ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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ご意見ありがとうございました。
何か問題が無ければ次はゴリラになります。

※13:42
投稿ミスに気付いて修正しました。具体的にはコピペして投稿する際に最後の部分を忘れていました。なので千文字ほど最初の投稿から増えています。


魔法剣士・裏 6

「死にかけた……って、大丈夫なんですか!?」

「少なくともこの傷が原因となって死ぬ事はもうない、と言える程度には大丈夫です」

 

 包帯を巻いた額を指でコツコツと叩きながら、普段と変わらない落ち着いた声音と硬い表情で魔法剣士が応える。もう塞がりましたから、と付け加えてくるもののそれで心配が消えるわけではないと女神官は声を大にして言う。

 

「そんな大怪我をしたなら、その、安静にしてなくちゃいけないんじゃないですか?」

「寝てるだけというのはかえって身体に悪いそうなので。暫く依頼は休みますし、出歩くつもりもありませんが」

 

 それはそうだろう、と女神官は深く頷く。頭を剣で斬られて死にかけたばかりだと言うのに依頼を受けるなど、正気の沙汰ではない。

 偶発的遭遇(ランダムエンカウント)で遥か格上の相手と戦うことになる不運を引き当てて、重傷を負いながらも生きて帰ってこれたのは、彼は運がいいと言うべきか。それともそもそもそんな事になったのだからやはり運が悪いのか。女神官には判断がつかなかった。

 ただいずれにせよ、確かな事が一つだけある。

 

「そうしてください……あの、御無事で何よりです」

「ありがとうございます。そちらもご無事で何よりで」

「あ、ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げながらお礼と共にかけられた言葉に、女神官も頭を下げながら返礼する。そう、彼は目に見える結果を引き当てたと言うだけで女神官だってそうなる……否、もっと悪い結果になる可能性だってあったのだ。

 それを考えれば、こうしてギルドでお互い無事に会話が出来るのは本当に何よりだった。

 魔法剣士が昇級した事に対しお祝いを述べ、彼の経験した冒険について話を聞く。そして自分もゴブリンスレイヤーと共に体験した――――ゴブリン退治しかないのだけれど―――――話を語り、互いの無事を喜び合う。

 そう長い時間でもなければ、そう大した内容でもない。しかしだからこそ大事なのだと女神官も魔法剣士も分かっている。

 無事に冒険から帰って来て、友人と他愛ない会話を交わす。これがどれだけ難しい事なのか、どれだけ得難い時間なのか。二人ともその価値を理解していた。

 

「それでは、また今度会いましょう」

「はい、また今度お会いしましょう」

 

 お互い元気で、頑張りましょう。そう言い交わし魔法剣士と別れる。そう、また今度。

 その約束を守るのがとても難しい事も、とても大切な事も。彼女も彼もちゃんと分かっていた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 この人はこんな性格だったっけ?というのが、今の率直な女武道家の気持ちだった。性格を知ったと言えるほど長い付き合いでもないのだが、その短い付き合いで受けた印象とあまりにも違いすぎて困惑ばかりが広がる。

 それは魔法剣士も同じようで、表情に大きな変化こそないが目をしきりに瞬かせ明らかに困惑の色を浮かべている。内面はともかく外面的にその程度で済ませている事に、女武道家は本気で感心した。

 

「いい?あと三日で代書の仕事は終わるから、それ以降本格的に一党(パーティー)組んで動きだすわよ!」

「……あ、ああ」

「それと、一党の頭目(リーダー)はあなただからね!」

「いや、それは」

「いいわね!私も彼女も認めてるし、あなたの指示には従うから!」

「……わかった」

 

 強要と言うよりもはや強制のようではあるが、一応嫌かどうかは聞いていたから問題ないだろうと女武道家は結論付けた。

 

 数日前に女魔術師から一党と組もうと言われた時は本気で驚いたが、同時にあのゴブリン退治で重傷を負った彼女がまた冒険者として再起出来るのを喜びもした。だから女武道家は二つ返事で了承をした。ここまでは問題なかった。

 直後に女魔術師が魔法剣士を誘ってもいいか、と言い出した時も驚いたが、彼の実力と冷静さ。そして剣士の遺骸を嫌な顔一つせず背負い、近くの村まで運んでくれた人柄。たった一度ゴブリン退治を一緒にしただけでそれらの事は充分理解できていたから、異論は全くなかった。

 断られなかったのならば魔法剣士を一党の頭目にする、という女魔術師の意見にも素直に頷いた。ゴブリン退治の時冷静に「逃げる」という選択をした判断力は女武道家にはないものだったし、自分が冒険者を続けると決心するまでの間に積んだ経験の差も考えればそれが妥当だと思えた。

 だが、勧誘でも提案でも懇願でもなく断定で一党を組もうとするのは想像していなかった。彼女の何処にこんな強引に話を進める力があったのだろうか。

 

(お酒は飲んだりしてなかった、よね?)

 

 昼食を一緒した時に見ていたから間違いないはずなのだが、自信が無くなる。それともあの時飲んでいた水に酒精が紛れ込んでいたりしたのだろうか?

 想像していなかったと言えば、女魔術師が魔法剣士に対し嫉妬や劣等感を抱いていたのも意外だった。そしてそれを告白した事も。理由を聞けば確かにそういった感情を持ってもおかしくはないとは思ったが、それを秘めず相手に直接ぶつけるというのは驚きを通り越して凄いとすら感じた。

 女魔術師曰く「一党を組む以上、今まであんな態度だった理由をハッキリさせないと不信感が残る」というのがその理由らしいが、女武道家がいなかった間どんな態度を取っていたのだろうか?

 何だか色々と頭の中が追いつかない。女魔術師が椅子に座っている魔法剣士に顔を近付けすぎているせいで後ろにひっくり返らないか心配だとか、体術を使う上では邪魔なのだが女としては羨ましくもある、女魔術師の豊かな双丘がもろにくっついているが魔法剣士はそれどころではないのだろうなとか。そんなことばかり考えてしまう。

 

「言いたい事は分かったが、傷と疲労が完全に癒えるまでは休ませてほしいのだが……」

「いいわよ、それは当然の事だもの。代書業が終わったら治るまでドブさらいかなにかしてるから、良くなったらちゃんと声かけるのよ!」

「了解した」

 

 満足のいく返事が得られたからか、女魔術師が魔法剣士から身体を離す。そして傍から見ても上機嫌でやる気になっているのが分かるほどに意気込んで、彼女の簡易的な仕事場と化しているギルドの隅に設置されたテーブルへと戻って行った。

 

「ごめんね、なんか……ごめん」

 

 なんと言えばいいのか分からず、とりあえず女武道家は魔法剣士に謝罪する。何に対して謝っているのかは自分でも良く分からないが、とりあえず謝るべきな気がしてならない。

 

「いや、別に……うん、別に」

 

 魔法剣士の方もどう受け取って何を言えばいいのか分からないのか、視線を天井へ向け曖昧に言葉を返してくる。

 

「あの、大丈夫?なんか無理矢理な感じになっちゃったけど……」

「ああ、いや……一党を組む事に関しては問題ない。単独行(ソロ)では限界があるし、そちらの人柄や能力は……把握しているとは言い難いが、問題が無いのは分かっている」

 

 頭を振り、疲れたように息を吐き出しながら魔法剣士が答える。

 

「それより本当に俺が頭目でいいのだろうか」

「あっ、うん。それに関してはあたしも異論はないよ」

 

 一番物事をよく見て正しい判断を下せるのはあなただろうから、と女武道家は理由を口にする。自分には無理な事だし、今の態度を見る限り女魔術師も若干無理がありそうだ。

 それに―――――彼の指示にならば従えると思える。その時になってみないと実際のところは分からないが、もし万一彼の指示が間違いで、窮地に陥ったとしても。それは彼に判断を任せた自分の責任だと思える、気がする。

 きっと、それは女魔術師も同じだろう。

 

「嫌ならあたしの方から彼女に言うけど……」

「いや……やろう。出来る限り、ではあるが」

 

 責任は重いが精一杯やらせてもらう。そう続ける魔法剣士に、女武道家は笑いかける。

 

「うん、よろしくね!あたしも彼女も、出来る限りだけど協力するから!」

 

 そう、出来る限り。絶対だとか、任せろなんて言えるほどの力が無いのは痛感している。だから出来る限りではあるが、己の持つ全力を尽くす。それしか自分には、少なくとも今の自分には出来ないのだから。

 それはきっと目の前の魔法剣士も同じで、だから出来る限りという言葉を使ったのだと女武道家は思った。自分の力の無さを把握していて、それでも一党の頭目としての責務は理解しているからあるだけの力は全て尽くすと。

 それを分かっていてくれるだけでも既に彼には頭目としての資質がある気がしてくる。勿論都合のいい思い込みに過ぎないかもしれないのだけれど。

 

「それじゃ、あたしは午後の仕事に戻るから。ゆっくり休んで養生してね?」

「ああ……うん。頑張って」

 

 こちらを見送る魔法剣士に軽く手を振り、女武道家は軽い足取りで歩み出す。一党を組んで活動すると決まっただけなのに、目の前が拓けたような気持ちになっていた。

 魔法剣士と女神官はずっと歩き続けていた。自分も大きく後れはしたが、また歩き出した。女魔術師も立ち上がり、歩き出した。それはきっと素晴らしく、尊い事なのだ。

 剣士が欠けてしまったのは残念な―――――残念で、悲しいことだけれど。だからこそ、余計に大事なのだと、女武道家は思った。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「オルクボルグよ」

 

 その声を聞いた時真っ先に魔法剣士の頭に浮かんだのは、亡き父の姿だった。何についての講義だったかは覚えていないが、確かに父はその言葉を口にした事があった。父はこんな涼やかな声ではなかったけれど。

 はて何について教えられた時に聞いたのだったか。たしかに何処かへ置いた、しかし何処に置いたかを思い出せない物を探す時のような気分になり何とも気持ちが悪い。自分には無関係だというのに、なんとか思い出そうと考え込んでしまう。

 

「『かみきり丸』に決まっておろう!」

 

 先程とは違う声の、違う言葉。最初の声よりはだいぶ父に近い声で発せられたその言葉を聞いた時、探し物が目の前に置いてあった事に気付いたような気持ちになり思わず声を上げてしまう。

 

「そうだ、森人(エルフ)の伝説に出てくる名刀だ」

 

 思ったより大きな声が出てしまい、騒いでいた森人と鉱人(ドワーフ)、それに一緒にいた蜥蜴人(リザードマン)や受付嬢までこっちを見てくる。ちょっと気恥ずかしくなり、軽く咳払いをすると魔法剣士は言葉を続ける。

 

「森人の伝説に出てくる名刀。鉱人が鍛え、ゴブリンが近付くと青白く光るという魔剣の名前がそれだったはずです。只人の言葉に直すなら……小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)

「ああ!ゴブリンスレイヤーさんの事ですか!」

 

 ポン、と受付嬢が手を叩く。その表情には喜色が見て取れる。きっとゴブリンスレイヤーにとってよい話なのだろうと魔法剣士は当たりを付けた。

 受付嬢が彼に対して特別な感情を抱いている事は、この街のギルドに出入りする人間ならばほぼ全員が知っている。無論魔法剣士も知っており、世話になっている事もあって応援もしていた。だから、彼女が喜ぶのであればゴブリンスレイヤーにとって少なくとも不利益な話ではないはずだ。

 

「ほほう、年若いというのに博識ですな。森人や鉱人の言葉に精通されておいでで?」

「いえ、たまたまです」

 

 森人達の連れらしき蜥蜴人の言葉に首を横に振る。自分が幼かった頃、父が語って聞かせてくれたものをたまたま覚えていたにすぎない。

 しかも伝説の内容はまるで覚えていないのだから、思い出せたのは奇跡的偶然(クリティカル)と言っていい。外なる神の啓示かとも思ったが、頻繁に啓示を下しやたらどうでもいい事を語りかけてくる外なる神は何の反応も示さなかった。

 神であるから尊い存在であろうし様々な助言に対して感謝もしているが、女性の胸の大きさに一々反応するのはやめた方がいいと魔法剣士は本気で思っている。ヤマダというのはいったい何なのか、ウエダとは何者なのかと気になって仕方ない。外なる神に連なる存在なのだろうか。

 

「ありがとうございます、助かりました」

「いえ、大したことでは」

 

 受付嬢が折り目正しく頭を下げながら礼を述べる。こちらも軽く頭を下げて言葉を受けると、その場から離れる。友人である女神官がゴブリンスレイヤーと一党を組んでいる事もあり少し気になるが、自分がどうこう出来るような話でもないだろう。

 

「よう。もう良くなったのか?」

 

 離れた直後、不意に声をかけられる。声の主が槍使いである事を認めると、魔法剣士は頭を下げる。

 

「はい、お陰様で。今日からまた依頼を受ける事にします」

「そいつは何よりだな。また単独行か?」

「いえ、一党に誘ってもらえたので組んで動く事になりました」

「ほー。ま、仲間がいれば出来る事は多くなるしな」

 

 やらなきゃいけないことも増えるけどな、と言う槍使いに対し魔法剣士は深く頷く。確かにやらねばならない事は大いに増える。頭目の立場を抜きにしても、他者と行動を共にするという事は他者の事を気遣わねばならないという事だ。

 

「ま、頑張れよ。命助けた借りも返してもらわにゃならんからな」

「はい。御恩には必ず報います」

「とはいえ、今のお前さんじゃ俺に何か返す事は出来んだろうからな」

 

 そこで言葉を切ると、槍使いは魔法剣士の革鎧に拳を当てる。そしてニッ、と笑顔を見せる。

 

「急かしゃしねえから、借りを返せるぐらいになるまで死ぬんじゃねえぞ」

「……はい。そちらもお元気で」

「おうよ」

 

 実のところ槍使いは借りなど全く気にしていないのだろう。だがこちらが必要以上に気にしないよう、あえて軽い口調でそれに触れているのだ。

 格好いい、とはこういう人の事を言うのだろうと魔法剣士は素直に思う。そしてそんな格好いい冒険者に借りを返すためには、容易なことでないとも。

 金を稼ぐまで死ねない。仲間を死なせてはならない。借りを返すまで死んではならない。実に色々な物を背負ってしまったものだ。しかし、その重みは決して嫌な重みではなかった。

 軽々しく背負えるほど軽いものでもないのだけれど、たまに愚痴でもこぼせば背負っていけるだろう。まだ背負ったばかりだというのに、魔法剣士は不思議と確信していた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 よくもまあ、あんな強引な行動が上手く行ったものだ。我ながらどうかしていたと女魔術師は振り返る。

 どう考えても魔法剣士を勧誘する態度ではなかったし、一党(パーティー)頭目(リーダー)になってくれと頼むのならばまだしも決定事項のように押し付けた。自分でやっておきながら今思うと正気だったかどうか疑わしくなるような行動だ。

 そんな行動に至った元凶をベルトポーチから取り出し、手に乗せて眺める。しかしこれもとんでもない結果となったものだ。

 

「何それ?骰子(サイコロ)?……割れてるけど」

「ええ、骰子よ。割れたから……割れたおかげで、私の宝物になったの」

 

 女武道家が不思議そうな顔をする。それはそうだろう。ただの骰子ならまだ分からなくもないだろうが、割れた骰子など何の役にも立たない。それを宝物などと言うのは普通なら理解出来まい。

 だが、女魔術師にとっては紛れもない宝物だった。あの日、己の運命を委ね振った骰子。その結果はあろうことか「二つに割れる」だった。

 勿論ない事ではない。形あるものは生まれた瞬間から少しずつ痛み傷付き劣化していく。その結果割れる、というのは道理ですらある。だがこのタイミングで割れるというのは、あまりにも出来過ぎていた。

 おまけに割れて出た目は、「1」と「6」。女魔術師はそれが神々から「自分で決めろ」と言われたような気がして、人目も気にせず笑ってしまったものだ。

 

 こんな結果が出たのだから、いっそ開き直ってやろう。全部ぶちまけて、その上で進もう。出目を見て女魔術師はそう決意した。

 後衛職である自分が単独(ソロ)でやっていくのは難しい。なら一党を組む必要がある。その時真っ先に顔が浮かんだのは魔法剣士と女武道家だった。どうせやり直すならあの2人と一緒にやり直そう。そう思った。

 女神官の事も気にはなったが、彼女がゴブリンスレイヤーと組んでいるのは女魔術師も知っていた。銀等級というだけでなく、あの洞窟での彼を思えば付いていくだけでも大変だろう。余計な負担はかけたくない。そう思い、声をかけるのは止めた。

 代わりに、また賭けをする事にした。魔法剣士と女武道家。どちらか片方にでも断られたなら、キッパリ諦めて帰ろうと。弟には迷惑をかけるし笑い者にもなるだろうが、それを甘んじて受け入れてやろうと。

 これが上手く行くかどうかで割れた骰子の出目が本当はどちらだったのかも分かる。そんな風に女魔術師は考えたのだ。結果から言えば、これ以上ないぐらいいい出目だったようだが。

 他人からすればただの割れた骰子。だが自分にとっては掛け替えのない物。きっと宝物というのはこういう風に出来て、増えていくのだろう。

 暫くはこれが一番の宝物となるのだろうな、と思いながら女魔術師は骰子をそっとポーチにしまい込んだ。

 

 

 

 数時間前まではそのはずだったのに何故こうなるのか。女魔術師はそっと、もらったばかりの耳飾りに触れながら呟く。

 あの後魔法剣士と合流し、三人は一党として再出発した。そして正式に頭目となった魔法剣士の第一声は―――――

 

「装備を整えに行きましょう」

 

 だった。ちょっと肩すかしを食らいはしたが、確かに大事な事ではあったから女魔術師も女武道家も異論はなかった。ただ多少の蓄えはあったが、装備を買うには不安があると二人が告げると魔法剣士は事もなげに言った。

 

「先日の依頼で貰った報奨金がまだ残っているので、それを使います」

 

 それを聞いて、二人は声を揃えて遠慮と言うより反対をした。その銀貨は魔法剣士が命を懸けて働いた結果手に入れたもので、自分達が使っていいものではない。額に痛々しく残った傷跡と引き換えに得た銀貨であろうから、余計にそう思った。

 だが魔法剣士は頑として譲らなかった。自分は大したことはしておらず、槍使いと魔女のお陰で幸運にも得られた報酬に過ぎない。だから遠慮はいらないし、惜しくもない。何より一党の為に使うのは結果として自分の為になるのだから問題ないだろうと。

 経済的にロクな余裕が無い駆け出し冒険者の一党が、銀貨の使い道について譲り合い半ば言い争う。そんな奇妙な光景を生み出しギルドの注目を集めていたのだが、三人はそれに気付かないほど全力で譲り合っていた。

 

「……頭目が決めた頭目の資産の使い道について納得できないのであるなら、一党を解散するしかありませんね」

 

 最終的に魔法剣士のその言葉で、女魔術師も女武道家も黙らされた。一党の解散を盾に取られたら従うしかないし、確かに彼の手にした金なのだから彼がどう使おうが本来口出しする権利はないのだ。

 そして明確な誤りでもなく理不尽でも無理難題でもない頭目の決定に従わない、というのはどう考えてもこちらに非がある形になる。ましてや自分達は彼を強引に頭目として戴いたのだから。

 そうして―――――何とも不毛で無駄だった気がするし、そうでもなかったような気がする言い争いを終え工房へと三人は移動した。一党の中で最も経験を積んだ魔法剣士の言葉を参考にしつつ、実際に使う者が自分で考えながら装備を選ぶ時間は有意義であったし何とも楽しかった。

 それぞれ武器と防具を購入し、自分の体格に合わせた調整もしてもらった。それで買い物は終わり、ギルドに戻って今後についての相談をする。そのはずだった。

 

「これを」

 

 だったのだが、魔法剣士から差し出された耳飾りが予定というよりも女魔術師の調子を狂わせた。

 

「最も安いものですが呪文の発動体ですので、呪文を行使する際は触れてください」

 

 困惑する女魔術師に対し、いつもの調子で魔法剣士は言った。要するに装備品の一つであり、確かに魔術を専門とする自分にこそ最も必要となるものだ。それだけであり他の何かは一切ないのだろう。

 だが女魔術師は頬が緩むのを止められない。別に魔法剣士に対してどうこうという気持ちはない。ないはずだ。だが男から贈り物を―――――弟を抜きにすれば―――――貰うというのは初めての事であり、気持ちが湧き立つのを抑えられない。

 魔法剣士は特に気にする様子もないが、女武道家が何とも生暖かい視線を送って来る。それに対して何か言い返してやろうかと思ったが、さっきから何度も耳飾りに手をやっている現状では何の説得力もないだろう。

 仲間から初めての贈り物。家族以外の男から初めて貰ったもの。魔法剣士から貰ったもの。それらの要素が相まって、あの骰子より大事なものが出来てしまった。

 何だかその事実がとても嬉しくて、女魔術師は頬が緩むのを止められなくなってしまった。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「さて、装備は大丈夫ですか?もう一度確認をお願いします」

 

 魔法剣士の言葉に、女武道家と女魔術師はもう一度自分の装備を見直す。破損箇所などはないか、防具がほつれてはいないか。ベルトポーチにしっかりと水薬の類は入っているか。何か忘れてはいないか。

 単純で当たり前な事ではあるが、大事なことだと魔法剣士は言った。その通りだと女武道家も思う。何かあってからでは遅いのだ。

 

「それでは行きましょうか」

「待って」

 

 ふと思う事があり、女武道家は魔法剣士を止める。些細なことではあるが、どうしても気になってしまったのだ。

 何か不備があったのか、と訝しげに見てくる二人に対し、女武道家はその気になった点を素直に口にする。

 

「話し方。それ素じゃないって言うか、意識して変えてるんでしょ?」

「……ああ、はい。失礼が無いよう、意識的に丁寧な話し方にしていますが」

「それちょっと他人行儀かなーって。固定で一党(パーティー)組んでやって行くんだから、自然な感じでいいんじゃない?」

「……そうね。私もそう思うわ。そうした方がいい、というか楽にしなさい」

 

 女魔術師も自分の意見に賛同し、二人でジッと魔法剣士を見つめる。彼はちょっとたじろいだが、小さく頷いて見せた。

 

「そうだな。その方が楽だ」

「うん」

「よし」

 

 口調を改めた魔法剣士に対し、二人は「それでいい」と頷く。本当にささやかな事ではあるが、これでちゃんと一党としての距離になった気がする。

 

「では改めて。行くぞ」

「ええ。これが私達の」

再出発(リスタート)、ね」

 

 迷宮に挑むのでもなければ、怪物退治に行くわけでもない。街の下水道に潜り、巨大鼠(ジャイアントラット)大黒蟲(ジャイアントローチ)を相手取るだけ。

 だが女武道家は緊張と高揚、不安と期待で心臓が大きく脈打つのを感じていた。小さな一歩ではあるが、三人で歩き出す最初の一歩なのだと。

 今度こそ誰も失わず、一歩ずつでいいから長く歩いていきたい。女武道家は心からそう願いながら、下水道へと降りて行った。

 

 

 

―――――――

 

 

 

大黒蟲(ジャイアントローチ)退治の報告に来ました。巨大鼠(ジャイアントラット)退治とドブさらいの方はまだ達成していませんが、必ず後ほど報告に上がります」

 

 昼食時になる少し前、不意に戻ってきた魔法剣士から受付嬢は報告を受けていた。

 一応規約違反ではない―――――しかしあまり推奨される行為ではない―――――やり方で下水道関連の依頼を三つ受けて、朝から向かっていた彼とその一党が意外と早く戻ってきた事に驚きつつもその報告を受理する。

 全てこなしてから報告に来るかと思っていたのだが、何かあったのだろうかと訝しむ受付嬢に対し魔法剣士はまるで視線を遮るように身を乗り出して報告を続ける。大黒蟲の体液を浴びたため単に洗い流しただけでは不十分と感じ、着替えを取りに戻ったのだと。

 その背後で彼と一党を組んでいる女魔術師が妙に不自然な姿勢で部屋に戻ろうとしているのが一瞬見えたが、同じ一党の一員である女武道家がそちらを遮るように立ちはだかり魔法剣士の意見を肯定してきた。

 彼らの行動と女魔術師の姿勢、そしてギルド職員としての経験から理由を察した受付嬢はそれ以上視線を向ける事なく魔法剣士の持ってきたものへと話題を切りかえる。

 

「その剣はどうなされましたか?」

「今言った一際大きい大黒蟲……巨大黒蟲(ヒュージローチ)の腹から出てきたものです」

 

 犠牲者のものだろうか。そう考えた所でふと受付嬢は思い当る。そう言えばつい最近下水道で剣を無くしたという報告を受けたばかりではないか。

 

「その蟲……巨大黒蟲はどのぐらいの大きさでした?具体的には巨大鼠の死骸を剣ごと食べれるぐらい、だったりします?」

「ああ、そういえばそのぐらいの大きさでした」

「確かにこの剣ごと巨大鼠を食べても不思議はなかったわね」

 

 魔法剣士と女武道家が頷くのを見て、受付嬢の中で答えが繋がる。恐らくは間違いないだろう。

 

「たぶんこの剣、つい先日鼠退治に行った冒険者さんの物ですね。巨大鼠に刺した剣が回収できずに戻って来てしまったと仰ってましたから……」

「ああ、持ち主が分かるのならば返却しておいて貰えますか?」

「はい、勿論。ギルドの方で責任持ってお預かりして、返却しておきますね」

 

 受付嬢がそう言うと、魔法剣士は「お願いします」と頭を下げながら惜しげもなく剣を提出してくる。彼のもっとも善い点はこういう所だなと受付嬢は思う。

 その彼と一党を組むのであれば女魔術師も女武道家も人間性に問題はないだろう。特に女武道家は「持ち主わかって良かったね」と魔法剣士に話しかけている事から、彼同様善に属するはずだ。

 

(こういう人たちが順調に成長していってくれるといいんですけどね)

 

 勿論どんな冒険者も無事かつ順調に行ってくれるのがいいのだが、受付嬢も人間である以上どうしても贔屓目というものが出てきてしまう。

 特に女魔術師は今日の出来事を笑い話に出来る程度には成長してほしいな、と内心祈りつつ、受付嬢は次の業務へと取りかかっていった。

 




女魔術師の感情についてはまだ単純に「初めて異性から贈り物を貰ってはしゃいでいる」だけです。まだ。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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