荒野からやってきました外伝 荒野の災厄のやらかし集 作:マガミ
チリンチリンと来客を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ、ねこやへようこそ」
オフィス街に程近い商店街の一角にある、雑居ビルの地下1階。そこにある洋食の「ねこや」。日本系の次元時間軸にある、美味い事を除いてごく普通の店だ。ただ他の店と違う所は、表向きの定休日である土曜日に、ある異世界に繋がる扉が開き、多種多様なお客が現れる事だろうか。
調査と探求の為に次元世界を彷徨うトールは、あるきっかけでその対象となる異世界を訪れ、そして世界各所に出現する扉の一つを通じて、ねこやの存在を知った。今の拠点世界へ腰を落ち着けるまでは、ホームシックというか日本飯欠乏症に陥った時にちょくちょく訪れていた。
「どのお席にいたしますか?」
「あ、ああ、カウンターで構わない」
以前訪れた時には居なかった、角を有する異人族の少女と、なんかあの赤いのと同じ雰囲気のヤバいのが居る。
(随分来て無かったが、色々少し変わったな…)
案内されたカウンターで、お絞りを使って手を拭う。客層も以前は見なかった顔がある。
「なんじゃ、随分久しい顔がおるわい」
「久し振りだな賢者殿。まあ色々あってね、定住生活の準備に用意にと追われて、気付けば随分経ってた」
「その割には歳を食った感じはせんな?」
「ある意味呪いみたいなもんさ。まあ、今となってはそれで良かったと思うがね」
そう言いつつ以前の癖で「いつもの」と言いかけて、ちらと見た厨房に以前は青年だった男だけというのを考慮し、ウェイトレスの一人を手招きする。
「ハヤシライスと、食後にビールと枝豆」
あの頃と同じく、妙な組み合わせよなと呵々と笑う賢者に「そういえば」とウェイトレスの一人について聞く。片方は魔族だが、もう片方は閉店間際に来る赤いのと同類ではと。
「…お主の見立ての通りだと思う」
「やっぱり? んで、給仕をしてる位だ、落ち着いてる方か?」
「恐らくはの。好物はチキンカレーじゃよ」
「そりゃまた意外」
ビーフシチューをこよなく愛する気性の激しい赤いのとは一度、先代店長が居た頃に険悪になりかけた。
原因は遅くにねこやへ訪れ、ビーフシチューを食べていたせいである。仕込みを誤って小鍋に残っていた店主の賄い分をもらったのだが、そうとは知らない赤いのがキレかけた。
怒りの気配を物ともせず、向こうで話しをつけるぞと食べ終えたトールと赤いのは扉をくぐり、赤いのの寝床の近くに現れた。
「…少し殴り合って、バルログがいつもと同じ量だと伝えた所で誤解と解ってな」
「まて、殴り合ったとか聞いてないぞ」
「お互い本気じゃなかったからな」
それ以前に、扉をくぐった時点でそれぞれの通った扉の場所に別れるのだが、そうでない時点でおかしいと突っ込むものはいない。
呆れ顔の賢者に不思議そうな顔をしつつ、出されたお冷をくいと飲む。先代の頃から変わらず、爽やかな柑橘類が浮かんだ味にほっとする。
「所で、どうやって元の場所に戻ったのだ?」
「手持ちの技術でな」
「…またそれか」
「あー、それで思い出したんだが、鱗の兄さんはまだ?」
「幾度か代替わりしたが、相変わらずいつもの時間に…」
視線の先ではベルが鳴り「ム、キタ」と声がした。リザードマンの勇者ガガンポである。いつもどおり、オムライスと持ち帰りの注文だ。
そこにトールが「ちょっといいか?」と声をかけ、判断に困った魔族少女が店長にと移動し、店長が出てきた。
店長は久し振りに見た姿の変わらない男に少しぎょっとしてから、トールの提案を再確認する。
尚、ガガンポは何が起こったかわからず困惑気味。
「岡持ちを提供したいと?」
「ああ。来るのが大分経ってしまったが、次に来たら譲ろうと思ってたんだ」
「物はあるんです?」
トールは思考操作でインベントリを開き、最も大きな岡持ちを取り出し、あと2つ用意があると告げる。賢者がビールを噴きかけたが、そういえば機能を見せた事が無かったなとトールは思った。
店主は「魔法みたいなもんかな?」と半ばあきらめ気味。ただ、賢者と塔の魔女と黒いのは原理が解らず困惑した。
「へえ、頑丈そうな奴だ。お客さん、少しいいですか?」
「ム?」
店長の提案は、いつもは両手と尻尾で持ち帰るパーティ用オムレツを、この道具に乗せる事で上下2つ、合計6つを持ち帰る事ができると言葉と身振り手振りで伝えた。
その分、追加で料金がかかるという点も添えた。ガガンポは成程と頷き、承諾した。
「では急いでオムライスとオムレツ、用意しますんで」
「ム、タノム」
ガガンポとしては願ったり叶ったりだ。持てなかったからこそ3つまでだった訳で、ギンカ石とドーカ石が追加で必要であっても今も山程あるし、たまに戦利品として増える。なれば、倍のオムレツを持ち帰れる事で集落の皆が喜ぶのであれば断る理由は無い。
「カンシャスル」
「以前の勇者に世話になった礼だ」
「ソウカ」
トールはかの世界で珍しく腹を下して行き倒れていた所、近隣の魔物討伐に出てきた青尻尾一族の何代か前の勇者に助けられた。
別れた後、別の扉をくぐってねこやの扉を利用し始めてしばらくの後に再会。その時に思いついたのが岡持ちだった。ただ再会は最初で最後であり、また別世界への転移準備が整ってしまったため、渡せなかったのであった。
尚、岡持ちを喜んだガガンポは、集落の皆に悲鳴に近い喜びで迎えられた。 最初は見慣れない箱を持ってきた姿に血の気のひいたリザードマン達だったが、岡持ちから取り出されたオムレツが1つ2つ3つと続いて、更に3つが追加された事でお祭り騒ぎとなった。その日より、オカモチは青尻尾一族の秘宝となった事を記しておく。
◆
「お待たせしました、ハヤシライスです」
「ありがとう」
スプーンを用意し「頂きます」と言うや否や、湯気が上がるハヤシライスのご飯との境に躊躇無くずぶり。大きくすくって口に放り込む。
くたりとした玉ねぎ、じっくりと煮込まれたルー、形を辛うじて保つ野菜、そして牛肉…それがライスと共に口に広がり、味という幸せを振りまいていく。
頬張った所で行儀が悪いと思いながら、少し熱を逃がすように吐息を吐けば、鼻孔一杯にハヤシライスの香りが広がる。
咀嚼し嚥下した所で笑みが溢れる。一切喋らずに黙々と食べては微笑み、途中で味噌汁とサラダを平らげた。
残り3割の所で福神漬けを少量追加、パンで拭って残りをきれいに食べ終えて余韻に浸る。
少し温くなった水を飲んだ所で、隣で何杯目かのビールを飲んでいる賢者が声をかける。
「相変わらず幸せそうに食うのう」
「ここの味は、以前の俺にとっちゃ幸せの味だぜ?」
賢者には以前、別の世界に転生する以前はねこやと同じかほど近い世界で生きてきた話を伝えている。
「時空を超える差だよ、いやほんと」
前にも言っただろと言いつつ、お冷を飲む。ゲテモノの内容は食事の場に相応しくないと詳しくは述べない。流石にラッドローチやリスやら現物が想像できるものは憚られる。ただ、以前にそのラインナップを聞いてしまった事のある賢者は思い出して顔を顰めてしまった。
「…まあゲテモノ食い生活に比べたら天と地の差か」
そして「食後のビールと枝豆を」とトールが言いかけた所で、魔族少女とは別のウェイトレス…黒いのがそれらを持ってきた。
(お待たせしました。ビールと枝豆です)
(直接脳内に!?)
(??)
不思議そうな顔をする黒いの。トールは探らずとも把握できた気配に少しビビり気味。把握できた気配は拠点世界の面々よりも上で、かのインドの神々にほど近い。属性に至っては、本気モードのモモンガさんと同等か上回るような濃厚な死の概念だったためである。
黒いのことクロは、月から見える生き物達とは似ていても異なる眼の前の男が不思議で仕方ない。どうやったらあの万色にも匹敵するような命の塊が、このサイズで何の圧も無くまるで人のように存在できるのかと。
まあ仕事があるのですぐに興味を失せさせるのだが。
再会に、とビールジョッキを掲げる賢者とトール。枝豆を食べつつ、懐かしい日本のビールを堪能する。
「そろそろ儂はお暇するが、お主はどうするんじゃ?」
「ビールと小料理を頼みながら、あれが来たら挨拶して帰るさ」
「争いは止めとけよ? 店が無くなったらかなわん」
「せんわ」
それは重畳と笑いながら、賢者が勘定を済ませて去る。その間も見たことのある顔、見たことの無い顔が扉から現れるのを見ながら、気配を消して厨房に負担がかからない範囲で注文しつつ、時間まで待つ。
「お客さん、すいませんそろそろ…」
「最後に来る客に挨拶しとこうと思ってね」
「ああ、成程」
そして閉店時間を過ぎた所で鳴る扉のベル。大柄ながらも完璧なプロポーションを持つ美女、女王、オジョウサマ、トールの通称赤いのである。細腕で軽々しく綺麗な状態の大鍋を背負っていた。
「来たぞ。店主…っと、なんぞ珍しいのがおるな?」
「久方ぶりに来れたから、挨拶だけでもとな。邪魔しちゃ悪いからもう帰るよ」
「殊勝じゃの、まあいい。店主、いつものを」
トールは勘定を済ませる。扉の先は新しく見つけた死の都にある扉だ。通り抜ければ扉は消え、視界の拡張表示には周囲に敵対反応の赤が無数にある。技能と装備のおかげでステルス状態を維持できている。
この扉に入る前、近くに転がっていた元冒険者らしき白骨死体に手を合わせると、随分と姿の薄れた死霊が出てきた。
トールは朝から入る積りだったが、襲ってくる気配の無い死霊をどうにかしようと、遺体を回収して取り出した箱に収めて死霊についてくるようにアストラルポート経由で意思を伝え、死の都に近い冒険者が集う街へ。
神殿へ回収した遺体の冥福と浄化を依頼し、身元確認ができる古びたメモ書き(現地語で「ジュ??ス=ゴー??」と記載が残っていた)などを司祭に手渡した。無論、お布施も忘れていない。
そして昼前に死の都の扉へトンボ返り。途中に遭遇するアンデッドを浄化し蹴散らしながら。出てきた時間はアンデッドの活動が活発になる真夜中。
来た時と同じくアンデッドを浄化し昇天させ蹴散らしながら、古王国の都から脱出し、拠点世界への帰路へついた。
◆
ただ今回、運の悪い事に、いつもの地下大墳墓ログハウス前に戻ってきた際、食材を取りに来たカワサキと鉢合わせになった。
ハヤシライス以外にも色々とビールに合う料理を次々と平らげていた訳で、自分が作ったもの以外の料理の匂いを漂わせたトールにカワサキは質問し…、
「他の世界の料理屋に通ってるだって?」
「ギブギブ! カワサキさんギブ! この世界に落ち着く前に行ってただけで、今回は久し振りだったんだって!」
「俺も料理の腕に自信はあるが、如何せんこっちじゃ探求も研鑽も頭打ちで悩んでたのは知ってたろぉ?」
とてもいい笑顔である。ただし目は笑ってない。いい感じに関節が極められている。
カワサキは人であった頃もあの最悪なリアルの食料事情の最中に美味を作り上げる研鑽と才の持ち主であったが、半ば異形種と化した今は地下大墳墓の出現によって食材の悩みは吹き飛び、日々、幅広く旨い料理を探究している。
ただ、腕前は兎も角として、料理研究は発想者としての研鑽相手が居ないのもあって悩み気味だった。
そんな最中、カワサキも知るラインナップではあっても、料理人としてはまともな食材でまともな料理を出す店に一人のほほんと行ってきたとなれば、おいこらちょっとまてや、という訳である。
「いてててて、人間、曲がっちゃいけない方向ってあるでしょう!?」
「俺らが行けるようになったら絶対一度は連れてけ、い・い・よ・な!?」
「わかった、わかったから! いたたた! まじギブアップ!」
(所であれ、何?)
(我らの知らぬ世界の住人よ。黒は少し、相性が悪いやもしれんの)
(それは同意。赤は? 殴り合ったと聞いた)
(お互い様子見のあれか。あのままで奥の手が無いなら多分勝てはするが…、無傷は無理よな。正直、この地の弱きモノとは別物じゃぞ。何がどうなったらああなるのか見当もつかん、戦いを心得とるぶん、万色のあれよりたちが悪い)
(面白かった?)
(…まあな。伴が止めねば決まるまでやったかもしれん。所で、面白い気配を纏わりつかせておったが気づいたか?)
(当然。どこかの私と同じような一柱と、別の複数と面識があると思う)
(何でそれであれ、あのままなんじゃろな…)
(あれは不思議)
「へぶしっ!?」