ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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《幻想》「ここで新米戦士と見習聖女勧誘するよね!親切から繋がる縁って素敵だし!」
《真実》「5人PTなら下級魔神じゃちょっと物足りないな!魔法とかは追加しないけど、HPと攻撃力を強化しよう!」

二人「な ん で 勧 誘 し な い の ! ?」
ジキヨシャ「な ん で 初 対 面 の 人 を 勧 誘 出 来 る と 思 う の ! ?」


魔法剣士・裏 8

 下級魔神(レッサーデーモン)。恐るべき魔神の中では名前通り最下級に位置し、軍勢として見たならば雑兵に過ぎない存在。

 ならば恐るるに足らないか。そんなはずが無い。敵が下級と言うならば、こちらもまた冒険者として最下級の白磁が二人とそれに僅かばかり毛の生えた黒曜が一人だ。

 まして只人(ヒューム)と魔神の種としての差を考えれば、同じなのは最下級という括りだけで彼我の間には大きな実力差があるのは明白。

 本来ならば尻尾を捲いて逃げ出すのが正解だ。だがそれが出来ない以上、窮鼠となって猫を噛む以外に生き延びる道はない。

 故に三人は覚悟を決め、陣形を組んで立ち向かう。

 

「速い……!」

「ぐっ!」

 

 しかし、当然の事ながら強いのは相手の方だ。滑空しか出来ぬ大黒蟲とは違い速く自在に空を飛び、巨大鼠の歯などとは比べ物にならぬほど鋭い爪を振りかざし、暴食鼠(グラトニーラット)巨大黒蟲(ヒュージローチ)より遥かに強い力で襲いかかって来る。

 魔法剣士はその一撃を何とか盾で受けたものの、盾とそれを構える腕が弾き飛ばされそうなほどに強い衝撃で腕が痺れてしまう。のみならず腕が強い力で引っ張られた事により、行動に支障をきたすほどではないが筋か骨を痛めてしまった。

 一撃を加えた下級魔神は天井まで飛び上がり、くるりと旋回して今度は女魔術師へと襲い掛かる。その鋭利な爪は広刃の剣(ブロードソード)と盾とを構えて立ち塞がった魔法剣士によって弾かれるが、下降してきた下級魔神の勢いに負けた彼はそのまま転倒してしまう。

 二人のうちどちらかが次の一撃によって切り裂かれる。それを防がんと女武道家が軽やかな身のこなしを以って下級魔神に殴りかかるが、再び飛び上がった魔神にあっさりと避けられてしまう。

 その間に魔法剣士が立ち上がり女魔術師を庇える位置に移動するが、状況が良くない事は三人ともが既に察していた。飛び上がられれば攻撃手段がない。投石紐を取り出すにしてもその間に襲われれば致命的な一撃を貰いかねないし、そもそもこの速さで飛ぶ相手に当てれる自信がない。

 魔術も同様で、女魔術師の《火矢(ファイアボルト)》では外すかもしれない。必中を約束されている《力矢(マジックミサイル)》なら当てれるが、下級とはいえ相手は魔神だ。小鬼だの鼠だの蟲だのとは違い、人並み程度には考える知能がある。詠唱中の相手を優先して襲って来るだろう。

 それでも魔法剣士が襲われるならば対処出来なくもない。だがもし女魔術師がその隙を突いて襲われれば、取り返しのつかない事になりかねない。

 しかしこの状況が続けば、魔法剣士達は徐々に消耗して行き程なく反応が遅れるようになるだろう。そしてその時が彼らの最後となる。

 それが分かっているだろうから下級魔神は下手に深追いせず、一撃離脱をひたすら繰り返してくる。一党の中で最も近接戦に長けた女武道家ですら捉えられぬその動きは、追い詰められていく彼らには心底禍々しいものに思えた。

 

「……あたしが、引き付ける!」

 

 突如として女武道家が声を上げると、部屋の中央、魔法陣の描いてある辺りへと躍り出る。仲間の援護が貰えぬ場所まで来ると、彼女は再び声を上げた。

 

「その間に何か作戦出して!」

 

 無茶を言ってくれる、とその言葉を投げかけられた二人は思う。

 だがそれをしなくてはならないのは確かだ。彼女は前衛として果たすべき役目を果たそうとしてくれている。ならば自分は頭目(リーダー)として、この状況を何とかしなければならないと魔法剣士は考える。後衛である自分は何か策を出さねばいよいよもってお荷物だと女魔術師は思考を巡らせる。

 しかしそんなすぐに名案が浮かぶはずもなく、二人の脳内は焦りばかりが先に立つ。

 下級魔神は盾を持った魔法剣士と彼が守る女魔術師は面倒だと考えたのか、それとも孤立した相手から先に叩こうと決めたのか。ひたすらに女武道家へと攻撃を繰り返す。

 それを2度3度と繰り返すうち、遂に下級魔神の爪が彼女の肩を抉る。それを見た魔法剣士はもはや運を天に任せ無策で挑むしかないと覚悟を決める。

 そしてそれを女魔術師に告げるべく口を開いた瞬間、己の口が固まった。否、口だけではない。腕が、脚が、指が。己の全てが固まって動かない。

 

(違う)

 

 自分だけではない。この場に存在するもの全てが固まって―――――止まっている。何故かは分からないが、今この瞬間は世界全てが止まっていると確信した。

 いったい何が起きているのか。何故こんな事になっているのか。思考がそちらに持って行かれそうになるが、すぐにそれを止める。そんな事は後からいくらでも考えればいい。今やるべきはそうではない。

 全てが止まっているが思考だけは動く。ならやるべきはこの窮地を打破出来る策を考える事だ。今自分に課せられた役割を果たせ。

 

(手札は何がある。何があって何が無い。何をすれば勝ちが見える)

 

 相手に攻撃を当てる手札はある。確実に当てれる切り札が。だが当てた後はどうする?当てる相手は選べても場所は選べない。当たったとしても落とせる保証はない。

 撃った後に拘束するか?いや、拘束は確実と言うわけではない。過信して油断した結果は額に刻まれている。もっと確実に動きを封じれるだけの役を作らねばならない。

 

(……ある!)

 

 今自分は一人ではない。一党(パーティー)なのだ。であるならば自分の手札だけでなく、全員の手札を使って役を作ればいい。

 何を使うべきか。何を使ってもらうべきか。失敗した時も含めどう動くべきか。それら全てが急速に頭の中で組み立てられて行く。

 そしてその道筋が完成した時、何の前触れもなく周囲が動きだす。またそちらに思考が引っ張られそうになるが、瞬きするよりも早く切り替える。

 

「引き付けてくれ!」

 

 女武道家に向けて声を張り上げる。そして返事を聞くよりも早く、呪文の詠唱を開始する。

 

「《サジタ()……ケルタ(必中)……》」

「あんたはこっち!」

 

 詠唱に気付いた下級魔神がこちらへ向かって来ようとするが、女武道家がそれを妨げるべく右手の拳鍔(セスタス)を投げ付ける。投擲用の武器ではないため余裕を持って回避されるが、それによって必要な時間は稼がれた。

 

「《ラディウス(射出)!》」

「GUUREE!?」

 

 放たれた矢は二本。一本は下級魔神の左腕に、もう一本は右の羽根に刺さる。否、右の羽根を貫き左の羽根にまで刺さる。

 思わぬ痛痒と羽根に穴を開けられた事によりバランスを崩した下級魔神は落下し、石の床へと着地する。もっと高所にいたならばこれでカタがついただろうが、そんな高さから攻撃出来ていたらとっくにこちらが殺られていただろうからこれでいい。

 

「《力場(フォースフィールド)》だ!閉じ込めろ!」

「!……分かったわ!」

 

 下級魔神から目線を切らず、女魔術師に指示を飛ばす。一瞬彼女が戸惑うような気配がしたが、すぐにこちらの意図を察してくれる。

 魔法剣士が見る事はなかったが、彼女は繊細な硝子細工に触れるかのように丁寧かつ大事そうにそっと耳飾りに触れてから、杖を構えて力強く真に力のある言葉を唱える。

 

「《マグナ(魔術)……ノドゥス(結束)……ファキオ(生成)!》」

「GREEEEE!?」

 

 女魔術師の《力場》によって不可視の壁が形成される。ただし、下級魔神の周囲に。丸屋根上に展開されたそれは下級魔神の身体をすっぽりと覆い尽くし、完全に閉じ込める事に成功した。

 下級魔神は壁を爪で切り裂かんと幾度も引っ掻きまわすが、よほど術が上手く行ったらしく壁は―――――魔法剣士達にも見えないのだが―――――揺らぐ気配すらない。

 その様子を見て、三人はホッと息を吐く。まだ倒したわけではないが、とりあえずひたすら追い詰められていくだけの状況は脱した。

 

「油の用意を」

 

 投げた拳鍔を回収していた女武道家に声をかける。首をかしげる彼女に対し、魔法剣士は言葉を続ける。

 

「いつもの手で行こう」

 

 

 

―――――――

 

 

 

 下級魔神(レッサーデーモン)は見えない壁を打ち破るべく、遮二無二爪を立てていた。

 一種の変異体(ユニーク)である自分に取って、あの脆弱な三人の只人(ヒューム)など相手にもならぬはずであった。それが小癪にも策を弄し、あろうことか自分を魔術で閉じ込めた。

 許せん。許せん。男はバラバラに切り刻み、女どもにはその肉を食わせてやる。そのためにもこの壁を切り裂かねば。

 憎悪と力を込めて壁を引っ掻く。そうしていると、不意に何か白い物が目の前に広がった。それは見えない壁を包み込み、下級魔神に外の様子を分からなくさせる。

 何をしたいのか、と下級魔神が思うより早くその答えはやってきた。

 何かが砕ける音。液体が降りかかる音。そして壁全体を覆い尽くす炎。連中、この壁を何かで包んで火を放ったのだ!

 下級魔神が自分でも分からない何かに突き動かされて声を上げようとするのと同時に壁が消失し、炎が自分を包み込む。自分の全身に纏わりついた炎の熱に、下級魔神はもはや自分の命運が尽きた事を悟る。

 ならせめてあの男を。指示を飛ばし自分を追い詰めたあの男だけでも道連れに。全身を焼かれながら最後の力を振り絞り、下級魔神は兜を被った一党の頭目らしき男へと飛びかかる。

 突き出した右手の爪は盾で防がれた。だが爪が盾に食い込み、互いの自由を奪う。これでいい。下級魔神は男を押し倒し、残った左腕を振り上げる。これでその兜もろとも頭蓋を貫き、脳漿を掻き回してやる。

 風切り音が下級魔神の耳に響く。まだ自分は左腕を振り下ろしていないのに何故だ、と思う間もなく、枯れ木が折れるような音と共に男の身体がおかしな角度に移動し吹き飛んで行く。なんだ、何が起きている。

 何故視界が暗くなる。何故だ、何故―――――……

 

 女武道家の一撃によって首を折られ、自分の身体が横に吹き飛んだのだと下級魔神は最後まで理解出来なかった。出来ないまま、下級魔神の意識は永遠に闇へ沈んだ。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 ほぼ間違いなく死んだはず。であるがどうしても不安が拭いきれず、魔法剣士が広刃の剣で首を落とし、さらに念のため心臓を貫く。

 そこまでやってようやく三人は大きく息を吐き、その場にへたり込んだ。「勝った」という実感や達成感はまるでなく、「生き延びた」という安堵だけが全身に満ち渡っている。

 勝利に湧き立つ事も、お互いの無事を喜び合う余裕もない。全員が呆けたように座り込み、少しの間何も言わず呼吸を整えるように大きく息を吸っては吐く。ただそれだけを繰り返す。

 

「……治療をしないとな」

「……そうね。その傷大丈夫?」

「……いたたたた。気抜けたら痛んできた」

 

 女武道家の傷に軟膏を塗り、包帯を巻く。攻撃を受けた二人はさらに治癒の水薬(ヒールポーション)を飲み、全員が疲労度合を考慮して強壮の水薬(スタミナポーション)を飲んでおく。

 その後一党は部屋の片隅に置かれていた箱を見つけ、魔法剣士と女魔術師があれやこれやと保有している知識から色々と意見を出し合い、最終的に「罠はないはず」という結論に至りおっかなびっくり箱を開いた。

 中に入っていた無数の封がなされた瓶には黄金の液体が入っていた。魔法剣士が昔読んだ本の内容を思い出し、それは賦活剤(エリクシル)という森人(エルフ)の秘薬である……恐らくはそうであると結論付け、一党は冒険の成果としてそれを得る。

 それで終わるはずだった。終わると思っていた。思わぬ依頼を受け、思わぬ敵と戦い、苦戦しながらも何とか乗り切り、宝を得る。正しく「冒険」であり、それはこれで終わったと。一党の誰もが思っていた。

 

 それが間違いだと気付いたのは遺跡の入口まで戻ってきた時だった。

 荷物も持たず、必死に駆け込んでくる依頼人。それを追いかけるかのように飛来する粗雑な作りの矢。ギャアギャアと耳障りな多数の声。

 

「ゴブリン……」

 

 依頼人が何かを言うよりも早く、三人はその声の主が何者であるかを理解する。ここを捨てたはずの群れが戻ってきたのか、別の群れなのか。いずれかはハッキリしないが、結構な数が遺跡の入り口を取り囲んでいる。

 

「引きつれてきてしまう形になって、申し訳ありません」

 

 これほどの数がいるとは思わなくて、と震える声で依頼人が言う。その言葉に対し、三人は誰一人責める事なかった。ゴブリン達は最初からこの数で囲んだわけでなく、4,5匹ずつ姿を現しこの数になったのだと言う。

 恐らく依頼人を徐々に追い詰めていく過程を楽しんだのだろう。そういう生き物だと、魔法剣士はあの洞窟でゴブリンスレイヤーから聞いていた。

 

「……この入り口近くなら、囲まれる心配はない。ここで迎え撃つぞ」

 

 囲みを突破しようとすれば袋叩きに合う。そう判断した魔法剣士は少しでもマシな場所で戦う事を決意する。女武道家と女魔術師、そして依頼人も黙って頷く。

 多勢に無勢。逃げ道はない。依頼人は術も奇跡も使えないとの事なので、術的資源は女魔術師の一回のみ。四人のうち軽傷ではあるが二人は手負い。そして三人が間違いなく疲労し消耗している。対してゴブリンの数は正確には分からないが、声の騒がしさからして20は下るまい。

 目を覆いたくなるような現状である。だが魔法剣士は―――――魔法剣士一党は諦めない。諦めたくなかった。最後まで足掻いてやると、僅かでもある可能性を手繰り寄せてやると腹を括る。

 楽観的に何とかなると思っているわけではない。ただ自分達の持つ全てを使ってやる。そう思っていた。

 

「……《吹雪(ブリザード)》で少しでも数を減らすわ」

「頼む」

「お願いね」

 

 女魔術師の言葉に一党の二人が頷く。もしこの三人がもう少し経験を積んでいたならば、もう少し引き付けてから呪文を使っていただろう。残り一回の呪文を少しでも効果的に使うため、可能な限り巻きこめる瞬間に使っていたはずだ。

 だが三人には覚悟があっても経験がなく、腹を括るので精一杯で頭は充分に動いていなかった。先程のように世界全てが制止して頭だけが動くのならまた違ったかもしれないが、そんな都合のよい何かが二度も訪れる事はなかった。

 

「《グラキエス()……テンペスタス()……オリエンス(発生)》!」

 

 女魔術師の口から真なる力のある呪文が発せられる。しかし、それによって何かしらの現象が起こる事はない。

 思わずその場にいる全員が女魔術師の顔を見る。杖を構えた彼女は何が起きているのか分からないという表情をしていたが、すぐに何が起きたかに気付き絶望に満ちた表情になる。泣き出さなかったのは小さな奇跡かもしれないと思えるほどだ。

 そしてその表情を見た瞬間魔法剣士も何が起きたか気付く。彼も魔術を行使する者の端くれであり、術を使うとはどういう事なのか知っている。

 

「仕方ない。万全の状態でもなければ、落ち着いていられる状況でもない」

 

 呪文を使う、というのはそれだけで難しいものだ。そして術によってその難易度は変わり、女魔術師が使おうとした《吹雪》はかなりの難易度を誇る。

 それでも彼女なら発動体の補助と、生まれ持った才能。そして重ねた修練によって行使出来ていただろう。万全の状態ならば。

 下級魔神との戦闘で疲労し、多数のゴブリンに囲まれ窮地に陥っている。冷静に集中して術を行使できる環境ではない。失敗するのもやむをえまい。

 誰が悪いでもない。強いて言うならば、彼女が万全な状態で術を行使できるように出来なかった自分にこそ非がある。

 

「やれることをやれるだけやろう。後衛二人は援護を頼む」

「……そうね。あたしには出来ない事をやってくれてたんだし、今度はあたしがやる事をやる番!」

 

 魔法剣士の言葉に女武道家が頷く。女魔術師の術の失敗を悟り、それを責めず切り替えてくれる彼女が仲間でよかったと心から思う。

 自分に足りないものを補ってくれた女魔術師もだ。二人は各々自分にしか出来ない事を出来る限りやってくれた。そして今もやってくれようとしている。感謝しかない。

 その仲間を生かすため、出来る事をやれるだけやる。可能性は限りなく低くはあるが、やらないで終わるのは違う。

 そう腹を括ると、魔法剣士は向かってくるゴブリン達に対し広刃の剣を抜き放った。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 術の行使に失敗した瞬間、女魔術師は自分の足元が崩れ底の無い奈落に落ちていくような感覚に陥った。失敗してはいけない時に失敗してしまった。

 自分の命だけでなく、仲間の命に関わるのに。全員の命に関わるのに。絶対に失敗してはいけないのに。

 だと言うのに、魔法剣士は仕方ないと受け入れた。女武道家は自分を責めずに切り替えた。こんな仲間達を、自分の失敗のせいで死なせてしまう。

 

(―――――嫌!)

 

 ゴブリンに腹を刺され、死にかけた時よりも。ゴブリンに囲まれ、自分があの洞窟にいた女性達のようになる想像よりも。この二人が死ぬのが怖い。そんなのは耐えられない。ならばどうするか。どうすればいいか。

 決まっている。やれることをやれるだけやるのだ。

 

「《グラキエス()……テンペスタス()……》」

 

 己の魂から力を振り絞る。使える限度を超えて真なる力のある言葉が紡がれ、意味を成して行く。

 自分の才と努力の証であり、誇りの象徴たる杖が力の行使を助けてくれる。魔法剣士から貰った耳飾りは、発動体としての役割以上に女魔術師の心に力をくれる。出来る。出来ないはずが無い!

 

「《オリエンス(発生)》!」

 

 限界突破(オーバーキャスト)による、本来行使できない三度目の術。それが使用されたのは、一党の全員が想定していたタイミングではなかった。一党は誰もが「ゴブリンが遺跡に入って来る前」に使い、数を減らそうと考えていた。

 だがそのタイミングでの術は失敗し、既に遺跡に何匹か入って来てからの詠唱となった。それはつまり、限界以上に引き付けてからの発動。

 

「GRUUUUU!?」

 

 急速に温度が下がり、遺跡の入り口付近に吹雪が吹き荒れる。巻き込まれたゴブリン達は体温を奪われ、動きを奪われ、命を奪われる。

 既に何匹かは遺跡の中に入って来ていた。すなわち、先頭の数匹に続いていた後続が巻き込まれることとなる。

 

「GAAAAA!?」

 

 獲物を一番に得ようと遺跡に躍り込んだ先頭のゴブリンは思わず後ろを振り返る。ゴブリンが仲間の心配などする事はないが、自分達の身に危険が迫るかもしれないという心配はする。

 どうやらあの吹雪は遺跡の中までは来ないらしい。自分達は安全だ。そう思い凍り付いて行く馬鹿な仲間を嘲笑おうとして―――――

 彼の首が飛んだ。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 遺跡に入り込んだのは数匹。つまり、数匹のゴブリンを多少の経験を積んだ三人――――― 一人は術の行使に忙しいため二人の冒険者と、一応の心得がある依頼人とで迎え撃つこととなる。

 その結果は言うまでもない。

 ゴブリンは一匹二匹なら、素人でも殺せるほど弱いのだ。

 

「助かった……!」

「凄い、凄いよ!」

「お見事です!」

 

 ゴブリンを始末した三人が興奮を隠さず女魔術師を褒め称える。彼女は疲労困憊となりその場にへたり込みながらも、それを受けて笑顔を見せる。

 それは自分の挙げた成果を誇るとかでなく、単純に仲間の役に立てたという安堵が産んだ笑顔。一党を助けることが出来たという安心から生じる笑顔だった。

 

「まだ何とかなる、諦めるなよ!」

「ええ!ここまでしてくれたんだもの、やってやるわ!」

「半数ほどは減ったはずです、やりましょう!」

 

 まだゴブリンが全滅したわけではない。形勢が逆転したわけでもない。だがハッキリと見えてきた希望に三人の士気は上がる。

 対してゴブリン達は仲間の死に怒り、憎き冒険者共を血祭りに上げようと気勢を上げる。そして残ったゴブリンの一匹が真っ先に遺跡の入口へと殺到し―――――

 

 頭から矢を生やし、その場に倒れ込んだ。

 

 何が起きたのか、魔法剣士達もゴブリン達も理解できない。理解出来ないでいる間にも矢は次々と飛来し、ゴブリン達を射抜いて行く。

 ゴブリン達からすれば、これは理不尽かつ不条理な事だった。自分達は何もしてないのに殺されている。何もしてないのに虐げられている。何もしてないのにありえない事が起きていると。

 

 だがもし事情を全て知る者がいたら、これは必然だと言っただろう。

 巣穴を持たない放浪部族であるこの群れは、この近辺で食料と娯楽、仲間を増やす孕み袋を得るべく街道の旅人を襲った。だから当然討伐依頼が出された。

 その討伐依頼は当然の事として、この近隣で最も大きな拠点―――――辺境の街の冒険者ギルドへと出された。

 そしてその街のギルドで、ゴブリン退治の依頼が出されたならば。

 

「小鬼めら、何者かを囲んでおるようですな」

「遺跡に立て籠って凌いでるっつーとこかの。あの入り口の様子を見るに術師がおるようじゃが」

「でもこの数に襲われたんじゃ厳しいわね。ギリギリ間に合ったってところかしら!」

「は、早く助けないと……!あっ、でもゴブリンは逃がしてはいけない、ですよね?」

「当然だ」

 

 彼が来るのは、当然の事だ。

 

「ゴブリンどもは皆殺しだ」

 

 

 

―――――――

 

 

 

 疲労でボーっとした頭のまま、女魔術師は魔法剣士の背で揺られていた。

 何となく全てに現実感が無い。ひょっとしたらこれは自分の見ている都合のいい夢で、現実はゴブリンに慰み物にされていて耐えかねた脳が幸せな幻覚を生んでいるのではないかと疑ってしまう。

 ゴブリン退治の依頼を受け、ゴブリンを追跡してきたゴブリンスレイヤー一党に助けられたことも。女神官が襲われていたのが自分達だと気付いて、涙を流すほどに無事を喜んでくれた事も。彼らに半ば保護されるようにして、遺跡近くで一晩過ごした事も。全てが夢のように感じる。

 そして一晩明けて戻る途中、限界突破(オーバーキャスト)による疲労の影響で足が遅れがちになってきた自分を魔法剣士が背負っている。これはやはり幻覚な気がしてくる。

 旅の初日、彼の意外に筋肉のついた身体を見てしまった夜に見た夢。あの夢の続きだと言われた方がしっくりくる。あの時は見えなかった背中の筋肉がやけにリアルだが、夢とはそんなものかもしれない。

 回した腕が当たっている肩の筋肉は少し盛り上がっており、夏場だらしない格好をしていた時に見えた学院の男子達のそれとはまるで違う。この肩から伸びて自分の脚を抱えている腕もさほど太くはないが力強さを感じさせ、確実に支えてくれるだろうという安心感がある。

 革鎧越しではあるが身を預けている背中はがっしりとしており、幼い頃自分を背負ってくれた父の背中を思い出させた。

 彼のうなじに顔を埋める形となっているため、汗と血の匂いが漂ってくるが自分も似たようなものの為に気にならない。それ以上にその匂いに混じって僅かに感じる、少し独特な匂いの方が気になって仕方ない。きっとこれが彼特有の、彼の匂いというものなのだろう。

 夢とはいえはしたなく嗅いだりはしないが、呼吸の過程で自然に吸い込む分は楽しんでも構わないだろう。そう結論付けると、女魔術師は口を閉じ静かに鼻だけで呼吸を行う。

 どうせ都合の良い夢なら鎧越しではなく、彼の背中を直に感じたい。そんな風に女魔術師が思い始めた頃、急に彼の感触と体温が消え失せた。

 

「起きたか?」

 

 何が起きたのか混乱する女魔術師の顔を魔法剣士が覗き込んでいる。顔はそれなりに離れてはいるが、顔を直視されている。さっきまで見ていた夢の内容を見透かされているような錯覚にわたわたとしてしまい言葉が返せない。

 そこでふと周りを見渡して気付く。ここは冒険者ギルドだと。そして魔法剣士と女武道家、依頼人、それに受付嬢がこちらを見ていると。

 女魔術師は―――――我褒めになるが―――――頭がいい。今いる場所とここにいる人間、魔法剣士が言った言葉から状況を推測出来る程度には。そして、その状況に至るまでの流れを推測できる程度にも。

 つまり自分が背負われていたのは夢でも何でもない。単に自分の疲労を見兼ねた魔法剣士が、ここまで背負って運んで来てくれたのだろう。つまり背負われたまま街に入り冒険者ギルドまで、もっと言えばつい先程まで背負われたままだった。

 当然その姿は大勢に見られたわけで、さらに言えば彼や女武道家、依頼人等は自分が彼の匂いを嗅いでいた事に気付いているかもしれないわけで……

 

「――――――――――!!!!!」

 

 

 

 その時その場にいた者達は、後に女魔術師の様子をこう語った。

 

 一党の女武道家曰く「寝顔見た時は起きたらからかってやろうと思ってたけど、起きた時の慌てぶりを思い出すと可哀想が先に来てからかったり出来なかった」

 ギルドの受付嬢曰く「自分と彼に置き換えたら、幸せそうに寝てた気持ちもその後の恥ずかしさもとても良く分かるから何も言えない」

 依頼人たる魔女狩人曰く「天国と地獄をこの上ない速さで行き来したようだった」

 そして当人たる魔法剣士曰く「あの時彼女が上げた声より大きな音は、どんな怪物も出す事はなかった」と。

 




正直女魔術師ちゃんのムッツリパート書いてるのが一番楽しいかもしれない。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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