ほんのちょっと動かせるようになった腕を頑張って動かして泣いている修兵の頭を撫でてやると、意外にも早く泣き止んでくれた。
だが、かなり怒っていた。
「何でこんなことするんすか。」
「五ヵ月も眠っていると髪すごい伸びちゃってね。そのままだと前見えないから拳西さんにアレンジしてもらったんだよ。そしたら現世のファッション誌に出てくる女の人みたいになったから、面白そうだなって思って。最初に来たのが修兵なのはいいタイミングだったなぁ。」
「阿散井とか吉良にやればいいじゃないすか!!何でわざわざ俺に・・・!」
怒りでカンカンの修兵は、なんだかんだそういうターゲットに隼人が選ぶのは自分だとは思っていたのだが、それでも抑えられずぷんぷん怒っている。
だが、隼人は痛い所を突いてきた。
「ねえ修兵、お前最後何しようとしたよ?」
「うっ・・・・・・。」
「何?何しようとしたのかな?男相手に何しようとしたのかな?」
危うく、隼人相手に接吻をしようとしていたのだ。それも、結構ガチのやつ。
言える筈無い。これは心の中に留め「接吻とかまじありえねぇよ。されたらぶん殴るわ。今出来ないけど。」
「わ、わぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!!!!」
実際抱き締められた時に今の隼人には一切抵抗できる力は無かったため、万が一キスされたらそれも一切抵抗出来ない。
危うく隼人のファーストキスが修兵になる所だった。どうせなら・・・いや、何でもない。
ともかく、女性隊士なら喜びそうなことでも、隼人にとっては地獄でしかない。
修兵は弁解という名の言い訳を始めた。
「だって!あんな弱々しい姿を見たら、そりゃあ守ってやりたくなりますよ!それに口囃子さんも泣いて震えていたじゃないっすか!」
「誰が泣くんだよ。笑い堪えるのに必死だったんだよ。」
「酷いっすね!そんな極悪な性格だと思ってなかったっすよ!わざと際どい角度で胸見せたのも演技っすか!?」
「当たり前じゃん。何、男の胸にドキドキしたの?まつもっちゃんが聞いたら泣くねこりゃ。」
「乱菊さんのおっぱいは特別です!!・・・って、そうじゃなくて!!もしかして俺の腕を掴んでいた時の弱った感じも演技っすか!?」
「いや、あれは本当だよ。」
「えっ・・・。」
瞬時に修兵は、怒りの表情を抑える。
おちょくりはしたものの、だからこそ修兵にはちゃんと自分の体の状態を伝えるべきだ。
そこだけはうやむやにしたくなかった。
「ずっと寝てたから、体殆ど動かないんだよね。首は回せるんだけどさ。さっきの動きで全力だから。腕すら動かすの大変だからめっちゃ疲れたよ。」
「マジっすか。じゃあせっかく持ってきた果物食えないっすね。」
「・・・食べさせて、欲しいなっ♡(裏声)」
「裏声だったんすね、その声。」
「これも出すの大変だったんだよ。練習したなぁ~。」
苦虫を潰すような顔をしつつ、戸棚の中に拳西が入れていた包丁を見つけた修兵は、かごの中に入っていた梨を取り出して器用に皮むきを始めた。
「っていうかさ、こんな真昼間なのにお見舞い来てるってことは修兵休みでしょ?何で死覇装なの?」
「え?楽だしいいじゃないっすか。デートでもないのに決めるのも面倒っすよ。」
「まさか、私服ないの?」
「ありますよ!確かに俺は無駄遣いしがちですけど、服はちゃんと買いますよ!」
休日だろうと決まって私服を着ないこの男は、無駄遣いのせいで服すら売りに出したのかと少し心配していたが、その様子なら大丈夫そうだ。
というより、興味がないという理由で服を全然買わない自分よりも、ひょっとしたら修兵の方がちゃんと服を買っているかもしれないと戦々恐々しているぐらいだ。やっぱ雰囲気オシャレだし。
器用な修兵はすぐに梨の皮を剥き、食べやすい大きさに切ってもらった。
「・・・ごめん、やっぱ食べさせて?」
「えぇぇ~~~~・・・。」
「えーー!!お願いお願い!!」
「・・・・・・しょうがないっすね。」
「やったーー!!」
喜んで果物を待ち構えている隼人は、去年までの隼人とは完全に別人のように見える。
あんな悪戯だってやるような人間じゃないし、これ程までに笑ったり喜んだり感情表現が強いのは、かなり新鮮に見えたのだ。
ちょっとうるさいけれど。
そして、おでこを見せて印象を変えると、なかなかに地味だと思っていたこの先輩が実はかなり整った顔を持っていることにも驚きを隠せずにいた。
一応イケメンを自認している(だから残念なんだよ)修兵は、髪型をいじれば護廷十三隊のイケメンパワーバランスを脅かしかねない顔面を持っている隼人に、恐れを抱いていた。
悟られないように、努めて自然に振る舞う。
「何か口囃子さん、目覚めてから子どもっぽくなりましたね。」
「そうかな?」
もぐもぐ食べる姿も、以前に比べてどことなく子どもっぽい。
一つ一つの行動が、大げさになったからかもしれない。
年下なのに、兄貴になった気分だ。
「春に食べる梨も悪くないね。」
「ですよね!意外と美味しいんすよ!知ってました?」
「知らなかったよ!切ってくれてありがとう!」
満面の笑みでニコニコしている姿も今まで一度も見たことが無く、つられて修兵も笑顔になる。
養ってあげたくなるような笑顔だ。
残った欠片も口にいれてやるのはまるで親鳥が雛鳥に餌を与えるみたいだったが、久々に食べる果物に隼人は相変わらず舌鼓を打つ。
「次何食べますか?」
「りんご食べたい!こういう時の定番でしょ!」
「そうっすね!」
と再び器用に包丁を使って皮を剥き始めた所で、山田花太郎が昼食を届けに来た。
「失礼し・・・ああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!!!!」
「げっ!!もうそんな時間!?」
「あれだけ勝手に食べちゃダメって言ったじゃないですか!!今度は檜佐木副隊長まで呼びつけて何やってるんですか!!」
「果物ぐらい別にいいだろ。」
「ダメですよ檜佐木副隊長!」
そこから花太郎は修兵にあれこれ説明を始めたが、ほぉ、はぁ、と適当に相槌を打つばかりで全く話を聞いていない。
一連の話を聞いた上で最後に放った一言も、治療に長けた四番隊の事情を一切考えない清々しいものだった。
「げっそり痩せてるならたくさん食うに限るだろ!」
「いや・・・あの・・・・・・。・・・・・・そうですね・・・。」
結局花太郎は、ご飯を置いていって何も言わず、すぐに出て行ってしまった。
いつもの「失礼しました~。」も言わずに。
負のオーラ全開で、黒い情念を漂わせていた。
「闇堕ち、しないよね・・・。」
「さぁ・・・俺、言い過ぎましたか?」
「わからん・・・。」
昼飯は、いつもの数倍増しで味が薄かった。
しばらく修兵とお喋りしていると、阿散井、吉良、松本の三人組がお見舞いにやって来た。
「えーーーっ!!口囃子さん!?完全に別人っスね・・・。」
「僕は普通に分かったよ。前髪ないのと痩せているだけであとはいつもと変わらないからね。」
と予想通りの反応を阿散井と吉良はしていた。
あんなに乗せられた修兵はしばらく窓を向いて黙っていたが、つんつんと体をつつくと凄い剣幕で睨まれた。余程黒歴史らしい。いい弱みを握ったものだ。
一方松本は、髪が伸びた隼人を恐ろしい物でも見るかのような目で見据えていた。
「乱菊さん・・・どうか、したんスか?」
「とんでもない物を見た気分だわ・・・。」
阿散井の問いに、松本は尚も身を震わせている。
「髪型のイメチェンだけで・・・こんなに変わるなんて・・・!現世の少女漫画でしかありえないと思ってたわ・・・。私も負けてられない!!美容室行こ~~~っと!」
「ら、乱菊さん!?」
修兵に名前を呼ばれても一顧だにせず、恐らく昼休みと思われる松本はそのまま予約していないにも関わらず行きつけの美容室に向かって行った。
帰って来ない松本にぼやく日番谷の姿が目に浮かぶ。
ちなみに、ここで松本がロングの髪をバッサリ切ったことがたまたまルキアのショートヘア化と重なり、数多くの女性死神が髪を切る、死覇装にアレンジをするなどのイメチェンブームが巻き起こった。
つられて数多くの男性死神もイメチェンすることになる。
まさかインフルエンサーとなっていたことも知らず、隼人はそのまま日々を過ごすのだが。
残った三人と引き続き喋っていたが、流石に疲れたので彼らが帰った後は数時間昼寝をした。
体力不足で情けないとなるべく考えないようにする。
開き直ったら、何だか色々と楽になった。
目が覚めると、再び拳西が椅子に座っていた。
「起きたか。山田弟と何かあったのか?アイツ相当落ち込んでたぞ。」
「あぁ・・・。あそこに置いてある果物食べてるの見つかって怒られちゃったんですよ。」
「果物もダメかよ。厳しいな。」
ぼへぇーっと意識が曖昧なまま喋りつつ、ゆっくりと体を起こしていく。
さっきの疲れも少しは取れたようだ。
「明日からリハビリするぞ。」
「り・・・りは・・・?」
「体動かせるようにする訓練だ。死神復帰する為にやらねぇといけないだろ。」
「えっ手伝ってくれるんですか?ありがとうございます!」
「当たり前だ!みっちり鍛えてやるぞ。ヒョロヒョロの細い体なんかダメだ。ちゃんと筋肉つけろ。」
「別に筋肉つけた所で――――。」
物凄い剣幕で拳西が睨んできたので、しおらしく黙っておく。
昔から拳西に何度も鍛えろと言われてきたが、気乗りせずのらりくらりと躱してきたツケが来てしまった。
今回否定すれば四番隊中に怒号が響き渡りそうなので、素直に従うことにした。
大人になってから、体を鍛える必要性は少しは理解している。
「分かりました。鍛えます。でも拳西さんみたいなムキムキボディにはなれませんよ。」
「は?何言ってんだテメェ。」
「いや、昔に比べて明らかに筋肉量増大してますよね。もはや筋肉お化けで」
拳骨が飛んできた。
子どもの頃に隼人が言っていた筋肉お化けという言葉は、最も拳西を怒らせる言葉であることに今でも変わりはない。
「痛い~~!!!」
「誰が筋肉お化けだコラ!!」
「理不尽ですよほんと。一応元怪我人なのに・・・。」
「そうやって減らず口叩くなら大丈夫だな。明日からお前はリハビリに集中しろ。」
「え。」
「休む暇なんか与えねぇぞ。俺を馬鹿にしたからには覚悟できてんだろうな・・・!」
明日から始まるリハビリという名の肉体改造を機に確かに隼人は人並みに筋肉をつけることに成功したが、あまりの過酷さに何度も涙を流したのだった。