メケメケメケメケメケメケメケメケメケ。
火吹き山の闘技場。
悪名高きかの魔術師によって築かれ、そこでは剣奴達が殺し合いを強制されているという。
魔術師はそれを余興として楽しみ、同時に闘技場へ《死》を満たしそれを己の力としている。
その力と力に基づいて築いた財力、そして豪商や貴族との繋がりを活かす事で至高神の天秤剣の前に連れ出される事もない。
剣奴達を殺し合わせれば合わせるほど魔術師は力を増し、力を増せば多くのものを得る。そうして得たもので剣奴を増やし、また力を付ける。
今やかの魔術師は莫大な財と強力な縁故を持ち、また力も強大で比類なきものとなっている。
幾人もの冒険者――――――その中には武勲詩に謳われるほどの者もいた―――――が暗殺を企てたが、魔術師は今もこうして健在だ。
また殺し合いを強制する一方で、優れた武勇を示した者には惜しみない報酬を与える。そして報酬を手に出来る者は、真に勇士であると四方世界に名を轟かせる。
「……というのが、世に知られている火吹き山の闘技場」
「なるほど」
魔術師――――――貴族令嬢の
貴族令嬢も一党の他の面々も火吹き山の闘技場については知っていた。冒険者として活動していれば、自然と耳にするほどに悪名高い場所だからだ。
だがまだ冒険者になって日の浅い女闘士は知らなかったらしく、魔術師から熱心に話を聞いている。
(落ちついてるのはいいこと、よね)
欺かれ、剣奴として売られてしまった。その事実を一党の誰もが冷静に―――――内心焦りはしたが――――――受け止め、
死地に置かれたのは確かだが、それでも冷静さを失わなければ打開策を考える事が出来る。
浮かぶかどうか、浮かんだ案が実現出来るかどうかは別としてだが。
(聞いた話によれば問答無用で殺される事はないみたいだし……もう少し情報を集めてから動くべきね)
下手に動けばどうなるか分かったものではない。逆に動かない限り、闘技場で戦わされる以外の危険はないはずだ。
この状況でどれだけ情報を集める事が出来るかは分からないが、無策で動くよりもずっといい。だから今は動くべきではない。
それは貴族令嬢が鋼鉄等級になるまでに積んだ経験に基づく判断であり、一党の皆も言葉にするまでもなく同じ考えだと確信出来た。
(つまり、お姉様の首輪姿を堪能するのは正しい選択よね)
凛々しく、美しい女闘士。その女性としては太い首に、飾り気はないが異様に黒光りする首輪が付けられている。
自分達の首にも巻かれている忌々しい首輪だが、女闘士の首に嵌まるとそれは一種の装飾品のように見えてくるのだ。
勇壮という色で統一された女闘士。その一か所にだけ存在する背徳的な色。それは凛々しさの中に妖艶さを含ませ、魅力を引き立てているように思える。
そして同時に、首輪は女闘士の凛々しさを損なう事なく増しているのだ。
自分と一党の仲間が付けているのは奴隷の証でしかないが、女闘士が付けているとまるで優れた猟犬に相応しい高価な首輪が付けられているように見える。
女闘士が堂々と「衣装の一部」と言ってしまえば、彼女の風格も相まって皆納得してしまうだろう。
(……眼福!)
(いいモノを見た)
(役得だね)
(素晴らしいです!)
全員が内心で、拝むような心持ちで呟く。
決して彼女達はただ女闘士の首輪姿を眺めているわけではない。兵士達や慌てず落ち着いている、つまりここに「慣れて」いそうな剣奴達が変わった動きを見せたり何か言葉を漏らさぬかと注意を払っている。
さらには入り口からここまでどれほど歩いたか、部屋の位置や廊下の作りはどうだったかなど必要な事を記憶し、頭の中で整理して動く時に備えているのだ。
ただ、それらと並行して彼女達は自分の煩悩に対しとても忠実だっただけだ。
――――――――
女闘士は激怒した。必ず、かの魔術師を殺さねばならぬと決意した。
人を騙して奴隷とする事も、その命で遊ぶ事も、何もかも。この闘技場の全てが彼女の怒りを燃え上がらせる。
ここはあの牢獄と同じだ。あの魔術師は看守達と何も変わらない。
自分を、自分達を騙したあの行商人も。あのローブに身を包んだ魔術師も。必ず殺さねばならない。
この激情の赴くままに、己の魂が叫ぶままに。自分は動かねばならない。殺意に依って自分は立つのだ。
あの魔術師は間違いなく自分よりも強いだろう。よほど運が味方しない限り、勝つことどころか相打ちもおぼつくまい。それでも、戦わねばならない。
女闘士の心はそう叫んでいるし、彼女は心に、感情に従う。しかし。
(彼女達を巻き込むのは、違う)
自分と共に騙され、剣奴とされた貴族令嬢
自分がただ一人で挑み、敗れ、死ぬのはいい。選んだ道だ。だがそれに彼女達を引き連れて行くのは違う。
「私もここは逃げるべきだと思うよ」
だから一党での話し合いにおいて、彼女はそう主張する。
本心を言うなら貴族令嬢同様、あの魔術師を暗殺すべきだと、生かしてはおけないと感情は叫んでいる。
だが一党全員で挑んでも勝てる可能性は低いと、勝つにしても誰かしらが犠牲になるだろうと思考が訴えている。
もしもここで自分が暗殺を主張すれば、恐らく意見は通る。主張する人数の数で言えば逃走と同じだが、その場合
それに彼女達が自分に対して抱いている好意を考えれば、否定する理由がない場合女闘士の意見を尊重してくれる事だろう。
しかしそれを女闘士は選ばない、否選べなかった。
どうして彼女達の想いを利用して、無謀にも近い危険な行動に付き合わせる事が出来るだろうか?
(挑むなら私だけで、だ)
もう一度来る事が出来るかどうかは分からない。だが、自分の意思で来ている者も中にはいるようだし何かしらルートはあるのだろう。
であるならば、彼女達と別れ単独でもう一度挑むべきだ。
(私一人で、か)
この賑やかで愉快な一党と別れ、一人で戦う。生きるにせよ死ぬにせよ、一人で。それが自分には相応しいし、そうでなくてはならない。
だが、彼女達との別れに名残惜しさを感じてしまっている自分がいる。最初に組んだ剣士達もそうだったが、日数が多くなった分より名残が惜しい。
いや、それだけではない。貴族令嬢達から、女闘士へと向けられ続けた好意。それは戸惑いを伴いつつも、心地よさを感じるものだった。
それを手放す事を自分は嫌がっているのだ。
報復をしようと、せねばならぬと。復讐へと自分を駆り立てる激情が鎮まったわけではない。
むしろここへ連れてこられた事で、再度火が付いたと言える。
だが同時に、この一党の中にいたいと思ってしまっている。そういう自分に、女闘士は気付いてしまった。
ここで仲間と共に冒険をして、冒険者となって。「楽しく」生きていきたい。そう考えてしまっている。
とても両立できるものではない。なのに、どちらも自分は欲している。
いっそ全てを打ち明けて、彼女らの理解を得た方がいいのだろうか。打ち明けたとして、理解は得れるのだろうか。
穢された過去を知ったら、彼女達は自分から離れて行ってしまうのではないだろうか。
(……いや、それでいいんだ)
それならば望み通り、女闘士はまた一人になる。自分に相応しい環境で、心の赴くままに動ける。それでいい。
だがもし、もしも。この一党の仲間達が受け入れてくれたのなら。自分の想いを理解して、付き合ってくれるとしたら。
どこまでも強欲になってやろう。復讐を続けながらも、楽しく生きる。そんな許されざる存在になってやろう。
そのためにも、今は逃げる。今はあの魔術師と戦わない。それでいい。それがいい。
いずれ挑む。いずれ殺す。それでいいのだ。
――――――――
「逃がしてよかったんですかい?」
滅多にない―――――彼に雇われてから初めてかもしれないというぐらいに上機嫌な魔術師に対し、行商人は疑問を投げかける。
部屋から抜け出し、見張りの目を掻い潜り、魔術師の幻影と
確かに魔術師が気に入るのは分かる。最近では根性が無いのか賢しいのか、魔術師を狙うどころか逃げようとする者すらいなかったのだ。
ところが彼女達は逃げ出すどころか、一部の者は魔術師と戦おうという姿勢さえあった。仲間との兼ね合いでそれは避けたようだが。
行商人としても自分が運んできた「商品」がこれだけ良質だった事は喜ばしいのだが、彼女達の中の一人――――――逞しい体躯と凛々しい美貌を持った女が最後に残した言葉が引っ掛かっていた。
『今は逃げるけど、何時か私は必ず戻って来るよ。君を殺すためにね』
あの奴隷―――――――女闘士はそう言った。それによって機嫌を損ねてしまう可能性や、警戒される可能性を考えなかったわけではないだろうに言い切った。
仲間さえ慌てる中、魔術師を見据えて断言して見せたのだ。それを聞いて魔術師は声を上げて心底楽しそうに笑い、ずっと機嫌がいいままだ。
「はははは!いいではないか!あんなに愉快な奴隷は久しぶりだ!」
行商人の言葉にも、魔術師はひたすら愉快そうに笑って答える。確かに彼の実力と権力から言えば、気にする事の程はないのだろう。
あんなものは単なる負け惜しみ、取るに足らない強がりだ。しかし、行商人はどうにも不吉な予感が拭えずにいる。
あの女のあの眼。あれは一種の狂人の眼だった。まだ完全にはイカれていないようではあったが、あのまま行けばいずれタガが外れ一線を越えていくのは間違いない。
今回は仲間や一緒に連れていた奴隷という枷があったから引き下がったが、もし一人なら躊躇なく魔術師に襲い掛かって来ていただろう。
勝算があるだとか、何か策があるとかではない。返り討ちにされようが何をされようが「やる」と決めたらやるという人種だ。
どこか旅の空で力尽きなければ、彼女は本当にこの火吹き山の闘技場へ帰還するだろう。今度こそ魔術師を殺すために。
「彼女が戻って来る時が待ち遠しいな。一人か、あるいは仲間も一緒か。いずれにせよ盛大にもてなしてやらねばなるまい!」
魔術師もそれは分かっているのだろう。理解した上で楽しんでいる。気持ちは分からなくもない。
自分が雇われる前には何人か逃げ出した者や闘技場を勝ち抜いた者がいたらしいが、その中にもう一度ここへ戻って来ようなどとする者はいなかった。
運良く助かったのだから、もう命を危険に晒したくない。そう考えるのは普通の事だ。
だがその普通など糞食らえとばかりに危険に飛び込んでくるのなら、それは馬鹿ではあるが愉快極まりない馬鹿だ。
それを見物できるのはさぞかし楽しい事だろう。しかし。
(次来る時は、本当に殺すかもしれねえな)
あの女の牙は、この魔術師にも届き得る、と。
無論可能性があるというだけの話だ。骰子を振れば100回連続で同じ出目が出る時もあるとか、そういう類だ。
そもそも自分の勘が外れている可能性だってある。所詮は勘なのだから、百発百中などあり得ない。
しかし、魔術師が殺されるかどうかまでは分からないが、殺される「かも」しれないと行商人の勘は告げている。それは予感と言うより確信に近かった。
(……まあ、今日明日の話じゃねえだろうけど)
多少経験を積み、技術を磨き、肉体を鍛えた程度で埋まる差ではない。戻って来るとしても何年も先の話になるだろう。
だが、その時が来たならば。それが頃合いだろう。魔術師には随分儲けさせては貰ったが、それだけの働きもした。
魔術師が勝つにせよ、あの女闘士が勝つにせよ。戻ってきたならば、手切れの時だ。
間違っても見届けたい、などと思ってはいけない。そう肝に銘じると、行商人は雇い主たる魔術師に一礼すると部屋を出ていく。
その時が来るまでは忠実に働く。それが給金を貰う身としての義務であり、契約と言うものなのだから。
些細な事ですが、軽度の熱中症になったので皆様も日中外で作業する際はお気を付け下さい。
活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)
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