、恋愛初心者感しかない。
それでも否定してくるかと思えば、意外とあっさり認め、あろうことか相談してきた。
かなり重めの。
「どうしましょ・・・。僕、お付き合いとか、したことないんですよ。・・・この年で、いまだに・・・・・・ックス、したこと、ないですし・・・。」
「・・・・・・マジかよ。」
リサが絶対あいつは童貞だと以前騒いでいたが、それも本当だとは。正直反応に困る。
親相手に下の相談をする子どももどうかと思うが、それほどに深刻に捉えているのだろう。
実際200年近く生きて一度もセックスしたことないのは深刻な問題だが。
「そもそも、七緒さんが僕の事どう思ってるのかだって分かりませんよ!?告白したって受け入れるなんて思えませんし・・・。」
「そこ気にしてたらずっと前進めねぇぞ。誰だって確証無ぇまま告白してるようなモンだろ。」
「拳西さんはどうだったんですか?」
「・・・・・・ここで聞くかよ・・・。」
突然自分の過去の恋愛話を振られて面食らうが、訊いてくる隼人の目は心底不安そうな目をしているため、無下にするわけにもいかない。
簡潔にまとめることにした。
「・・・俺だって、昔はそりゃあ付き合ったりとかしたぞ。」
「どうだったんですか。」
そこでさらに訊くかよ!と突っぱねたくなるが、101年振りに再会した息子の本気の悩みに答えてあげられない親ではいたくなかった。
自分だって、隼人の倍近くは生きている。人生相談ぐらい乗れないと男としてダメだ。
「隊長になる前だったっけな・・・いや、ヒラの頃だったな。女の方から告白されて付き合いはしたがあんま長く続かなかったぞ。」
「中々勇気のある女性ですね。どれぐらいですか。」
「――――・・・半年もってねぇぞ。つまらん男だって言われてフラれた。俺が女相手に足並み合わせられねぇのも悪いんだがな・・・。」
「確かに拳西さん人に合わせること出来なさそうですもんね。」
二回目の口撃でさすがにイラっときたのでデコピンをした。
天然の生意気なのだろうか。こんな小憎たらしい性格に育てた覚えはないのだが。
拳骨は我慢したのでそれだけでも感謝してほしいぐらいだ。
「相変わらず痛い・・・。」
「生意気な口ききやがって・・・!」
「いいじゃないですか!久々にキレのある僕の言葉聞けて!」
「よくねぇよ!!あと自分で言うなバカ!!」
風呂には二人しかいないので、暫くギャーギャー騒いだが誰にも文句は言われなかった。
一周回って悪友みたいな関係になっている気がする。
体の年齢が近くなったからか、101年話していないにもかかわらず会話の距離感は以前より近くなったように思えた。
でも、隼人の心はまだまだ子どもだ。
初めて抱いた恋の感情に簡単に振り回されてしまうようでは、大人とは言えない。
むしろ、周りの年下の死神よりも子どもっぽいかもしれない。
だからこそ、等身大でいるのが一番いいと拳西は結論付けた。
「お前はお前なりに頑張れよ。背伸びすんな。ありのままの想いぶつけりゃお前の好きな女も振り向いてくれるんじゃねぇか?」
「・・・結論、いい加減ですね。」
今度こそ拳骨してやった。
風呂から出た後もまぁ色々と大変だった。
ベンチに座らせてタオルで体を拭いて水気を取ってやったまではいいが、そこから自分の力で服を着ることが出来ない。
主に下半身周りで一体どうするべきかの
「現世のパンツって何か変な感じしてあんま好きじゃないんですよね・・・。」
「だからって俺はお前の下帯付けるのは絶対やらんぞ。」
「それも介助の一つですよ~。」
「うるせぇぞ!!つべこべ言わずにパンツ履いてろ!せっかく新品持ってきてやったっつーのによ!!」
数ヶ月眠っている以上まともに体が動かないことは前々から予測していたので、拳西は現世の便利グッズを色々買って持ってきていた。
その一つとして下帯なんかより数倍便利なボクサーパンツを持ってきてやったのだが、現世の下着に慣れていない隼人は極力履きたくないと尻込みしている。
下帯とは違う締め付け感が、隼人にとっては奇妙であまり好きじゃないのだ。
「しかも何で下着なのにそんな派手な柄なんですか?」
「文句は製作会社に言え。」
「ピンクと紫の縞々とか変態が履くやつですよ。僕そんな変態じゃないですから嫌です。」
「童貞気にするマセガキのどこが変態じゃねぇんだよ。」
「ちょっと!!大声で言わないで下さいよ!!」
それからも暫く言葉の応酬が続いたが、結局隼人が折れて慣れない変態柄のパンツを履くことになった。
適当に引っ張り出して買ったパンツ如きでこんな不毛な議論をしていてはもうヘトヘトだ。
花太郎から貰った新しい入院患者用の服を着て長い髪も乾かし、長かった風呂もようやく終わった。
病室に戻った時には前髪も最初みたいになってしまい、また視界に暗い靄がかかっていた。
「これ、ほんとどうにかならないですか?」
「明日の朝いじくってみるか。」
「拳西さん髪切れるんですか!?いつの間にそんな手に職「んな訳ねーだろ!!」
「いひゃい!!でもほへも懐かしい!!」
ぐにーっと頬を引っ張られるのも昔よくお仕置きでやられたので、101年前に戻ったかのようだ。
しかし髪を切らないで一体どうやって前を見えるようにするのだろうか。
すると、またまた便利グッズを鞄から出してきた。
「何ですかこの・・・瓶?あと、スプレーですか?手に塗るクリームみたいなやつもありますね。」
「全部髪に使うやつだ。俺が使ってるやつだが多分お前の髪にも合う。」
「これをベタって塗るんですか?」
「手に馴染ませて使うんだ。最初に前髪濡らしてあっちの脱衣所にあったドライヤーで乾かした方がいいな。まぁ明日待ってろ。今日はもう頭洗ってるからダメだしな。」
「は~い!」
うっきうきで明日を楽しみにしていた隼人は、ここである疑問が浮かんだ。
「そういえば拳西さん、そんな大荷物持ってどこに泊まるんですか?ここの病室のどっかにですか?」
「お前ん家借りるぞ。」
「は?」
今、何て言った?
「お前が退院するまではお前の家にしばらく俺が住むぞ。」
「えっ・・・えええっっ・・・・・・。」
「何だよそのあからさまな顔。嫌かよ。昔一緒に住んでたじゃねぇか。」
「別に嫌じゃないですけど・・・。」
鉄裁が来た時みたいに物色されるのはちょっと困る。
見られたら困るものは何一つ家には無いが、プライバシーという物が隼人の心の中にはあるのでちょっと複雑だ。
携帯に一切ロックかけていないクセにどの口が言うんだという話ではあるが。
「物色しないで下さいよ。」
「もう十分色々見たぞ。」
「えっ。」
「隼人が倒れた時にしばらくこっちにいた時があってな。その時もしばらく家泊まったから問題ねぇぞ。」
「初耳!!っていうか、マジか!!戦い終わった後こっち来てたんですね!」
勝手にずかずかと家に入られたのは親とはいえちょっと微妙だが、新情報によって微妙な心境は上手い事かき消された。
怪我もしてないのに此処に泊まるのはどうかと思うと伝えると、そういう所では聞き分けのいい隼人は納得して部屋を貸してくれた。
「明日飯作って持ってきてやる。」
「え~~!!久々に拳西さんのご飯!!楽しみにしてます!!」
「おう。」
夜も更けたので拳西は七番隊に向かう。
対する隼人はお風呂に入ったおかげで清潔になった体に非常に満足し、明日のご飯を楽しみに待ちながら眠りについた。
消灯前花太郎に「楽しそうですね~。」と言われる程には、今までになく上機嫌だった。
翌日の朝飯は、現世っぽくサンドイッチが出された。
食べたことの無い物に朝からテンションが上がっていく。
「尸魂界にいるとやっぱ基本ご飯なので偶にパン食べるのもいいですよね!サンドイッチなんて面倒なので嬉しいです!」
「サンドイッチで面倒なんか・・・。」
数ヶ月ぶりに体に入れた食べ物は、何物にも代え難い程美味しかった。
二日ほど点滴で生活していたため栄養を直接取る生活しかしておらず、食べ物を摂取することがずっと無かった。
本来は四番隊の病院食を食べないといけないのだが、花太郎には内緒で勝手に食べている。
後で怒られるのは避けられないだろう。
腕を使えないので拳西によってサンドイッチを口にぞんざいにねじ込まれるのは少し苦しいが、美味しいのでそれもノーカンだ。
「早く腕使えるようになれよ。」
「ふんへん(訓練)、しないといけないですね。」
「食いながら喋んな。その癖まだ直ってねぇのか。」
「いつもはちゃんと抑えてますよ。」
ハムとレタスとチーズのサンドイッチを食べ終わった後、次はタマゴサンドを指さしてこれが食べたいとお願いする。
自分で食べればいいものだが、無理な物は仕方がない。
「おらっ口開けろ。」
「拳西さんからあーんされても一切ときめかないですね。」
「お前が口開けてる情けねぇ姿を見る俺の気持ちになれ馬鹿野郎。」
「へへへ。心外ですね。」
と言いながらも口を開けてタマゴサンドを待ち構える。
まさにタマゴサンドが口の中に入ろうとしたその瞬間、病室のドアがガラガラと開いた。
「口囃子さん。あの、よろしければこちらを―――――・・・。」
風呂敷に包んだタッパーを持ってきて病室に入って来たのは、よりによって七緒だった。
「あ、七緒さん。」
前髪を四番隊女性隊士からもらったピンで留めていた隼人はしっかり七緒の姿を見ていたが、こちらの姿を見た瞬間顔色が変わった。
「どうしたんですか?」
「―――・・・。」
七緒の目の前のテーブルには、自分が作ったものと全く同じサンドイッチが置かれている。
それも、一生懸命作った七緒の自信作よりも圧倒的に美味しそうなサンドイッチだった。
しかも、どうせなら悪戯がてらやってやろうと考えていたあ~ん食い作戦も(京楽が見たら喀血+卒倒モノ)、あろうことか男の拳西に先越されてしまった。サンドイッチを作ったのも拳西だろう。料理上手というのは昔から聞いていた。
そして、そのサンドイッチを食べようとしていた隼人の顔は、あの時の精悍な頼れる男の顔ではなく、昔のヘタレだった子どもの時の顔に逆戻りしていた。
ありのままの隼人の姿を思い出し、一気に幻滅してしまった。
「・・・私は一体、何をしようとしていたのでしょう・・・。」
その七緒の言葉を聞いた拳西は、やっちまったと後悔した。
それと同時に、京楽の言っていた言葉をようやく理解した。
確かに、自分と一緒にいる時の隼人の姿はいかにも自立してないというか、子どもっぽく生意気で、異性と友達以上の関係に発展するような性格には見えなかった。
尸魂界にいる女子は頼れる男を好む傾向にあると大分昔にリサから聞いたことがあったが、変わっていないとすれば、隼人は恐らくなかなかにまずい部類に入ってしまいそうだ。
そして、隼人はそれに全く気付いていない。
「今日も来てくれてありがとうございます!またお喋りしましょうよ!今日は何かあったんですか?手に持ってるのは何ですか?」
満面の笑みで話しかける隼人は、恐らく七緒の求める隼人像ではない。
実際年下なので仕方ないのだが、日々京楽という頼れる男の副官でいる七緒にとっては、今の隼人はただのへらへらした情けない後輩でしかない。
すっと無表情になって眼鏡を光らせた七緒は、手に持っていた風呂敷で包んだタッパーをベッド備え付けの机に置き、「では、失礼します。」と丁寧にお辞儀して退出した。
それを見た隼人は、機微に気付くことなくぽかんとしていた。
「どうしたんでしょう・・・。あ、タマゴサンドお願いしまーす。」
「・・・・・・、こりゃ、無理だな。」
「????」
自分にも原因があることに全く気付いていないのでお互い様なのだが、女心を毛程も知らない隼人に恋愛など無理だと拳西は結論付けた。
この親子に、女心など分かる日が来るとは思えないが。