「占領した自国の領土を無償で全て返してくれた」
「さらに同盟まで結んでくれた」
という創作でも絶対やらないレベルの出来事が現実にあるんでどれだけやってもいいと思います。
どういう事かと言うと、都合良すぎるとかおかしいと思う点が出てきても見て見ぬフリをしてください。作者の頭ではそれが限界なんです。
彼女は、ある小国の王女として生まれた。
生まれてから暫くの間、少なくとも彼女が成人である15歳を迎えるまでは、特筆すべき事はない平穏な人生だった。国は概ね―――――何処の国家もそうであるように、幾つかの問題を抱えながらも、その問題が深刻にならぬよう上手く回っていた。
父は名君ではなかったが王が務まらないというわけでもなかった。母もまた父を補佐するほどの才覚はなかったようだが、負担になりもせず己の役目をつつがなく果たしていた。だから彼女はこの生活が続いて行き、いずれ自分はしかるべき所に嫁ぐのだと疑いもしなかった。
だがある日、その人生は終わりを告げた。なんて事はない。王になりたい、自分こそが王に相応しいと考えた叔父とその叔父の元で好きなように振る舞いたい貴族。その二人が手を組んで、謀反を起こし成功しただけだ。
それだけならまだよかった。王である父や後継者となる兄や弟は殺され、母や自分は宰相となった貴族に弄ばれた。
母はそれを苦にして自ら命を断ち、自分は―――――もうどういう思惑でそうなったのかは分からないが―――――牢に繋がれた。酷い物ではあるが、国を奪われるとはそういうことだ、で済む話だった。
問題は、国を奪うにあたり叔父らが混沌の勢力と手を組んでいたということだった。
自分達なら上手くやれると、混沌の勢力を利用し操り国を強大に出来ると信じ込んでいたのだろう。気宇壮大な―――――気概だけは見事な叔父であったから、四方世界に覇を唱えるぐらいは妄想していたのかもしれない。
その目論見にどの程度の勝算が存在したのか、彼女には分からない。ただ一つ分かるのは、叔父と宰相の治世はそう長く持たなかったという事だけだ。
混沌と手を組んで先王を弑した簒奪者。これを倒すのは紛れもない正義であり、打ち倒すことで己が新たな王になる。そう考える者がいると叔父も宰相も思いつかなかったらしい。
大義名分を掲げ隣国からの援助も受けた反乱軍と、
問題は反乱軍が一枚岩どころか一つの軍ですらなく、複数の勢力が存在しそれぞれの背後に違う国がいた事だ。
平和だった小国は群雄割拠となり、近隣諸国の代理戦争の場と化した。新王も長らく都を保持する事は出来ず、数か月で他の勢力に奪われた。その勢力もまた短期間で都を奪われ、国の支配者は次々変わった。そんな状態がずっと続いた。
その間、彼女は牢獄にあった。新王は彼女を牢から出さず、王女は牢で病に没したと公式に発表した。そして彼女を名も無きただの罪人として扱い、その身体を慰み物とした。そして飽きると牢へ送り返した。
新王の後も支配者が変わる度、彼女はそんな扱いを受けた。公には死んだ事になった彼女はもはや人ではなく、権力者の玩具だった。
そんな生活を送るうち、彼女は何時からか牢内で己の身体を鍛え出した。
彼女は思い知ったのだ。信じれるものは、頼れるものは己だけだと。誰かが何とかしてくれるなどという期待を抱くのでなく、自分の力で何とかしなければならないのだと。
お転婆だった少女時代、剣奴上がりの騎士団長から習った鍛練法。それをひたすら繰り返し、看守達に身体を許すことで代価として充分な食事を得、筋肉を付けて行った。
何時か必ずここから逃げ出せる時が来る。その時鍛えた身体は役に立つ。そう思って鍛える事が彼女の精神を守る事にも繋がっていた。
日に日に逞しい体つきになって行ったが、看守達は構わず彼女を慰み物としていた。戦乱の最中に牢番などさせられる者達だ、兵士として役に立たぬと看做されたのだろう。それ故に鍛えられた肉体となって行く彼女の身体を穢すことで、何か鬱屈していたものを晴らしていたのだろう。
支配者が変われば看守の顔触れも変わる。だがやる事は変わらなかった。それは、彼女も看守達も。
そうして月日と支配者、彼女を犯す者達の顔触れが移ろっていたある日の事。彼女は行動を起こした。
神々の骰子の出目がよほど良かったのだろう。あるいは極端に悪かったのだろう。その日、都で大火事が起きた。
炎は監獄の近くまで広がり、看守達は取るものも取らず逃げ出そうとしていた。こういう時は牢を開け放ち罪人も逃がすのが定法であるが、彼らはそれを守らず逃げ出そうとした。罪人の女を犯すような連中だ、そんな決まりを守るはずもない。
そして牢の外で慰み物にされていた彼女は、待ちに待った
慌てふためき、着の身着のままで逃げ出そうとする看守達。彼女はそんな看守達とは対照的に落ち着いて行動した。
自室に連れ込み、自分を組み敷いていた看守長。騒ぎを聞いて自分の上から跳ね起き逃げようとする彼の髪を掴み、後ろに引っ張ると同時に足を払って倒す。そして―――――
思い切り首を踏みつけた。
鈍い音がしておかしな方向に首が曲がり、大きく痙攣して動かなくなった看守長。彼の死体に構う事なく、彼が着ていた衣服と装備、そして財布を奪うと外に出た。
外に出ると右往左往する看守達を、看守長から奪った長剣で片っ端から斬ってやった。血脂で斬れなくなっても鉄の塊であるそれで殴れば
そんなもので気が晴れない事は承知の上だった。だが、そうしなければならなかった。そうせねば自分の魂が救われなかった。
無論皆殺しになど出来る訳もなく、近くにいた数人を斬って捨てると彼女はその場から逃げだした。炎が強くなる中、彼女を追って来る者はいなかった。
自由になれた喜びなのか、家族を失った悲しみが今さらやって来たのか、耐え忍んできた苦しみが噴き出したのか。彼女は涙を溢れさせながら、燃える都から逃げ出した。
都から逃げ出した彼女は、都近くの王墓へと向かった。
そこは無残に荒らされ、副葬品の類は全て持ち去られていたけれど。万が一の時の為、王族としてはささやかな、一個人としては結構な額の金貨が隠されていた箇所は無事だった。
そうしてそれを手にすると、彼女は一目散に走り出した。遠く、遠くへ。
育った都も、生まれた国も、過ごした過去も。振り返りはしなかった。
ある国の都で起きた火事は混沌の手合いによるものだった。
それに乗じて当時都を占領していたのとはまた別の勢力が強襲をかけ、都を占拠した。
混沌に与する勢力は許せぬと、幾つかの勢力が手を結んでまた都を落とした。
しかし落とした直後内部分裂を起こし、結局また混沌と手を組む輩まで出てきた。
遂に見兼ねた大国が軍を発し、混沌の勢力もろとも割拠していた勢力全てを駆逐した。
大国はそのままそこを自領とし、かの国は滅ぶ事によって混乱が収まった……
遠く離れた国の、そのさらに西方の辺境の街で。そんな話を聞いても、彼女の心は揺れなかった。もうあの国には未練も郷愁もなかった。
小国は、彼女の心の中からすら滅んだのだ。
もう逃げる必要もない。むしろ彼女はそんな安堵を感じた。追ってくる者もいなければ自分は追う価値も無くなったのだから。
次いで彼女は気付いた。自分には活計がない。当たり前だ、15までは王女として育てられそこからは牢にいた。自分で稼ぐ術など身に付けてはいない。
持ち出した金貨も無限にあるわけではない。これを元手に何かせねばならない。しかし自分にあるものと言えば―――――
あるではないか。牢にいる間鍛え続けたこの肉体が。この身体を生かせる職業は何か。傭兵か?いや、もうあの看守共と似たり寄ったりの連中に囲まれて過ごすのはうんざりだ。ならどうする。いっそ剣奴にでもなるか。
どうしたものか、と思い悩む彼女。その時突然耳に―――――否。耳ではない。脳に直接声が響いた。
『君、ゴr……見事な身体してるね!冒険者になってみない?』
それが初めて、彼女が――――――女闘士が受けた
――――――――
綺麗な女性だ。女神官が女闘士に抱いた、率直な第一印象だった。
次いで背の高さと鍛えられた肢体に目が行く。只人の女性としては高い―――――平均的な
それでいて出るところは出ている。思わず自分の貧相な胸と見比べてしまうほどには。
「君も新人かい?」
声音は女性としてはやや低めの声で、それもまた彼女に良く似合っていた。
「あっ、はいっ。これから登録するところで……」
「そうかい。私も今登録してきたばかりでね」
そう言って首から下げている真っ白な認識票を見せてくる。てっきり熟練だと思っていた彼女が自分と同じ、それどころか今なったばかりだという事に女神官は驚きを隠せない。
「私はこれから装備を買いに行くところなのだけれど、君はそれが装備なのかな?」
「えっ、はい。私は地母神様にお仕えしている身ですので……」
「成程。いやすまない、どうしても冒険者と聞くと鎧姿を想像してしまってね」
「ああ、わかります」
二人してクスクス笑い合う。確かに冒険者と聞いて真っ先に浮かぶのは、眩いばかりに輝く鎧と燃えるような光を放つ剣を持って竜や魔神に立ち向かう勇者のような姿だ。
錫杖に神官服という女神官の姿は、パッと冒険者の姿とは結びつくまい。
「同じ日に冒険者になる、というのも何かの縁だ。新人同士、困った事があれば助け合おうじゃないか」
「はい、そうですね。よろしくお願いします」
正直なところ、この時の女神官には自分が彼女の助けになれるなどとは全く思っていなかったのだけれど。
それでも同期の知り合いが出来るというのは何だか心強くて、笑顔で握手に応じたのだった。
――――――――
「この兜をくれないかい……ああいや、失礼。一式装備を揃えるからちょっと待っていてくれないか」
「おうよ」
バシネットを抱えて声をかけてきた女性に対し、工房の親方は軽く頷いた。見目の良い女だが、身体の方はもっと良い。装備をこれから揃える事といい首の認識票といいまるっきり経験のない初心者だが、鍛えられた肉体は立派な戦士のそれだ。これならどんな武器でも筋力が足りていない、などと言う事は無いだろう。
しかし兜から選び出すとは、何とも変わった新人だ。普通は武器から―――――自分に扱えるかどうかすら考えず―――――買って行く。そして機動力重視と嘯いて、歯抜けの鎧を着て冒険に臨むのだ。
だがそれを馬鹿だと思っても、嘲笑しようとは親方は思わない。いや、誰にも嘲笑う権利などあるはずがない。
自分の意志で冒険に踏み出した者の第一歩を、誰が笑えると言うのだ。
「
「ああ。鋲が付いちゃいるが革鎧だ」
「ではこの二つと、
見栄えが良く比較的安価だからと胸甲を買う。それ自体はよくいる新人だ。だが
それはそういう工夫をする者がいないのではなく、筋力が足りている新人が滅多にいないということだ。他の新人はやるとするなら、鋲付きではなくただの
目の前の彼女なら筋力に問題はないだろうが、
そしてやらない理由はもう一つある。これはやれない理由と言うべきだろうか。
「お前さん、金はあるのかい」
「これで足りないかい?」
差し出された袋の口を開く。その袋自体相当に上等な布だが、中には結構な額の金貨が入っている。およそ新人の持っている額ではない。
所作が洗練されている事も考えると、恐らくは家から抜け出してきた貴族の令嬢と言う所か。
「充分だ。ひとまず防具の代金だけ抜くか?」
「いや、すぐに武器も選ぶから待っていてくれたまえ。それとこの籠手も買うよ」
飾り気のない武骨で頑丈な籠手を選んだのを見て、おおよそ察しが付いた。買うのは恐らく両手で扱う武器だ。
彼女は自分の筋力を理解していて、それを最も暴力的に活かすつもりなのだろう。その考えは悪くない。力押しは野蛮で単純だが、単純ゆえに効果的な戦術だ。究極的な事を言えば、押し切るだけの力があれば技術や知恵に走る必要性などないのだから。
「これと……あとこれを」
彼女が選んだのは予想に相違なく、両手で扱う
また戦嘴は刺すだけ、槌鉾は殴るだけの武器だ。この新人がそこまで考えているかどうかは分からないが、敵に合わせて変えれるよう複数の武器を持つのは悪くない。
「これで全部か?」
「ああ……いや、すまないもう一つ。これをくれたまえ」
そう言って
弾も売ってるかい、と聞かれた親方は無言で
「これで幾らだい?」
「全部で……まあこんなもんだな。体格に合わせて調整するのはサービスでやってやる」
頭の中で算盤を弾き、銀貨一枚の過不足も無い額を算出しその分の金貨を袋から取り出す。新人だからと安売りする訳も無いし、物を知らぬ素人だからとふっかけるのも論外だ。
この新人は体格に恵まれている。準備をするための資金にも恵まれている。だから無事に帰って来るとは言い切れないが、他の新人よりはずっとマシなのは確かだ。
それを
忠告も幸運を祈りもしない。ただ自分の責任として、いい加減な仕事をしない。武器が鈍らなせいで敵を倒せないだとか、止め具が緩いせいで動くと防具がバラバラになるなどといった不幸だけは決して起こさない。
その点だけは保障してやる、と胸中で呟きながら、親方は彼女―――――女闘士の防具の調整をするのだった。
――――――――
その女性を見た時、剣士はあらゆる意味で圧倒された。
村では見た事が無いぐらいに凛々しく美しい容姿―――――幼馴染である女武道家には悪いが―――――な上に、背も自分より高い。おまけに自分より逞しい体格で、見るからに「戦士」という感じの女性。
確かに年上で戦士の女性と女神官は言っていたが、こんな歴戦の勇士のような風格を持っているとは想像するはずがない。そもそも本当に自分と同じ新人なのだろうか。
「え、えと、君は新人、だよね?」
「ああ。そこの彼女と同じで登録したばかりの新人さ」
そう言って自分達と同じ白磁の認識票を掲げる。間違いないようだ。
女武道家と女魔術師も気圧されるというか少し気後れのようなものを見せている。無理もない。自分だってそうだ。
しかし、だからこそ。一党の
「冒険の準備中かい?」
「その通り。装備を揃えて、調整してもらう所さ。それで、何か私に御用かな?」
「ああ、俺達ゴブリン退治に行くところなんだけど……他にも声かけてみようって話になって」
「ふむ。察するに君が先程話した私の事を気にかけてくれたのかな?」
そう言って彼女は女神官の方を見る。その視線を受けて余計なお節介でしたでしょうか、とわたわたする女神官に彼女は微笑んで首を横に振った。
「いや、ありがたいよ。少し話しただけの私を気にかけてくれるとは、君は心根の優しい人だね」
「い、いえ、そんなことありませんよ。同じ新人だから助け合わなくちゃって思っただけで……」
「そう考えること自体が善良さの表れなのだがね」
フフッと楽しそうに笑うと、彼女は剣士に視線を戻す。正面から見据えられて少し心臓が跳ねたが、脇から女武道家に肘で―――――そこそこ威力のある肘で小突かれ正気に戻る。
「見ての通り経験のない新人だが、私で良ければご一緒させてもらえるかな?」
「あ、ああ!こっちも初めてのゴブリン退治なんだ!よろしく!」
「ああ、よろしく。ただ防具の調整が終わるまで待ってもらえるかな?」
無論それを拒否する理由は無い。剣士一党は頷き、彼女の装備調整が終わるまで待つ。
その間に軽い雑談を交わすことで気後れに近い感覚は無くなったし、資金不足から購入を諦めた治癒の水薬や解毒剤も彼女が購入してくれて助かりはしたのだけれど。
「貴方、随分お金持ちなのね……」
「ん?ああ、まあ多少の蓄えは持っているよ。とはいえ今持っているのが全財産であるし、稼がねば減る一方だ」
なら稼げるようになるため、惜しまず使うべきだろうと彼女は言う。その通りではあるだろう。ケチって安物を買うより、高くとも良い装備を。買えるなら剣士だってそうしたかったし、誰もがそうだろう。
ただ装備一式を身に付けた彼女を見た時は少しやり過ぎだとは思ったけれど。冒険者、と言うより傭兵か装備のいい盗賊のようだ。
折角の綺麗な顔も隠れてしまい勿体ないと剣士は思ったのだが、彼女はこれでいいと言う。これが命を守ってくれる事もあるのだと。
確かに兜があれば安心な場面はあるだろうと思う。だが折角冒険者になったのだ。物語の英雄のように格好良く振る舞いたい。そして兜にまで資金を回す余裕も無い。だから剣士は兜を使わない。
だが彼女は使う。それだけの話だ。殊更他人が口を出す事じゃないなと剣士は納得した。
しかし、と剣士は失礼と思いながらも彼女の胸に目をやる。胸甲越しだと言うのに立派な膨らみが付いているのが分かる。これも鍛えた成果なのだろうか。
いや、同じように鍛えている幼馴染と比べると。そこまで考えた所で再び肘が―――――先程よりだいぶ強めに―――――叩き込まれる。女武道家に「失礼よ」と言われ頭の中を読まれたのかと混乱するが、単純に女性の胸に視線をやった事に対する指摘だと気付く。なるほど、確かに失礼と言うより侮蔑させる行為だった。
女魔術師と女神官の視線も若干厳しい気がする。いやこれはハッキリ厳しい。
やらかした。これは良くない。どうすればいい。どうする。
即座に地面に頭を擦りつけて謝ったのは英断だった。あの時自分に出来る最善の判断だった。
彼は後々、酒の席でしばしばそう語る事になる。
――――――――
面白くはない。だが学ぶべきところは山ほどある。それが女魔術師の心境だった。
彼女―――――女闘士の装備が整うのを待って、ゴブリンの巣穴まで来て。入る前に隊列について話し合った時、そこから面白くない事が起き出した。
女闘士が先頭に立つ。これは一党の誰も異論はなかった。彼女の筋力が見かけ倒しで無い事は重装備にも関わらず、ここまで歩いてきて一切疲労の色が見えない事からも明らかだった。筋力のある重装備の前衛、つまり
その後に剣士が続く。これも納得がいった。だが問題は次だった。
誰もが武道家が続くものだと思った中、女闘士だけが女魔術師を候補に挙げたのだ。
彼女曰く、後ろから襲われた時の為に女武道家を最後尾におくべきだとの事だったが女魔術師は反論した。明らかに一本道の洞窟の何処で後ろから襲われるのかと。
女魔術師の意見に
意見が無いのなら、と隊列を組んで洞窟に入ろうとした時、それはやって来た。
「先に入っているものだと思ったが、遅かったな」
薄汚れた鎧と安っぽい兜に身を包んだ男。洞窟の中で出会ったならば動甲冑かと思うような格好のその男は、ゴブリンスレイヤーと名乗った。
小鬼を殺す者。思わず笑ってしまうような名前だが、首から下げられていた銀の認識票の前には笑う事は出来なかった。少なくとも在野最高の銀等級を笑える程、女魔術師は傲慢でも不遜でもない。
ギルドの受付嬢から頼まれて新人の様子を見に来たのと、ゴブリンを殺しに来たと言う彼、ゴブリンスレイヤー。彼に協力してもらいゴブリン退治をするか、それとも独力でやるか。それを一党は話し合う事となった。
女闘士は銀等級の助力を得られるなら心強いと言い、剣士もまた賛同した。女神官や女武道家も異論はないようで、女魔術師も反対と言う程の事はしなかった。ただ、折角の初陣であるのに最初から他者に頼るのは良くないと―――――
いや、違う。本音を言えばまさに「面白くない」だった。ゴブリン程度自分達の力で華麗に蹴散らし、華々しく初陣を飾りたかった。自分の自尊心を満たしたかった。
だが彼女は自尊心を最優先するほど愚かではない。確実と言えばこの上なく確実になる道を選ぶのに否はなかった。
そして彼女達は、ゴブリンスレイヤーに助力を願い出た。彼はどっち道ゴブリンを殺す――――― つまり、自分達がしくじるか討ち漏らす可能性を考慮して同道するつもりだったらしく引き受けてくれた。
そこからはひたすら面白くなく、しかし学ぶべき場面の連続だった。
まずゴブリンスレイヤーがやったのは、一党の装備、技能、呪文や奇跡の有無と回数の確認。これは自分達もやった事だが、彼はより徹底していた。
そしてゴブリンは横穴を掘って奇襲をかけてきたり、その小さい体躯を活かして物陰に潜む事もあるが故に、後方警戒も怠ってはならないという理由から呪文職を中列に置いた隊列を取り洞窟へと入った。
洞窟に入って暫く進むとトーテム―――――女魔術師の知らない奇妙な飾り物があり、そこでゴブリンスレイヤーからこれはシャーマンがいる証左だと教えられた。
入り口にもあったろう、と言われた時、女魔術師は屈辱に唇を噛みしめた。あったかどうか彼女は覚えていない、否、気付かなかったのだ。
魔術の才があり、学院を首席で卒業した。魔術のみならず見識にも自信があった。だからゴブリン退治で学ぶ事など何もないと思っていた。
だが実際にはどうだ。トーテムの事など知らなかった。そもそもゴブリンが魔術を使うなど思いすらしなかった。
物陰に潜むだとか、横穴を掘って来るという事もそうだ。全く知らなかったし想像もしなかった。ゴブリンは弱い。実のところはそれぐらいしか知らず、自分達に退治されるだけの生き物だと思い込んでいた。
もっと言えば、自分達の初陣を飾るために間抜けにもノコノコ正面からかかって来るような雑魚を想像―――――いや、これはもう想像などではない。都合のいい妄想だ。
馬鹿な自分に腹が立つ。そんな現実を突きつけられて面白くない。だがここで学ばねば本当の馬鹿だ。だから彼女はゴブリンスレイヤーの話を聞き、必死に飲み込む。自分は賢い。だから覚えさえすれば次に生かせるはずだと信じて。
学院でもそうだったように、学びさえすれば自分はやれるはずだ。自分は優秀なのだから。
彼女はそう信じていたし、事実そうだった。少なくとも学ぶ機会を逃さない程度には。
――――――――
鎧兜を貫くために作られたそれでゴブリンの頭蓋を砕き、胴を貫き、
だがそれによって油断し、ゴブリンに懐へ飛び込まれた。幸い
「装備があってよかったな」
ゴブリンスレイヤーから言われた言葉が身に沁みる。全くもってその通りだ。彼の言によれば小鬼どもは武器に毒を塗る事が多いらしい。糞尿や毒草を混ぜ合わせた粗雑なものらしいが、猛毒だというのは良く分かる。
こういった不意の一撃を食らわぬために防具を整えたのは確かだが、防具があるからと油断したのもゆるぎない事実だ。なんと間抜けな事か!
それに引き換え、彼―――――ゴブリンスレイヤーのなんと優秀な事か。小鬼の戦術を読み、備え、油断も躊躇も一切なく淡々と殺していく。処理して行く、と言ってしまってもいいぐらいに鮮やかな手並みだ。
横穴から出てくる小鬼達の足元に油を捲いておき、火をかけて焼き殺す。自分の武器だけでなく小鬼からも武器を奪い、必要ならば投げ、捨て、次々使って行く。
さらに戦いながら自分を含む周囲の者に的確な指示を飛ばす。剣士には武器を振らず刺すように、女魔術師には呪文を軽々に使わぬように、全員に対しては必要に応じて隊列を入れ替えるように。
女神官の《
小鬼とは女性を凌辱し、子を産ませる醜悪な生き物だと聞く。それを颯爽と殺して行く姿に―――――身勝手は承知で、女闘士は憧れを抱いた。小鬼がかつて自分を穢した者達と重なって見え、それを殺していく彼の姿は救いの神のようにすら思えたのだ。
もっと彼の活躍を見ていたい。彼と共にゴブリンを退治したい。女闘士はそうすることが救いだとすら思い始めていた。
その彼はと言えば、何やらゴブリンの腹を切り裂いている。よほど憎いのだろうか?そう思っていると彼はゴブリンの肝を取り出すと、布に包んでこう言った。
「奴等は臭いに敏感だ。金物や女の臭いには特にな」
そしてそれを持って、こちらに近付いて来る。ゴブリンスレイヤーの言葉と行動から、何をするつもりか一瞬で察した女闘士だけでなく全員が身を竦める。
「臭いを消す必要がある」
痛みや魂を汚されるような屈辱が無いだけマシ。マシではあるが、これほど酷い臭いは初めてだった。
必要なのだから仕方ない。それは理解できる。今までの経験から我慢もできる。不快であると感じる事と耐えられない事は全くの別物だ。
しかし臭い消しが終わる頃には、女闘士がゴブリンスレイヤーに感じた胸の高鳴りのようなものはそれこそ臭いより先に綺麗さっぱり消え去っていたのだった。
女闘士ちゃんの外見というか体格のイメージに関しては、漫画版やアニメ版に出てきた女戦士さんが一番近いです。
でもそういう体型が苦手なら脳内で別な感じに補完しちゃっていいと思います。文字だけの小説だとイメージの齟齬は良くある事だからさ!
活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)
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魔法剣士【綴られた手紙】
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令嬢【どうか、叶えて】
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女魔術師【君のワガママ】
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魔法剣士と令嬢【忘れてください】
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魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
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三人【騙し騙され愛し愛され】