ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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彼は普通の只人だ、というお話


終章 彼の話

 妖精弓手の音頭で何度目かの乾杯が行われる。冒険者達は何度目だろうが気にせず歓声をあげ盃を空けて行き、魔法剣士とその一党も例に漏れず盃を掲げる。

 もっとも魔法剣士が乾杯に合わせて飲み干したのは最初の一杯だけで、あとは一口ずつ舐める程度だ。気分が高揚しているのは確かだがそれに身を委ねた時、だいたいは酒精の悪戯で大変な目に遭うと相場が決まっている。

 

「なによぉ、もっとグイッと行きなさいよぉ……」

 

 具体的には、今まさに自分に全体重を預けて絡んできているこの女魔術師のように。

 小鬼英雄を呪文一発で葬り去ったのだから彼女の気分は殊更上がっているだろうし、そうでなくてもめでたい上にたっぷり稼いだため金の心配はない宴なのだからハメを外してしまうのは分かる。だがこの酔態はちょっと行きすぎではなかろうか。

 装備の類を全て外し、肩と豊かな胸の谷間を晒しながら男にしなだれ―――――寄りかかっているのはあまりにも無防備かつ危険すぎる。

 魔法剣士も男である以上―――――弁えているつもりはあるが―――――感じるものはあるし、周りの男性冒険者の視線が微妙に集まって来ているのだから止めた方がいいと思うのだが。

不思議と女性冒険者は厳しいものではなく、何処か優しい視線を送って来るのだが。特に自分ではなく女魔術師に注がれているように思う。

 女武道家はと言えば楽しそうに笑ってこちらを見てくる。彼女も気分は高揚しているだろうしこの酔っ払いほどではなくとも飲んでいるから、まあ楽しい見世物に感じるのだろう。確かに自分も他人事なら同じような反応をする。

 

「私のお酒が飲めないって言うのぉ……ならもっと美味しくしてあげるわよぉ……」

「言葉も行動もマズイから止めろ」

 

 およそ酒の席で最も嫌われる言葉を吐きながら、女魔術師が葡萄酒の瓶を手に取る。その口を自分の豊満な谷間に持って行きワインを注ごうとするのを、魔法剣士は制する。

 流石にマズイと判断したのか、女武道家も素早く立ち上がり葡萄酒の瓶を女魔術師の手からもぎ取って回収する。いざという時はしっかり助けてくれる心強い仲間だ。

出来ればそうなる前に何とかしてほしいが、そうなるまで動く気はないらしい。なんともいい仲間を持ったものだ。やれやれ、と魔法剣士は肩を竦める。

普段は知的で冷静なくせに、酒に飲まれてこんな醜態を晒す女魔術師。

 お人好しで―――――女魔術師曰く、自分も大概とのことだが―――――真面目だが、こういう時に悪乗りを見せる女武道家。

 実力だとか能力に関係なく、すっかり大切な友人であり掛け替えのない仲間となった彼女達。そして知った顔も知らない顔も飲んで騒いで楽しんでいるこの空間。

 誰も彼も無事でよかった。勝ててよかった。そういう安堵もあり、魔法剣士は自分の心が湧き立つ―――――いや、もっと単純に言おう。

 魔法剣士は今、本当に楽しかった。

 自然にフッ、と口元が緩むほどに。

 

「……」

「……」

 

 気付くと女魔術師が顔を真っ赤にして、女武道家は目を丸くしてこちらの顔を凝視している。何かついているだろうかと手を顔にやると、女魔術師が絶叫した。耳元で。

 

「笑ったぁーーーーっ!!!今、笑ったでしょう!!!笑顔、笑顔になった!!!!!」

「いや、それは当然楽しければ笑うぞ。俺をなんだと思っているんだ」

「いつも表情なんてないじゃない!!!笑顔なんて初めて見たわよ!!!!!」

 

 そう言われればそんな気がする。決して彼女達と過ごして楽しくなかったとかそんなことはないし、むしろ今までも楽しんではいたのだが笑顔を見せた気はしない。

 魔法剣士としては別に理由はなくただ何となくぐらいのものだったのだが。そんなことより女魔術師は何故耳元で大声を出すのか。聞かされる方の身にもなって欲しい。

 

「もう一回!もう一回見せなさい!」

「笑顔は強要されるものじゃないだろう。ましてや耳元で喚かれて笑顔になれると思っているのか」

「いいから!」

 

 笑顔になれない原因を今まさに耳元で女魔術師が作っているのだが。流石にそうまでは言えず、半分わざと顔をしかめてみせる。

 女武道家は強要する気はなさそうだが期待を込めた目でこちらを見てきている。実によくない流れだ。

 

「おっ、なんだなんだ。笑顔になったって?」

 

 女魔術師が騒いだせいで興味を引いたらしく、槍使いが話しかけてくる。実によくない。恩もあり尊敬もある彼に要求されたら断りきれない。

 ふと見ると周りの冒険者達が少しざわつきながらこちらを見ている。「そういえばアイツが笑ってるの見た事ない」だの「何の表情もないか兜被ってるもんな」だの「顔は悪くないのに彫刻みたいだものね」だの好き放題言ってくれる。

 ええい、どいつもこいつも。《粘糸(スパイダーウェブ)》で口を塞いでくれようか。

 助けを求めて周囲を見渡すが、どう見ても味方がいない。ギルドの受付嬢と監督官ならばと期待したが興味深そうにこちらを見てくるだけだ。魔女も楽しげにこちらを見ながら杯をちびちび舐めている。

 孤立無援になった魔法剣士がふとゴブリンスレイヤーの方を見ると、彼は騒ぎの様子を見て楽しげに少し口元を緩め―――――緩め?

 一瞬脳内で処理が追いつかなくなった。薄汚れた鎧を着て、安っぽい鉄兜を傍らに置いて。冒険者達の輪から離れた所に座っている青年は誰なのだろうか。いや、誰かと言われれば該当するのは一人しか思い当らないが。

 

「あぁーーーーッ!!オルクボルグが兜はずしてるー!?」

 

 それに気付いたのだろう。妖精弓手が先程の女魔術師より大きく、よく通る声で叫ぶ。

 その声に反応し、ギルドの注目が一斉にゴブリンスレイヤーへと集まる。それはそうだろう。この街に来たばかりの駆け出しが笑顔になったならないより、5年もいて全く鉄兜を取った事のない男の方が気になるに決まっている。

 かくいう魔法剣士自身、正直近寄ってよく見たいほどだ。折角向こうが注目を引いてくれたのだからやらないが。

 槍使いもこちらから離れて、何やらぶつくさ言いながら顔を見に行っている。女魔術師は向こうとこちらを見比べてどちらに注目すべきか迷っていたが、女武道家に「貴重だよ!」と言われ猫のように首根っこを掴まれて引き摺られて行った。

 その時女武道家がこちらを振り返り目配せをしてきたので、魔法剣士は軽く頭を下げておいた。どうやらこちらが本気で困っているのを感じて助けてくれたらしい。ありがたいがもっと早くやって欲しいと魔法剣士は心から思う。

 

 非力ではあるが、自分はゴブリンスレイヤーの、牛飼娘の、あの牧場の主のために働いた。自分一人がやったわけではないしむしろ自分の力などあってもなくてもいいようなものだが、力を尽くし守りたいと、守って欲しいという願いは叶った。

 その事実が魔法剣士の胸の中に染み入り、全身に何とも言えない満足感として広がっていく。

 そして仲間が、友達が、恩人が、知り合いが、知らない誰かが。楽しげに騒いでいる。自分もその輪の中にいる。それは本当に楽しくて、幸せで、嬉しい事だ。

 

 

 

 ゴブリンスレイヤー。西方辺境の街を拠点とし、街外れの牧場に住み、ゴブリン退治のみを行いゴブリン退治のみで在野最高位の銀等級になった変わり者。

 彼が冒険者となって5年。鉄兜を外した素顔を見た同業者など皆無であり、ギルドの職員であっても稀。兜の中が男か女かで賭けが成立するほどに貴重なものが見れるとあっては、ギルドの中の注目は全て彼に集まるのが必然で。

 

「……はははっ」

 

 だから、笑顔を見せた事がない駆け出しの冒険者がギルドの片隅で。

 大人びた雰囲気の普段とは違う、春の日差しのように穏やかで暖かな笑顔になって。

 硬い印象を与える声ではなく、優しく楽しげな声を出して。

 心から楽しそうに笑ったのを見たのは、神々も含め誰もいなかった。

 




これにて「ゴブリンスレイヤー 実況プレイ」は一応の完結となります。
少なくとも魔法剣士君の話は。前に言ったように書きたいネタは続けるかも知れませんが。

この後は少し間を空けて、活動報告の方で上げたキャラで別√を書いて行こうと思います。

拙い文章にも関わらず、ここまで読んでいただきありがとうございました。感想や過分な評価、見てくださる人がいるという事でモチベーションとなり最後まで書きあげる事が出来ました。
この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。



Q.これで女魔術師ちゃんは好意を隠してるつもりなんですか?
A.誰が何と言おうと本人は隠してるつもりです。

Q.以前魔法剣士君は酔ってる場合こういうの効かないって言ってなかった?
A.効かないから女魔術師ちゃんは脱いで攻撃力を上げて、強引に通じさせました。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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