危うく女性恐怖症というか、対人恐怖症に陥りかけた隼人は暫く頑なに外出を拒み、ラブやローズの持っている漫画やゲームばかりに熱をあげていた。
「・・・ニートやな。」
「まさかここまでハマるなんてね・・・。これ、ちょっとまずかったりする?」
平子とローズが心配する中、ゲームの持ち主であるラブもあまりの熱中っぷりに教育的にまずいのではないかと不安になっていた。
「昨日ずっとテレビの画面見てたからな。F●Ⅹのラストシーンで号泣してたぞ。」
「あれはワタシも感動しマシタ。ですがずっと画面を見るのは眼に良くないデスネ・・・。」
今の隼人は寝転がりながらバトル漫画を読んでいる。
「おっ!この戦い方使えそう!紙に書いておくか・・・。」
よりによってバトル漫画を教科書代わりに使うのは如何なものか。
ちゃんとした本で体術とか勉強してほしいものだ。
同じことを昨日までずっとやっていたファンタジーゲームでもやっており、現世の漫画やゲームで戦いの勉強もしているようだった。
どうせなら学校帰りのジン太とウルルの遊び相手でもやらせようかと考えていた大人達は、すっかりニートと化した隼人に呆れしか感じなかった。
そして、その姿に黙っていられるほど隼人の父親は甘くない。
「おぉ拳西。ええ加減何とかせえや。休みの間に一度も外出えへんのはアカンやろ。」
「分かってる。俺ももう我慢の限界だ。」
101年振りにガチトーンの怒りを見せる拳西は、隼人の読んでいた漫画を没収し、襟首を掴んで洗面台に向かわせる。
「ちょっ、急に引っ張らないで下さいよ!」
「頭と顔洗え。終わったら俺がセットしてやる。いい加減外出るぞ。」
「いっ嫌ですよ!!前みたいにヒソヒソ噂されるのとかもう耐えられませんよ!!」
「だったらオメーは一生外に出ねぇで生きるのか!?あぁ!?」
「それは・・・。」
言葉に詰まる隼人に、101年振りに頭ぐりぐりの刑を課した。
「テメェは!!周りの目に慣れろ!!んな調子だったら尸魂界でも生活出来ねぇぞコラ!!」
「痛い!!痛いって!!あぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁぁあぁあ!!!!」
なす術なくやられ、結局顔と頭を自分で洗い拳西に髪の毛をセットしてもらってしまった。
ほぼ同じ体格の平子に服を選んでもらい、ばっちりオシャレな男子に生まれ変わった隼人は今までの地味な男とは完全に別人だ。
また、隣に立っていた拳西との共通点をローズは見抜いていた。
「髪切ってからのハヤト、何だか拳西の弟みたいだね。」
「えっ?」
「整えた髪型がちょっと似てるからかな?子どもというより、弟に見えるよ。」
「う~ん・・・?」
拳西の顔を見ても全くピンとこない隼人は首をかしげてローズの言葉に答える。
顔もどちらかというと子どもっぽい隼人は、大人そのものの拳西の顔に似てると言われ、むしろ見る目ないんじゃと困惑の表情を浮かべた。
拳西も、かなり不服そうだ。
「こんな軟弱なガキに似てるなんざ不満しかねぇよ。」
「あ~~!ひっどーーい!!そういう事自分の息子に平気で言えちゃうんですね!!人でなし!!!」
「んだと!!!!!」
「言う事は白に似てきたな。」
生意気さに拍車のかかった隼人の言葉を聞いたラブの冷静な分析は、ある意味的を得ているといえるかもしれない。
少々文句を言いつつ拳西に連行される形で、隼人は久々に外の空気を吸いに行った。
連れられて辿り着いた場所は、かなり大きなショッピングモールだった。
「何故ここに?」
「何でもあるからだ。まず飯食うぞ。」
「はぁ。」
何でもあると言われても、正直こんなでかい建物に入ったことも無いので正体は掴めぬままだ。
服屋だったり雑貨屋だったり色んなものに目移りするが、田舎くせぇからきょろきょろすんなと言われて自然と前を向く。
『ふーどこーと』と呼ばれる場所に連れてこられた。
「何食うか?」
「えぇ、じゃあ、焼きそば。」
「焼きそばは・・・あっちか。あそこの店で焼きそば買えるから、前に並んでるやつの動き見て真似すれば大丈夫だ。財布渡すから行ってこい。」
「えっ、ちょ、一人で!?」
「俺は場所取ってくるからな。」
そう言って拳西はそそくさと隼人から離れて混雑したフードコートの中から空いてるテーブルを探し始めた。
立ち尽くす隼人は「ちょっと!君邪魔!」とラーメンをお盆にのせたおばさんに注意され、急いで脇に避ける。
こんな混雑した空間など尸魂界にはなく、体中から緊張で嫌な汗が流れる。
ひとまず周りに注意を払いつつ拳西に教えられた店の場所に向かい、並んでいる列の一番後ろに立った。
実は、狛村からあるお願いをされていた。
現世の雰囲気に隼人を慣らしてほしい、というものだった。
というのも、101年前霊術院の実習絡みで事件が起きた後、隼人はそこから約80年一度も現世に降り立つことはなく、その時と次の任務以外では、一度も現世に降り立っていないことを聞かされた。
恐らく死神の中で最も現世慣れしておらず、高等席官なのにそれはまずい、という狛村の思いがあったため、昔信頼していた拳西なら何とかしてくれると思ったのだろう。
死神になってからたった二回しか現世に降り立っていないため、人混みにも慣れておらず相当にストレスが溜まっているのは拳西の目から見ても明らかである。
だがここで試練を与えねば一生克服出来ないと踏んだ拳西は、フードコートで一人注文させるという、小学生でも出来そうなことから始めさせた。
実際、ちょっとヤバそうなのだが。
ついに自分の番が来た隼人は、前の人の様子を凝視していたためその通りに動きを模倣しようとする。
だが、そんなに簡単にいく筈ない。
「いらっしゃいませ!店内でお召し上がりですか?」
「はい、召し上がらせて頂きます!焼きそば一つ、お願いします!」
「サイズはどちらに致しますか?」
「は?」
前に並んでいたサラリーマンの男性はタコ焼きを頼んでいたので、そんなイレギュラーは起こらなかった。
そもそも、『さいず』って、何?
「S、M、Lがございますが、どれに致しますか?」
「へ?あ、えっと・・・え?」
急によく分からない言葉を言われて、頭が真っ白になる。
分からないので聞けばいい話なのだが、この見た目で分からないですと言えば、それこそ奇妙に思われてしまう。
うーんうーんと1分程悩んでいると、後ろの方に並んでいる子どもが「お腹空いた~!」と泣き出すのが聞こえた。
それをきっかけに、隼人の真後ろで待っていたおじさんも、「悩むなら後にしろよな・・・。」と小声で文句を呟いた。
「えっと・・・その、うーんと・・・」
「おっそ!!」
「!?!?」
あまりの遅さに痺れを切らして乱入してきたのは、ツインテールの女性だった。
「何よアンタ!大学生でしょ!?まさかこういう場所で注文したことないの!?」
「えっ!・・・うん。」
「はぁっ!?その年でフードコート来たことないとかどんなお坊ちゃまよ!?いい!?このS、M、Lは焼きそばの量!」
それからツインテールの女性は、かなりキレ気味の様子ではあるが親切に色々説明してくれた。
彼女の助けもありLサイズの焼きそばを頼み、無事大盛焼きそばを注文することが出来た。
「700円頂戴いたしま~す。」
「え~っと、700円・・・。」
財布の小銭ポケットを見てもよく分からなかったため閉じると、またもその女性に怒鳴られてしまった。
「ちょっと!!アンタ、小銭も分からないの!?」
「え?」
「バッカじゃないの!?!?いいから貸しなさい!」
財布をぶんどったその女性は、小銭ポケットから100円玉7枚を取り出してトレーに置いた。
「ったく、自分で金も払ったことないとか、どんだけ親に甘えてるのよ・・・!」と文句を言いつつ、ぶんどった拳西の財布を隼人の胸に押し付けて返してきた。
「あ、ありがとうございます。」
「わかんないなら一人で悩まないで誰かに聞きなさいよね!!」
女性は自分が並んでいた所に戻っていき、日番谷と同じくらいの背丈の黒ずくめの少年とも喧嘩腰で喋っていた。
店員からレシートと共に四角い機械を貰う。
「出来上がりましたらこちらでお呼びしますので、お席でお待ちください。」
「はい。御迷惑おかけしました・・・。」
「いいえ!お気になさらないでくださいね。」
女性や応対した店員だけでなく長時間待たせた後ろの人に形ばかりのお辞儀で謝りつつ、拳西の座っている場所に向かって行った。
機械を持って歩きつつ拳西を見つけると、何と既に昼飯を食べていた。
「遅すぎだろ。注文に時間かけ過ぎだ。」
「だって、えすとかえむとか急に言われて、何も分からないんですよ!!」
「お前の現世教養は101年前のまま止まってるんだな・・・。」
間抜けにも程がある言い訳をして、隼人は不服な顔で椅子に座る。
大盛のカツ丼を食べている拳西は、既に半分ほど食べ終えていた。
あまりにも遅いため先に並んで頼み、その間にこっちに来るかと思ったがカツ丼の方が先に完成したらしい。
目の前でモグモグ食べている様子を見ると、お腹が鳴りそうになる。
「疲れたからお腹空いた・・・。」
「一口食うか?入院してた時みたいにしてやってもいいんだぞ?」
「絶対いやです!!」
ニヤニヤしながら冗談を言う拳西を鋭い視線で睨みつけていると、手に持っていた機械が突然音を鳴らし振動し始めた。
うぉあっ!!と昔のようなオーバーリアクションでびっくりした後、さっきの店に向かうとたこ焼きやお好み焼きなどと共に、隼人が頼んだであろう焼きそばも置いてあった。
「食べ終わりましたらあちらの返却口に食器をお戻し下さい。」
恐らく普通の人には決して言わないだろう一言を付け加えられ、隼人はちょっぴりしょんぼりしつつカツ丼を食べ終わった拳西の許へ向かった。
そして、災難は再び隼人に降りかかってきた。
おいしい焼きそばを食べて腹も一杯になりショッピングモールをぶらついていたのだが、拳西と普通にさっきの飯の感想について喋っていると、突然後ろからリュックを強く引っ張られた。
リュックのチャックが開いたままで注意されたのかと考えたのだが、何やら様子がおかしい。
「お前、俺の悪口言っただろ。」
「は?」
振り向き様に、突然40代程の帽子を被った男性から、因縁を付けられてしまった。
尸魂界では絶対に起きない突然の他人からの言いがかりに、困惑を隠せずにいた。
「いや、言ってませんけど。」
「言っただろ。俺のことキショいって。」
「言ってません!そんなこと絶対に言ってませんって!」
隣を歩いていた拳西はそのまま暫く歩いたのだが、隣に隼人がいないことに気付き後ろを振り向くと、何やらトラブルに巻き込まれていることに気付いた。
「テメェ!!シラ切るつもりか!!」
「そもそもそんなこと言ってませんし、見ず知らずの人相手にそんなこと考えもしません。ですがそう思わせてしまったのであればすみません。」
「だったら言ってんじゃねえかよ!!」
「言ってませんって!本当に絶対にそんなこと言ってません!」
いくら相手に伝えても全く聞いてくれないどころか、ヒートアップして自分を罵倒してくる人間が想像以上に恐ろしく、涙が出てきそうになる。
そして、こんなろくでもない男相手に何も出来ない自分が情けなく、頭が混乱して言葉も上手く出せなくなってしまった。
「俺に悪口言っといて嘘つくのかよ!!テメェは自分の言葉に責任持てねえのか!!!」
「あのっ・・・本当にっ・・・。」
「何やってんだ。時間無ぇし行くぞ。」
さすがにこれはまずいと思ったのか、戻ってきた拳西が助け舟を出した。
「ちっ。いい加減自分の言葉に責任持てよな。」
連れの人間がいたことを知るや否や、因縁を付けてきた男は捨て台詞と共に直ぐに退散する。
悪口も何も全く言っていないのに、そんな難癖をつけられた隼人は、恐怖で暫く動けずにいた。
戦闘の恐怖とは、全くもって別種のものだった。
更木剣八に対する恐怖とかとも、全く別だ。
根拠、理由も無しにただひたすら罵倒され続けることの恐怖は、今までに感じたことが無かったのだ。
「ありゃガチで頭のやべぇ奴だ。あんな奴に無駄に構うな。危険感じたら大声出して周りから注目集めりゃ大丈夫だ。」
「・・・無理ですよ・・・怖すぎますって・・・。下手したら殴られてたかも・・・。」
「心配すんな。あんな奴に絡まれることなんかもう無ぇよ。」
震える隼人の体を落ち着かせるために声をかけ、ポンと背中を叩いてやると少し元気が出たようだ。暫くは口数が少なかったものの、歩いていくうちにぼちぼち喋るようになり、最初のように好奇心旺盛に周りをきょろきょろするようになった。
しかし、やっぱり災難は再び隼人の身に降りかかってくる。
何やらゲームセンターに人だかりが出来ていたのを見かけた。
「何ですかあれ?」
「カメラ持ってるな・・・テレビの生放送じゃねぇか?」
さして興味もないので近くにあった服屋に入り現世の色鮮やかな衣服を見ていると、周りにいたカップルから聞き覚えのある名が聞こえてしまった。
「ねぇ!あっちで生放送やってるのドン・観音寺でしょ!?私見に行きたい!」
「マジか!一度見てみたかったんだよな~!行こうぜ!!」
その声が聞こえてきたと同時に、人だかりから「ボハハハハ~~~!!!」と叫ぶ声も聞こえてきた。
あの強烈なキンキンする声で叫んだあと、拍手喝采が人だかりから巻き起こっている。
さっきの比にならない量の冷や汗が隼人の背中に流れる。
「まずいです拳西さん。下手したら僕テレビ出演してしまいます。」
「はぁ!?何でだよ!?」
「藍染との戦いの時、一護くんの友人と一緒にあのジーさんもいたんですよ!!一緒にテレビに出るぞとか訳分からないこと言ってたので、万が一バレたら大変なことに・・・!」
その万が一は、簡単に起きてしまう。
最大級の警戒をして観音寺の姿を見ながらその場を離れようとしたが、よりによって横を向いた観音寺と目が合ってしまった。
「ユー!!!もしやあの時のボーイかね!?!?待つんだボーイ!!」
叫び声を上げた観音寺は、信じられない体捌きで人混みをかき分け、隼人の許に猛ダッシュで向かって行く。もちろんカメラマンや音声さんも追いつこうと必死だ。
髪型を変えたのに一瞬で見抜く観音寺が末恐ろしい。
急いで店内にあったでか目のサングラスをかけ、最低限顔を隠すことにした。
「生きていたのか・・・ボーイ・・・。」
「な、何の話ですか?」
「何を言うんだボーイ!私はウォ――――――――――――――リ―――――――――していたのだぞ!!」
拳西に助けを求めるが、いつの間にか姿を消しており完全に逃げ道を失ってしまった。
「そのサングラスを取るのだ!ボーイの甘いマスクでこの番組の視聴率はさらに跳ね上がること間違いナシ!」
「さあ・・・わたくしには、さっぱり・・・。(また同じこと言ってる・・・。)」
だが、突きつけられたカメラや人の目線は、サングラスを取り外すことを望んでいる。
おそらくカメラの先の視聴者もそうだろう。
何とかして逃れたい。もう何でもいいから、何か理由が欲しかった。
が、あの時の観音寺の癖に、我慢の限界が来てしまった。
「すみません、これから予定があるので「よし!!これから私とユーでバッド・スピリッツを打ち払いに行くぞ!!」
「人の話いい加減聞けやコラ!!!!!あ・・・まずっ。」
観音寺は、口を縦に伸ばして非常に嬉しそうな顔をしていた。
「やはり、あの時のボーイだな!!!!再会出来て私は幸せだ!!」
「ちょっと、待っ・・・あ!!あそこに、巨大なクマさんが!!」
観音寺だけでなく、スタッフやギャラリー全員が明後日の方向を向いた後、サングラスを置いて全力で駆け抜けていき、何とか逃げ切ることが出来た。
「あのおっさんと知り合いだったのか。」
「あんなの知り合いでも何でもないですよ!っていうか、どこに逃げてたんですか!」
「俺はカメラに映るワケにはいかねぇからな。瞬歩で逃げた。」
「・・・・・・もう、やだよ~~~~~~!!!」
難癖をつけてきたおっさん、向けられたカメラに対する恐怖や、何故か拳西が瞬歩を使えることに対するやり場のない苛立ちなど、色んな事が原因で絶望した隼人は泣き出してしまい、多少は現世に慣れたものの結局日が暮れる前にアジトに帰る羽目になってしまった。
余談ですが、この話の途中に出てきた突然の男性から因縁をつけられる部分は、著者の僕が観光中に実際に体験した実話です。
本当にこんなことあるのかって思い、帰りの電車はずっと恐怖で震えていました。
友人が助けてくれましたが、あの時は本当に怖かった・・・。