七月に入り本格的な夏に入った頃。
とある人物が現世から遥々やってきた。
「こちらに来るのは昨年の11月以来ですな。」
「お久し振りです、鉄裁さん!」
「いつものあの場所で宜しいですかな?」
「はい!よろしくお願いします!」
去年藍染との戦いに備えて修行をしていた間、数名の副隊長にも鬼道を教えるイベントを行おうとしたのだが、緊急事態が発生して企画自体がぽしゃったことがあった。
その埋め合わせとして、今日は以前よりもよりスケールアップした形で鬼道の伝授を行うことになった。
「題して!!元大鬼道長握菱鉄裁による、地獄の鬼道訓練大会~~!」
「もうちょっと面白い名前にならないんすか?」
「そうやって僕の気を逆撫でするような余計な事言う人は参加許可しませ~~ん!」
「ちょっと、口囃子さん!」
文句を言う修兵に周りから白い目が向けられる。色々残念な修兵にこの場合味方する者はいない。双殛の丘の地下空間に、一、二、六、十一番隊以外の副隊長全員と、企画した隼人が集まっていた。
「一応この場所は秘密でしたが・・・。夜一殿に不平をぶつけられそうですぞ。」
「そうなったら浦原さんに電話します。」
「むしろ店長から文句を言われそうですが・・・。」
「口囃子殿、浦原から何か言われれば私が対応します。」
「あぁルキアちゃん、うんと、多分大丈夫・・・。」
隼人が目覚める前に副隊長になっていたルキアは、もう仕事が板につき、立派な副隊長だ。
ただ、少し思い込みが強かったりする部分があったりするため、変に拡大解釈して浦原に詰め寄るなんてことになっても浦原が困る。こういう目的なら浦原も渋々認めてくれるだろうと隼人はあのうさんくさい顔を思い浮かべた。
「それでは皆さん始めましょう。先ずは皆さんの現段階での実力を確認致します。皆さんの扱える中で最も難しい鬼道を私にぶつけて下さい。破道、縛道、二つのうちどちらでも構いません。」
鉄裁に鬼道をぶつける、その予想外の方法に皆少し当惑する。
「宜しいのですか?儂らが本気で鬼道をぶつけとっても。」
「構いませぬ。正直、貴方達の鬼道で私に傷をつけることが出来るとは思えませぬが。」
一瞬で場の空気が張り詰めたものに変化した。
これは去年の空座決戦を受けての言葉だった。
あの時藍染とまともに戦った死神は、隼人以外この場に誰もいない。
空座決戦に立った副隊長は皆藍染との戦いの前に、破面や異形の化け物などにやられ、戦闘不能になっていたのだ。
一応大前田が辛うじて始解を投げつけたものの、霊圧だけで破壊され、軽く体を蹴り飛ばされただけで戦闘不能になったのだ。
空座町にいた者だけでなく、虚圏にいた者も顔に僅かな悔しさを滲ませた。
「では、僕からいきます。」
最初に名乗りを上げたのは吉良だった。
掌を目の前にかざし、強い念をこめて詠唱文を紡ぎ出す。
「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」
「破道の六十三 雷吼炮!」
言われた通りに、容赦のない雷撃を鉄裁向けて放つ。
だが、鉄裁は断空を使って防ぐこともせずに片手を払う動作だけで軌道を捻じ曲げた。
手に火傷のような跡すらなく、さっき立っていた姿と全く変わらなかった。
「そんな・・・!僕の本気が・・・。」
「その力で本気だとは、十刃相手でも最悪弾かれてしまいますぞ。」
「くっ・・・!」
鉄裁の厳しい言葉に、吉良は歯を食いしばって俯き、強い拳を握る。
悔しいが、事実を突きつけられた以上受け入れるしかなかった。
「あまり私を失望させないで欲しいですな。101年前の副隊長は今よりも強かった。時代が過ぎ去り、ここまで水準が落ちたとなれば、情けないですぞ!」
鉄裁の言葉に萎縮してしまうかと隼人は若干危惧したが、むしろ皆一層やる気になったようだ。
次は雛森が名乗りを上げる。
「よろしくお願いします!」
「うむ、名乗りは十分。だが実力は如何程か。」
雛森も吉良と同様に掌を前にかざし、詠唱を始める。
復帰後独自に鬼道に重点を置いて研鑽を積んでいた雛森は、八十番台の鬼道を辛うじて使える程には力をつけた。
「破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲!」
「・・・成程。」
だがこれも、鉄裁が片手で弾き飛ばした。
「そんなぁ・・・。」
「ですが、今私は霊圧を籠めた手で弾きました。そのままでは傷を負っていたでしょう。」
「本当ですか!?頑張った甲斐あったなぁ・・・。」
雛森は顔に喜色を浮かべるも、さっき酷評された吉良はさらにショックを受けていた。
可哀想だったので、隼人が「大丈夫だから・・・。」とフォローを入れる。
次に名乗りを上げたネムは威力に重視するあまり体を壊しかねないと危惧されたため、体に負荷をかけずに今の威力を出せるよう練習した方がいいとの言葉を鉄裁が授けた。
勇音は基本的に縛道しか使ってこなかったため、一番難しい鬼道として九曜縛を使い一瞬だけ捕らえたものの、腕力だけで鉄裁が弾き飛ばしてしまった。
松本は吉良程ではないがあまり良い評価をもらえず、悔しさを滲ませながらもすぐに受け入れた。
ルキアの力は何度か現世で見ていたものの、時間が経って副隊長となり、成長した姿を見て、素直に褒め称えた。
「頑張りましたな、朽木殿。・・・ですが、私に傷をつけられると思っていたのですが・・・。」
「うっうるさい!貴様が頑丈すぎるのだ鉄裁!」
「頑丈って・・・まぁわからんでもないけど・・・。」
次に出てきたのは射場だった。
「おっ、射場ちゃん頑張れ~!」
「うるさいわ!儂ゃここまで仕事と鍛錬に忙殺されてきたんじゃ!力見せたるわ!」
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ」
「破道の七十三 双蓮蒼火墜!!」
その力は確かに決戦前とは段違いの技へと変貌を遂げていた。
そもそも前は、七十番台はギリギリだったはず。
今となってはむしろ完全に自分の物にしており、隼人の目ではこれ程の力があれば八十番台もいけそうに見えた。
「口囃子殿の近くにいたからこそ、力を得たのでしょう。かなり鍛錬を積んだように見受けられます。」
「いやぁ・・・儂もまだまだですけぇ、今日色々教えてもらいに来やした。」
次に出てきたのは修兵だ。
「おっ、さっき馬鹿にしたからにはちゃんと出来るんだろうね~?」
「口囃子さんにぶつけてもいいっすか?」
「は!?ダメダメ!仕返ししたくなるから!」
「・・・・・・容赦無さそうなんで止めときます。」
修兵が放ったのは、風死を使った斬華輪。
対する鉄裁の感想は。
「普通ですな。」
「それだけ!?それだけっすか!?」
「良くも悪くも御座いません。これといって特徴の無い技に見えましたぞ。」
「何か、すげぇショック・・・。」
普通なんて評価を受けるなら、ぶっちゃけ下手と言われる方がまだ奮起できるものだ。
奮起も出来なければ喜ぶことも出来ない、非常に後味の悪い評価が出てしまった。
最後に出てきたのは七緒だった。
「伊勢副隊長!お久し振りです。あの時以来ですかな。」
「お久し振りです。」
「あれ、七緒さんってあの人と知り合いなんですか?」
「ええ、前に口囃子さんを助けた時に、握菱大鬼道長と共に救援に駆け付けました。」
その言葉に、修兵と吉良がピン!と反応し、隼人の方を向く。
ほんのり顔を赤くしている。わかりやすい。
「(見ろよあれ、あんなんで反応するとかイジりがいしか無ぇぞ。)」
「(ですね。)」
七緒は今日誰も使えなかった九十番台鬼道を鉄裁にぶつける。
「破道の九十一 千手皎天汰炮!!」
何本も放たれた矢の威力を鑑みて、鉄裁は今日初めて断空を使った。
体は無傷だったものの、眼鏡にはひびが入っている。
「流石です。鬼道衆に配属希望を出しただけのことはある。」
「私は鬼道の才だけで副隊長に任ぜられた身です。これぐらいできないと。」
その時の隼人の顔は、誰よりも嬉しそうな顔だった。まるで、自分の事のように嬉しそうな顔をしている。
「(吉良!見ろよあの顔!あのめちゃくちゃ嬉しそうな顔!)」
「(完全に彼氏の顔ですね。なってもいないのに。)」
ヒソヒソ喋っていた二人に、疑問に思った松本が茶々を入れる。
「あんた達、何ヒソヒソ喋ってんのよ。」
「えっ!い、いや、その・・・。」
「何、すぐ答えられないってことは、疚しい事?」
「ち、違います!!」
そして二人は勝手に松本にも人の恋愛事情を暴露してしまう。
こうなってしまった以上、音速の速さで噂が広まってしまうかもしれない。
「(マジ!?ってことは、口囃子さんのあのイメチェンって・・・!)」
「(本人は頑なに否定してますが絶対にソレです。)」
「(え~~!!めっちゃ健気じゃない!好きな人振り向かせるために思い切ってあそこまで変わるなんて!あたし応援するわ!)」
「(乱菊さん!絶対に口外してはいけませんからね!)」
修兵の口止めもあってこれ以上外に広まることは無さそうだ。確証はないが。
それからは吉良の指導を軸に皆もならう形で授業は進んでいった。
全員副隊長にもなる程の実力なので吸収は早く、皆メキメキ上達していく。
最初は評価が芳しくなかった吉良も、鉄裁の指導で副隊長としてもなかなかの力をすぐに使えるようになった。
少しの手直しで劇的に上手くなると確信していた鉄裁は、満足していた。
「皆さん、今日だけでかなり腕をあげたかのように見受けられます。鍛錬を継続していけば、自信を持って鬼道を使えるようになるでしょう。頑張ってくださいな。」
鉄裁の言葉で訓練会は終わり、皆達成感に包まれてすっきりした顔をしていた。
そして、鍛錬の隙を縫ってヒソヒソ話をしていた三人は策を実行する。
「あら、七緒。いつも持ってる本は?」
「え?私の手に・・・あら?どこに忘れたのかしら。」
「あーー!あそこに!伊勢副隊長がいつも持っている本がーー!あんな所にーー!!」
吉良の下手糞な演技は置いといて、いつの間にか手に持っていたと思っていた本を七緒が置いて行ってたことに気付いた。
実際は修兵が上手い事隠したのだが、そこまで気付く程頭は良くない。
「取ってきますね。皆さんは先に行ってて下さい。」
走っていった七緒を見る隼人に、修兵が肘で小突く。
「伊勢副隊長についてあげて下さいよ。」
「えっえ、えええ!!」
その過剰な反応にその場にいた全員が二人の方を見る。
真っ赤に染まってわなわな口を震わせた隼人の顔を見て、察しない者は誰もいなかった。
「一人で行ってるの見て心配じゃないんですか?」
「だって、七緒さんだよ?心配する方がおこがましいよ・・・。」
「だから、そういうんじゃないんすよ。こういう時に男の人が一緒にいてくれたら女の人なら誰だって嬉しい筈ですよ!頼りになるとこ見せないと!」
「ほう、成程・・・。」
「げっ射場ちゃん・・・。」
ニイッと笑った射場は、隼人のケツを叩く。
必然的に周りの輪から追い出されてしまった。
「行ってこい!漢見せんか!」
「そういう問題じゃないよ!心の準備が――――――・・・。」
皆の輪に戻ろうとしたら、何やら透明な壁が互いの間に張り巡らされている。
「少々、無粋な真似でしたかな?」
「鉄裁さん!やってくれましたね!」
「ナイスだ、テッサイ!!口囃子殿、ご武運を!」
「いやちょっと待ってって・・・。」
言葉を続けようとしたら、皆からの痛々しい白い目が向けられる。
何だこのアウェイ感。
「いいから早く行かんか!おどれは!!」
「お、思い切って、告白でもしちゃえばいいんじゃないですか!?」
射場と勇音の同期コンビによる口撃もなかなかの物だ。
特に勇音のは、爆弾発言に等しい。
女性陣全員きゃっきゃと盛り上がり始めてしまった。
「~~~~~!!!んーーーもう!!分かったよ!!行けばいいんだろ!!!」
踵を返して走っていった隼人を見た副隊長達は、(結局走るのね・・・。)と実際乗り気ともいえる隼人の行動に苦笑を浮かべる。
「では、私はこれで失礼します。壁は既に取り払っておいたので皆さんお好きに。」
「あたし達も、帰りましょっか。」
「そうですね。明日から平子隊長に言って時間作って鬼道の練習しなくちゃ!」
「私はマユリ様にご報告を。同じ威力で無理せず鬼道を使えるようになれて、戦闘の幅が広がりそうです。」
そんな雰囲気で皆梯子を上り地下空間から出て行った。
二名を除いて。
こっそり皆の輪の中から抜けた修兵と吉良は、霊圧を消して隼人の後を追い、二人の様子を見に行くことにした。
隼人を見つけた時には既に二人出会っており、帰り道を歩いている所だった。
「あれ、口囃子さん!?何故私の所に・・・。」
「しっ心配なので来ました!」
「そうですか、ありがとうございます。」
さっきは見せなかった笑顔をみて、きゅぅぅぅぅぅぅううううう~~~~~~と胸が締め付けられる。
おまけに「どうかしました?顔赤いですよ?」なんてテンプレートな言葉を言われたためドギマギして「ほぁっ!!」と変な声を出してしまう。
「むしろ私が貴方を心配してるじゃないですか。」
「すびばせん・・・。」
いい所を見せてきて下さいよと言われたからには何か爪痕を残したいところだが、考えていた内容はいざという時に頭からすっ飛んでしまい、泣きたくなる。
あの、えーと、・・・なんてどもっていると、七緒から話題が振られた。
「今日の私の鬼道、どうでしたか?」
「えっ、あー、そうですね・・・。」
ここは素直に褒めるべきか、それともあえて批評して改善点を伝えるべきか。
まるでリサがやっていた18禁乙女ゲームみたいに、二つの選択肢が出てきてカーソルで選んでいる最中のようだ。
ゲームの場合いくらでも悩めるが、現実世界ではそうもいかない。
迷った挙句、前者を取った。
「すごかったと思いますよ!最初に鉄裁さんに打ったやつも強かったじゃないですか!」
「でも、口囃子さんにとってはあれもまだまだなんでしょうね・・・。」
「そんなことないですよ!」
「えっ?」
私にとってはまだまだ。
そんな事を隼人は七緒に言ってほしくなどない。十分な力を持っていながら謙遜してばっかなんて、もったいないではないか。
「僕だって、今ぐらいまで力使えるようになったのはほんと最近なんですよ!だから七緒さんがまだまだなんて言う必要はないです!あと、さっきだって鬼道の才だけで副隊長になったって言ってましたが、絶対そんな事ないですよ!もっと他にも色んな理由があって京楽隊長は七緒さんを副隊長にしてるんですよ!」
「そう、ですか?」
「そうです!誰が何と言おうと、七緒さんは素晴らしい実力を持っていますよ!」
一気に熱を込めて伝えたが、後になって少し恥ずかしくなる。
クサイ台詞を言ってしまっただろうかと不安になったが、七緒の顔を見ると嬉しそうな顔をしていた。
「私、京楽隊長以外の方にそんなに褒めてもらったことがなかったので・・・。すごく、嬉しいです。ありがとうございます。」
「えっはい!どういたしまして!」
少し七緒の顔が赤くなってるように見え、つられて隼人も無意識に赤くなる。
甘酸っぱい空間に変わった気分に浸り、心臓の鼓動が止まらなくなる。
あっこれ、かなりヤバイかも。
好きって、言いたくなってきた。
このまま言ってしまおうか。
先輩と後輩の関係を、越えちゃおうか。
何てキュンキュンしまくっていたら。
馴染みのある霊圧を持つ二人が近くにいるのを察知してしまった。
一気に現実に戻されてしまう。
一番近くの岩陰で霊圧を消しているようだが、隼人の目では誤魔化すことなど不可能だ。
こっそり自分達の様子を見ようとしていた二人が、さすがに解せなかった。
苛立ちで、鬼道を使った銃弾を二人の間に向けて一発ぶつける。
「破道の一 衝」
撃つと同時に奴らの裏側に回り込む。
無表情かつ早口で、二人の後輩を追い詰める。
「何してくれてんだよテメェら。」
「ば、ばれてる・・・?」
「マジで信じられんわ。暫く仕事出来ない体にしてあげるね。」
「す・・・すんませんっした、口囃子さん・・・許して下さい・・・。」
「いや、到底許せんわ。さよなら。」
そして、縛道で縛り付けられた二人の副隊長の断末魔の叫びが地下空間に響き渡る。
サンドバックと化した二人は瞳孔の色を失った隼人に淡々と殴られ続け、暫くは色んな意味で仕事に集中できなかったという。
告白、出来そうだったのに。