ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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設定に無理や間違いがあったとしても、ここは別の四方世界なので問題ありません(予防線)


魔法剣士・裏 3

「代書・代読の依頼かあ……」

 

 春の夕日が差し込む冒険者ギルドの一室で、書類片手にうーんと監督官は唸り声を上げる。上の方から「適任者を見つけて斡旋するように」と言われた依頼は、本来ならば冒険者の領分ではないものだった。

 代書業に関して正規の業者が存在する以上、そちらに行くのが筋でありこのような依頼を認めればトラブルにすらなりえる。しかし今回、依頼を持ちこんできたのはその業者本人だった。

 

(まあ仕方ないよね)

 

 たまたま石畳の一部、その内部に外からでは見えないひびが入っており、たまたまそこを通りかかった馬車の重みで石畳が割れ、たまたま古くなっていた車軸がその弾みで折れ、たまたまその馬車に乗っていた業者が馬車の外に放り出され、たまたま大事な品を抱えていたために受け身を取り損なって利き腕を折った。

 致命的に運がなかった、以外の言葉がない。これだけ不運が重なるというのは何かしらの神の怒りを買ったのだろうか。あるいは神の御加護があったからこそこの程度で済んだのだろうか。

 いずれにせよ利き腕が使えなくては代書など出来るはずもなく、間の悪い事に代わりの人材も見つからなかったため急ぎの分だけでも出来ないだろうかと冒険者ギルドにお鉢が回ってきたのだ。

 やるのは急ぎではあるが重要度はさほど高くないものだという話なので、最低限信用出来る人間ならば誰でもいいという話だが……

 

「最低限じゃなくて多少複雑な読み書きが出来る教養があって、決して高くはない報酬で引き受けてくれて、適当な仕事をしない人間。簡単に言ってくれるなあ」

 

 ギルド職員ならその全ての条件を満たすのだが、残念ながらそちらに回す人手はない。むしろそんな人材がいるのなら臨時で雇って手伝ってほしいほどに忙しい。

 手数料を差し引いた報酬を考えれば、白磁ないし黒曜の仕事となる。だがその等級でしっかりした教養がありそうな人物と言うと――――

 

「……うん、二人ほどいるね」

 

 確実とは言えないが、しっかり教養が身に付いていそうな白磁の冒険者。二人ともまだ新人も新人だが、1人は仕事に対する真面目な姿勢と人格に関しては既にギルドの信用を得ている。ドブさらいでの拾得物報告は些細と言えば些細なことだったが、確実に信用へと繋がるものだった。

 先日赴いたゴブリン退治でも、一貫して善良と言える行動を取っている。それらの積み重ねはギルドから白磁等級としては格別の信用を獲得している。

 もう1人は能力において信用出来る。都の魔術学院を優秀な成績で卒業した才媛。つい先日冒険者登録をしたばかりであり人間性はまだよく分からないが、少なくとも前歴と照らし合わせて問題のある人物だとは思われない。

 

 量的にどちらか片方が受けてくれればそれでよし。二人とも受けた場合は多少安い給金でやってもらう事になるが、半日あれば終わる量なので決して割に合わないものではない。

 二人ともに断られた場合は仕方ない。もう少し上の等級から探すとしよう。そう結論付けると、監督官は次の書類へと手を伸ばす。

 今は春。冒険者ギルド最大の繁忙期。やるべき仕事は山積みで、しかも次から次へと増えていくのだ。過重労働(デスマーチ)はこれからが本番だった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 女魔術師は何もかもが嫌だった。

 夜眠ると、ゴブリンに刺された時の事を思い出すのが嫌だった。毒が回って死にかけた時の事を思い出すのが嫌だった。剣士の惨たらしい死骸を思い出すのが嫌だった。慰みものにされた娘達の姿を思い出すのが嫌だった。

 

 そして何より、それらを思い出すと冒険者を続けようという気概が萎えてしまう自分が嫌だった。

 心が奮い立ってくれたのは洞窟の中だけで、外に出てしまえば恐怖に萎えてとてももう一度立ち向かう事などできはしなかった。ああなるのが怖い。もう一度死に直面するのが怖い。

 本音を言えばもう家に帰ってしまいたい。しかし今帰れば間違いなく笑いものだ。都の学院を優秀な成績で卒業した女魔術師が、ゴブリンに殺されかけて恐怖に駆られ逃げ帰る。優秀な人間に対する嫉妬も相まってさぞ愉快に囃し立てられるだろう。

 

 いや、それはまだいい。傷付きはするし心底嫌ではあるが、自分の行動が招いた結果だ。だが間違いなく学院に通う弟も笑いものとされるだろう。本人に非は何一つないというのに、だ。

 それらの事情が女魔術師を辺境の街に留まらせていた。そして留まる以上生きていくためには稼ぐ必要があり、ギルド側から持ちかけられた代書業は渡りに船だった。

 怪物とも冒険とも無縁で、恐怖を一切感じない。体力のない自分ではドブさらいは厳しく、日銭を稼ぐには最もよい仕事だと思ったのだ。

 

「それじゃ、2人で頑張ってね!」

「よろしくお願いします」

 

 魔法剣士と一緒の仕事だと知るまでは。

 

 正直に言ってしまえば、女魔術師は魔法剣士に対しあの洞窟に着いた段階で軽い苦手意識と対抗心を持っていた。

 自分は都の学院で努力を怠らず、魔術の修行に専念し続けた。その結果女魔術師は日に二度の術を行使できるようになり、これは己惚れでもなんでもなく客観的に見て優秀な能力なのだ。

 だが魔法剣士は魔術師だった親から習い覚えただけで、自分と同じく二度の魔術を行使できるという。しかも自分は《火矢(ファイアボルト)》しか使えないというのに、彼は《察知(センスリスク)》と《粘糸(スパイダーウェブ)》の二種類を使え、さらには剣を振って戦うだけの筋力まで持ち合わせていた。自分とそう変わらないであろう年齢で、だ。

 

 自分だけが才能があるわけでもなければ、自分だけが努力しているわけでもない。彼は彼なりに努力をしたのだろうし、それが自分より大変なものだった可能性も大いにある。

 だがどうしても面白くないという気持ちが捨てきれない。そしてそんな想いを抱える自分の小ささが嫌になる。

 

 加えてゴブリン退治でロクに役に立てなかった自己嫌悪が、女魔術師の気分をさらに暗くする。自力でやったことと言えばゴブリンを一匹焼き殺しただけ。

 その後の死体を火種として何匹か焼いたが、あれはゴブリンスレイヤーの指示と燃える水があっての話だ。別に松明でも充分代用可能であり、役に立ったとは言い難い。

 

 ゴブリンに殺されかけて心が折れてしまった自分が嫌だった。剣士の死に様を思い出して震えてしまう自分が嫌だった。ゴブリン退治で役立たずだった自分が嫌だった。逃げ出したいのにちっぽけなプライドに邪魔されてる自分が嫌だった。魔法剣士に嫉妬している自分が嫌だった。

 そんな嫌な自分を見られたくなくて、知られたくなくて。女魔術師は魔法剣士とロクに話す事も出来なかった。嫌な女だと思われてでも、醜い自分を他人に知られるのは耐え難かった。

 

 女魔術師は、本当に何もかもが嫌だった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 所詮こんなものだ、と魔法剣士は自嘲の笑みを浮かべながら燃え盛る巨大鼠(ジャイアントラット)――――巨大すぎる気がするが――――を見やる。

 親から魔術を学び、棒振り遊びの延長で多少剣を振り回せるようになり、少しばかり物を知っている。貴族の家柄ではないが、父が貴族と付き合いがあったために自分も基本的な礼儀作法を身に付けさせられた。

 そしてある日、託宣(ハンドアウト)を受けて冒険者となった。

 

 自分はただそれだけの人間だ。

 

 1人で無数のゴブリンを倒せなどしない。相手がどんな罠を仕掛けてくるかなど分からない。窮地に陥った時的確な解決策(アイディア)を閃いたりなどしない。あらゆる事象の知識などありはしない。

 今もそうだ。《粘糸(スパイダーウェブ)》は火に弱い。火を近付ければ簡単に焼き切れる。親から飽きるほどに言い聞かされてきた。だから自分は《粘糸》について利用法も弱点も把握していると思っていた。

 だが「火に弱い」という事を利用し、「捕えた敵を焼く火種とする」などという事は思いもしなかった。あくまで敵を捕えるものという認識しかなく、その使い方しかしようとしていなかった。その呪文が使える、というだけで活用法など何も知らなかったのだ。

 

 《粘糸》で捕えた巨大鼠を松明で殴り付けた時、粘体が燃えて逃げられる可能性は考慮していた。だが粘体が燃えるという事は火の勢いが強くなり、鼠の身体を焼くなどとは想像すらしていなかった。

 無論常にこうなるわけでなく、この鼠が格別燃えやすい――――脂肪の塊であったからこそだ。そうでなければ油でもかけてやらねばここまでは燃えまい。

 だがそれに思い至ったのも実際に焼けるのを見てからで、勢いよく燃え上がるのを見た時は《粘糸》がここまで燃えるのかと思ってしまった。いくら火に弱いと言っても、単独でここまで燃えるわけがないというのに。

 

 つくづく考えが足らない。短慮で浅慮な間抜けだ。

 

 所詮自分はそんなものなのだ。自分を一党(パーティー)に誘ってくれた剣士を助けられなかった。そもそも素人同然の分際で助けられなかった、と考えること自体思い上がっている。

 特別な存在などではない。何処にでもいる只人で、たまたま託宣(ハンドアウト)が降りてきたに過ぎない。だというのに、心の何処かで己惚れていた。

 自分など燃え上がりながら飛びかかってきた巨大鼠に驚き、慌てて盾で防いでいる間抜けに過ぎない。下水道でこんな下級の怪物相手に四苦八苦しているただの新人冒険者だ。

 

 思い上がるな。忘れるな。鼠の歯を盾で受け止めながら自分に言い聞かせる。お前が真に特別だと言うならば、そもそも大金を求めて冒険者になりなどしない。特別であれば仲間を死なせなどしていない。

 

「一歩ずつだ」

 

 そう、一歩ずつ。一歩ずつ進むのだ。それならば自分にだって出来るはずだ。出来ないのなら死んでしまえ。そうして進み続ければきっと――――

 行くべきところへ、行けるはずだ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「その、暴食鼠(グラトニーラット)の報奨金は……」

「……出ませんね」

 

 心底魔法剣士に同情しながら、それでも受付嬢はきっぱりと言い切る。本来なら無表情で固まった彼を脇に退かすかそのまま放置して次の仕事に取り掛かるべきなのだが、気の毒すぎてどちらも出来ない。

 初めて巨大鼠駆除の仕事を請け負った魔法剣士は傷も負わず、下水の空気でやられる事もなく無事に戻ってきた。それはギルド職員として非常に喜ばしい事だった。冒険者が無事に依頼をこなして戻って来るのは何時でも嬉しい事だし、有望な新人ならばなおさらだ。

 おまけに彼は暴食鼠――――巨大鼠の亜種を討伐したという。暴食鼠は銀貨50枚の賞金がかけられている怪物であり、白磁の新人が1人で倒したとなるとちょっとした快挙だ。

 本来ならば受付嬢とて手放しで称賛し、報奨金を渡すところなのだが……

 

「その、討伐の証としての前歯がないと……」

 

 そう、暴食鼠を倒したという証。かの鼠に付いている巨大な前歯を持ってこない限り、報奨金は出せない。

 彼が嘘をつくとは思えないし、同僚に頼んで《看破(センスライ)》で確認すればより確実だ。しかしギルドの規定には沿う必要があるし、全ての冒険者の報告に《看破》を使っていたらキリがない。

 なので魔法剣士には心底気の毒ではあるが、報奨金を出す事は出来ないのだ。

 

「……今から戻って回収出来ますかね」

「たぶん他の巨大鼠や大黒蟲に死骸は食べられてしまっているかと……」

 

 騒いだりゴネたりしないのは評価出来る。厳しい事を言えばそういう生物がいるかどうかを確認するのも事前準備の一つと言えるし、それをしないのは冒険者側の責任なのだ。勿論それに納得がいかず、場合によっては暴れる者すらいなくもない。

 だがそんな事をしないからこそ、彼への同情が余計に募る。目に見えて落ち込んだ態度を出さないように堪えているのもまた哀れだ。

 駆け出しの白磁冒険者にとっての銀貨50枚といえば、生活費に充てるにせよ装備に充てるにせよ大袈裟ではなく生死を左右する大金だ。それが得られるはずなのに得られないというのは大声で喚きたくなるようなショックだろう。

 

「……次はちゃんと持ってきます」

「……お待ちしています」

 

 銀貨10枚を受け取り、頭を下げてギルドを後にする魔法剣士の背中に受付嬢は申し訳なさを込めて一礼する。

 次が、もし次があるのなら。その時は心から笑顔で渡してあげよう。そう内心で決意しながら、受付嬢は業務へと戻って行った。

 




人に話を聞くのは重要。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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