「ここか……」
目の前に建つまだ真新しい建物を見て青年は溜息を吐きつつ呟いた。。未だに乗り慣れていないモノレールでようやく近くまで来たのはいいものの、そこからの道のりがわからずに自身の勘で目的地まで歩いた結果がこれだ。
十一時三十分。
右の前腕に取り付けられた機能だけを重視したデジタル式の腕時計を見て青年はまたもや溜息を吐いた。
やってられないな……
目の前にある建物を見上げる。
機動六課。それが今から向かうであろう建物の名前だ。いや、部隊の名前と言ったほうがいいだろうか。管理局の中にある遺失物管理部、そこに分類される部署に機動一課がある。そのほかにも順に二・三・四……とあり、少し前は五課まであったのだが今年から新しく機動六課が新設されることになったのだ。
八神はやて、魔導師ランク総合SSという管理局の中でもトップの部類に入る実力を持った人物が設立したらしいのだが、いかんせん自分にはまったくもって関係ないことである。
「……の、はずだったんだけどなぁ」
もはやあきらめるしかないか、とぼやく。九時、それが上司から渡された書類に書いてあった機動六課への入隊式の時間だ。つまり遅刻だ。それも二時間半もの大遅刻。こういう事態の時は誰もが思うはずだ。
入りづらい、と。
『ふん、自分の勘を頼りに歩くからこうなるのだ』
頭の中に響くように無機質な声が青年に話しかけた。
「うっさい。お前こそ、そっちは間違っている。こっちの道が正しい!とか言っていたくせに」
『……何のことかわからぬな』
「嘘つけ」
『むぅ………』
そう、遅刻した理由の一つに自分の勘で歩いたということもあるのだがもう一つ理由がある。それが自分の首にかけられた首飾りだ。詳しく言うと、首飾りのぶら下がっている薄汚い白い宝石。
『薄汚いとはなんだ、薄汚いとは!』
「勝手に人の心を読むなよ……」
何の因果か、この意志を持つ宝石は自分の精神と疑似的にリンクしている。どういうことかというと、自分が考えていることや感情が簡易的にだがこの宝石にも伝わるのだ。つまるところ、プライバシーの侵害。
『貴様にそのようなものがあったとはな』
「うっさい、それより早く行くぞ。さすがにこれ以上待たせるわけにもいかんし」
『そうとう待っていると思うがな』
はいはいそうですね、と適当に相槌を返し青年は首飾りを服の内側にしまいこむと駆け足で建物の中へと入って行った。
「それじゃあなんや?せっかく地図っちゅう便利なもんがあるにもかかわらず君は自分の勘でここまで歩いてきたと」
「ええ、まあそういうことになります」
どんよりとした重たい空気が部屋一帯を支配する。やっちまったな~と心の中で冷や汗をかきつつも表には出さないようにしながら目の前にいる自分とそう年の変わらない女性、八神はやてからの問いに答えた。栗色の髪、勝ち気そうな目からはいかにも怒ってるで~な目線をこちらに向けている。……正直な所とても目を合わせたくないのだがいかんせん、周りにはそれを許さないかのように複数の女性たちがこちらを睨みつけていた。
「ふ~ん、まあそれは後でしっかり聞くとしてや。…………その服装はさすがにいかんと思うんやけどな~?」
「あ、いやこれはですね……」
しどろもどろになりつつも何とか弁明する。それもそのはず、自分は本来着るべきはずの時空管理局の制服を着ていないのだから。
全体的に灰色で統一された上半身には襟がなく、体にフィットするように作られている。ズボンはというとこちらは黒で統一されておりそれに付け加えてひざ裏まである腰布を巻いている。どう考えてもどこぞの民族衣装としか思えないような服だ。
「なんか言い訳があるんなら今すぐ聞こうか。ただし、レイオス君。ちょこっとだけお話をした後でな」
瞬間、がしっと誰かに後ろから掴まれた。
「えっ?」
とてもつもない笑顔でこちらを見ているはやてを横目にレイオスと呼ばれた青年は恐る恐る後ろを振り返った。そこにいたのは、
「我が主からの命令だ。悪く思うなよ」
噂にだけは聞いたことがある、騎士シグナムが微笑しながら自分を羽交い絞めにしていた。その際にとても大きなものがレイオスの背中に当たっているが、レイオスはそういったほうの感情が薄いため何も思っていない。というより思えるほどの感情が今のレイオスにはなかった。
「えっ、あのこれはどういう!」
頭の奥底で感じる嫌な予感を抑えつけながらシグナムの羽交い絞めから逃れようともがく。が、その細腕でどこからそのような力が出ているのかと思うくらいとてつもなく強力な力で逆に抑えつけられてしまった。男としてとてつもない屈辱だ。
助けを求めようと他の女性陣に悲哀を込めた視線を送る。が、金髪の女性はこちらを見ようとせず白い服を見に纏った女性に至っては後ろに角を生やした魔王らしきものを沸騰させるオーラを醸し出しながらこちらに手を振っていた。
「ま、この業界には掟があってな。遅刻するもの、規則を守らないもの、わたしの勘に触ったもの。この三つに該当したもんにはわたしの騎士であるシグナムが引導を渡してくれるんや」
笑顔で言い放つはやて。
「いやいやいや!最初の二つはともかく最後の一つは完全に職権乱用だ……じゃないですか!いいんですか、仮にも六課のトップであるあなたがそんなことして!」
無駄な抵抗とはわかりつつも、最後の武器である言葉で反抗する。だが、人生とはそう簡単にはいかないものだった。
「だって女の子やもん」
その一言を境に、レイオスはそのまま引きずられるようにして隣の別室に連れて行かれた。扉を出る前にふざけんなぁぁ!と叫んでいるが、助けてくれる人はいない。
しばしの沈黙、そして……
「ぎゃああああぁぁ!!」
防音機能が施されているはずなのに耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が響き渡った。
それから数分後、抜け殻となったレイオスを退出させたはやては陸から送られてきた1つの資料を見ていた。その資料には先ほどまでシグナムに渇を入れられていたレイオスの顔写真が載っている。
19歳。 管理局機動六課所属 魔法術式・ミッドチルダ式、近代ベルカ式/魔導師ランク・総合A+
経歴:数年前に次元漂流者としてこの世界に迷い込んだところを時空管理局が保護。その後、陸のトップであるレジアス・ゲイズからの推薦もあり地上部隊に配属される。
任務達成率は56%。仲間と連携するより一個人で赴く任務の方が達成率が高いためか、主に潜入任務を任されることが多い。
戦闘に関してはミッドチルダ式、ベルカ式両方の魔法を扱えるらしいが基本は近接戦闘向きの近代ベルカ式を使う傾向が多い。砲撃部隊においてはその存在はあまりいい印象は与えていない。
「いやいやいや、陸戦魔導師でその中でも砲撃部隊に配属されとるのになんで近代ベルカ式が得意なん?」
陸の方から送られてきた書類に記載されたレイオスの経歴をみて八神はやてはあきれたように言った。あれから数時間が過ぎお仕置きにより意識を失ってしまったレイオスをシャマルのいる医務室へ送った後、突然送られてきた書類にはやては目を通していた。なんや、あのおっさんは。こういうもんは来る前にだしてほしいわ、と文句を吐きつつ書類を読み上げている。
そこには新しく機動六課に転属してきたレイオス・ウォーリアの経歴やプロフィールが細々とかかれていた。
「いいではありませぬか。古代ベルカ式を使う私としては大いに喜ばしいことです」
「そりゃあ、戦闘狂のシグナムはそれでええかもしれんよ?だけど、私にとってはこういうのは困るんよ」
「なっ、戦闘狂とはなんですか!」
「だってほんとのことやし」
「ほんとのことです~~」
ふらふら~と浮かびながら飲み物を運んできた濃青色の瞳を持つリインにありがとな、と礼を言いつつも履歴書を見るのをやめない。
次元漂流者。
この単語がはやての目に留まっていた。
文字通り、違う次元の世界からやってきた者の事。この世界にはいくつも違う世界が存在している。ある程度の次元世界は管理局が掌握してはいるものの、まだ見ぬ世界がある可能性は十分にある。この履歴書を見る限り、レイオスのいた世界の場所はわかっていないようだ。
「苦っ!なんやリイン、このコーヒー砂糖がはいっとらんで」
「たまにはそういうのも飲まなきゃだめですよ~。はやてちゃんはまだまだお子さまですね~」
口元を押さえて笑うその姿は、見ている者をいやしてくれそうだ。
「リインに言われたくないな~」
おこちゃまって事ですか!といって、はやての髪を引っ張ってくるリインを軽くあしらってシグナムに聞く。
「で、当の本人は今なにしてるんや?」
リインから渡されたコーヒーを顔を少々しかめながら飲んでいるシグナムに聞く。
「それでしたら、今頃シャリオの所にいると思います」
「シャーリーの所?なしてあんな所に………………もしかして、あれ?」
「ええ、あれです」
シャリオ・フェニーノ。機動六課では通信主任を担当しており、またの名(自称)をメカニックデザイナーと呼ぶ。その名の通り、本の虫ならぬ機械の虫だ。デバイスマイスターという魔導師用デバイスの制作・管理を行うことができる資格を取得しており、今回新しく入隊したメンバーのデバイスを一括して管理している女性でもある。性格はとてつもなく人見知りをしない性格。そのせいか、彼女を悪く思う輩ははやてが思う限り見たことがない。ただデバイスには執着があり、他人が制作したデバイスなどを見ると自身の知識を深めるために解析したがる癖がある。今回もそれでだろう。
「デバイス絡みか~~」
他人事のようにつぶやくはやてに、いつまでたっても無視されているリインが今度はほっぺをつねり始めていた。
見たこともない、高級そうな機器に視線がいきながらもレイオスは辛抱強く話を聞いていた。
「ということなんです。次にインテリジェントデバイスについての説明なんですが………」
(勘弁してくれよ……)
医務室から半ば無理矢理ここに連行されてから約小一時間ほどだろうか。あなたのデバイスを見せてくれませんか、という突然の要望にと惑いながらも別にいいですよと返事をした結果がこれだ。
あれか。機動六課に関係する人々は皆、人の意志に関係なく無理矢理連行させるのか。冗談じゃない。
「であるからして……………聞いてます?」
「え、はい。聞いてますよ?」
「ならいいんですが」
(厄介な奴に捕まったようだな)
(そう思うんなら助けてくれよ)
(我の存在をそう簡単に教えられるか。自分で何とかしろ)
(悪魔め……)
頭の中で悪態をつきながらも熱心に説明をしてくれる人物を見る。
この女性はシャリオ・フェニーノと言うらしい。時空管理局の第四技術部に所属しているらしく、その中でも主任をしているそうだ。シャーリーでかまいませんよと気軽に言ってはいたがそこはそこ。上下関係はしっかりしないといけない。
前回いた部署ではそのお陰でひどい目にあったからな………。
「つまりあなたのデバイスはAIを搭載していない非人格型のアームドデバイスという事になります。そこまではよろしいですね?」
(もう勘弁してくれ……)
助けを求めようと先ほどから試してはいるが、ほかの方々は自分のデバイスの解析に忙しいようだ。心なしか、これは改造のしがいがあるとか言ってそうな気がする。いや、絶対言っている。
「いや、さすがに自分のデバイスなんでそれぐらいはわかってるんですが……」
「えっ、ああそうでしたね。ごめんなさい。珍しい技術で作られているものですからつい夢中になってしまって」
そう言ってシャリオはずれかけていた眼鏡を元に戻した。勉強熱心なのはとてもいいことだが、人の都合というものも考えてもらいたい。ただでさえ、シグナム副隊長にひどいめにあったばかりだというのに。
先ほどの事を思い出して身震いする。すると、レイオスの様子を見てシャリオは首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「あ、いや。なんでもありません」
「本当ですか?なんだか顔色が悪いですよ」
「いえ、ほんとになんでもないんで。あっ!そろそろ時間なのでここでお暇させていただきます!デバイスはまた後で取りに来ますので。改造はしないでくださいよ!解剖もだめだ……です!」
逃げること、風の如し。そんな言葉が似合うほどの早さで今にも自分のデバイスを解体しようとしている人たちに釘を打ち(舌打ちをしていたが)、シャリオのお話から逃れるためにその場を後にした。
「えっ………、いっちゃった」
その場に残されたシャリオ。その口はへの字に曲がっている。
「もう少し教えることがあったのに………」
そう言った後、思い出したようにレイオスのデバイスを解析している技術部の中に混じっていった。