七緒が持ってきた風呂敷にはサンドイッチが入っていた。
「ん~・・・。拳西さんのに比べたらパンチに欠けますね・・・。やっぱ何かこう、雑な味が好きなんですよ。拳西さんの雑な調味料配分の割に美味しいご飯で僕は育ったので綺麗にまとまったのはどうも・・・う~ん・・・。」
「お前、それ死んでも俺以外の前で言うなよ・・・。」
「いや、さすがに言いませんよ。」
本人の前で言えば泣かれる案件というか、女性死神協会から全面的に敵と見なされる衝撃発言に拳西は隼人の口を封じ込める。
確かに拳西からしても普通の味だが、将来妻としてご飯を作ってくれるとしたら、普通が一番なのだ。
そこに分からない隼人はまだまだ人生経験が浅いと見る。
そして、そろそろ
「あのぉ、今日の分の点て・・・あああぁぁぁ~~~~!!!!!!」
「げっ、忘れてた!!」
「何やってるんですか口囃子さん!!!まだご飯食べるのは早いって昨日言いましたよね!!!」
花太郎に昨日の夜、しばらくは点滴で体の中の栄養素を調節しますと言われていたが、その時に絶対にご飯は食べないで下さいと言われていたのだ。
今まで真面目だった隼人が約束を破るはずはないと花太郎は期待していたが、たったの一日で約束が破られてしまった。
凄まじい性格の変わりっぷりである。
「ちょっとぐらいいいじゃん。ダメ?」
「そんな可愛い子ぶってもダメですよ!!髪の毛を武器にしないで下さい!!」
「だって拳西さんが朝飯作ってやるって言ったから断る訳にはいかないよ。」
「えぇ~~!六車さんも勝手なことしないで下さいよ!僕だって毎日毎日色々考えているんですよ!」
花太郎の糾弾は拳西に向かい始めたがすぐに方向を元に戻させる。
「しょうがねえだろ。どうしても飯食いてぇってこいつがごねやがったからな。」
「はぁっ!?!?事実捏造しないでくれます!?」
「四番隊の味気ない飯なんか嫌だって言ってたぞ。」
これは正直事実であり、あんなご飯では回復もままならないと拳西は考えていた。
それゆえに拳西が飯を作って持って行ってやれば隼人にとって元気になり、栄養もつくだろう、そしてゆくゆくは四番隊からご飯なんて作りませんってお怒りの言葉が来ればむしろ好都合なんて考えていたが、花太郎は別の方向に意志を燃やし始めた。
「だったらそれを四番隊の食堂のおばさんに伝えて改善させます。この際もう口囃子さんは元気そうなので点滴でなくてもよさそうですね。毎日
少々怒りの篭った口調で花太郎はまくし立てた後、足早に病室を出て行った。
これは恐らく、より味の薄いご飯が待ち構えているだろう。
「怒らせちゃいましたかね・・・?」
「知らねぇぞ。」
「えっ、拳西さんのせいですよ!!」
「うるせぇ!!」
食い下がってくる時は、うるせぇと言えば大体どうにかなるのであった。
数時間後。
昨日事前予告していたミディアムヘアの髪型セットタイムがようやくやってきた。
これで、うざい前髪ともおさらばである。
切っていないので正確には付きまとってくるのだが。
大浴場の脱衣所に、ワックスやヘアスプレーなどの道具を置き鏡を見る様子は、即席の美容室のようである。
「髪濡らすぞ。」
「お願いしまーす。」
洗面台がシャワー式のもので助かった。普通の蛇口であれば面倒なことこの上ない。
衛生面に気を遣い洗面等の設備で現世の技術をフル活用している点は、卯ノ花の心遣いだろう。
温かいお湯で一度髪の毛を全て濡らした。
そこからは、風量の強いドライヤーで前髪から乾かしていく。
前髪の根元の毛を立ち上げ、左側に靡かせていく。
「へぇ~こんな感じでやるんですねぇ。」
「昨日必死に携帯使って調べたんだぞ。文句言ったらどうなるかわかってるよな?」
「言いませんよここまでしてもらって・・・。」
顔の周りの髪の毛を乾かした頃には、大体前髪の根元も乾いている頃合いだ。
今度は上から表面の髪の毛を乾かしていく。
最初に作った流れをそのままに、上から下にドライヤーを動かして熱を当てていく。
ここまでの流れを見た隼人は、一抹の不安を抱いていた。
(何か・・・まつもっちゃんっぽくね?)
前をしっかり見えるようにと打ち出した拳西の秘策であるかき上げヘアは、要するに”いい女”がやるものであり、今の見た目は自分で言うのもあれだが完全に”いい女”化していた。
自分の顔がいいとかそういう事を言いたいのではない。髪型が年上のセクシーなお姉さん化しているだけだ。と必死に言い聞かせる。
以前松本が見ていたファッション誌に写っていた、爪楊枝みたいな脚をした女性がくしゃっと笑って髪をかき上げていたのが脳裡に浮かぶ。
これならヘアスプレーだけでいいかと拳西が呟きながらシューっと髪に煙が当てられ、どうやら完成したようだ。
「おらっ出来たぞ。これで前もしっかり見えるだろ。」
「わぁ~~っ、すごーい・・・・・・。」
「何だその微妙な反応は・・・。」
完全に、女だった。
女装した男などではない。自分の童顔のせいでもあるが、顔だけ見れば完全に女と間違えられてもおかしくない。現に隼人自身が分からなくなるぐらいにはアイデンティティが崩れてしまいそうだ。
「だって、これ完全に性別変わってるじゃないですか。」
「仕方ねぇだろ。隼人の今の髪型で前髪なくすとしたらかき上げるしかねぇしな。いい出来栄えだろ。喜べ。」
「喜べませんよ。主に僕が。見られたらびっくりされますよ。」
「なら誰か知り合いに悪戯でもすればいいだろ。」
「そんなの引っかかる奴いるわけ――――・・・。」
いや、いる。
「・・・まさかね!まさか引っかかるとは思えないですけど・・・やってみますか。」
「いるんか・・・・・・。」
こんな穢れきったハニートラップに引っかかる男が今の護廷十三隊にいるかもしれないということが、拳西にとっては残念でならなかった。
「実験です!ちょっと面白そうなので。なので、すみませんが拳西さんは今日はもう帰っても構わないです。」
「・・・分かったよ。時々様子見に行くからな。」
「髪が崩れた時は呼びます。よろしくお願いします。」
こうして、口囃子隼人の打算しかないハニートラップ大作戦は、幕を開けた。
檜佐木修兵は、瀞霊廷通信の編集や他隊との合同演習でしばらく一人繁忙期に入っていたため、お見舞いなど行く余裕が無かった。
ギリギリだったが4月分の締め切りも無事に守って原稿を提出し(主に松本と京楽のせい)、今日晴れて久々の休日を過ごすことができた。
そんな中、自分をかわいがって目にかけてくれている先輩が大怪我による昏睡状態からようやく目が覚めたと聞き、久々に顔を見に行き、果物を買って食べてもらおうと考えていたのだ。
「口囃子さん・・・六車さんに再会できたのか・・・?」
色々心配していた修兵は、自分が来れば喜んでくれるだろうと目論見、少し多めの果物の詰め合わせを買った。
大きな果物かごを抱えて四番隊舎に入った修兵は、花太郎から病室の場所を改めて聞くが、変わっていないようだったので一人で向かうことにした。
(落ち込んでいなければいいな・・・。)
少し足早に病室まで歩いていき、目当ての病室まで向かって行く。
表札には、しっかり『口囃子』と書いてあり病室に間違いない。
「口囃子さん!檜佐木です!失礼しま――――。」
「きゃっ!」
中に入ると、知らない女性がこちらを見た後一瞬で窓際に顔を逸らした。
まさか病室を間違えたかと思ったが、表札はさっき見たものと変わりはない。
「すっすみません!!間違えまし「あっ!あのっ!」
「えっ・・・?」
そうか細く高い声を出した女性は、布団で目から下を隠しつつ修兵の顔を見つめている。
修兵好みのかき上げヘアでセクシーな髪型をした女性だった。
「あぁ・・・・・・。」
「口囃子さんは、退院なさったみたいですよ?」
「そ、そうか、すまんな。じゃあ何で花太郎は「あ、あのっ!!」
「ん?何だよ。」
「もしかして・・・もしかしなくても!檜佐木副隊長ですよね!!私ずっとカッコいいなって思ってたんですよ!」
「んなっ・・・・・・!!!!!」
こんなセクシーな雰囲気をまとった女性にカッコいいなんて言われた暁には、単純な修兵はすぐに頭がクラっときてしまう。
だが、修兵には松本がいるのだ。
(ダメだ!!俺には乱菊さんのおっぱいがある!考えるんだ、あのこぼれそうなおっぱいを!)
本人に知られたら殺されそうな妄想を繰り広げていたが、病室にいた女性はそんなことなど露知らず、目だけで巧みに仕掛けてくる。
「逢えてうれしいです・・・!もっと近くに来てもらってもいいですか?」
「あ、ああ。わかった。」
病人の願いを無下にできない真面目な性格の修兵は、その誘いにホイホイと乗ってしまう。
丸椅子を出して近くに座った修兵は、彼女の大胆な行動に目を見張ることとなった。
スッと指を手に絡ませ、その指はさらに腕へと絡まっていく。
(―――!!)
色を滲ませたその動きは、修兵の心を粟立たせる。
俯いた女性が頬を赤く染めているように見え、修兵も頬を赤く染める。
だが、女性の腕は弱弱しく震えていた。
パタリと女性の腕は力を失い、重力に従ってだらんと下がっていった。
「ごめんなさい・・・あたし、もう長くないんです・・・。」
「どれぐらい・・・なんだよ・・・。」
「長くて五ヵ月。短くてあと一月だって、山田七席から・・・。」
言葉を詰まらせた女性は、布団の中に顔を隠し、震えている。
辛くて、涙を抑えられなかったのかもしれない。
「ごめんなさい・・・せっかく憧れの檜佐木副隊長に逢えたのに・・・。」
我慢ならず、修兵はガバっと布団を剥ぎ取り、弱弱しい体をギュっと抱き締めた。
細くげっそりと痩せた女性の体から、ずっと闘病してきたことが窺い知れる。
「大丈夫だ!俺がついてる!俺があんたの病気を打ち払ってやる!だから安心しろ!泣くんじゃねぇ!」
「ひ・・・さぎ、副隊、長・・・。」
抱き締められた女性は、肩に顔を埋め、震えながらもお礼を言った。
「ありがとう・・・ございます・・・。檜佐木副隊長のことが好きでよかった・・・。」
「ああ・・・って、ええっ!?!?」
「きゃっ!言っちゃった!」
女性は離れようとしたが、逆に修兵は抱き締める力を強くする。
「好きでいいぜ。」
「えっ・・・。」
「俺のこと、好きでいろよ・・・。あんたのこと、まだよく知らねぇけど、これから知ればいいんだ。俺もあんたのこと、好きになっていいか・・・。」
「檜佐木副隊長・・・・・・じゃあ、今日、夜も一緒にいてくれますか?」
「えっ・・・いきなり・・・?」
さすがに修兵も面食らってしまう。
だが、細く弱弱しい体を抱き締めていくうちに、どうしても己の体がこの場に縫いとめられてしまうのを感じる。
この体を離せば、まるで風のようにどこかに消えてしまうかのように。
「夜・・・誰もいないから・・・。ここで・・・。」
「なっ・・・おい!」
「いいんです!・・・死ぬ前に、檜佐木副隊長と、繋がれるなら、あたしは幸せです。」
きゅ~~~っと胸を締め付けられた修兵は、欲求が高まっていくのを感じずにはいられない。
はだけた胸が、誘っているかのようで悩ましい。
我慢出来なかった。
「顔・・・見せてくれよ。」
「そっ・・・それは・・・。」
「いいから、見せろ。」
顎を右手の親指と人差し指で掴み、クイッと上げて顔を近づけたら。
露になったのは、間違いようもなく口囃子隼人の顔だった。
何もかもが、信じられなかった。
「へ・・・へぇ・・・?」
年上のお姉さんを思わせるセクシーな女性の顔は、あの先輩の物と全く同じだった。
姉がいるなどという話は聞いたことが無い。
声も隼人の地声に比べてかなり高い。
頭が一気に混乱し、思考回路が乱れに乱れてしまうが、情け無用の答えが返ってきた。
「何騙されてんだよ!ばっかじゃねぇの~!!!」
ぎゃっはははははは!!!!と笑うその笑顔も、修兵が見たことない程の心からの大きな笑顔で、それにも修兵は困惑してしまう。
だが、最後の声は、聞き間違う筈はない。
ちゃんと、隼人の声だった。
「口囃子さん!!口囃子さんですか!?」
「そうだよ。お前最高だよ。ここまで綺麗に騙されるんだな。いやぁ何か、すげぇわ。すげぇって言葉しか出ない。」
「なっ・・・!信じられません!」
一瞬で骨抜きにされた美女が、まさか頼りにしていた同性の先輩だなんて、誰も信じたくないだろう。
怒りつつ顔を真っ赤にしている修兵は、いいオモチャだ。
「現実はこれだよ、修兵。まさかいきなり抱き締めてくるとは思わなかったけど、傑作だねぇほんと!」
その言葉を最後に、愕然とした修兵はうわぁ~~ん!と叫びながらベッドに顔を埋めて涙を流した。