A.6巻で面倒見いいって言われてたから、拡大解釈しました。
「つまり、念のために適性を見るって感じだね」
足を崩したり広げたりせず、行儀よく椅子に座っている魔法剣士に対し笑顔を向けながら監督官は告げる。
昇級に関する話をしているというのに魔法剣士はいつも通り表情を変えずにいるが、まあ彼はそういう人間なのだろう。同僚の想い人である、いつもゴブリンゴブリン言ってる変な冒険者に比べれば普通の範疇だ。
魔法剣士が冒険者登録をして一ヵ月と少し、白磁から黒曜への昇級速度としては中々に早い。だがこの一ヵ月で
また実力だけでなく、下水で消息不明になっていた冒険者の認識票や遺骸を回収してくる人間性も評価対象にされていた。冒険者登録したばかりの頃にやっていたドブさらいでの行動や、ゴブリン退治に赴いた時の行動は紛れもなく善の戒律のそれであり文句の付けようがない。
これだけ見れば何の問題もなく昇級させれるように思えるが、ただ一点懸念が残っていた。一ヵ月前に赴いたゴブリン退治、それ以外魔法剣士は単独で依頼をこなしており一党を組んでいないのだ。
ゴブリン退治に関する報告を見る限り問題はなさそうだが、万が一という事もある。他人と歩調を合わせて行動できるかどうか、一度確認して問題なければ昇級させよう――――それがギルドの出した結論だった。
「一党を組む相手は誰でもいいし、どうしても都合がつかなかったり見つからない場合こっちから斡旋するから」
「分かりました」
魔法剣士が丁寧に一礼して、静かに退出していく。その背中を見送りながら、監督官はふと思い当る事があった。
――――彼、一党組める相手いるっけ?
最初の一党は頭目である剣士を失い解散。剣士の幼馴染である女武道家は、故郷に報告の為戻っておりまだ帰還していない。女魔術師は代書の仕事を彼と一緒にこなしているが、彼と違いこの一ヵ月他の依頼を受けておらず復帰するかどうかは微妙だ。
女神官は冒険者を続けているが、変なのことゴブリンスレイヤーについて回っておりとても組む暇がないだろう。魔法剣士の方がゴブリンスレイヤーの一党に加わるなら話は別だが。
「……うん、まあ大丈夫だよね」
この一ヵ月で誰かしら顔見知りの冒険者が出来ているだろうし、いないとしても誰かと組む事は出来るはずだ。本当に全くいないならギルドの方で何とかする。
本当はそういった
いずれにせよ、魔法剣士がつつがなく昇級する事を願おう。中堅どころのベテランが不足する昨今、彼のように善良で真面目、かつ見所のある新人には順調に育っていって欲しいものだ。
もっとも、どれだけ見所があろうとも、才能があろうとも、慎重で周到であろうとも。全ては神々の
―――――――
「俺は構わないぜ」
魔女の提案に対し、槍使いは承諾の意を示す。それを聞いた魔法剣士は少し遠慮を見せるも、丁重に頭を下げ感謝の言葉を述べる。頭を下げればいいというものでもないが、こうしてしっかり礼を言えるというのは大事だ。少なくとも槍使いはそう思っている。
白磁の新人が昇級の為に
しかし幾つかの要因が槍使いを引き受けても構わない、という気分にさせた。魔法剣士を誘ったのは相棒である魔女の方からであり、彼女が面倒を見てやろうというのならばそれに付き合うのはやぶさかではない。
また魔法剣士は冒険者の間ではともかく、ギルド職員の対応などを見るに多少は期待されているようだ。そんな新人の面倒を見るというのは、意中の相手である受付嬢へのアピールになるだろうという打算がある。
そして当の本人たる魔法剣士。彼の応答を見るに人格面で問題があるようには思えず、キッチリと礼も言えて変に跳ねっ返ったところもない。悪印象を抱くような人間ならお断りだったが、これなら一度ぐらい冒険に付き合ってやってもいいと槍使いに思わせた。
(盗賊団退治したばっかで少し休みを入れたいところだったしな)
白磁等級に付き合って、軽い―――油断するわけではないが、簡単な依頼をこなす。気分転換にはちょうどいいだろう。
「礼はいいから受付さんに頼んで、冒険記録用紙持って来てもらいな。お前さんの技能を見てどんな依頼を受けるか考えなきゃならん」
「すぐに持ってきます」
興奮や緊張した様子はなく、落ち着いた声で返事をすると魔法剣士は小走りにカウンターへと向かう。受付嬢と話す途中で魔法剣士がこちらを示すような素振りをし、彼女と目があったので笑顔で手を振る。スッと目線を外されたが挫ける事はない。こういうのの積み重ねが大事なのだと槍使いは信じている。
受付嬢だけでなく監督官とも何やら話し、それから魔法剣士が用紙を持ってこちらへ戻って来る。職員の魔法剣士に対する対応は他よりも柔らかく、確かにギルドの方から期待されているのが槍使いには分かった。
「持ってきました、どうぞ」
「おう」
手早く確認すべき項目を見る。前衛なのか後衛なのか。魔法や奇跡が使えるのか。どんな技能を有しているのか。どんな依頼をこなしてきたのか。
「お前、二度も魔術を使えるのか」
「はい」
ほう、と槍使いは魔法剣士の顔を感心しながら見据える。この年齢で二度の術を行使できるのはかなり優秀な魔術師の資質があると言っていい。二種類の呪文を使えるというのも立派なものだ。
加えて剣と盾を扱えるという。勿論新人の範疇ではあるだろうが、自分が思っていたよりも随分優秀な男らしい。勿論「技能がある」から「技能を活かせる」とは限らないのだが、あるとないとでは大違いだ。
(これなら多少難しい討伐依頼でも……いや、ゴブリン退治はしてるし下水で鼠や蟲を狩ってるからその辺の経験は多少積んでるか。ならもっと別の経験を積ませてやるべきだな)
探索系を受けてやるか。いや、それだと自分や魔女がだいたいの事をこなしてしまい経験にはなるまい。少し遠くへ行く依頼にするか?それは体力差が出すぎてしまう可能性があるし、自分達も疲労が溜まりそうな依頼を続けて受けるのはあまり良くない。
なら近場で、なおかつ一日か二日ぐらいかかるようなものがいい。長距離の移動や旅をする際の注意点を説明しながら体験させれるし、野営するにしても宿に泊まるにしても経験を積ませてやれる。
となれば隊商か行商人の護衛か。そういった依頼の経験はないようだし、その辺の注意点も教えてやれる。勿論自分が教える事全てをこの一回の依頼で理解し吸収するのは無理だろうが、一度でも経験があればこの先役に立つだろう。
「よし、これにするぞ」
クエストボードを眺め、あつらえたかのように条件に沿った依頼があったのを見つける。近くの村までの馬車護衛依頼。鋼鉄等級ぐらいが受けるべき依頼だが、魔法剣士なら問題はないだろう。
魔女に依頼書を見せた後、魔法剣士にそれを渡す。そこに書かれている情報から何が読み取れるか、何に気付けるかのテストだ。
「……
「ほう。根拠は?」
「まず装備が新しいというのは買ったばかり。新人冒険者の特徴です。勿論冒険者だけが買うわけではないですが……追剥をするためにわざわざ装備を整える人間がいるとは思いません」
「まあその通りだな。だが脱走して来た兵士って可能性もあるぞ?」
「兵士なら兜を被っているはずです。工房で冒険者は見栄えを気にして兜を買う人間が少ないと聞いたので、全員が兜をしていないというのは新人冒険者の可能性が高い……と、思います」
「なるほどな」
「また、5,6人で1人を囲んでも時々逃がしているというのは経験が浅い証拠になります。同じように経験が浅くても、兵士なら集団で囲むのは基本なのでもっと上手くやるんじゃないかな、と」
いい読みをしている。素直にそう思う。まだまだ足りない部分は多いし、断定しきれないのも経験が足りていない。だが新人でこれだけ読み取って考えれるのは合格点をやっていい。
「5,6人ってのは一党の人数だしな」
「あっ」
槍使いの指摘に、魔法剣士が期待通りの反応を見せる。ニヤリと笑いかけながら、槍使いは言葉を続ける。
「まあ読みはおおよそ合ってんだろ。理想とあまりにも違う現実に不平不満が溜まって、
この手合いは毎年少なからず生じる。夢や理想、野望を持って冒険者になったはいいがやる事はキツくて汚くて安い仕事ばかり。
あるいは簡単なはずの仕事でしくじり、自分の失敗を認められずに不貞腐れる。そして酒やら賭博やらで鬱憤を晴らすうちに金もなくなり、故郷にも帰れず悪事に手を染める。
迷惑な話だ。旅人や商人は言うに及ばず、その道を利用する人間が少なくなれば村も困る。そして冒険者、特に魔法剣士のような白磁や黒曜といった駈け出しは風評被害を受ける。万人が迷惑を被るわけだが、この手の連中は自分達こそが最たる被害者だと思い込んでいるからタチが悪い。
「ま、そのうち討伐依頼が出されるだろうがもう少し先だろうな。もう少し被害の件数が多くなるか、大きな被害が出るか。誰かが依頼するかギルドが依頼を出すか、どちらにせよまだ先だ」
放っておいていいわけではないが、他に優先すべき事が多すぎるというのが実情だろう。
「つー訳で、この依頼受けるぞ。依頼人はすぐにでも出発したいようだからさっさと装備取ってこい」
「分かりました」
早足で二階に駆け上がって行く魔法剣士の背中を見送っていると、魔女がクスクスと笑いかけてくる。
「随分、面倒見、いいの、ね?」
「元はといえばお前が持ちこんだんだろうが」
そう、別に自分からやろうと思ってやっている事ではない。もう少し手を抜いたところでバチは当たらないだろうが、それは自分の矜持と経歴が許さないだけだ。
何せ槍使いと言えば在野最高位の銀等級にして、辺境最強の冒険者なのだから。それが新人教育の一つもまともにこなせないなど、あってはならないのだ。
それが、銀等級にまでなったものの責務というものだ。
―――――――
どうすればいいのだろう。女魔術師は答えの出ない自問自答を繰り返す。
彼――――魔法剣士は遂に黒曜級への昇格を控えているという。それに相応しいかどうかの依頼を受け、遠出をするので今日明日は代書業を受けれないという報告を直接受けた。
それに対して自分が言ったのは「気をつけなさい」の一言のみ。知らぬ仲ではないのだから、激励ぐらいしてやるべきだろうに。
片や同期の中では最も早く昇級を控え、今回限りとはいえ銀等級と組んで依頼に挑む。
片や代書業で食い扶持を稼ぎ、日がな一日ギルドで腐っている。
自己嫌悪で腐りきってしまう前にどうにか結論を出すべきなのは分かっている。だがその結論をどうすれば出せるのかが分からず、女魔術師はダラダラと日々を重ねてしまっていた。
加えて先日受付嬢からもたらされた提案が、女魔術師の心を激しく揺さぶっていた。
「ギルドの職員になりませんか?」
代書業をつつがなくこなす女魔術師の処理能力と教養、仕事に対する姿勢。そして経歴とそれに見合った知力。それらから適性があると判断されたらしく、もしよければ転職しないかと勧誘を受けた。
決して悪い提案ではない。冒険者ギルドの職員とは基本的に教育を受けた貴族の子女、その中でも優秀な人材で構成されており、普段は意識されないが身分としては国家に仕える文官に当たる。冒険者である自分が採用されるというのは、それだけ優秀な人材であるという証明となる。
この道を選ぶならば、恐怖と向き合う必要も無くなる。逃げ帰り他者からの嘲りを受ける事もない。弟にも迷惑はかからない。
勿論採用されたからやっていけるとは限らないし、そもそも採用前の研修で落とされる可能性もある。だがそこは自分の努力次第だろう。
もしも一日、たった一日この話を持ちかけられるのが早かったら。女魔術師は間違いなく喜んでこの話を受けていただろう。
だが魔法剣士の出立を見送り、午前中の仕事を終えた所で出会った人物がこの話を受ける事を躊躇させる。
「あたし、冒険者続けることにしたんだ。上手くやれるかはわからないけど……やっぱり、人を助けたい」
故郷から戻ってきた女武道家は、真っ直ぐな瞳でそう言った。怖くはあるが、逃げたくはないと。最初に抱いた夢を諦めたくはないと。
まずは出来る事からやっていく。そう言ってドブさらいの仕事を受けた彼女の姿は、あるいは魔法剣士以上に妬ましく思えた。
最初に組んだ一党の中で、立ち止まっているのは自分だけ。どうすればいいのだろう。
いや、どうすればいいのかは分かっているのだ。もう一度歩き出すか、別の道を歩き出すか、後ろを向いて戻るか。どれも出来ない事ではない。
どれを選ぶのも自由。どれを選んでも自分の責任。だがどれかは選ばねばならない。しかし、決める勇気がない。
どうすればいいのだろう。結論が出ず振り出しに戻ってきた思考を振り払うように、女魔術師は頭を左右に振る。どうすればいいかは分かってる。問題は自分がどうしたいのか、だ。
その時不意に――――それこそ、
ある種の自棄にも思えるが、自分の意志で以って委ねるならばそれは選択の一つだ。どのような結果が出ようとも受け入れ、その道を歩く。たとえどれほど厳しい道だとしても。
そう、それが自分の決断だ。決断はしたのだから、後は行動だけすればいい。女魔術師は確固たる決意を持つと、骰子を握り締め――――
己の運命を委ね、振った。
――――――
臭う、というのが槍使いの抱いた、依頼人に対する印象だった。
物理的に臭って来るのではない。冒険者として積んだ経験と知識が、あまりにも胡散臭いと訴えかけてくるのだ。
恰幅が良く、中年と言うべき年齢に差し掛かっている商人――――別に珍しくはない。ただ商人と言うには、あまりにもこの依頼人はおかしな点が多い。
自分の認識票を見て安堵の表情を浮かべるのは分かる。その後に魔法剣士の認識票を見て訝しむのも分かる。魔女の容姿に見惚れるのも男として分からなくはない。
だが、それを隠そうとせず態度に出し続けるというのは解せない。商人ならばそういった感情を――――隠しきれるかどうかは別として――――内側に秘めておくものだ。最初に出してしまうのは仕方ないとしても、その後は速やかに表面を取り繕うのが商人だ。
だというのにこの依頼人は、未だに己の欲望を隠そうとしていない。一応丁寧な言葉使いこそしているが、その中に尊大な態度が見え隠れしている。
そして自分が露骨に魔法剣士に対し新人指導を行っているというのに、気にする様子もない。鷹揚な性格でないのは既に見てとれており、これは単純にこちらへ興味を示していないだけだ。この男が見ているのはもっぱら魔女の容姿だけだ。
銀等級の冒険者への信頼と言えなくもないが、この周囲への関心のなさと自分の感情の隠さなさはとても商人とは思えない。
(きな臭い、ってほどじゃねえけど)
警戒はしておいた方がいいだろう、と心に留めつつ、槍使いは魔法剣士への講義を続ける。足手まといになられるのも嫌なので注意点を指摘し始めたのだが、相手が意外に聞き上手だったためについつい興が乗って本格的な指導になっていた。
周囲を警戒しつつ歩きながらではあるが、聞き流さず一々相槌を打つ。ただ聞くだけでなく、時折自分の中で引っかかったであろう点を訊ねてくる。その質問に返答するついでに、関連した注意点などを教える。
人の話をしっかりと聞き、ただ聞くだけでなく考える。そういう相手に物事を教えるのは存外やりがいがあるものだ。ましてやこの依頼の間は同じ一党、少しでも物の役に立つようになる方がいいに決まっている。
馬車の荷台に陣取る魔女が何やら生温かい視線を送って来るが、槍使いはあくまで自分の利益になる事をしているだけだ。依頼が終われば魔法剣士が受付嬢に自分の事を良く報告するだろうという打算もある。
彼女の姿が頭に浮かんだことと、そろそろ魔法剣士も一度に頭へ詰め込める量は限界が来ただろうという判断から槍使いは話題を受付嬢の事に移す。彼女のどんな点が素晴らしく、どのような事が魅力的かを思いつくがまま―――流石に言えないような事は言わず―――喋る。
兜についた顔面保護の為に魔法剣士の表情は読めなかったが、おおよそどんな表情をしているかは分かる。だがこういう点を見せてやることで親しみやすくし、緊張をほぐしてやる必要もあるのだ。
何より、彼女の素晴らしさを語ってやるのは楽しいのだ。
「そういや、お前はいい人いねえのかよ」
一通り語ったところで、魔法剣士に問いかける。まだ駆け出しでそんな余裕はない可能性が高いが、いつも一緒にいるというあの女魔術師との関係は気になるところだ。
「一応、婚約者がいるにはいます」
「はぁっ?」
「父が親友と約束したそうで。子供同士の歳が近ければ娶せると」
あまりにも想定外の返事に変な声が出る。婚約者だと?貴族や豪商の家柄ならそういうこともあるだろうが、この男は物腰こそ丁寧だがそういう家柄だという印象は受けない。
勿論自分の見当違いという可能性はあるが、それならそれで何故冒険者などやっているのだという話になる。
「何だお前、家の決めた相手が嫌で逃げてきた口か?」
槍使いが口にしたのは女性冒険者にはありがちな理由だが、男性の方にもないとは言えない。女が相手を嫌だと思う権利があるならば、男にもあってしかるべきだ。
「いえ、そういうわけではないのですが」
「ふうん」
この男にはこの男の事情があるのだろう。興味は惹かれるが、あまり人の事情に立ち入るものでもない。
そこでこの話題を打ち切ると、槍使いはまたこの新人への指導を再開していった。
――――――
「ったく、酒がダメなら先に言えよ」
「すまない……」
たった一杯の酒で酔い潰れ、酩酊した魔法剣士に肩を貸しながら槍使いは部屋の戸を開ける。
何事もなく村に着いた祝いと、適度に交流を深めるために酒を奢ってやった結果、魔法剣士は一杯飲んだだけで酔いつぶれたのだ。この村の地酒とやらが悪酒だった可能性もあるが、それにしても弱すぎる。
「おら、もう寝ろ」
「そうする……」
ベッドに寝かせてやると、力のない声で返事が返って来る。二日酔いにでもなったら厄介だが、
あの丁寧な口調が無くなっているが、要は意識的にそういう言葉使いをする余裕がなくなり地が出てるのだろう。
「そういやお前、なんで許嫁がいるのに冒険者やってんだ?」
別に返事を期待したわけでなく、半ば独り言のように槍使いは疑問を口にする。何がしかの事情はあるのだろうが、いい相手がいるのならば堅気の仕事に就くべきだろう。
駆け出しの頃の自分のように読み書きすら出来ないような人間ならともかく、この男は代書屋が勤まる程度には学があるはずだ。仕事など多少選り好みしたとしても幾らでも見つかるだろうに。
「……金が要る。大金が」
静かで堅く、淡々とした言葉が返って来る。この男には似つかわしくない俗物的な理由に少しばかり槍使いは驚くが、ある事に気付く。
コイツは今「欲しい」ではなく「要る」と言ったのだ。言葉を大事にする呪文遣いは、こういった些細なところでも言葉を慎重に選ぶ。つまり「金持ちになりたい」とかではなく、「何かに使う金が必要」だという事だ。
「何に使うんだよ」
「……婚約者の父に言われた。持参金が要る、と」
黙って続きを促すと、独り言のように――――実際殆ど独り言に近いのだろうが、魔法剣士が続ける。
「父が病で亡くなり、生前の借金を返したら財産など何も残らなかった。それを見た彼女の父に、親友の息子とはいえ何も持たない男に娘はやれないと言われた。もっともな話だ。だから金を稼ぐことで、能力がある事を示してくれと言われた」
「ああ。それで愛しいあの子と一緒になるために金が要るわけだ」
「違う」
感情の籠ってない声ではあるが、ハッキリと否定してくる。槍使いが訝しんでいると、魔法剣士は言葉を重ねる。
「俺は――――愛だの恋だのが分からない。彼女を、婚約者を愛しているのかどうか分からない」
「じゃあなんで金稼ごうとしてんだ」
命を賭して冒険者という職業で一攫千金を狙う。愛のない婚約者の為にそんなことをしているのだとすれば、コイツは狂人だ。
「待っている、と言われた」
「あ?」
「彼女は、待っていると言った。待ってくれているならば、応えてやらないといけない。そう思った」
「……」
「俺は、そういう……役割を果たすことしか、出来ない」
魔術師の息子だから魔術を学んだ。「魔術師の息子」とはそういうものだと思ったから。父が許嫁を決めてきたから従った。「息子」とはそういうものだと思ったから。
待っていると言われたから、命賭けで金を稼ぐ。「婚約者」とはそういうものだと思ったから。
「だから俺は……金を……」
言葉は途中で途切れ、代わりに寝息が聞こえてくる。先程までとは打って変わって、年齢相応のまだあどけない寝顔を見せる魔法剣士の姿に槍使いはため息を吐いた。
「馬鹿が。お前自分の本心を分かってねえよ」
恐らくコイツは自分の事を役割を果たしているだけだと、義務感で動いているだけだと思い込んでいるのだろう。だが槍使いに言わせればそうではない。人間、そんな義務感だけで動き続けれるほど単純には出来ていない。
何故そんな道を選んでやり続けられるのか?答えは単純だ。
「楽しいから」だ。
親の期待に応えるのが楽しかったのだろう。親の望みを叶えてやるのが楽しかったのだろう。そして今、婚約者の期待に応えようとするのが楽しいのだろう。
そして命懸けで期待に応えようとする相手の事を愛しく思ってないなどとは、本当にコイツは自身の気持ちを分かっていない。槍使いに言わせれば、コイツがやってるのは最上級の愛情表現だ。
賢い頭をしているくせに、驚くほどに馬鹿なやつだ。
「……ま、悪くねえんじゃねえの」
愛する女の為に一攫千金を求め、命懸けで冒険に挑む。悪くない物語だ。少なくとも槍使いは興味を惹かれた。
自分は自分の為に冒険に挑む。だからコイツの力になってやろうとか、尽くしてやろうなんて気はさらさらない。
しかし――――コイツの物語が「めでたしめでたし」で終わるように祈ってやる事は出来る。多少知恵を貸して経験を伝えてやる事は出来る。そのぐらいはやってやりたい。
自分は英雄になりたかった。どんな物事も1人で解決してしまえるような、強い英雄にはなりたかった。そしてもうそんな英雄にはなれないと、そんな物語は自分に与えられていないと気付いている。
ならせめて、まだ可能性のある――――物語が与えられているかもしれない人間がやりたいことを、自分の力でやれるようにしてやりたい。
「……柄じゃねえのは分かってるけどよ」
小さく呟いて、槍使いは魔法剣士を起こさぬようそっと部屋を出る。何だか無性に魔女と一緒に飲みたい気分だった。
Q.魔法剣士君酒に弱すぎない?
A.一ヶ月間酒飲む余裕なんてなかったので、久しぶりすぎて効きました。
活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)
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魔法剣士【綴られた手紙】
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令嬢【どうか、叶えて】
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女魔術師【君のワガママ】
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魔法剣士と令嬢【忘れてください】
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魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
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三人【騙し騙され愛し愛され】