「ゴブリンではないです……よね」
「ゴブリンではないだろうな」
「ゴブリンではないわね」
「ゴブリンではないね」
女神官の言葉に、三人全員が頷く。女神官もゴブリンではない事は確信しているのだが、その正体が掴めないために言い切れなかっただけだ。
目の前の洞窟と、そこに続く足跡をもう一度交互に見やる。確かにゴブリンの巣穴としてうってつけの洞窟ではあるが、足跡の大きさがどう見てもゴブリンのそれではない。
正確に言うならばよく見慣れた小鬼の足跡もチラホラあるのだが、殆ど消えかかっており数も少ない。この洞窟の中にいる可能性は低いだろう。
それがなかったということは恐らくそんなゴブリンは存在せず、つまりゴブリンでないということだ。いや、そもそもゴブリンと結び付けようとする自分が間違っているのか。
それが誰の影響かなど言うまでもないだろう。
「し、したらここン中ぁいるんは、なんだぁ……?」
案内役の猟師が震える声で訊ねて来る。声のみならず身体も震えながらの質問に、
「少なくともゴブリンより大きく、ゴブリンなどよりよほど強い怪物なのは間違いありませんね」
―――――――
夏のある日、女神官は突然一人きりになってしまった。理由は単純に「間が悪い」としか言えないのだが。
水の都でのゴブリン退治を終えて戻って来てから数日後、疲労が溜まっていたのかちょっと体調を崩してしまったのだ。
一日寝れば治るものではあったのだが、ゴブリンスレイヤーはその間に「休め」とだけ言い残しゴブリン退治へと赴いた。
妖精弓主や鉱人道士、蜥蜴僧侶らも「少し休養を取った方がいい」と言って、自分を残し槍使いらと臨時の
しっかり寝て直すのに一日。様子見と体力を戻すのに一日。つまり二日経過した頃には女神官の体調は万全の状態に戻ったのだが、一党の仲間達は帰って来る様子が無かった。
元より4,5日はどちらもかかる依頼ではあるというのは分かっていたが、そうなると女神官は完全に時間を持て余していた。神殿への挨拶や剣士の墓参りなども一日で済んでしまい、やる事が無くなってしまったのだ。
一緒に遊ぶ友人も―――――友人がいないわけではないが―――――おらず、かと言って自分が
「差支えなければ臨時の一党を組んでくれないか?」
誘ってもらえたのが嬉しいやら、彼らと一党を組むのが懐かしいやらで。二つ返事で了承し、女神官は彼―――――魔法剣士の一党に臨時で加わり冒険へ赴くこととなった。
―――――――
依頼内容はいたって単純かつありきたりなもので、村外れの洞窟にゴブリンが住み着いたので退治して欲しい、という内容だった。
距離の近さと依頼の内容から嫌な記憶が甦っては来たものの、これまでの経験とそこから来る自信はそれを警戒すべき事だとは思っても恐怖にまで発展はさせなかった。
かくして女神官は懐かしい面々と―――――まだあれから半年も経っていないし、しばしば顔を合わせ話もするのに何故か懐かしいと思ってしまう。そんな仲間達と冒険、つまりゴブリン退治へと赴いた。
道行は快適そのものだった。天気がよく暑くはあったが歩いての移動に問題をきたすほどではなかったし、魔法剣士は適宜休憩を入れ到着前に疲労してしまわないよう気を使ってくれた。
女武道家も女魔術師も相変わらずで、女武道家はちょっと陽気に、女魔術師は幾分固さが取れた感じにはなっていたがむしろ接しやすくなっていたし、久しぶりの会話は色々花が咲いて楽しいものだった。
魔法剣士だけはあまり変わりはなかったが、女神官はこの友人がそういう人物だと知っていたから特に問題はなかった。むしろ変わらずにいるというのは、一党として上手くやっていれるのだな、とさえ思えた。
そうして足取りは軽く心も軽く、しかし短いながらも積んだ経験から緩みもせず。理想的な状態で村へと到着した一党は村長に会い、簡単な挨拶と面通しを済ませると速やかに動きだした。
数は何匹見たか、被害はどんなものか、大きいものはいたか、何処に住み着いているか、そこまで案内してくれる猟師や木こりの類はいるか。
それらの情報を聞き出し纏めると、すぐに向かう―――――ではなく水を飲みしっかり一息ついてから一党は村の猟師の案内で村外れの洞窟へと向かった。
数は1匹2匹を村人が見かけた程度、被害も家畜を盗まれたぐらいで娘が攫われたりはしていない。洞窟もそこまで奥行きがあるものではないと聞き、油断してはいけないが小規模な巣であると思っていたのだが……
―――――――
「この足跡は……
ジッと足跡を見つめていた女魔術師が呟く。魔法剣士も首肯し、足跡を指差す。
「足跡からして二足歩行なのは間違いない。大きさ的に
「
魔法剣士の言葉を、女神官は自分の蓄えた知識で補足する。空いた時間は
そのまま怪物辞典で読んだ知識をさらに深く思いだそうとしたが、それより先に魔法剣士が口を開く。
「巨躯で怪力、鈍重だが人並みの知恵はある。外皮は厚く硬い……と、書いてあったな」
「それと再生速度が早いわよ。剣で斬ろうが槍で突こうがすぐ塞がって、酸で溶かすか火で焼かないととても倒せないって話だもの」
以前仲間達と共に戦った
臨時の一党で四人しかおらず、しかも鋼鉄の
幸い街からそう遠くないのだし、急いで戻れば今日明日の内にそれ相応の冒険者が依頼を受けてくれる事だろう。
「さて、どうするか。最善は引き返してギルドに報告して、改めてトロル退治の依頼を出してもらう事だろうが……」
「ゴブリン退治以上のお金は出せないわよねえ……」
女魔術師の言葉に猟師が身体を縮こませながら頷く。貧しい村々ではゴブリン退治の報酬だって村中からかき集めてやっとなのだ。トロル退治に相応しい報酬などとても出せはしないだろう。
「となると、トロルをゴブリン退治の報酬額で相手取るか。それとも大人しく帰るかのどちらかになるな」
「正直
「でも、ここで戻ったら次の冒険者を探してる間に村が襲われるかもしれないわ」
「これ以上の報酬は出せないって言っていましたし、見つからないかもしれません……」
「まあトロル相手ともなればギルドの方から報酬を上乗せしたりすると思うけれども、すぐに見つかるかどうかは賭けになるわね」
「つまりは力不足を承知で、村人たちの安全の為に危険なトロル退治に挑むか。村人達にリスクを背負ってもらうことになるが、身の程を弁えて撤退して他の冒険者に任せるか、か」
そう言って一党全員の顔を見渡してから、魔法剣士は言葉を続ける。
「どちらを選ぶべきだと思う?」
「私は撤退すべきだと思うわ。村の人には悪いけれど、ちょっと危険すぎるもの」
「あたしは退治すべきだと思う。危険なのは分かるけど、村の人達を危険に晒したくない」
「私も、そう思います。もし村が襲われたりしたら……」
女魔術師が撤退を口にし、女武道家と女神官は退治を訴える。魔法剣士はそれを聞いて僅かの間考え込むそぶりを見せたが、すぐに顔を上げた。
「やろう」
静かだが断固とした意思の籠った言葉に、女神官と女武道家は頷く。女魔術師も嘆息しつつ頷き、彼らはトロル退治の方策を練り始める。
「酸はないが、火はある。正面から戦うならまずはそれか」
「再生速度だけじゃなくてそもそもの生命力が強いから、燃やしたら一気に決めないといけないわね」
「殴って衝撃で身体の中を壊すのは?甲冑を戦槌で殴るみたいに」
「身体の中までは治らないと思いますけど……」
持っている知識を、浮かんだ考えを、身に付けている技能で出来る事をとにかく出し合う。話し合いの段階で必要なのはとにかく案であり、つまりは手札の枚数だ
それらを纏めて手札から役を作るのは頭目たる魔法剣士の役目であり、彼にはその能力があると常に組んでいる二人は勿論の事これまでの付き合いから女神官も良く知っている。
「あ、あんの……その、トロルってのは、その……そんなに危ねえ化物なんだか……?」
これまでの話し合いで得た情報から、とてつもなく恐ろしい怪物を想像したのだろう。猟師が目に見えて震えを大きくしながら問いかけてくる。
「こっちが手ェ出さなきゃなんもしてこねぇ、獣みたいなもんではねぇだか……?」
「トロルは人を食べますよ」
猟師の方を見る事なく、腕を組んで考え込む仕草を取っている魔法剣士が淡々と答える。その回答に猟師は顔面蒼白になり、歯の根も合わぬといった様子になってしまう。
「大丈夫ですよ」
あまりにも狼狽する猟師に、女神官は微笑みかける。
「私達が、何とかしますから」
正直なところ、何とか出来るとは言い切れないのだけれど。少しでも安心させてあげたくて、つい女神官はそう言ってしまう。
鋼鉄等級の頭目と黒曜等級の三人での一党。これでトロルと戦うのはいささか背伸びし過ぎなのは分かっているが、だからと言ってただ引き返す事は出来ない。
安堵の息を吐き、涙すら浮かべながら「おねげえします」と女神官の手を取って繰り返し頭を下げながら頼み込んでくる者をどうして見捨てる事が出来ようか。
「……うぅむ」
小さく魔法剣士が声を漏らす。どうしたのだろうか、と女神官が声をかけるより早く一党本来の仲間達が動く。
「作戦に不備あるようなら指摘してあげるから安心しなさい」
「あたしも出来る限りは考えるから。でもちょっと頭の方で頼りにされると困るかな……」
流石に一党を組んでいるだけあって、彼の悩みや考えはある程度理解できるようだ。自分はどうだろうか、と女神官は考える。
本来の一党であるゴブリンスレイヤーの考えや悩みを理解できるだろうか。理解してそれを解消してやれるだろうか。そう動けるだろうか。
そこまで考えて思わず苦笑する。彼の考えは分からない。だが最終的には「ゴブリンを殺す」という事に集約される事だけは嫌というほど分かっており、長らく行動を共にした結果そこからある程度逆算出来てしまうのだ。
まったく、仕方のない人だ。
「よし、幾つか策は出来た」
女神官がそんな事を考えている間に、作戦を纏めたらしい魔法剣士が言ってきた。その視線は真っ直ぐ女神官を向いている。
「今から言う事が出来るかどうか教えて欲しい」
―――――――
そろそろ次の「食事」がしたい。そのトロルは洞窟の中でそう思った。
ここにいた小鬼共を生かしておいて人を攫わせて来るべきだったと今更ながら後悔するがもう遅い。なんせあの時はどうしようもなく腹が減っていたのだ。
小鬼を叩き潰して、奴らが玩具にしていた
連中を上手く使うべきだった、と気付いたのは皆殺しにして女を食べつくしてしまった後だった。これでは次の餌を手に入れるために自分で動かねばならない。
だがやってしまった事は仕方ない。それに、すぐ近くに「餌場」があるのだ。焦る事はない。
あそこで充分な食事を済ませ、別の住処を探すとしよう。そうトロルが考えていると、不意にボトッと何かが落ちる音が耳に入って来る。
何が落ちたのかと思う前に異変が起きる。朦々と煙が上がり始め、あっという間に洞窟内を満たして行く。
「OLLLT!?」
不意の煙に燻され、流石にこの中にはいられないとトロルは近くに置いていた大斧を掴んで入り口へと走り出す。
何故急に煙が出てきたのか、それの原理は分からない。だがこういう時何者がやって来ているかは知っている。冒険者だ。
厄介な奴らではあるが、自分よりは弱い。この斧を持っていた奴も、その仲間もそうだった。ちょうどいい、何人いるかは知らないが殺して食事にしよう。
出入り口の近くまで来るとトロルは足を止める。外にいるのは只人の女が一人。筋っぽそうだが美味そうだと舌舐めずりをしつつ下を見る。やはり足元に縄が張ってある。
連中はこういう小細工をする。そしてその小細工がこちらに気付かれるなどとは考えないのだ。
嘲笑を浮かべながら縄を斧で斬る。恐らくそれに引っかかるものと思い込んでいたであろう女が驚愕の表情を浮かべる。馬鹿が、とニヤつきながら女へ向けてトロルは走り出し―――――
「今だ!」
「《
男と女の声がする。すると倒れ込んでいた地面が突如として柔らかくなり、身体が埋まって行く。これが流砂と呼ばれるものである事などトロルは知らなかったが、危険であることだけは分かる。
何せ勢いよく転んだために顔が地面についているのだ。このままでは砂の中に顔を埋める事になる。そうなる前に身体を起こさねば。
「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!」
だがそうする前に上から何かが自分を地面に押し付けてくる。なんだこれは、と思う暇も無くトロルは顔を砂に埋め込まれる。
手足も砂に取られバタつかせる事も叶わない。上からは硬い壁のような何かが自分を圧してくる。地面で起きている事も上で起きている事もトロルの理解を越えていた。
冒険者は武器を振り回したり、弓矢を撃ってきたり、火を放ってきたり、罠を仕掛ける事は知っている。だが今起きているのはなんだ。いったいどういうことだ。
冒険者とは、自分と戦おうとする生き物ではなかったのか。
それが全てだと思い込んでいたトロルは、その認識の誤りに気付かなかった。気付いたとしても意味はなかったが。
何故なら彼の身体と意識は流砂に沈んで行き、意識の方は二度と浮かぶ事はなかったのだから。
―――――――
「どうやら上手く行ったようだな」
トロルの身体に剣を刺しながら、魔法剣士は呟く。傷が再生しない事から完全に死んでいるようだ。
しかし本当に硬い皮膚だ。確かにこれは焼くなり溶かすなりしなければどうにもならないだろう。
「戦ったら私達より強い。なら戦わない。まあ道理ではあるわね」
「いつもの手の応用だもんね」
女武道家が囮になったり、女魔術師が《
今回はこれまでで一番強い相手ではあったが、その代わりこちらも三人ではなく四人。しかもとびきりの切り札となる四人目を加えての勝負だ。勝ち目は充分だった。
「使わせておいてなんだが、《
「いえ、なんて言うか……慣れてますから、こういう使い方」
女神官が汗を拭いながら乾いた笑みを見せる。まあ、あのゴブリンスレイヤーと行動を共にしていればそういう事もある、と言うより彼の方が魔法剣士などよりよほど効果的でえげつない使い方をする事だろう。
あらかじめ《聖壁》を張っておいて不可視の段差を作り、トロルを転ばせる。そして転んだ先の地面を女魔術師の《流砂》で砂の沼にしてやる。
仕上げにもう一度《聖壁》で、今度は上から流砂へとトロルを埋め込み砂で溺れさせる。自分がやった事などその程度に過ぎない。
そもそも以前枯れた
「一つだけ聞きたいんですけれども、なんで足元に縄を張ったんですか?《聖壁》があるから必要ないと思ったんですけど……」
「ああ。トロルは人並みに知恵があると怪物辞典で読んだからな。気付いてもらいたくて仕掛けた」
女神官の質問に、水を渡しながら答える。そう、あれは恐らく気付くだろうと、気付いてくれるだろうと見込んでの罠だ。
「罠を一つ見破ると、たいていの場合そこで考えを止める。見破った自分は賢く相手は馬鹿だと思って、それで終わりだ」
「安心と慢心を誘って、本命の罠に気付かれないようにするってわけね」
「そういうことだな」
「はー、よく考えてるわね」
女武道家が感心の声を漏らす。女神官も全くもって同感だった。
囮を見破り、罠を見破った。確かにそこまで見破ったなら相手より自分の方が賢いと思ってしまうだろう。その先に一番深く凶悪な落とし穴が仕掛けられているなど中々思わない。
女魔術師はすぐに彼の考えを飲み込んだようだが、やはり頭の出来が違うのだろう。
「後は一応中を確認して終わりかしら……煙玉で出てこない以上、何もいないと思うけど」
「そうだな」
女魔術師の言葉に頷きながら、魔法剣士はトロルの持っていた大斧を手に取る。さほど古くなく血錆もない。これなら通常通り売れるだろう。
「何をしているんですか?」
「略奪よ」
「うちのリーダー、意外とお金にがめついから」
「何とでも言え」
洞窟の入り口に
女神官の視線に呆れのようなものが混じっている事に気付くが気にしない事にする。これを売ることで一党の資金となり、仲間に渡してやれる報酬が多くなるのだ。自分の評価など安いものだろう。
「あなたもわりと、仕方のない人ですね」
何か感じるところがあったのか、苦笑しながら女神官が言ってくる。誰かと自分を重ねているようだがまさかゴブリンスレイヤーと同じ括りにされているのだろうか。
さほど深い付き合いではないが、女神官を通じてだったり牛飼娘を通じてだったり受付嬢を通じてだったりである程度小鬼殺しの人物は把握している。その上で彼と通じる部分を見出され、仕方ないと言われるのは―――――
「その言葉は撤回してもらおうか。不服だ」
「いえ。仕方のない人ですよ」
「そうね、仕方のない男よ貴方は」
「うん、仕方のない人だよ」
全員から口を揃えて言われ、魔法剣士は兜の中で顔をしかめる。いったい自分はどう見られていると言うのか。
しかし全員がそんな軽口を言えるというのは、今回も無事に乗り切ったという証拠でもある。ならそれでいいではないか。
それに1対3、それもこういう時は大概相手の方が強い。それならば撤退こそが唯一の正解であると、彼はちゃんと心得ているのだ。
そんな風に彼は自分を納得させ、それ以上の追及を避けることにした。
―――――――
「良い手だな」
後日。女神官の話を聞いたゴブリンスレイヤーはそう言った。たぶん「ゴブリン退治に使えるな」と思ったのだろう。
それを感じ取った女神官は力なく笑い、妖精弓手は呆れ、鉱人道士と蜥蜴僧侶は何やら愉快そうにしていた。
その後
それはまた別のお話。
なお槍ニキも魔法剣士君の話を聞いて色々心配になったので、稀に臨時で一党に加わってくれる模様。
ごく稀にしか組めないけど、前衛(辺境最強)・野伏(銀等級上の森人)・神官(銀等級に混じっても遜色なくやっていける有能)と足りない役職が全部埋まるよ!
基本的に書きたくなったものを優先して書くのでご了承ください。
活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)
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魔法剣士【綴られた手紙】
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令嬢【どうか、叶えて】
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女魔術師【君のワガママ】
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魔法剣士と令嬢【忘れてください】
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魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
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三人【騙し騙され愛し愛され】