ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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真の恋の兆候は、男においては臆病さに、女は大胆さにある。 ―――――ある詩人




次は令嬢襲来編と言ったな。あれは嘘だ。


幕間 収穫祭間近の話

「うううう……」

 

 酒瓶に埋もれながら泣き声と呻き声を混ぜ合わせ、嘆きで煮詰めたような声を漏らす女魔術師。その女魔術師を何とかなだめようとしている女武道家と女神官。

 そんな様子を気の毒そうに見ながら、何か上手い言葉を探している様子の女騎士。興味深々といった様子でこちらに詰め寄ってくる妖精弓手。

 なんとも惨憺たる有様だ。どうしてこうなったのだろう。いや、間違いなく自分のせいなのだが。

 だが何故あんな事を言ってしまったのか。現実から目を背けるように、受付嬢は事の経緯を思い返す。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 依頼を果たし、ギルドに報告し、併設された酒場で祝宴をあげる。

 義務ではないし全員がそうするわけではないが、大半の冒険者とはそうするものだ。

 

「冒険の成功とあたし達の無事に、乾杯!」

 

 乾杯の音頭を―――――さて何度目の乾杯だったか―――――取る妖精弓手と、卓を共にする面々もまた然り。

 大声で乾杯を叫ぶ女騎士。

 少しだけ困ったように笑う女神官。

 苦笑しつつ妖精弓手が次に飲むであろう杯に水を注ぐ―――――彼女は既に水と酒の区別もつかぬほど出来上がっている―――――女武道家。

 満足そうに乾杯に付き合い、葡萄酒を飲み干す女魔術師。

 いつもとは違う組み合わせの面々だが、冒険者の間では珍しくない。

 体調や予定が合わず、固定で組んでいる一党であっても常に行動を共にするとは限らないからだ。

 逆に必要な技能を持った者同士が集まり、臨時の一党(パーティー)を組んで依頼を受ける。これもまた珍しくない。

 ただ、今回の場合は少し特殊だった。

 女魔術師と女武道家の一党の頭目(リーダー)である魔法剣士が、所用により不在。そこにたまたま手の空いていた女神官が加わり、時折組んでいる臨時の一党が出来上がった。

 さらに普段の一党とは予定が合わなかった女騎士が「前衛が足りないだろう」と合流。

 そして何かと女神官の世話を焼きたがる妖精弓手が「探索役は必須」と加わり、かくして五人の女性冒険者一党が完成と相成った。

 彼女らは一党を組んだからにはいざ冒険と依頼を受け、見事成功させて戻って来た。そして依頼を成功させたならばさあ祝宴だと、一同は酒場で大いに盛り上がる。

 そんな彼女達に混じり、受付嬢もまた杯を重ねていた。業務はもう終わっているし、明日は久しぶりの休日なのだからと少々多く飲んでいた。

 そうして宴が進むうち、各々が本来組んでいる一党の頭目達の事へと話題が移った。すなわち魔法剣士やゴブリンスレイヤー、重戦士の事だ。

 冒険の成果を自慢してやろうと気勢を上げる妖精弓手。声を上げ賛同する女騎士。大きく頷いて同意する女魔術師。

 それをちょっと困ったように笑いながらも、楽しそうに見守る女神官と女武道家。

 ここまでは実に楽しく、賑やかな宴席だったのだ。

 

「それにしても、都に用事ってなにかしら」

 

 今にして思えば、という前置きが付くが、風向きが変わり始めたのは女魔術師がそんな一言を漏らした辺りからだ。

 彼女が魔法剣士に対してどういう感情を抱いているかは、この街の冒険者やギルド職員なら誰もが―――――あのゴブリンスレイヤーですら―――――知っている。

 なお、女魔術師本人は隠せているつもりらしい。都の学院を首席で卒業したという秀才の微笑ましい一面に対し、冒険者と職員は知らぬ存ぜぬを貫いている。

 だから彼女が魔法剣士の事を気にするのは必然と言えば必然で、この時点で注意は払うべきだったと受付嬢は今更ながら反省する。

 

「都の生まれらしいから、実家に用事とかじゃない?」

「あの人、都の生まれなんですか?」

「うん、ちょっと前にそんな話聞いたから」

「えっ、私聞いていないのだけれど」

「ほう、そうだったのか」

「都ってアレよね、この国の王様の住んでるところ」

 

 女武道家の言葉に受付嬢以外の面々が反応する。

 受付嬢は職員としてある程度把握していたために驚きはなかったが、他の一同は初耳だったらしい。

 そこから各々の故郷の話だとか、家族の話だとかに変化して行く。雑談とはそうして派生して元の話題から離れていくものだし、今回もそうなるはずだった。

 だがそうして変化する前に、受付嬢はその話題に口を挟んでしまった。そして、言わなくてもいい、言うべきでない事を言ってしまった。

 

 言い訳を述べると、ギルド職員とは基本的に激務である。

 やるべき事は毎日山のように積み重なっているし、一日の業務をこなしているうちに次から次へと仕事は湧き出て(ポップアップ)くる。

 だからこそしかるべき教育を受け、研修をこなした者にしか務まらぬ職種なのだ。

 そんな仕事をこなす日々において、たまの休みというのは本当に得難い安らぎである。予定が何も無くとも、休日の前というだけで気分が浮き立つぐらいに。

 また、職員と冒険者という線引きはあれど親しい間柄の相手との歓談は楽しいもので、酒も入れば気も緩む。

 

 つまり受付嬢は、口を滑らせてしまったのだ。

 

「そういえばあの人、都に許嫁がいるらしいですよ?」

 

 口にしてから、自分が何を言ってしまったかに気付いた受付嬢は笑顔のまま固まった。言葉が発せられてから、卓についていた一同もまた固まった。

 そうして何秒か、賑やかな酒場でここだけが数秒の間《沈黙(サイレンス)》をかけられたかのように静寂に包まれた。

 

「「「「ええええええええええええええええ!?」」」」

 

 そしてその沈黙した反動のように、五人の大声が酒場の中に木霊した。

 

 

 

―――――――

 

 

 

(い、いたたまれない……)

 

 女魔術師の様子を見て、受付嬢は身を縮こませる。誰かのせいにしてしまいたいが、自分のせい以外に思い浮かばない。

 人喰鬼もかくや、という勢いで詰め寄って来た女魔術師は、何とか誤魔化そうとした受付嬢から情報を吐き出させた。

 そうして話を聞いた後、彼女は―――――

 大粒の涙を流しながら、声を上げて泣き出してしまったのだ。

 お陰で酒場中の注目を集めてしまったし、女騎士が「こういう時は飲むに限る」と酒を進めたせいで女魔術師は泣きながら自棄酒をグイグイ煽り出して現在に至る。

 妖精弓手は女魔術師の事を気にしつつも、魔法剣士の婚約者について気になるようでしきりに話を聞こうとしてくる。

 そう言われても、受付嬢も流石に職員の面子に懸けてこれ以上口を割る気はない。

 彼女が喋らされたことは、相手はさる伯爵家―――――受付嬢も知っている、名門と呼んで差し支えない家柄の三女であること。

 親同士の決めた婚約であること。本人同士もそれに異議はないということ。ここまでだ。だいぶ情報を吐かされはしたが、何とかそこで食い止めた。

 例えば彼が時折都へ手紙を送り、少しばかり経済的に余裕が出て来てからはわざわざ冒険者を雇って配達を依頼していること。

 そしてそれに対する返事が、毎回青玉等級以上の冒険者によって運ばれてくること。

 返事の量が明らかに分厚い―――――初めて見た時、受付嬢は手帳でも入っているのかと思った―――――ことなどは、何とか口を割らずに耐え抜いた。

 

「なによう……最初からどうにもならなかったんじゃない……うえぇぇぇん……」

 

 涙交じりに愚痴を呟き、瓶から直接葡萄酒を煽る女魔術師。自分のせいではあるが、受付嬢にはその気持ちはよく分かる。

 例えば自分がそうだったら。ゴブリンスレイヤーと牛飼娘が昔から婚約しており、本人達に異論が無く成立しているとしたら。それを突然、第三者によって知らされたとしたら。

 ここまでではないが、自分も飲まなければ、泣かなければやっていけなくなるのは間違いない。あまりにもやりきれない。

 魔法剣士がハッキリ言わなかったせい、としたいのは山々だが、仲間とはいえ必要もないのにわざわざ言う事はないだろう。

 言うとしたらそれは向こうから訊ねられた時か、仲間に告白された時だろう。そして残念ながら、そのどちらも発生しなかったのだ。

 これで婚約者がありながら、魔法剣士が彼女を口説き落としていた、というのなら話は別なのだが、彼は単に一党(パーティー)の仲間を大事にしてきたというだけだ。

 極めて意地の悪い言い方をするならば、女魔術師が勝手に魔法剣士に惚れた。だが彼には婚約者がいた。それだけの話なのだ。

 勿論そんな言い方をするつもりもなければ、それで終わらせるつもりも受付嬢にはないが。

 

(でも実際、なんて言えばいいんでしょう……)

 

 一党における色恋沙汰とは極めて繊細で重要な問題だ。普通の色恋も多分にそういう部分はあるが、冒険者の一党内となると事は深刻になる。

 分裂。解散。これはまだいい。一党の行く末を左右する事ではあるが、街中で終わる話だからだ。多少揉めたとしても、そこで完結するのだ。

 最悪の場合、迷宮の奥深くで仲間割れ。武器を取っての殺し合い、なんて話になる。

 例え話や笑い話ではなく、現実に起きる話なのだ。中には名の知れた有力な一党ですらそれが起き、結果的に全滅した事例さえ存在する。

 それらの事から友人として女魔術師に対する慙愧の念以上に、職員として冒険者に対しやってはいけない事をしてしまったという後悔がある。

 何とかしなければいけない。明確に自分のせいなのだから。彼らなら心配ない、などという無責任な希望的観測に縋るわけにはいかないのだ。

 だが、どうすればいいのだろうか。慰めてどうにかなるわけではないし、そもそも受付嬢が原因なのだから聞いてもらえるかどうかすら分からない。

 そうしてオロオロしていると、女騎士が突如として椅子の上に乗り女魔術師を指差した。

 

「ええい、酒に逃げるだけとは情けない!気持ちは分かるがそれで何か解決すると言うのか!」

 

 記憶違いでなければ酒を勧めたのは女騎士だったはずなのだが、受付嬢は黙っている事にした。今口を挟んだら絶対にややこしい事になる。

 何も言わなくてもややこしい事になる予感はしているが、それはそれだ。

 

「だって、だってぇ……うぇぇぇぇえええ……」

「泣くな!泣いても何も始まらん!」

 

 今度は椅子から降りて、女騎士が机に突っ伏している女魔術師に顔を近付ける。

 気にしている場合ではないが、いったい何のために昇ったのだろうか?

 

「泣いて諦めるのか!?諦めれる事が出来るか!?」

「ひっく、えぐっ……諦めるなんて、でぎるわげないじゃない……本気なんだもの、でも、でもお……」

「よろしい!ならやる事はただ一つ!」

 

 そこで言葉を切ると彼女は女魔術師の顔を両手で挟み、無理矢理上を向かせた。そして涙でグシャグシャになった泣き顔を正面から覗き込み、とんでもない事を言い出した。

 

「奪い取れ!」

「……えっ?」

 

 泣く事も忘れ、ポカンとする女魔術師。周囲の面々も呆気に取られ―――――と言うか、あまりにも滅茶苦茶な言葉に何も言えず固まってしまう。

 それに構う事なく、女騎士は言葉を続ける。

 

「いいか、こんな格言がある。『恋と戦においてはあらゆる行為が許される』と!そして乙女にとって恋とは戦だ!すなわち、何をやっても良いのだ!」

「……いや、おかしくない?」

 

 妖精弓手がボソリと呟く。全くもってその通りなのだが、女騎士の耳には届いていないようだ。いや、届いていたとしても無視しているのか。

 

「お前が本気なら!あの男を虜にして奪い取ってしまえ!」

「……うばい、とる」

「そうだ!親同士の決めごとがなんだ!本人同士が想い合っているならばそちらの方が大事に決まっている!手を取り合って逃げてしまえ!」

 

 ここへ来て、受付嬢は自分が第二のミスを犯した事を悟る。冒険者の個人情報を守ったのはいいが、そのせいで余計な事態を招いてしまった。

 いや、まだだ。酒のせいもあるだろうが、女騎士の論理は支離滅裂だ。正式な婚約であるなら家の問題やら何やらが絡むのだから、そんな簡単に行くものではない。

 

「……そうよ、そうだわ。諦める必要なんてないじゃない」

 

 畜生(ガイギャックス)。受付嬢は自分でも驚くほど口汚い言葉を胸中で発した。酒のせいと言うならば、一番酒を飲んでいたのは女魔術師ではないか。

 女魔術師の瞳は先程までとは打って変わって、爛々と闘志が輝いている。完全に気力を取り戻してしまっていた。

 いや、本来歓迎すべき事なのだが。ただ今だけはよろしくない。

 

「とっくに腹は括ってたじゃない。忘れてたわ。何が何でも諦めないわよ!」

「そうだ!その意気だ!」

「貴族の令嬢だろうがなんだろうが、いきなり横から奪われてたまるもんですか!」

「その通り!」

「負けないわよ!こっちは本気なんだもの!」

「よく言った!」

 

 気炎を上げる女魔術師と、そこに油を注ぐ女騎士。もうこれは止められないな、と受付嬢はだいぶ投げやりな気持ちになる。

 

「……横から取って行こうとしてるのって、こっちじゃ……」

「……昔からの約束って話ですもんね……」

 

 さっきまで女魔術師を慰めていた女武道家達が小さく呟く。困惑と疲労の籠ったその呟きに、深く頷いて同意する。

 女魔術師には同情するし応援したい気持ちもあるにはあるが、どう考えても令嬢の方が先約だろう。

 この様子なら女魔術師が下手に揉める心配はあるまい。少なくとも危惧しているような「依頼先で揉めて一党が壊滅」などという心配はない。

 揉めるとしても、一党内での話し合いの場においてだろう。

 その点は女騎士に感謝しようと受付嬢は思う。その点に関してのみは。代わりに生み出された問題に関しては恨むが。

 とりあえず深刻な問題に発展する事だけは避けられた。それでよしとすべきだ。いや、いいはずだ。絶対にいい。

 もうこの問題はこれで終わりだ。受付嬢はそう無理矢理自分に言い聞かせる。

 

只人(ヒューム)の場合、恋って戦争(ラブ・イズ・ウォー)なのね」

 

 だから、妖精弓手のそんな呟きは聞かなかった事にした。

 




恋愛と復讐においては、女の方が男よりずっと野蛮である ―――――ある哲学者




幕間って付けてるけど、実質シーズン2書いてない……?(自問自答)
書いてたら色々長くなったので、令嬢が襲来するまでまだもうちょっとだけ続くんじゃ。

Q.今回色々酷くない?
A.これは酒とゴルゴムの仕業だ!

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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