ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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彼らの積み重ねたものはそう軽くない、という話。


※前回に引き続き、ラスト・ダンサー様の作品「ゴブリンスレイヤーRTA 小鬼殺し√」より作者様がフリーキャラとして解放している「疾走戦士」を出演させていただいております。


魔法剣士・裏 10

 夢と現実の境目が曖昧になる、という経験そのものは何度もあったし誰もが経験するものだ、とは聞いていたが、その日のそれはとびきりだった。

 あらゆるものの感覚が明確に伝わり、輪郭もはっきりしていた。女魔術師や女武道家と一緒に摂った朝食の熱や味もしっかり覚えているし、ギルドにいた人々のざわめきとその言葉の内容もハッキリ耳に残っている。

 故に夢などとは全く思わず、間違いなく現実なのだと思っていた。夢でよくある不確かな部分が何処にもなく、自分が見た覚えのない同業者の顔もハッキリ見えていたのだから。

 

 ところがどうだ。ゴブリンスレイヤーがギルドにやって来て口を開いた直後、自分は宿の大部屋に戻っているではないか。

 思わず腕に爪を立てるが、ハッキリと痛みが伝わって来る。しかし先程見た夢もこのぐらいは出来た気がする。

 今見ているのが夢なのか現実なのか判断がつかなくなり、何とも言えない不安が襲ってくる。何処からが夢で現実はどこなのか分からなくなる。

 

(大丈夫、今見せたのは……予知夢!予知夢みたいなものだから!)

 

 少しばかり狂気に陥りそうだった魔法剣士の脳内に、冒険者になった時からの付き合いである外なる神の声が響く。その内容に成程と納得がいき、大きく息を吐く。

 予知夢を見せた理由は分からないが―――――まあ神のすることであるし、所詮ただの凡人に過ぎない自分がその心を推し量れるはずもない。何か神にしか分からない意味があってのことだろう。

 つまり後でゴブリンスレイヤーがギルドにやって来て、ゴブリンの群れが来ると―――――何故だ?何故彼はそんな事を言った?

 ゴブリンの群れがあの牧場を襲う。これは不思議な事ではない。ゴブリンというのはつまりそういう生き物であるし、たまたまその対象があの牧場になったとしてもそういうもので済む話だ。

 だが問題は彼がそれをギルドにわざわざ言いに来た、という事である。付き合いと言えるほどの付き合いはないが、女神官から聞いた話と実際に話した印象から言えば彼は無駄な事はしない。何か必要性があるから言いに来たのだ。

 ゴブリンの群れが来る。彼は間違いなくそれを迎え撃つだろう。それで話が終わらない、ということか?だとすれば何故だ?10や20程度なら彼はあらゆる手を使い迎え撃ち小鬼を殲滅するだろう。

 

 ―――――それが出来ないのか?

 

 ふと思い当ったその考えに得心が行くと同時にゾッとしたものが背筋に走る。あのゴブリンスレイヤーが殺せないゴブリンが来ると言う事か?それはどんな怪物なのだ。

 いや、違う。そんな怪物はいるかもしれないが、それはゴブリンではない。ゴブリンにそんな存在がいるとすれば怪物辞典(モンスターマニュアル)に書かれているだろうし、そんな危険な存在が生まれるのであればゴブリンはもっと危険視されている。

 ゴブリンの恐ろしさとはなんだ。多少知恵が回り、学べば人の真似が出来て、罠を仕掛けて、多数で囲んで……

 

「数か」

 

 声に出して小さく呟く。向かってくる相手が罠を仕掛ける事はない。多少知恵を使おうが人の真似をしようが、それを熟知しているゴブリンスレイヤー相手には通じまい。

 なら何が脅威となるのか。数だ。恐らく「殺せないゴブリン」ではなく「殺しきれない数のゴブリン」が来るのだ。

 具体的な数は想像出来ないが、あのゴブリンスレイヤーが殺しきれないのだ。30,40……恐らくは50以下という事はあるまい。

 それの手助けをしろ、という事だろうか?それとも巻き込まれる前にさっさと逃げろと言う事か?

 前者だろうな、と魔法剣士は少し考え結論付ける。逃げろと言うならばゴブリンに襲われ悲惨な目に遭っている姿まで見せるはずだ。想像もしたくないが、女魔術師や女武道家があの洞窟で嬲り者にされていた女性達のようになっている姿を見せてくるだろう。

 それを見せられれば彼は彼女達を引き摺ってでも連れて逃げる。それがないと言う事は、ゴブリンスレイヤーと共に戦えという啓示だろう。

 勿論これはただの深読みで、神はただ夢を見せただけで選択は自由という可能性もある。だが魔法剣士はこれを託宣(ハンドアウト)として受け取り、もし助力を求められたならば戦う覚悟を決めた。

 きっとそれが、今ここで神が自分に割り振った役割なのだ。それに命を助けられた―――――それも二度も助けられた恩がある。自分だけでなく一党全員がだ。手助けせねばなるまい。

 腹を括って下へ降りると、全てが夢の通りとなった。女魔術師と女武道家、二人と合流して朝食を摂る。そして依頼を―――――もう受ける気もなく、ただ眺めているとゴブリンスレイヤーがギルドへとやって来た。

 そして件の言葉を発し、夢では見れなかったその先の言葉も紡ぐ。

 

 曰く、ゴブリンの数は百を下らない。

 曰く、それを統率する小鬼の王(ゴブリンロード)がいる。

 曰く、敵は単なる群れではなく小鬼の王が率いる軍隊である。

 曰く、自分一人では手が足りない―――――……

 

 ギルドにいる冒険者達はざわつきだす。それはそうだろう。ゴブリンは弱い。だが数が集まったならば侮っていい相手ではない。それでいて何匹殺そうが所詮は「ゴブリン」なのだ。

 誉れにはならない。命の危険はある。報酬は安い。そんな敵を百、それも統率された軍隊となった群れを相手取るなどごめんだろう。

 だから報酬を要求する槍使いの態度は至極当然であるし、それに同調する周りの冒険者も正しい。対価は出さないが命懸けで戦え、と言うのは何がどうあっても通らぬ言い分だろう。

 自分のように既に対価を貰っているならば話は別だが。

 

「俺はやるつもりだが、二人はどうする?」

 

 女魔術師と女武道家に訊ねる。ただそれだけを言うつもりだったが、魔法剣士は自分でも信じられないほど自然と言葉を続けた。

 

「一緒に来てくれると、有難い」

 

 言い終わってから気付く。自分は二人を頼りにしているのだと。1人でもやるつもりではあるが、既に一党(パーティー)で動くのが自然になっているのだと。

 だから自分は、出来る事なら二人にも来て欲しいのだ。勿論命懸けになる以上強制は出来ないが。

 

「報酬はどうするのよ」

 

 槍使いとゴブリンスレイヤーのやり取りを横目で見ながら、女魔術師が逆に訊ねてくる。命以外の持ち物全てを報酬として差し出すと言っているが、確かに彼なら本当に差し出すだろう。だから、妥当な線の報酬を求めるべきなのだろうが。

 

「命を救われた恩があるからな。俺は求めない」

「じゃああたしも、かな。恩返ししないといけないってずっと思ってたし」

 

 魔法剣士の言葉に女武道家が賛同すると、女魔術師が大きくため息を吐く。呆れられているのかもしれない。まあそれは当然と言えば当然だろう。

 

「私も同じ立場なんだから、1人だけ要求は出来ないじゃない」

 

 まして銀等級が一杯奢る、って妥当な額で受けてるんだもの。顔をしかめながら女魔術師はそう溢す。顔と口調は苦々しく感じるが、目が笑っているのが魔法剣士にはちゃんと見える。

 いい仲間を持った。自分には勿体ないぐらいの一党を率いている。心からそう思う。

 

「自分達もやります」

 

 ならその一党の頭目(リーダー)に相応しい振る舞いを。一党の頭目としての役割を果たそう。自分の役割を果たさねば。

 いや違う。やらなければいけないというのは確かだが、それだけではない。自分は今、役割を果たしたいのだ。恩を返し、彼を助けるというのは「やらねばならないこと」であると同時に「やりたいこと」なのだ。

 

(ああ、そうか。俺はそれが―――――そういう事が好きな人間なのか)

 

 そんな事も分かってなかったのか、と自分の間抜けさに噴き出しそうになりながら、魔法剣士はゴブリンスレイヤーに向かって言う。

 

「鋼鉄と黒曜二人では大した助けにはなれないでしょうが」

「いや。すまん、助かる。報酬はどうする」

「いえ、いただき……いただけません。先に命を助けてもらったのはこちらの一党です。それも、二回も」

 

 頭を下げて礼を言うゴブリンスレイヤーに対し、彼より深く頭を下げる。仲間が大事になればなるほど、どれだけ頭を下げても足りない気がしてくる。

 だからせめて、言葉に感謝を込める。心の内から溢れてくる感謝を少しでも伝えたい。

 

「自分の命と、大事な仲間の命を救ってもらいました。せめてものお礼をさせてください」

「わかった。ありがとう」

 

 彼もきっと同じような気持ちで礼を言ったのだろう。少なくとも魔法剣士の耳には、ゴブリンスレイヤーの言葉はそう聞こえた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「お、行くのか?鋼鉄と黒曜に手本を見せられて」

「うるせえ」

 

 女騎士の揶揄に顔をそっぽに向けながら、重戦士は立ち上がる。

 全員で頭を下げ、感謝の意を伝えながらゴブリン退治に名乗りを挙げたあの一党(パーティー)。その頭目(リーダー)の言葉が耳に痛かった。

 大事な物を救ってもらったら礼をする。それは当然のことであり、大事であれば大事なほど感謝の意をちゃんと示すべきだ。

 素直にそれをやるのは照れ臭い。だが、素直に感謝を示す人間を見たらやらざるを得ない。やらなければいたたまれないし、照れどころか恥になる。

 まして自分は銀等級。冒険者の等級が全てではないが、鋼鉄や黒曜がちゃんとやれている事が出来ないというのは沽券に―――――否。そういう問題ではない。

 

 要するに、感謝して礼をするのに切っ掛けが欲しいなどと思っている自分は彼らと比べ、人間としてどうなのだという話だ。

 

「おい、ゴブリンスレイヤー」

 

 等級だとか力量だとか年齢に関係なく、それは大事な事だろう。ならうだうだせずやるべきだ。

 

「俺もやるぞ……前に俺の田舎に出たゴブリンを退治してくれたらしいからな。その礼だ。だから俺も報酬はいらん」

 

 照れ臭かろうが女騎士にからかわれようが、恩知らずになるより何倍もマシなのだから。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「成程。実に胸糞悪い」

 

 《惰眠(スリープ)》でゴブリンを眠らせながら、魔法剣士は舌打ちをする。話には聞いていたが、実際に「盾」を見ると胃の奥底辺りに鉛を流し込まれたような気分になった。

 まかり間違えばあそこに女魔術師や女武道家が括られていたのかもしれない。そう考えると小鬼(ゴブリン)という種そのものに対して侮蔑と憎悪が湧きあがって来る。

 成程、ゴブリンどもは皆殺しにするに限る。生かしておいて知恵を付けた結果がこれなのだから。

 敵も味方も多数であり、乱戦が始まってしまえば自分の習得している呪文は使いどころがない。故に魔法剣士は術を全て使い切る。

 そして剣ではなく投石紐(スリング)を取り出し、勢いよく振り回す。単純に感情で言えば剣を抜いて斬りかかりたいところだが、生憎まだ自分は怒りや憎しみに任せて暴れてやっていけるほど強くない。

 紐から放たれた石は綺麗にゴブリンの顔面を捉え打ち砕いた。それが合図―――――となるわけではなく、単純に「盾」の回収が済んだのを見計らい冒険者達が一斉にゴブリン達へと襲い掛かる。

 石を投げた分一歩出遅れることとなったが、結果的にそれがよかった事を魔法剣士は痛感する。戦は勿論多人数での乱戦すら経験のない彼では、どう立ち回るべきか分からない。

 投石紐で援護するにしても味方に当てるのは怖い。とするなら後ろに位置して、背中を守るべきだろうか。

 

「ん?」

 

 無理せず可能な範囲で立ち回ろうとしていると、前方から風切り音が聞こえてくる。何事かと目を凝らせば、グレートヘルム(バケツヘルム)を被った盗賊騎士のようなベテラン―――――少なくともその風格を持った冒険者が、戦槍(パイク)をこれ見よがしに振り回していた。

 思いっきり目立つためにゴブリンが彼―――――彼女の可能性もあるが―――――の近くに集まっているが、唸りをあげて旋回する長柄武器の前に手出しできずにいる。

 ふと先日ゴブリンに囲まれた時の事を思い出し、魔法剣士はバケツ頭の冒険者を囲むゴブリンの後方に回る。誰かを囲んでいるというのは優位に立っているという事であり、その時後ろ側には意識を向けない。だからあの時自分達を囲んだゴブリンは綺麗に背後を取られた。

 そして背後に意識を向けると、今度は囲んでいた方向が一気に疎かになる。少なくともあの時はそうだった。

 なので仕留めるよりも反撃を受けぬ事に留意しながら軽く切り付け、ゴブリンを後ろに――――― つまり、先程まで前だった方向に進ませてやる。

 

「GAAA!?」

 

 勇気ある一歩を踏み出したゴブリンの頭蓋を、遠心力の付いた戦槍が捉える。砕かれながら勢いよく飛んでいく小鬼の頭蓋と身体を見て、魔法剣士は父が存命だった頃に連れられて見に行った魔球(ウィズボール)を思い出した。

 婚約者を連れて見に行くのは、それらしい行いだろうか。何時か余裕が出来たらやるべきかもしれない。いや、あの競技は女性向きではないか?自分が見たいものに付き合わせるのは婚約者らしくないか。

 余計な事に気を取られた、と自分を戒める。今はただ目の前の敵に集中せねばならない。

 ましてや折角やりやすい状況を生み出してくれている者がいるのだ。この機を逃してはならない。

 まだまだゴブリンは沢山いて、それを皆殺しにしなければならないのだから。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 全体的に言って、冒険者達は優勢だった。

 百を超えるゴブリン。その数に手間取ってはいるものの、ゴブリンスレイヤーが立てた対策によりゴブリン側の戦術はことごとく潰された。

 盾は呪文によって効果を発揮する事なく回収され、小鬼騎兵は槍衾で防がれ、正面から戦えば所詮ゴブリンは冒険者の敵ではない。

 おまけに商人や土建屋によって後方陣地が構築されているため、負傷や疲労した者はそこへ戻り治療や補給を受けてまた戦線に復帰する。限界を迎えた冒険者を数で押し潰す、という小鬼最大の強みを生かせる戦術すら有効性を発揮できなくなってしまっていた。

 

 遂に小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)率いる田舎者(ホブ)の集団が投入されたが、あんな図体がでかいだけのウスノロどもが勝てるはずがない。

 (ロード)だなんだと威張っていたあの間抜けもだ。優秀な自分が群れと知恵を貸してやったのに、結局負けたではないか。

 自分なら今頃冒険者共を皆殺しにして、女どもは孕み袋にしていたのに。なんて無能な王だったのだろう。そのシャーマンは侮蔑と共に唾を吐き捨てる。

 彼にはこんな大きな群れを統率するだけの才覚も、あれだけの戦術知識もないが自分は上手くやれていたと信じている。彼はまさしくゴブリンだった。

 確かに彼は―――――他のゴブリンと比較してだが―――――賢くはあった。呪文を覚えたのは彼がそれだけの知力を有していたからだし、巣穴としていた遺跡で下級魔神(レッサーデーモン)の復活を察知して早々に群れごと逃げだしたのも彼の知恵あってのことだ。

 そして今、敗北を察知し自分に従うゴブリンを率いて逃げ出そうとしているのも彼の頭脳あってのことと言っていい。

 20を超える群れを率いていたのに、今いるのは自分を含めてたった8匹。しかも自分が率いていた群れではなく、自分同様たまたまこの群れにいた連中だ。図体がでかいだけで知恵の回らない2匹と、知恵も力もない普通の5匹。

 こんな馬鹿どもを率いて行かねばならない。何故自分ばかり苦労するのか。シャーマンは内心の苛立ちを隠そうともせず荒々しく音を立てながら歩を進める。

 まあいい。あんな馬鹿だって王になれたのだ。もっと賢い自分はもっと大きな群れを率いる王になれるはずだ。そうなったら今度こそあの牧場を落としてやろう。そして勿論自分が一番苦労しているのだから、当然女も餌も自分が一番多く得るのだ。

 そんな妄想、彼からすれば遠くない未来を見据えながら進んで行く。そんな彼の耳に風切り音が響き―――――

 彼の未来は視界ごと不意に閉ざされた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 シャーマン、小鬼英雄(チャンピオン)田舎者(ホブ)。厄介な三匹全てに催涙弾が命中した事を確認すると、魔法剣士一党は各々の獲物を取り出す。

 運のいい事に視界を塞がれた小鬼英雄が大剣で暴れたため、雑魚は全て同士討ちとなる形で片付いた。おかげでこちらは大物だけに集中出来る。魔法剣士が受けた託宣(ハンドアウト)に従いやってきた場所で思わぬ大物と遭遇した時は舌打ちをしたくなったものだが、これならば何とかなりそうだ。

 魔法剣士が小剣(ショートソード)を投げ、女武道家が田舎者に殴りかかるのを見ながら女魔術師は小鬼英雄に向けて杖を構える。

 思えば最初に思い描いていた理想とは随分違う道を歩んできたものだ。楽勝で終わるだろうと舐めてかかった結果死にかかり、助かったはいいが進むも引くもならず停滞し、最後は腹を括ってもう一度歩き出した。

 冒険者になってからまだほんの3ヵ月かそこらだというのに、今までの人生を全て濃縮してもこうはならないというぐらいに濃い冒険者生活だ。良い事も悪い事もあった。

 これからもそれを続けていきたい。続いて欲しい。大切な仲間と、惚れた男と一緒に冒険者として歩んで行きたい。いや、歩んで行くのだ。

 そしていつか夢見た未来へ辿りつくのだ。竜を倒すという夢を叶え、好きな男と一緒になる。前者は実力が足りず、後者は想いを伝えるどころか表に出す勇気すらないが。

 それでも、道程がどれだけ遠くとも、どちらも手にしてみせる。その道に立ちはだかるならば小鬼英雄だろうが人喰鬼だろうが―――――

 

(―――――消し飛ばしてやるわよ!)

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!」

 

 杖は力強く握りしめ、彼から貰った耳飾りには丁寧に大切に優しく触れ。心身を集中し真に力のある言葉を紡ぎ、世界を改竄する。

 杖の先端に埋め込まれた拳大の柘榴石から《火矢(ファイアボルト)》が迸り、女魔術師の決意と覚悟を体現したかのように真っ直ぐ勢いよく小鬼英雄の顔面目掛け飛んでいく。

 そして命中した《火矢》は小鬼英雄の顔面を―――――焼かなかった。正確に言うならば、それはもはや「焼く」という言葉の範疇に収まらなかった。

 顔を貫き、頭部を消し炭に変えるのは焼くとは言えないだろう。

 致命的一撃(クリティカルヒット)により、一度しか残っていなかった呪文は最高の成果を挙げた。高揚感と達成感から笑みが浮かびそうになるが、それを抑え再び投石紐(スリング)を握り締める。

 敵はまだ残っているのだ。ここで喜んでいる暇はない。喜ぶのはやるべき事をやり、勝利してからでいい。

 最初に挑んだあの洞窟。あの中では自分は学院で積んだ経験と知識しか使えなかった。今は違う。冒険者として積んだ経験と知識がある。

 それを駆使して、勝つのだ。全員で、全員無事で。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 田舎者(ホブ)が大金棒を取り落とし、目の前で目を抑え悶え苦しんでいる。それを見て女武道家はあの洞窟の中での戦闘を思い出していた。

 この個体ではないが、種としては同じ田舎者に自分の蹴りは苦もなく止められた。魔法剣士が《粘糸(スパイダーウェブ)》で援護してくれなかったら、恐らく自分は無防備な状態で一撃を貰って死ぬか、重傷を負って動けなくなったところをゴブリン達の玩具にされるかのどちらかだったろう。

 その記憶を振り切るためにも、あの時からどれだけ成長しているか試すためにも蹴りを打ち込みたい。経験を積んで強くなった自負はあるし、死線を潜ったことで技は間違いなく磨かれている。きっと通じるはずだ。

 己の成長を知らしめたい。己の実力を確かめたい。もうお前などには負けないと、記憶の中の田舎者に見せつけてやりたい。そんな想いを抱えながら女武道家は田舎者へと一気に駆け寄り―――――

 

 膝を思いっきり殴り付け、すぐに距離を取った。

 

 確かに蹴りを出したい。恐らく今の自分の力量なら、跳び上がって頭に蹴りを叩き込んで強烈な痛痒を与えることが出来る。

 だがそれは「恐らく」だ。確実ではない。そして何らかの不運によって蹴りそのものが当たらない可能性だってある。

 自分一人の事ならそれでも構わない。己の矜持のためだけに戦い、その結果が己だけに振りかかるなら。だが女武道家はこの一党の一員なのだ。

 大事な事は自分の蹴りが通じるかとか、研鑽した武術が田舎者を倒せるかとかそういうことではない。一党が全員無事でいるかどうか、この場にいる敵を全員倒しきれるかどうかだ。

 大金棒を拾おうとした田舎者の腕に、魔法剣士が刃を切り付ける。彼も深追いせず一撃を加えるとサッと引き、それを援護するかのように女魔術師が投石紐(スリング)から石を放つ。これも一発で仕留めようとしているのではなく、的の大きい胴体を狙って放たれている。

 これだ。自分が積み重ねた強さとはこれなのだ。一撃で敵を倒すというような強さではない。仲間と協力すること。戦術を使うこと。なにより、それが出来る仲間を得たこと。

 単に力量が上がったとか、技能が磨かれたとかではない。言葉にはしづらく分かりづらいが、それらよりもっと大切なものを自分は身に付けた。

 だからもう、試す必要も確かめる必要もない。間違いなく今の自分は、自分達は―――――

 あの時よりずっと、強くなった。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 バラバラに吹き飛ばされた小鬼(ゴブリン)たち。喉に小剣(ショートソード)を突き刺されたシャーマン。頭部を消し飛ばされた小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)。膝と脛を拳鍔(セスタス)で殴りつけられ、腕を切られ指を切り落とされ、胸と頭に石を食らって動かなくなった田舎者(ホブ)

 自分と仲間以外に動く者はいなくなったが、魔法剣士は油断することなく周囲を見渡す。もし自分がゴブリンなら、「勝った」と思って気を抜いた冒険者を狙うからだ。気が緩んだ瞬間こそが最も無防備で、最も狙いやすい。

 故に気が緩んだように見せかけて敵を誘うという手もあるが、少なくとも今の自分にはそんな事をする技量も余裕もない。

 どうやら敵はこれだけのようだ。ホッと一息つくと、おもむろに田舎者の胸に剣を突き刺す。反応はない。完全に死んでいるようだ。

 そして振り返り、小剣の回収と確認を兼ねてシャーマンに近付いていく。

 魔法剣士は知っている。あの洞窟で、ゴブリンスレイヤーが油断しなかった事を。油断しなかった理由を。そしてその結果を。

 身じろぎ一つせず、小剣を喉に受け仰向けに倒れているシャーマン。その顔面目掛け、魔法剣士は剣の先端を突き刺す。

 

「GYAA!?」

 

 跳び起きようとするがもう遅い。死んだふりをしていたシャーマンは顔に剣を突き立てられ、ビクンと大きく痙攣し今度こそ動かなくなった。

 

「上位種は無駄にしぶとい、か」

 

 広刃の剣(ブロードソード)と小剣。両方の血を拭い、鞘に収めながら魔法剣士は呟く。

 これまで積んだ経験に、何一つ無駄はなかった。心からそう思う。自分の積んだ経験が、見た光景が、教えて貰った知識が全て活きている。

 冒険者になる前から積み重ねてきたものと、冒険者になってから積み重ねたもの。一党(パーティー)の仲間を含むそれら全てがこの結果へと繋がったのだ。勿論、運が良かったのもあるだろうが。

 

「……終わりかな?」

「ええ、ここのゴブリンは、だけれど」

 

 女武道家の呟きに女魔術師が応える。そう、少なくともこの場のゴブリンは全滅だ。極めて局地的な戦いだったが、ここだけは自分達の勝利だ。

 

「水を飲んで一息ついたら向こうに―――――」

 

 戻ろう、と言おうとして魔法剣士は言葉を切る。少し遠くから聞こえる歓声。様々な声音の入り混じったそれは小鬼の耳障りな叫びではなく、冒険者達の勝鬨だ。

 それが意味する事を悟ったのだろう。女魔術師と女武道家が表情を緩める。魔法剣士も頷き、安堵の息を漏らす。

 

「終わったようだ」

「あたし達の……」

「勝ち、よ」

 

 三人の間に弛緩した空気が流れる。こんな大勢で、こんな大量の敵と戦うのは―――――戦に参加するなどというのは全員が初めての経験だったのだ。緊張し、張り詰めていた神経がようやく解放され三人一斉に大きく息を吐いた。

 殊更勝鬨など上げはしないが、安堵した表情で顔を見合わせていると自然と笑いたくなってくる。だがそれはもう少し後にせねばならない。

 折角余裕があるのだから、やることはやらねば。

 

「……何してるの?」

「略奪」

 

 女武道家の怪訝そうな声に、魔法剣士は端的に答える。大金棒(モール)大剣(グレートソード)も少し古いが状態は悪くない。中古扱いにはなるだろうが、充分売れるだろう。

 シャーマンの杖は比較的新しく、これならば中古ではなく普通に売れそうだ。女魔術師の物同様先端に柘榴石が嵌まっているから、多少なり値がつくもののはずだ。

 これまでは武器や防具を持たない相手だったり、とても相手の装備を回収している余裕がなかったり、持ち主のあるものだったりしたから出来なかったが今回は問題ない

 こういった装備は持ち主などもう分からないし、奪って使おうが捨てようが売ろうが何の問題もないという事は受付嬢から確認を取っている。奪って、売って、金貨に変える。

 本当はもっと早くこうしたかった。何せ自分達は駆け出し―――――そろそろそれに毛が生えた程度の冒険者だ。このぐらいはせねばとてもとても金策など追いつかない。

 

「……ゴブリンが使ってたものよね?」

「誰が使おうとも道具の本質は変わらんだろう。呪いがかかるわけでもない」

 

 女魔術師の問いかけにそう返すと、彼女は女武道家と顔を見合わせる。そして疲れたように―――――まあ今日は心底疲れているだろうが―――――笑うと、呆れと感心を交えた口調で言った。

 

「意外と逞しい……がめついのね、貴方」

「抜け目ないって言うか……悪いとは言わないけれど」

「何とでも言ってくれ。何を言われてもこれを売って一党の資金にするのは止めないが」

 

 はあ、と殊更大袈裟に二人がため息をつく。苦笑いしている二人に―――――女武道家には大金棒を、女魔術師には紅玉の杖(ガーネットスタッフ)を渡して持つように言う。

 そして自分は大剣を背負い、来た道を戻り出す。

 

「どうしても嫌なら捨てて行くのも構わない。仲間の意見を無視する気はないからな」

「はいはい。嫌じゃないわよ。お金は大事だし、私達にないものだもの」

「早くこんなことしなくてもいいようになりたいね」

 

 あははは、と笑う二人に全くだ、と魔法剣士は頷く。そういう身分になれるのは、一攫千金を得るのは何時になる事やら。

 ともあれ戦には勝った。今日も自分達は生き残った。全員無事だった。小鬼の首も―――――正確には数えてないが、一党で合計すれば10近く獲った。そしてこの武器も売れる。

 これ以上望めば贅沢が過ぎるというものだ。そう自分に言い聞かせながら、魔法剣士はふと空を見上げた。

 双つの月が綺麗だった。魔法剣士は幼い頃、父親から「あの月からゴブリンは来る」と教えられたために緑の方はあまり好きではなかったが、綺麗なのは否定出来ない。

 これで何やら叫んでいる外なる神の声さえなければいいのに。実にうるさい。不敬ではあるが心底そう思いながら、魔法剣士は仲間と共にゆっくりと帰路を進んで行った。

 




小鬼王戦における魔法剣士一党の稼ぎ

乱戦中に倒した数(落馬したゴブリンライダーを仕留めた数も含む) 魔法剣士:3 女武道家:3 女魔術師:1
シャーマン率いる群れの討伐数:3 

雑魚は小鬼英雄が勝手に仕留めたため、自分達が倒したわけでないと正直に申告したので稼ぎには入らず。女武道家は普通に賛同したが女魔術師は呆れた(でも納得はした)

戦利品(全て銀貨換算):大剣(中古) 14枚 大金棒(中古) 15枚 紅玉の杖 17枚

合計収益:銀貨146枚


魔法剣士の達成実績

【帯に短し】
戦士系と呪文遣い系の職業レベルを3にした

【よくあることだ】
仲間に被害を出しながらもゴブリンの巣を攻略した

【下水の掃除屋】
下水路に出現する怪物を累計50体討伐した

【暴食に打ち勝ちし者】
暴食鼠を討伐した

【帰還報告】
死者の認識票を回収し、ギルドに報告した

【明日は我が身】
冒険者の遺体を回収し、ギルドに報告した

【必ず連れ帰る】
認識票と遺体の回収数が10を越えた

【恋の詩】
NPC1人から恋愛感情を向けられた

【旅は道連れ】
固定の一党に加入した

【舵を取れ】
固定の一党の頭目となった

【責任重大】
自分が頭目の一党の仲間を誰も失わず依頼を達成した

【魔神殺し】
魔神を討伐した

【お前の帰る巣はない】
小鬼王戦で被害を最小限に留め、大勝利を収めた

【あるがままに】
因果点を使用せずに小鬼王戦をクリアする



次回はエピローグ兼最終回となります。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】
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