全然関係ない話ですけどね。
剣士も、女武道家も、女魔術師も、女神官も。彼女の突然の行動に言葉を失っていた。
小鬼退治は順調そのものだった。ゴブリンスレイヤーは実に的確かつ効率的に指示を飛ばし、率先して自らが動き小鬼を殺して行った。
広場に残っていた集団は女神官の《
その中に斬り込んだゴブリンスレイヤーと女闘士は次々と小鬼を屠って行き、程なく広場の生き残りは殲滅された。後衛の護衛として横穴の出口を固めていた剣士と女武道家の出番がないほどあっさりと終わった。
あとは攫われた村娘や、哀れにもゴブリンの慰み物となっていた女性達を連れて戻るだけ。剣士はそう思っていた。いや、この場にいる誰もがそう思っていたはずだ。
唯一、ゴブリンスレイヤーを除いて。
「お前達は運が良かった」
ゴブリンの玉座、その裏に隠されていた倉庫の中を見ながら彼は言った。
隠れていたのはゴブリンの子供達。身を竦めて震える彼らを前に、ゴブリンスレイヤーは言葉を続けた。
「奴等はすぐ増える。もう少し遅ければ五十ばかりに増えて襲ってきただろう」
その言葉に剣士は自分の顔が青ざめるのが分かった。五十。それが何を意味するかぐらいの事はこの洞窟で学んだ。
倒しても倒してもやって来る小鬼。いや、それは正面からだけの話だ。後ろからも横からも来られたら。到底倒しきれるわけがない。自分も、一党の仲間もあっという間に囲まれて蹂躙されていただろう。
自分は殺され、仲間は捕まっていた女性達と同じ目に遭う。それをきっと理解したのだろう。女武道家も女魔術師も女神官も身を震わせていた。
彼女が行動を始めたのはその時だった。兜によって表情は分からないが、少なくとも身体は震えていなかったのは確かだ。彼女はしっかりした足取りで倉庫へと近付くと、半ばゴブリンスレイヤーを押しのけるようにして中に入り――――――
一発、二発と連続で。確実に殺しきるため、万一にも息が残らないようにするため。躊躇なく、丹念に殴殺していく。
ゴブリンの子供の泣き声が聞こえる。だが女闘士の手は止まらない。滅多打ちにするのではなく、冷静に冷酷に狙って振り下ろして行く様子がかえって彼女が何か激情に駆られている事を示していた。
何か言わなくては。何か声をかけなくては。何でもいい。子供まで殺す必要があるのか問いかけるだけでもいい。なのに剣士は何の言葉も発する事が出来ない。
初めて会った時などよりずっと、彼女の姿に圧倒されてしまっていた。自分などが何かを言っていい光景ではないと思ってしまった。
だからせめて、出来る事をしたくて。彼は攫われた村娘に近付いて声をかけた。彼女もまた目の前の光景に顔を青くして震えていたが、衣服は乱れているものの破かれたりはしておらず怪我もないようだった。
つまり、彼女は間違いなく無事だ。それが唯一の救いだ、と何故か思えて。剣士は心の底から安堵の息を漏らした。
「攫われた人は無事だった、よ」
その救いをこの場にいる全員に分け与えたくて。彼は自分が思った以上に大きな声で安否を伝えた。それを聞いたからか、ゴブリンの子供を殺し終えたからか。返り血に塗れた女闘士がこちらを振り返った。
「それは何よりだね」
昂ぶりも冷たさも無い、工房で話した時と変わらない声音。たった今まで小鬼の子供達を殺していたとは思えない声。それがかえって剣士には恐ろしかった。
そのまま女闘士はこちらではなく、慰み物とされ茫然と横たわっているだけの女性達へと近付いていく。そして武器をその場に置くと、しゃがみ込んでこう言った。
「殺したよ。君達を穢した奴らも。その証拠も。もう、殺したよ」
労わりの籠った、優しく暖かい声。
「もう君達をこんな目に遭わせる奴はいない。その結果ももう何処にもいない」
女闘士がそう言うと、力無く倒れ伏しているだけだった彼女達はすすり泣きを漏らし始めた。大声で泣き叫ぶだけの体力が無いという所までは剣士には分からなかったけれど、それが悲痛な叫びである事だけは理解できた。
何を言っていいのか分からない。何を言う資格があるのか分からない。自分などでは踏み込んではいけない領域がそこにはあるように感じた。
視界の端で女神官が祈りを捧げているのが見える。剣士自身は格別何らかの神を信仰してはいなかったけれど―――――
この時だけは、彼も神に祈りたかった。何を祈ればいいかも分からないが、祈らずにはいられない。そんな気分だった。
――――――――
「お誘いはありがたいのだけれど、私は遠慮させてもらうよ」
兜を外し素顔を晒した女闘士は、丁寧に頭を下げながら剣士達の誘いを断った。
ゴブリン退治を終え無事ギルドに帰還し、報酬を分配したところでこれからもこの
正直ありがたい誘いだとは思っている。ゴブリン退治の際―――――ゴブリンの子供を殺す時の姿を見てもなお自分を誘ってくれる彼らは本当に良い人なのだろう。
あるいはあの姿を見て放っておけないと思ったのかもしれない。いずれにせよ自分のような人間には勿体ないぐらい善い人々だ。
だからこそ、一緒に一党としてはやっていけない。自分があの時何を思ったのか、何をしたいのか気付いてしまったから。
生きていくために、金を稼ぐために冒険者稼業をする。それが根底にあるのは変わりない。だがそれ以外にもう一つ動機が出来てしまったから。
「詳しくは言うつもりはないけれど、私は―――――」
「いや、いいよ。何か事情があるのは分かるしさ」
力無く笑いながら剣士が女闘士の言葉を制する。何かを言いたいが何を言えばいいのか分からないのだろう。ただ、こちらを気遣おうとしてくれている事だけは分かる。
「あたし達が嫌いだから組みたくないとか、そういうことじゃないんでしょう?」
「それは勿論。むしろ人間としては好意すら抱いているよ」
「ならそれでいいじゃない。絶対に一党を組まないといけないとかそういう決まりはないんだし」
女武道家の言葉に女闘士以外の全員が頷く。どうやら自分が思っていた以上に彼らは人がいいらしい。
いや、当然と言えば当然か。攫われた村娘を助けたいという素朴な正義感を持ち、一度会話しただけの自分を気にかけた女神官とその言葉を受け入れた一党だ。善良でないはずがない。
「まあその……何かあったら頼りなさいよ。力になるから」
「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう」
笑顔で女魔術師に礼を言うと、彼女は軽く顔を逸らした。きっと照れ臭いのだろう。
彼らと一緒に冒険をしたい気持ちはある。ゴブリンスレイヤーについて行くという女神官もまたその気持ちは同じだろう。だから出来る限りの範囲でなら手伝うと言ったのだろう。
だが自分は彼女と違う。力になりたいという気持ちも当然あるが、それ以上に女闘士は自分の事を優先したいと思ってしまっている。
あの小鬼達のような――――――自分を弄び、穢した連中の同類へ報復をしたい。いや、
それをしない事には自分の新しい人生を始められない。都を焼いたあの焔のように自分の中で燃え盛る激情が鎮まらない。
そうでもせねば、あまりにも惨めではないか。神に縋ろうが、怒りを堪えて生きようが、せめて応報せねば救われないではないか。
復讐の意味など知った事ではない。だが意義はある。少なくとも自分の気持ちが晴れる。哀れな自分の魂は救われる。
せめてそうでもせねば、自分は何処へも行けず何も始められない。ずっとあの牢の中にいるのと同じだ。
報復が全てにおいて最優先だとか、一生を捧げるだとかそういう事ではない。きっと自分のこの思いは消えはしないが、ある程度のところで折り合いがつくはずだ。
ただそれが何時になるのかは分からない。どれだけやればいいのかも分からない。だから彼らとは一緒に行かない。それだけだ。
ただもし、もしも満足できずとも納得できて。自分の事ではなく、他の人の事を優先出来るぐらいになったなら。
その時はただの冒険者として、彼らと一緒に冒険をしたい。
心からそう思いながら、その日が来る事を祈りながら。女闘士は初めての一党を離脱した。
――――――――
装備に不備が無いか。腰に付けた
生活費を稼ぎ、今はまだ力任せに振っているだけの武器の使い方を覚え、根本的に足りてない戦闘経験を積む。
それら必要な要素を満たす依頼がないか、とギルドの受付嬢に相談したところ勧められたのが
初心者向けで練習にいいのだが受ける人がどうしても少ない、とも言っていたが、成程現地に来てその理由がよく分かった。
「確かにこの臭いは嫌だろうね」
汚水の流れる場所である以上当たり前ではあるのだが、悪臭が酷い。冒険者として活躍する事を夢見る新人が働きたいと思うような場所ではないだろう。
女闘士としては不快ではあるが、充分過ぎるほど耐えれるものだが。牢の臭い、男どもの汚らわしい臭いに比べれば何ほどのものでもない。
そう考えると別の意味でも自分にお似合いの依頼だな、と自嘲する。もうこれ以上ないぐらい穢れている女だ。今さら下水の臭いが染み付いたとして気にする事もあるまい。
そんな事を考えていると、前方に巨大鼠の姿を認める。まだこちらには気付いていない。ならばと一気に駆け出し、その勢いそのままに一匹の胴体目掛け
弾力のある脂肪の塊。それを貫く手応えがハッキリと伝わって来る。完璧に打ち抜いたと思うのと同時に、容易に引き抜けないほど深く刺してしまった事に気付く。
一瞬混乱した様子を見せていた鼠がこちらに向き直る。戦嘴を手放して
結局どちらも選べないまま、女闘士は―――――
「む、ぅうん!」
巨大鼠の死体もろとも戦嘴を振り上げる事を選択した。重い。だが持ち上がらない重さではない。
腕でなく背中を意識する。持ち上げるために腕だけを使うのではなく、その腕が付いている胴体を、特に背中を意識して全身を連動させる。腕の力だけで足りないのなら他と協力させれば持ち上がる。
「せぇぇえい!」
自分の脚が地に根を張った姿を想像して動かぬようにしながら、死体がついたままの戦嘴を
ぐちゃり、と肉の潰れる嫌な感触と音が伝わって来る。ゴブリンを叩き潰した時も同じだったが不快感はなかったな、とそんな事を考えながら、女闘士は鼠が動かない事を確認する。
ああいう時に咄嗟の判断が出来るようになるまで経験を積まねばな、と明確な課題を己に課す。いささか漠然としていた戦闘経験を積むという目標だが、今の戦闘で具体性を帯びてきた。
鼠の死体を踏みつけて固定し、一気に戦嘴を引き抜く。今の無茶な使い方にも拘わらず欠けたりヒビが入ったりした様子はない。何とも頼れる武器だ。
これの使い方はこれでいいだろう。問題はこちらだ、と戦嘴を背負い槌鉾を腰から外す。取りまわしは戦嘴よりもいいだろうが、間合いが短い事と片手で振るう事から持っていない手の活用法を考えねばならない。
大籠手を装備しているのだから盾として使うか。鼠の歯や小鬼の非力な腕力で振るわれる粗雑な武器の一撃ならば問題ないだろう。だが大物や強敵相手にそれはどうだろうか。
経験を積んでその辺りも考えていかねばならないな、と思いながら女闘士は歩を進める。いずれにせよやる事は決まっている。
殴って、潰して、殺すだけだ。
槌鉾を振り回し、頭蓋を砕く。大籠手は防具として使うのみならず、殴りつける武器としても使う。首を狙って飛び上がった鼠を兜の硬さを活かし、頭突きで持って迎え撃つ。
前二つはともかく、頭突きは非常手段だなと女闘士は結論付ける。衝撃が頭に響き少し目が眩んだのだ。下手に使えば自滅する。どうしようもない時の相打ち覚悟で使う手札だろう。
大籠手の方は問題ない。強いて言うならばもう少し厚みを増すか、筋金を増やすか。あるいは
後は靴だな、と巨大鼠の頭を踏み潰しながら女闘士は考える。靴底に鉄板でも仕込めば、強力な武器となる。殴って殺せずとも体勢を崩し寝かせれば必殺の一撃になるはずだ。
鼠の返り血に塗れながらそんな事ばかりを考えている自分に、女闘士は思わず失笑してしまう。血に塗れ悪臭に満ちた下水道で、敵を殺す工夫だけを考える。元とはいえ一国の姫がこれか。
だがそれでいい。もう国は滅んだ。王女としての自分はとっくに死んだ。なら冒険者としての自分はそれでいいだろう。
敵を殺す事だけを考え、あの看守達や小鬼のような生物を片っ端から殺していく。それで金を得て生きていく。自分はそれでいい。
返り血だろうが汚水だろうが、何に塗れようともそうして生きていく。自分はそうやって進んで行く。その先に何があろうとも。
そう誓い心に決めた数時間後、彼女は自分が叩き潰した大黒蟲の体液に塗れながら思った。
何に塗れてもいいとは言ったが、これは流石にあんまりではないか、と。自分に託宣を寄こした外なる神に試されているのだろうか。
そして一つの恐ろしい考えが浮かんだ。何に塗れてもいいと言ったせいで、こういう運命を用意されてしまったのではないかと。
「……いや、自分で言ったのだ。受け入れようじゃないか!」
そう言った直後、女闘士は大黒蟲の群れに襲われることになるのだが―――――
無論それは神々が仕組んだわけでなく、ただの
その時外なる神が出目に頭を抱えていた事だけは確かだった。
実況パートだと滅茶苦茶気楽なのに何故裏はダークになってしまうのか。
今週で自宅待機も解けるので、来週からは更新は夜のみ。それも頻度と速度が間違いなく落ちると思います。
活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)
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魔法剣士【綴られた手紙】
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令嬢【どうか、叶えて】
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魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
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三人【騙し騙され愛し愛され】