ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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誤字報告ありがとうございます。滅茶苦茶助かってます。
ただ「殺がれる」は誤字じゃないので大丈夫です。自分が「削がれる」よりこっちのが好きなだけです。


魔法剣士・裏 7

「では、思いつく限りの問題点や改善点、不足な点を挙げていってほしい。なんとなく程度でも一向に構わないし、言わなくても分かっているだろうと思っている点でも構わない」

 

 パピルス紙を広げペンを持ちながら、魔法剣士が発言を促す。積極的に意見を言わないとこういった話し合いは進展しないし無意味だろう。そう考えた女魔術師は全員が言わずとも認識しているであろうことを口にする。

 

「探索や索敵が出来る人が欲しいわね。斥候(スカウト)野伏(レンジャー)がいないと罠や待ち伏せがあった時どうしようもないし、今のままじゃ迷宮(ダンジョン)なんかにはとても行けないわ」

「うむ、実に正しい意見だ。必要を通り越して必須な人材だな」

 

 大仰に頷き、魔法剣士が意見を紙に書き止める。こちらをいい気にさせて発言をどんどん引き出そうとしているのは丸分かりだが、褒められればやはり悪い気はしない。

 そしてこの程度の、一党(パーティー)の誰もが分かっているような事でも言っていいのだと、そう認識したであろう女武道家も口を開く。

 

「斥候や野伏って、多分後衛になるよね?ならもう1人前衛が欲しいかな。前衛専門か、重装備出来る人」

「そうだな。俺は前衛としては技能も筋力もやや不安がある。必要な人材を指摘してくれてありがとう」

 

 半ば分かっていて乗っかった部分はあるが、発言の度に褒められれば人情として悪い気はしない。二人はその後思いつくまま、あるいは考えつく限りの意見を出していった。

 勿論全てが的確な意見と言うわけではなかったが、魔法剣士は頭ごなしに否定はせず何かしら良い点を見つけ、それから問題点を指摘する。故に二人も不快感や否定された事での萎縮を覚えず、むしろ自分の出した意見の問題点を見つけ修正していった。

 

「では纏めるぞ。まず一党に必要な人材を集める。必須なのは斥候もしくは野伏。次いで前衛。必須ではないが必要なのが神官職」

「戒律にも気をつけないといけないわね。善とまで行かなくても中立が欲しいところね」

 

 この場合、女魔術師が口にした戒律とは善人か悪人かではなく利己的か利他的か、好戦的かどうかを指す。また、積極性も一部含んでいる。

 この一党の場合魔法剣士と女武道家は善、自分は中立に属すると女魔術師は見ている。中立ぐらいなら上手くやっていけるが、悪が入ると最悪仲間割れ、そこまで行かずとも不和の種になる可能性がある。それは避けたかった。

 とはいえ斥候や野伏はその性質上、よくて中立。大半は悪と言うのが実情なのだが。

 

「それと依頼。探索が必要になりそうなのは徹底して避けた方がいいね」

「知識を求められるようなものならともかく、罠の解除等が必須の迷宮に入るようなものは俺達では無理だからな。まあ駆け出しが受けられる依頼にそんなものがあるのは珍しいだろうが」

 

 しかし金を稼ぐ必要があるから、そろそろ下水以外の依頼を受けねばならない。魔法剣士の言葉に二人は頷く。

 ギリギリで収支はプラスになっているが、暴食鼠(グラトニーラット)という偶発的遭遇(ランダムエンカウント)の産物あってこその黒字だ。それに頼り続けるのは何とも不安が残る。

 とりあえず今日一日は探索役を探すのに専念。明日以降は条件を満たす依頼を受けつつ、空いた時間で出来る限り探索役を探す。また、ギルドの受付嬢などにももし一党を探している斥候や野伏がいるならば声をかけてくれるように頼む。

 

「あ、あのさ!」

 

 方針が決まり、会議を終えて斥候か野伏を探しに行こうとなったところで不意に声がかかる。見ると面識のない―――――正確に言えば、同じ街の白磁冒険者として顔だけは知っているが会話はした事のない二人が立っていた。

 

「剣、見つけてくれたって受付さんから聞いて……その、ありがとう!」

「ああ。あの剣の持ち主でしたか。たまさか見つけただけですので、お気になさらず」

 

 男―――――新米戦士が頭を下げ礼を言う。天秤剣を持った見習聖女も頭を下げてくる。それに対し魔法剣士はいつものように丁寧に対応し、「気にするな」と恩を着せたり謝礼を要求する事なく持ち主が見つかった事を喜ぶような態度を見せる。

 女武道家も「よかったよかった」と言っているが、ほんの少しだけ二人を危惧する気持ちが女魔術師の中にある。二人とも世間知らずのお人好しというわけではないが、善良すぎる言動が多い気がする。それ自体が悪い事とは思わないが、視点がそれだけになるのは危険であると思ってしまう。

 彼や彼女よりも少し引いた目線で物事を見て、その視点から発言しよう。女魔術師はそう心に決める。一つの視点からでなく複数から見る事は決して悪い事ではないはずだ。彼らが善であるならば、自分は中立で。それが自分が一党の為にやるべきことだと思い定める。

 それと同時に、ほんのちょっとだけ胸の中に不思議な気持ちが生まれる。新米戦士と見習聖女に限らず、殆どの人間は魔法剣士の丁寧な対応しか受けない。だが自分は、一党の仲間達は違う。彼の素の、飾らない対応を受けれる。

 それが他者に対する優越感であるとは気付かず、女魔術師は仲間とはいいものだとちょっとズレた喜びを内心で味わっていた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 あれが必要、これが必要だとか。なにそれはあった方がいいだろうだとか、これそれはいらないだろうとか。何とも未熟で無知ではあるが、冒険者ならば一度は通る話し合いをしながら必要な荷物を魔法剣士一党(パーティー)は工房で買い漁っていた。

 そんな駆け出し冒険者達の様子を好ましげに見つめながら、妖精弓手は胸を張るようにしてすぐ傍にいる「変なの」に声をかける。

 

「あれよ。ああいうのが冒険の準備って言うのよ。ああしてワイワイ言いながら準備して、ドキドキしながら冒険に行くわけ!」

「そうか」

 

 だがその声をかけられた「変なの」―――――安っぽい鉄兜に、薄汚れた革鎧を着けた男、ゴブリンスレイヤーの返事はあまりにもそっけない。

 その返事にムッとしながら、森人弓手は言葉を続ける。

 

「ああいう冒険してみたくないわけ!?」

「ゴブリンがいなくなれば考えよう」

 

 取りつく島もない返事に、近くで話を聞いていた鉱人道士と蜥蜴僧侶は顔を見合わせ笑い声を漏らす。まだ浅い付き合いではあるが、この男の事は何となく理解できていた。そして、妖精弓手がこの男に何をさせたいかも。

 だが残念ながら、目下やろうとしているのは妖精弓手の願いとは真逆のことだ。と言うより、この男と組んでいるのならばやる事は一つしかない。

 

「確か次は街道に出たんじゃったか」

「然り。巫女殿が戻り次第、出立となりますな」

 

 街道近辺に出没し始めたゴブリンの退治。つい先日人喰鬼(オーガ)と戦った事を考えると随分落差が激しいが、そもそも先日のそれも最初はゴブリン退治だったので気は抜けない。

 とはいえあのような事がそうそうあるはずもない―――――あんなことがよくあるのであれば、とっくに秩序の勢力は崩壊し世は混沌に満ちている。故によくあるゴブリン退治となる事だろう。

 所用で神殿に寄っている女神官が戻って来たらそれを退治に出発し、その足で同時に受けたゴブリン退治の依頼を幾つかこなす。これを5年間、休まず続けてきたというのだからゴブリンスレイヤーという男の異常さがよく分かる。

 

「あの金床がやりたい冒険、やる機会が来ると思うかや、鱗の?」

「はてさて、拙僧は先を見通す目を持たぬ身なれば」

 

 しかし、と蜥蜴僧侶は続ける。

 

「ありえぬことはありえぬ、と言うのが世の摂理なれば」

「金床の願いが叶う事もあろう、ってか」

 

 然り、と笑う蜥蜴僧侶に鉱人道士も笑みを見せる。あれだけ必死にギャアギャア騒いでゴブリンスレイヤーを冒険に連れ出そうとしているのだ。一回ぐらいは叶ってやってもいいではないか、とそう思う。

 ふと見やればあの新人達は荷物を整え、出発するところだった。良き冒険となり、無事に帰って来るといい。鉱人道士も、蜥蜴僧侶もその背に向かって幸運を祈った。

 それが難しいと知っているからこそ、ベテランほど駆け出しの無事を祈る。そしてその祈りは結局のところ祈り以上の役割を果たさない事も、ベテランだからこそ知っていた。

 つまるところ冒険者とは、自分達で何とかするしかないのだと。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 学院に入学する前日、これからの期待と不安で胸が高鳴り眠れなかったのを女魔術師はよく覚えている。心臓が大きく速く脈打ち、その音が身体を伝って自分の耳にまで届いていた事も。

 そして今、あの時以上に心臓が脈打っている事に女魔術師は気付いていた。

 

(……隣ではないけど、一緒のテントで男と寝るって……!)

 

 資金不足からテントは一つしか買えないので、寝袋を極力離してその中で寝るということは三人全員が納得した事だった。別に一緒のベッドで寝るわけでもないのだし、そこまで問題ないだろうとその時は思ったのだ。

 夜テントに入った時も問題はなかった。最初は女武道家と一緒であったし、初めて旅らしい旅をしたことで疲れてもいた。故に女魔術師はすぐ眠りに落ち、後はこのまま朝になるまで眠るだけのはずだった。

 しかし、見張りの交代の為に魔法剣士が女武道家に声をかけた時。思ったより眠りが浅かったのか、気を張っていたせいか女魔術師は起きてしまった。もしテントの中に入って来るのが同性であったなら、そのまま寝なおして終わりだったろう。

 だが相手が魔法剣士であると、男であると意識してしまった瞬間女魔術師の眠気は吹き飛んでしまった。彼が何かしてくるような不埒な男でない事は充分承知しているが、異性と一つのテントで寝ているという意識がおかしな想像を掻き立ててくる。

 身体を休めるために魔法剣士が装備を外している音に耳を澄ましてしまい、まるで盗み見るようにそっとそちらへ視線を向けてしまった。

 

(見るんじゃなかった……!)

 

 単独で下水に潜り、剣を振るい盾を構えて前衛も務める彼の身体は意外に筋肉がついており逞しくて。それを見てしまった事で想像に具体性が加わってしまい、女魔術師の脳内はありえない妄想にすっかり支配されてしまった。

 彼の方はと言えばすぐに使えるよう枕元に小剣(ショートソード)広刃の剣(ブロードソード)を置き、もう寝息を立てている。何とも思ってないと態度で示されているようで腹が立ったが、本来これは安心すべき状態であるのだから文句も言えない。

 自分も寝なければ。わざわざ二人が自分の体力と魔法の重要性を考慮して、見張りを免除してくれたのだ。しっかり眠って明日に備えねば。目を瞑って、呼吸を落ちつければ眠れるはずだ。

 最初は枕が無くて難儀したが、外套を丸めて枕とすることでそれも解決した。眠れるはずだ。

寝袋だけで何とかなると思っていたが甘かったのは確かだ。こんなに硬いとは思わなかった。そう言えば魔法剣士の腕は筋肉がついて硬そうだった。同じ硬いならまだ彼の腕の方が―――――

 

(あああああぁぁぁぁぁぁっ!)

 

 またいらぬことを考えてしまい、女魔術師は内心で絶叫する。

 しかしながら疲労とは偉大なもので、彼女はこの後さほどの時間をかけず再び眠りに落ちる事となる。だが眠った時にどんな夢を見たかは―――――彼女のみぞ知る。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 焼けた村の跡地で調査をしていた依頼人―――――魔女狩人に品物を届け、受け取り証を貰う。これで依頼は終わりのはずだった。

 だが魔女狩人から追加で頼まれたゴブリン退治。一党(パーティー)はこれを引き受けてしまった。いや、引き受けた事に対して女魔術師は何も思う所はない。

 無計画に受けたわけでなく、ゴブリンの数が少ない事や先の遺跡は迷宮のような罠が存在しないであろうこと。ゴブリンの数に対して報酬額がいいこと。自分達が疲労も消耗もしておらず、ほぼ万全な状態であること。持ってきた食料に余裕がある事から、ゴブリン退治で帰還が遅れても問題ないこと。想定外の事態が起きたら速やかに引き上げてくれと依頼人が言ってくれたこと。

 それらの要素全てをひっくるめて、一党で相談して決めたのだ。女魔術師に異論はない。魔法剣士が自分の事を今度こそ守ると言ってくれたのは嬉しかったが、それは前衛として後衛を守る以上の意味が無い事も分かっているしそれに浮かれて受ける事に同意したわけではない。問題ない。

 問題なのは、今目の前の光景から得れる情報だった。

 

「この数の足跡は、5匹や6匹じゃすまないわね……」

「そしてトーテムがある。シャーマンもいるな。大きな足跡はないから、多分田舎者(ホブ)はいないだろう」

 

 女魔術師と魔法剣士は頷き合う。正確な数は分からないが、下手をすると20かそれ以上いるのではなかろうか。

 女武道家が怯んだ表情になっているが、自分もそうなっている自覚がある。いや、自分の方が酷い顔をしているかもしれない。どうしても多数のゴブリンと聞くと嫌な思い出が脳裏に甦る。そうでなくとも、この数がいるとなれば脅威だ。

 

「どうする?依頼人が言っていたのとは数がだいぶ違う。引いて伝えるか?」

 

 どちらでも問題はない、と魔法剣士は言う。その言葉に二人は少し考え込むが、女魔術師は意を決して口を開く。

 

「いえ、行くわよ。最悪逃げるのも仕方ないけれど、何もせずに引いたら……」

 

 もう二度と立ち向かえない気がする。覚悟を決めて再起したが、その覚悟が砕けてしまう気がする。

 流石にそこまでは言えなかったが、魔法剣士も女武道家も察してくれたのか黙って頷いてくれた。

 

奇襲(アンブッシュ)に気をつけながら中に入って、10匹以上が同時に来るようなら即座に撤退。それでいいか?」

「そうだね。あたしはそれでいいと思う。後ろから来た時の為にあたしが一番後ろでいいかな?」

 

 二人の意見に女魔術師は頷く。そして一つ深呼吸すると、遺跡を睨むように観察する。

 

「あの材質なら横穴の心配はないと思うわ。かなり頑丈そうな石組みだし。もしやるならつるはしだの金槌だのがいるから、すぐ音に気付けるはずよ」

「なら音にだけ注意しながら、進んでいけばいいわね」

「あとは罠だな。馬鹿だが間抜けではないそうだから、鳴子ぐらいはあるかもしれん」

 

 三人で意見を出し合い、纏める。そうして方針と覚悟を決めると、魔法剣士を先頭に一党は遺跡の中へと入って行く。

 何に使われていたのかは分からないが、遺跡には窓らしい穴があちこちに空いておりまだ日が高い事もあって松明が要らない程度には明るかった。とはいえ暗がりが無いわけでなく、ゴブリンが潜んでいるのではないかと注意深く観察しながら進んでいく。

 神経を張り詰めながら進んで行くために緊張から徐々に疲労していくが、魔法剣士が適宜小休止を挟むため一党はさほど消耗せず奥へと足を進める事が出来た。

 魔法剣士曰くこれらの事も槍使いから習ったらしいが、たった一度冒険を共にしただけの相手にこれほど懇切丁寧に教えるとは彼はよほど人がいいのだろうか?

 喋った事もない銀等級冒険者に内心で感謝しつつ、一党は奥へと進んで行く。するとある部屋の入口まで来た時、魔法剣士が急に立ち止まり後列を手で制した。そして振り返って静かにするよう仕草で伝えると、奥にある何かを指差す。

 

「ゴブリン……!」

 

 女魔術師は小さく息を呑み、小声でその生き物の名前を呼ぶ。無警戒で眠りこけている小鬼達を見た瞬間、以前刺された箇所が疼いたような錯覚が女魔術師を襲うが何とかその感覚をねじ伏せる。

 寝ているのは5匹で、1匹が船を漕ぎながらも見張りのような動きを見せており、これ以上接近するのは難しい。周囲を見る限りあそこにいる6匹以外は何処にもいないようだがどうするか。

 

「投石でアレを仕留めよう。その後は―――――」

「あたしが突っ込んで注意を引き付けるわ」

「なら気を取られたゴブリンにもう一度投石、かしら」

 

 魔法剣士の言葉に女武道家が意見を足し、さらにそこへ女魔術師が次の方策を足す。

 

「もしゴブリンがもっと出てくるようならすぐにあたしは引くわ」

「囲まれないように俺達はそれを呪文で援護、合流してすぐさま撤退だな」

「決まりね」

 

 三人は顔を見合わせ頷き合う。そして深呼吸をひとつすると、石弾袋から石を取り出し投石紐(スリング)を巻き付け振り回す。

 そして練習通り石弾を放つと、空気を切り裂きながら飛来した石弾は3つともゴブリンに命中しその命と身体を吹き飛ばす。

 その結果を見届けるよりも前に女武道家が勢いよく駆け出し、ゴブリンの死体が倒れる音で目覚めたゴブリンへと勢いを殺さぬまま飛び蹴りを繰り出す。足刀が喉へと叩き込まれ、鈍い音と共にゴブリンの首をありえない方向へと曲げる。

 流石にこの音でゴブリン達は全て目を覚ましたが、起き上がった1匹に魔法剣士と女魔術師が石を投げつけ頭と胴に一発ずつ命中させる。石を受けたゴブリンはそのまま倒れ込み、起き上がる様子を見せなかった。

 

「GRUUU!?」

「GAAAA!?」

 

 前にも後ろにも敵がいる。それに気付いたゴブリン達は慌てふためき、明らかな隙を晒す。それを見逃してやる理由はなく、女武道家が踏み込み拳鍔(セスタス)を使って殴り付ける。

 円状の金属がゴブリンの顔面にめり込み、容赦なく打ち砕く。それを見た一匹はこれを隙と見て女武道家に飛びかかり、もう一匹は殺された間抜けな仲間を見捨てて逃げ出すべく魔法剣士と女魔術師の方へと走り出す。

 あいつらは石を投げていた。男は背中に剣を背負ってるし、女の方は杖しか持っていない。他の武器を取り出すには時間がかかる。自分ならその間に上手く逃げられる。根拠のない確信を抱き、そのゴブリンは走って魔法剣士の脇をすり抜けようとする。

 無論わざわざ広刃の剣(ブロードソード)を抜いて相手をする義務はなく、魔法剣士は腰の小剣(ショートソード)による抜き打ちでゴブリンを切り捨てる。

 

「……ッ!」

 

 その死骸―――――否、まだ僅かに息のあるゴブリンの身体が足元に飛んできた瞬間、女魔術師は自分の心の奥底からゴブリンという存在への恐怖が甦って来るのを感じた。自分が殺されかけた事、剣士が惨殺された事、洞窟の中で慰みものにされていた女性達と一歩間違えれば自分もそうなっていたかもしれないという事。

 それらがない交ぜになって女魔術師の胸中に湧き上がり、恐怖で一瞬全身が硬直する。

 だが同時に思う。ただそれだけのことだと(・・・・・・・・・・・)。怖くはある。そうなったら耐えられないだろうとも思う。だが今自分はそうなっていない。仲間もそうなっていない。

 しかし、ここで動かなければ。動けないなら。本当にそうなってしまう。それは自分が想像しているより、見てきたものより怖い。

 

「―――――やっ!」

 

 短剣(ダガー)を抜き放ち、ゴブリンの喉を刺し貫く。一度大きく身体を痙攣させたが、それっきりゴブリンは動かなくなる。

 そうだ、殺せる。この生き物は自分がそうであったように、刺されれば死ぬのだ。刺せば殺せるのだ。それ以上の何かではない。

 怖さは消えない。だがもっと怖い事になるのを防ぐため、立ち向かう事は出来る。自分はそれが出来る。

 一生恐怖は消えないだろう。だが、もうその恐怖に負ける事はない。女魔術師は今、自分が乗り越えるべきものを確実に乗り越えた事を感じた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 ゴブリン達を全て仕留めると、一党(パーティー)は武器に付いたゴブリンの血を拭い小休止を取る。そして探索を再開したが、他のゴブリンの姿を認める事は出来なかった。

 幾つかあった小部屋も全て確認したが、足跡こそあれど隠れ潜んでいる様子も、待ち伏せている様子もない。罠が仕掛けられているのも確認できず、彼らは訝しみながら最奥にある小部屋へと到達した。

そしてそこにあるものを見て、三人は何故ゴブリンがいなかったのかを理解することとなる。

 

「成程。これを見つけるか感じるかして、ゴブリン達は逃げ出したわけか」

「さっきのゴブリン達は逃げ遅れた……じゃないわね。他所から流れてきてここに住み着いたから、まだ見つけてないわけね」

 

 広刃の剣を抜き放ちながら魔法剣士が言う。女魔術師も納得がいったと頷く。

 

「あたし達も逃げ出すべきなんだろうけど、もう手遅れだよね……!」

 

 拳鍔を握り締めながら女武道家が苦笑いを見せる。その通りだと二人は頷いた。

 

「ええ。もうこれ動き出してるから、下手すると背中から襲われるわよ」

「それぐらいならまだ準備が出来ている方がマシだな」

 

 落ち付き払っているように見えるが、そうではない。自分も仲間も怯えている事を、三人全員が理解している。

 だがここで慌てたり恐怖を見せたりすれば仲間に伝播してしまう。そうなれば助かる可能性が下がるどころか、無くなるかもしれない。それはやってはいけないのだと、まだ短く浅い経験の中から三人は感じ取っていた。

 魔法陣が光り輝き、その中心から異形が姿を現す。羽根と爪を持つその怪物を見た瞬間、誰かが、あるいは全員が怪物の名を口にした。

 

魔神(デーモン)……!」

 




Q.女魔術師ちゃんはなんでこんな風なキャラに?
A.気の強そうな顔+メガネ+発育良好→ムッツリ。日本書紀にもそう書いてある。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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